ブルーシャ西村 Official Blog

2007/11/28(水)02:55

週間メルマガ「強引ぐ マイ ウェイ」 vol.69 バックナンバー公開

芸術活動について(92)

2006年6月6日発行号公開 ブルーシャ西村のエッセイ「強引ぐ マイ ウェイ」 vol.69 06/06/07 (水) 発行  皆様、こんにちは。お元気ですか? ニューヨークはとっても変な天気で、急に暑くなったと思っていたのに、またもや寒くなってしまいました。連日寒くて、上着が必要です。6月とは思えないような気温です。  さて、前回のメルマガで、ヨーロッパの貴族の教育観を書きましたが、これを読んだ友人達からは、続々と反響がありました。今まで、この話を友人にも話したことはなかったので、びっくりしたようです。  ヨーロッパは階級社会なので、それぞれの階級ごとに、全く違う価値観が、先祖代々続いているのです。人生の優先順位の付け方が全く違うのです。  そのうえ、彼らは、違う階級の人同士で接点がまったく無いので、違いすぎるということにも気がつかないので、比べることも起こらず、衝突すらないのです。接点がないために、嫉妬とか衝突が全く起こらないです。口さえもきかないのですから。これは、いいことなのか、悪いことなのか、分かりませんね。  日本人は、階級社会ではないので、皆、分け隔てなく色んな人々同士が話したり、接触しています。様々な人が接触するから、他人と自分とを比べたりして、うらやましいと思ったり嫉妬したりする人がでてきて、衝突がおこるのではないかと感じました。衝突のせいで、人の幸せを喜べなかったり、人の足を引っ張ったりする人もでてきます。みんな平等で並んでいないと気がすまない社会なのでしょう。  過去に著作の中やメルマガなどに何度か書きましたが、「出る杭は打たれる」という言葉は日本独特なもので、スペイン語にはそんな言葉はありません。  しかし、接点も衝突も起こらないヨーロッパのような社会よりは、日本のように分け隔てなく接点があって衝突が起こる社会のほうが、お互いに色々な事が学べていいと思います。接点がないと、衝突も起こりませんが、他の人の考えを知って学ぶチャンスもないままです。  色々な考え方や生き方の人がいるので、接触して、知り合って、衝突が起こるけれど、中にはそれによって新しい考え方を学んで自分の人生に取り入れて改良していく人も出てくると思います。  現に、私は、スペインで貴族階級の人々の教育観や価値観を知りましたが、そうでない日本人の私と比べたりうらやましいと考えたことは全く無かったですし、 「なるほどな、こんな価値観だから、彼らの中から大芸術家がでてくるのだな、私もその考え方を人生に取り入れよう」 と、前向きに学びました。  彼らと接触しなかったら、学ぶことがなかった価値観です。接触できたことに感謝しています。そのお陰で、新しい考え方を学んで取り入れることができたのですから。  例えば、ある貴族の友人の祖父はスペイン大統領だったし、先祖代々、作家や画家や政治家を大勢輩出しています。その秘密は、先祖代々の教育観にあったのです。35歳くらいまではずっと働かずに学んで吸収し続けて、才能を伸ばすことにエネルギーを注ぐからなのです。  彼らが貴族の家に生まれて育ったその幸せを素直に喜べたし、素晴らしいことだと思いました。うらやましいと思ったことは全くないです。  そういう私の気持ちは、自然に態度にも現れるので、彼らも敏感に感じて、オープンに受け入れてくれたし、対等に友達付き合いができました。もし私が彼らをうらやましいと感じるような性格だったら、彼らはクローズドにして私とは付き合っていなかったと思います。  スペインで貴族だと、苗字で周りが分かってしまうので、貴族の友人は、「苗字を見ただけで、ずるいと思われたり嫉妬されたりすることも多いから、むやみに友人付き合いはできない」と言っていました。  彼らは、最初から、違う階級の人とは付き合わないようにしています。接点がないほうが、衝突が起こらないからなのです。  私は日本人なので、階級の違う人を避けるという感覚は全くないし、わけ隔てなく色んな人と話をするし、付き合うし、そのお陰で、新しい発見があって学ぶことが多いです。