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山歩きは好歩(スキップ)して四季折々・・・登山日和のFOOTMARK

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令和の歴史散策

2020.04.29
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カテゴリ:令和の歴史散策
2020年4月11日 晴れているけど風が冷たい午後。少し歩きたいので主人の運転で野幌森林公園に来たが閑散とした駐車場。まだ公園や山歩きが自粛されていない頃。今回も散策しながら公園に隣接している縄文時代の埋蔵物を見学しに行きます。

(↑)100年記念塔も修理が終わったらしいが中に入れるのかどうか遠目から眺めるだけ。

(↑)散策していたのは数人だけで此処から埋蔵文化センターに向かって記念塔とお別れ。

(↑)樹林に入る階段を下る途中で散策帰りのソロマダムと立ち話。我が東区モエレ沼公園の春の沼には野鳥がそれはそれは沢山、飛来する事を伝えるとびっくりして居た。

(↑)ネコヤナギの膨らんだ芽が散策路に飛び出して自己主張。こんな時も春が来た・・・

(↑)小さな橋を渡り白樺林の奥に埋蔵文化センターの大きな建物が見えた。

(↑)樹林の向こうに百年記念塔がスックと建っている。埋蔵文化財センターの駐車場に先回りした主人は玄関先に鎮座している巨大な黒曜石をまじまじを観察していた。開館中でもひっそりとしてる。入り口にはマスク着用のお願いと簡単キットが備えられていた。展示室に向かうと縄文遺跡から発掘された土器、遺跡の場所等見どころ満載でじっくり1時間の観察。土偶も沢山ある。中には大きな中空土偶のレプリカがあり、まさか・・・本物を見る機会が来るとは思いもせずに眺めて来たのでした。






Last updated  2020.04.29 13:14:22
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2020.04.23
カテゴリ:令和の歴史散策
3月26日 佐賀県の吉野ケ里遺跡から大分自動車道に入り、ほぼ九州の真ん中に位置する日田市で休憩。高速道路を降りたらすぐの豆田町を歩く事にした。江戸幕府直轄の天領城下町が雰囲気そのまま残り日本遺産の建物がある。娘は吉野ヶ里遺跡を歩き過ぎて足が痛いとの理由でお茶タイムの為、車に残った。駐車場から歩いて花月川に掛かる橋を渡るとそこは城下町になり期間の長い「ひな祭り」のさ中だった。

(↑)一歩、踏み入れたら琴の音色が通りに響き渡り、これまた江戸時代にタイムスリップした!随分と時代物のお雛様が店先に飾られている。此処は何処?あまりの風情に娘を呼びだし合流して散策すると画像右前方のおばあ様が「うちのお雛様を見て行きなさい・・・」声を掛けて来た。

(↑)店舗奥に繋がる民家の座敷に招き入れられ三代分のお雛様を見る。目を引いたのはこれだけでは無く箪笥類が年代物だった事。写真も了承していただいた。新聞紙で作ったらしき薄い人形に感動。

(↑)日田市は下駄の産地との事で路地の一時停止には下駄が揃っていた。

(↑)重要文化財の長福寺本堂 こんな時で無ければどれ程、賑わっていたであろう。足の痛さと戦う娘と静かな城下町でソフトクリームや珈琲を頂きお土産を買う。

(↑)やがて天気予報通り雨に降られた帰り道。振り返る豆田町を行きは御幸橋、帰路は一新橋。

(↑)駐車場傍の永山城跡には桜。本丸跡は山頂でその途中に月隈神社がありナント、車にいた筈の娘は先に登って居た。とても不思議な穴がある場所だから是非とも行くべきと傘を持たせてくれた。

(↑)忠告通り雨で濡れた滑りやすい急な石段。登って行くと確かに穴だらけ。ひっそりと異様な光景で此の穴は確か駐車場でも山の斜面に空いていたので何だろうと不思議だった。

(↑)慶長6年の築城とかで諸大名が奉納した石燈籠が並ぶ中に帰安碑を見つける。

(↑)あの数え切れない程の穴は古墳時代の横穴墓地との事。お骨は一箇所に集めて供養したと書かれている。永山城址を整備した時に見つかったらしい。

(↑)月隈神社 神社の向かいは本丸の石垣で平成28年の熊本地震で崩れ最近、復旧された。

(↑)神社の前には大きな日露戦争の碑 石段を上るとすぐに山頂。

(↑)山頂から雨に煙る日田市を見下ろす。手頃な大岩があったので乗っかって撮影した後、そこに文字が彫られていた事を発見。罰当たりだったかと急いで移動する。

(↑)復旧したばかりの石垣から月隈神社を見る。足元に気を付け乍らゆっくり下山して14:20。
朝から弥生時代、江戸時代、古墳時代とワープした気分でとても歩いた。
再び大分自動車道に入り別府で降りて温泉街をプチドライブ。山道をチョイスして宿のある湯布院に向かった。もし、お天気が良かったら湯布岳は無理でもロープウェイで鶴見岳に行きたかったが幸か不幸か天気は崩れて来たので潔く諦める。由布岳の寒々した山肌を見ながらドライブしただけで充分。






Last updated  2020.04.26 11:31:02
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2020.04.22
カテゴリ:令和の歴史散策
3月26日 晴れ 以前から予約していた北九州の旅。娘の誕生日記念の企画も生憎のコロナウイルスで自粛となったがギリギリの20日で解禁になり出発。山歩きが出来ない中、昨年の伊勢・熊野詣でがきっかけですっかり日本史にハマってしまった。もっぱらYouTubeで見聞を広める日々。

(↑)空から今冬は行けなかった雪山を樽前山、風不死岳、羊蹄山、ニセコ、駒ケ岳・・・

(↑)すっかり春の九州。翌朝、昭和天皇も夏目漱石も宿泊した船小屋温泉の老舗宿から吉野ヶ里町に向かう。そこかしこにそんな歴史が残る道外がとても羨ましく思う此の頃。桜?桃のようです。

(↑)イノシシが出迎えてくれた吉野ヶ里遺跡は弥生時代を復元している。

(↑)想像以上にスケールが大きく丸で国の再現かと。案内人も時間潰しの立ち話では東京ドーム25個分の敷地と教えてくれた。暑い。それでも足だけは鍛えているので歩く、歩く。娘は途中脱落。

(↑)あの背振山地を見て過ごしたのだろうか・・・縄文から弥生人の息吹を感じる。

(↑)遠い入り口からも目立っていた祭事用の建物。ワクワクが止まらない。

(↑)高床式の建物は倉庫、竪穴式住居は住まい。一つ一つ覗いたり入ったり。

(↑)1時間以上も歩き回るが全部を見る事は出来ない。

(↑)弥生時代の服装をした案内人と要所要所で出会う。とても親切に説明してくれるのでこんな時期で不謹慎だけどいい時に来たと感じた。一部、見学出来ないものの十分、満たされる。

(↑)タイムスリップした感覚。施設内は移動用のバスが走っているが自分の足でしっかりと。

(↑)小高い丘を振り返ると一般人の集落だった竪穴式住居が並ぶ。古代米の田んぼも見たかったが運転してくれる娘が待つ売店に戻る。前日は福岡空港から学問の神様、菅原道真公が祀られている太宰府天満宮に直行。桃山時代の豪壮華麗な社殿をお参りした。もう学問には縁の無い年頃だけど神代から日本史をもう少し学ぼうかと・・・道外の山には神様が祀られ下山後は知識不足でもやもやした気分になる事があったのも理由。






Last updated  2020.04.26 11:31:33
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