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2020年03月16日
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全9件 (9件中 1-9件目) 1 マクロ経済学
カテゴリ:マクロ経済学
多くの方々が関心があり、私に届く読者からのお便りで一番多い、恋愛と結婚の悩みについて、「マクロ経済学」を結びつけて応用して書いてみています。
好評ですので、続けてみますね。 「マクロ経済学」の、ちょっと先の将来をシュミレーションして予測する手法です。 まだ結婚前でパートナーをこれから見つける女性は特に、「ペン」にくっついている「キャップ」になろうとしないほうがいい、依存しないでフィフティーフィフティーの関係のほうが、長いスパンでみると、結局はパートナーから大切にされます、ということについて説明を数回にわたって書きました。 最初のスタート地点で「ズレ」があると、年月が経てば経つほど、そのズレはどんどん大きくなっていってしまいます。 誰か男性にぶら下がって、依存して生きていこうとする姿勢、つまり従属物の「キャップ」に成り下がって楽をしたいと考えることは、「玉の輿願望」ですよね。 玉の輿願望とは、自分には何も無くて自分は何もしなくても、誰かステキでお金持ちな男性が現れてくれて結婚してくれたらいいなあと願うことですが、それには、長い目で見ると「男性から愛され続けて大事にされ続ける」という点では大きな落とし穴があるのですよ。 男性から、女性として大切にされ続けるのが大変になってくるのです。 キャップは、 「自分で努力せずに」 「自分では全く何もせずに」 「若さを武器に」 という状態で、男性と知り合うとします。 そのとき、キャップは、玉の輿願望をかなえるために何をするでしょうか? 王子様を確実にゲットしたいがために、彼に「尽くす」ことでしょう。 「世話を焼く」 「彼の身の回りの家事をやる」 「手料理を作り続ける」 などなど、彼に尽くして尽くして、彼の気を引く作戦かな? ・・・これも、やりすぎると、「尽くしてもらう」ことを求めている男性、家政婦さん役の女性を理想とする男性が寄ってきてしまうのですよ。 片や、「お金持ちで学歴があるステキな男性」を求めていて、片や、「尽くしてくれる家政婦さん役の女性」を求めていて、そういう利害関係でニーズがあって、くっついてしまうことになります。 特に親密な結婚を、そういう利害関係や条件で探そうとすると、お互いに利害で一致した、仕事のような関係の結婚関係になってしまいます。 だから、条件をあまり計算しすぎて、玉の輿願望を持つのは、あまりおすすめではありません。 最初のスタート地点が、「尽くして気を引くこと」だったら、そのような家政婦さん役を、ずーっとやり続けなくてはならなくなります。 そして、そういう「キャップ」としての家政婦さん役をし続ける人生は、結局、「人間」として「ペン」としての自分を、その男性に「消費されている」ことなのですよ。 「キャップ」になれて男性にぶら下がって楽が出来たな、得したな、と思っていても、長い目でシュミレーションして見てみると、「消費され続ける」女性になってしまうのです。 そんな人生がずっと続いたら、女性としてすり切れていってしまいます。 だから、何事も、結局は、自分で何も努力しないでぶら下がって楽を出来るということは、ないのですよ。 (カルマの法則でもあてはまりますね。) プラスマイナス=ゼロなのです。 ですから、女性も、「キャップ」にならずに「ペン」として生きて、男性に依存せずに、フィフティー・フィフティーの関係を保って、「人間」としてパートナーから尊重されて、「女性」として消費されないように、「女性」として大切に扱ってもらえるようにする人生を選ぶ方が、おすすめです。 そういう、スタート地点の女性の価値観と考え方の違いは、時間が経つほどに、20年後、30年後以降に、だんだん現れてきます。 シュミレーションは、すごく視野を広げて、長期的スパンでやってみましょう!