時には八つ当たりをされたり、衝突することも多いけれど、様々な人と接触があることはいいことだと思っています。私も学ぶけれど、彼らも学んだり生かしたりするチャンスがあるということだと考えています。  日本人は階級はありませんが、それでも人それぞれ色んな家庭に育ち、色んな価値観があり、働き始める年齢もまちまちで、中には10代から一日中働きはじめる人もいて、ヨーロッパほどではないけれど様々な価値観の人が共存しています。割とみんな、違った価値観や育ち方の人々が、わけ隔てなく距離感が近く、接点がある社会なのだと思います。だからこそ、色々な価値観の人と知り合って、自分に無い価値観を学んで取り入れたりするチャンスは、ヨーロッパの人々よりも多いと思います。  私は、スペインに渡ってから以降は、ヨーロッパの貴族の価値観を見習って、芸術家として自分の才能を伸ばすために、彼らの価値観を人生に取り入れて生きるようになりました。ですから、それ以降に知り合う日本人の中には、時々、私の価値観が全く理解できない人も大勢います。日本にはない価値観なので、無理もないと思います。カルチャーショックなのでしょう。 「才能があるのに、なんでもっと使って働かないの?活躍できるしお金ももっともうかるだろうに。」と言われることもしばしばです。周りからはよく言われます。 「商売っ気がなさすぎで、下手くそなんじゃないの?」なんて、心配してくれる人達も大勢います。  こうして日々是、価値観の違いの壁にぶちあたりますが、きっと貴族なんて見たことも会ったこともない人々に、どうやって貴族の価値観を説明したらいいのか悩むことが多いです。  才能って、生まれ付き最初からあったものではなくて、長年かけて育てていくもので、育ててきたからこそ才能があるのです。「私才能ないから・・・」と言う人がとても多いですが、才能がないのではなくて、才能を育ててきていなかったから無いだけの話しなのです。  私の場合は貴族を見習って、長い間できるだけ働かないように工夫して、教育を受けて才能を育て続けて、育てきった頃に初めて、ぼちぼちそれを使って作品を発表して社会に還元していこうと考えています。年上の人には偉そうなことは言えないので黙っていて、20代前半よりも若い後輩には、この考え方を教えています。「だから、あわてる必要ないのよ」と言うと、彼らは驚いて、カルチャーショックを受けています。「知り合って教えてもらってよかった」と彼らには喜ばれています。  また、私は経済学部出身なので、学生の時に、「生涯賃金」について学んだことがあって、その内容と貴族の価値観が頭の中で結びついて、自分の人生に取り入れたのもその原因です。生涯賃金はその人が一生の間に稼ぐ賃金のことで、人それぞれ大きな違いがあって、同じ日本人のサラリーマンでも学歴によって2億円とか3億円の違いがでてきます。こんなことを大学でくわしく習った時には、「ひええええええーーーーー」と、びっくりたまげたものでした。先生も、よくこんなことを大学で教えるなあと驚きました。 「みなさん、なぜ、大卒初任給の金額がこのくらいか分かりますか? どうしてか考えたことがありますか?・・・それは、“生かさず殺さず”という金額なのです。飼い殺しの金額。その金額なら、若者が発展して爆発していくことができないからなのです。そして年月が過ぎ、身動きとれないまま年を取ります。日本とはこういう国です。」などと、某先生は授業でおっしゃり、私はカルチャーショックを受けました。激しい先生でした。  そんなこととか、生涯賃金について学んだ後に、スペインに渡り、貴族と知り合ってその価値観を学んだので、“あっ!”と様々な知恵と頭の中で結びついて、目からうろこが落ちたように理解できてしまいました。  経済学を学んだことによって視点が増えて、「比較文化」を自分で行って消化していました。自然に学問していたのです。自分で発見して理解したこの比較文化についても、いつか、本に書き記すべきだと思っています。そのほうが、日本の若者のためになります。人生の前半でできるだけ学んで吸収して、才能を伸ばしてから、それを使って働き始めて、人生の後半で働いて行けばいいのだと思います。そういう生き方もあります。

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