最終更新日
2008年05月22日 19時52分36秒
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2008年05月18日
カテゴリ:マクロ経済学
多くの方々が関心があり、私に届く読者からのお便りで一番多い、恋愛と結婚の悩みについて、「マクロ経済学」を結びつけて応用して書いてみています。
好評ですので、続けてみますね。 「マクロ経済学」の、ちょっと先の将来をシュミレーションして予測する手法です。 恋愛や結婚についても、マクロな視点で、長期的スパンでシュミレーションしてみると、後悔しない人生を自分で選んでつかみとることができます。 無意識で、なんとなく大勢が従ってしまっていることに、自分もなんとなく流されてしまって、ずっと後で、20年以上とか経ってから後悔してしまう人も大勢いるからなのです。 そうではなくて、自分でシュミレーションして、考えて、自分で選び取っていくようにしましょう。 (これは、恋愛や結婚だけではなく、人生全般に言えることですよね。) 誰か男性に依存して生きていこうとする、「ペン」にくっついている「キャップ」になりたいという女性の生き方は、あまりおすすめではありません。 こういう価値観を、まだ結婚する前の女性が持っていると、よくないのですよ。 ちょっと、シュミレーションしてみましょう。 最初から「キャップ」になろうとして、依存して楽をしたいと思っているその姿勢は、思考が波動になって外にでているので、その波動にあった同じようなレベルの思考と価値観の男性を引き寄せてしまうことになるからなのです。 片や”「キャップ」になって依存して楽をしたい”と考えていると、それに引き寄せられてくる男性は、”俺様は「ペン」だから、「キャップ」として俺様が飼いならして服従してくれるような女性がいいな”と考えている、男尊女卑の価値観を持っているものなのです。 「ペン」にくっついている「キャップ」に成り下がってくれる女性、 「ペン」である俺様以下の存在の「キャップ」をし続けてくれる女性、 思考を飼いならせる女性(俺様以下のちょっとバカがいいなあ)、 俺様の言うことを全面的に聞かざるを得ないような立場「キャップ」をし続けてくれる女性、 ・・・と、俺様な男性は、こんなことを考えて、こんな価値観を持っていることでしょう。そしてその中には、 家政婦さん役をしてくれる女性、 ・・・とこういうことまで当たり前に思って、そんな女性を探している男性も多いと思います。 「キャップ」を探している男性って、心の中で、女性全体のことを馬鹿にしているものなのですよ。 「ペン」にくっついて依存する「キャップ」になりたいと考えている女性と、「キャップ」に成り下がってくれる女性がいいなと考えている男性が、ニーズが合って上手く出会って、パートナーとして過ごすと想像してみましょう。 最初のうちはいいのです。「キャップ」になれて、楽が出来て得したなと思っていたとしても・・・ 問題は、10年、20年・・・と経ったとき、ずっと先のほうまでシュミレーションしてみましょう。 どういうことが起こりそうか? 「お前は、依存して俺様にくっついている「キャップ」なんだから、外に働きに出ないでいい、何もしないでいい、家に居ろ!」 「「キャップ」としての勤め、俺様の側にいる家政婦役をしなくなったなら、離婚だ! 出て行ってもらうぞ!」 「俺様がお前を食わしてやっているんだぞ!」 「お前は、一銭も稼いでいないくせに! 何を口答えする権利があるんだ? 黙って俺様が言うことを聞け!」 「俺様は、お前を食わしてやって、飼ってやっているんだ!」 ・・・と、俺様な男性の心の中では、こんな考えと価値観がもたげてきてしまうのです。 女性全体のことを最初からバカにしているのですから、無理ないですよね。 運良く「キャップ」になれたとしても、悲劇はそこから始まります。 悲劇とは、「キャップ」役が、彼女の人生の「お仕事」みたいになってしまうことなのです。 「仕事」なのだから、絶対に毎日気を付けてお勤めしないといけないし、途中で嫌だといって辞められない、辞めることは許されないです。 「仕事」なのだから、夫の言うことには逆らえないし、夫の機嫌を損ねないように気をつけることが全てになってしまいます。 この場合の夫は、彼女の上司になるからなのです。仕事のような関係なので、夫が上司みたいになってしまうのです。 だから、夫の機嫌を損ねないように、細心の注意を払って、尽くして尽くして、「キャップ」役を務め続けなくてはならなくなります。 「キャップ」役を辞めることは、= 離婚 ということになります。 もし離婚して、一人で社会に放り出されるとしたら、もっとつらいので、消極的に今の状況を選んで、仕方なく「キャップ」役を続けます。 ましてや、子供がいれば、子供の精神への影響と教育と家庭環境を考えると、離婚は許されることではなくなります。 だから、「毎日毎日、こんなに私は夫に尽くしているのにいいいいい! 夫にはその割りに女性として大事にしてもらえないし、どうして~!」と不満がつもりつもってきてしまうのです。 ・・・「キャップ」役に成り下がってしまうと、女性としても大事にしてもらえなくなってきてしまうのです。 その愛情不足は、彼女の中で、愛情の電池切れを起こしてきてしまいます。 「キャップ」よりも「ペン」として生きる価値観を持っているほうが、女性は、結局は、パートナーの男性から、長く女性として大事にしてもらえて愛されるようになります。 「ペン」は取替えが効かないし、掛け替えがないものだからなのです。 ですから、女性の方々は、先のほうまでシュミレーションしてみて、よく考えて、「キャップ」ではなく「ペン」として生きるようにしたほうがおすすめです。 最初のスタート地点にいるときから、後々の影響までシュミレーションしてみて、考えて選択していくことをおすすめします。 スタート地点は、後々まで影響が大きいです。 続きは次回!
最終更新日
2008年05月19日 10時43分48秒
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2008年05月17日
カテゴリ:マクロ経済学
「マクロ経済学」の影響について、6の続きです。
多くの方々が関心があり、私に届く読者からのお便りで一番多い、恋愛と結婚の悩みについて、「マクロ経済学」を結びつけて応用して書いてみます。 「マクロ経済学」の、ちょっと先の将来をシュミレーションして予測する手法です。 「いつかいい男性を見つけて、その男性にくっついて、ぶら下がって、依存して、男性の従属物(ペンにくっついているキャップ)として生きていこう、それが一番楽そうだから」 ・・・と考えてしまう女性が圧倒的に多いことに、6で触れました。 このような価値観と考え方を無意識に持っていると、「人間としての自分の価値」を下げてしまっていることと同じなのです。 これは、どういうことなのか? 貴女は、女性である前に、一人の人間なのです。 人間であるなら、誰か男性と出会う前に、パートナーとしておつきあいを始める前に、そして、結婚する前に、貴女がまず、 「一人でいても幸せで満たされている状態」 でいることが、いいパートナーと出会って長く関係を保つための秘けつなのです。 それなのに、「ペンにくっついているキャップ」になりたいと願うことは、依存心が強くて、従属物になり下がりたいと思っていることです。 そしてそれは、「誰か男性に、私を幸せにしてもらいたい」とか、 「誰か男性に、私を輝かせてもらいたい」とか、 自分以外の誰かに依存して、自分を幸せにしてもらおうと、都合よく考えていることなのです。 (私は、個人的には、このような考え方は、依存心が強すぎて苦手ですし、"その根拠の無いあつかましさ、誰か男性に依存して当たり前なんだと思える傲慢さは、一体、どこからくるのかなあ?" な~んて思ってしまいます。) そうではなくて、「自分一人でも、まず自分で、自分を幸せにしよう!」という価値観を持つようにして下さい。 誰か男性に自分を輝かせてもらいたいと考えるのではなくて、まず、自分一人の時でも幸せで、心が落ち着いて平安で、輝いているようにして下さい。 これは、当たり前のことなのです。 宇宙から観て、「理にかなっている」「王道」なのです。 マクロの視点で、長期的スパンでシュミレーションしてみてください。そうすると、分かってくるでしょう。 もしも貴女が、男性に依存して幸せにしてもらおうと考えずに、自分で自分を幸せにしよう、と考えて、そういう価値観と生き方をしていれば、きっと同じような意識のレベルの、同じような波動を持ったステキなパートナーと出会うことができることと思います。 そして結局は、男性に依存せずに、自分で自分を幸せにしていて、自分の専門性と世界を持っている「ペン」ならば、そのほうがかえって、男性に依存している「キャップ」よりも、パートナーからいつまでも長く大切にされるものなのです。
最終更新日
2008年05月17日 19時17分47秒
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2008年05月14日
カテゴリ:マクロ経済学
「マクロ経済学」の影響について、続きです。
多くの方々が関心があり、私に届く読者からのお便りで一番多い、恋愛と結婚の悩みについて、「マクロ経済学」を結びつけて応用して書いてみます。 「マクロ経済学」の、ちょっと先の将来をシュミレーションして予測する手法です。 3で書きました、 「自分にも彼にも社会的に機会均等(教育・雇用)」 「フィフティー・フィフティーの対等の関係」 「自分のやりたい勉強や仕事はやること」 「男性にぶら下がって依存して生きていかない人生プランを立てること」 「ペンにくっついているキャップ(従属物)にならないこと」 について少し説明します。 これは、パートナーとの関係を深めて、お互いに人間として尊重しあえて(ここポイント!)、お互いに掛け替えのない存在となり、自然に長続きできる秘けつなのです。 これに気をつけると、女性というものは、パートナーの男性から大切に扱ってもらえるようになります。 これは、どういうことか、なぜなのか? というと、「理にかなった」「王道」だからなのです。 「宇宙から観て理にかなっている」ということです。 「マクロ」な視点で考えるとすぐ分かることです。 しかし、ほとんどの女性は、白馬に乗った王子様を夢見ていて、 「いつかいい男性を見つけて、その男性にくっついて、ぶら下がって、依存して、男性の従属物(ペンにくっついているキャップ)として生きていこう、それが一番楽そうだから」 などと考えている女性が圧倒的に多い様子です。びっくりするくらいに多いのです。 これは、特に日本の、幼い頃からの女性に対する教育のせいなのかもしれませんね。 このような価値観と考え方を無意識に持っていると、「人間としての自分の価値」を下げてしまっていることと同じなのです。 ペンにくっついているキャップ、従属物に自分から成り下がってしまおうとする意識が問題なのです。 (ペンとキャップ、というのは、主物と従物、という概念です。) あなたは、「人間として生きたい(ペン)」のか、「女として男に依存して生きたい(キャップ)」のか? そのどちらの価値観を持っているかによって、生き方の選択も変わります。 まだ結婚を考える前の10代の頃にでも、ちょっとシュミレーションしてみると分かることです。 「キャップ」としてくっついて依存する人生を選ぶなら、「女性としての機能」「子供を産むこと」「若さ!」これが武器になります。 もし「キャップ」になりたいなら、「若さ」がないと無理でしょうし、この作戦で結婚しようとする女性は、遅くとも25歳までくらいにはしておくようにするとなんとかゲットできるでしょう。 これを最大限に駆使して、ペンにくっついているキャップになれたと仮定します。 「キャップ」になれたとして、楽をできたなと思っても、最初のうちはいいでしょう。 ・・・しかし、もっともっと、人生の先のほうをシュミレーションしてみてください。 どこまでいっても、「キャップ」は「キャップ」でしかないのです。 「キャップ」は、無くても別に困らない、ということなのです。 (「ボールペン」には、「キャップ」は無くても困らないです。) これはどういうことかと言うと、パートナーの心の奥底では何が起こるかというと、 「あ~あ、コイツは、もし俺と同じような条件の男性であれば、別に俺と結婚しなくても誰でも良かったんだろうなあ。どうせ誰でも良かったんだろう・・・」 というような気持ちが無意識で、いつもいつももたげてきてしまうようになります。 お互いに、このように無意識で考えてしまうようになりがちです。 そして、「どうせ誰でも良かったんだろう?」と思っているパートナーからは結局、女性として大事にされなくなっていき、年月と共に、冷え切った関係になっていきがちです。 そして、ささくれだった空気が流れるようになってしまいます。 すると、「キャップ」の中には、そのささくれだった関係を耐えながら、また再び、「白馬に乗った違う王子様」を夢見るようになってしまうのです。 「別の白馬の王子様が来ないかなあ? どこかにいないかなあ? 私は、また別の「キャップ」になりたい!」 みたいに無意識で思うようになってしまうのです。不倫願望とか、再婚願望ですね。 ・・・これは、近代経済学以前の女性の考え方は、みんなこんな感じで生きていたのじゃないかなあと想像しています。世界中、昔はこういう女性が多かったような気がします。 しかし、近代経済学以降、ケインズが出てきて、「マクロ経済学」も変わってきたら、だんだん世の中も変わっていきました。 「自分にも彼にも社会的に機会均等(教育・雇用)」 「フィフティー・フィフティーの対等の関係」 という男女の関係です。 これは、女性も男性の従属物の「キャップ」になり下がらずに、同じ「ペン」として生きるという考え方です。 「ペン」でいながら、女性としてパートナーと共に長い年月を過ごして信頼関係を築き、生きていくこともできるような時代になりました。 ありがたいことですね。 「ペン」は「キャップ」ではないので、「ペン」として女性としてパートナーに大切に扱ってもらえば、「ペン」には「キャップ」にはない独自の個性と専門性があるので、お互いに尊敬&尊重しあえる関係が続くのです。 それが、ピチピチの時期からずっと長続きできていれば、なおさらより良いと思います。 これが、「掛け替えがない」女性として男性に長く大切に扱ってもらえる、長続きする幸せな道の1つといえると思います。 単なる「キャップ」なら取替えが効くけれど、「ペン」本体なら他と取替えが効かないからなのです。 シュミレーションしてみれば想像がつくし、分かります。 私は、「マクロ経済学」の影響を受けたこのような視点があったので、今まで恋愛や結婚で悩んでいる女性には、このような、「キャップになるな、依存するな」というアドバイスをし続けてきました。 今はもう21世紀なのです。 続きは次回!
最終更新日
2008年05月16日 04時19分37秒
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2008年05月13日
カテゴリ:マクロ経済学
ここ数回は、「マクロ経済学」の影響について書いてみていますが、思ったよりも普段より反響がありました。
・・・中には、経済学部出身の方や、MBAの大学院生の方からもお便りをいただきました。 「スピリチュアルな内容も面白いのですが、このようなマクロ経済学のお話しもとても興味深くて面白いです。」 のような感想もいただきました。 ありがとうございます。 もともと本来は、私の中ではスピリチュアルな部分は、私の全体のほんの一部分だけのことなのです。(実際、スピリチュアルな部分を生業とはしていませんし、職業は芸術家です。) 私の原点ともいえる専門分野は、経済学でしたから、当たり前ですよね。芸術家で、アートなんぞをしていますけれども、経済学も専門だったからなのです。 やはり、多感な時期に、経済学部で学んだことは、今振り返ると、私の人生の価値観を大きく変えるすごい影響があったのです。 今思うと、これは、経済学を学ぶことは、私の物書きとしての運命だったのかなあ?という気がします。 物を書いて本を公に出版することも生業とするようになり、「ああ、いろいろと勉強しておいてよかったなあ」とつくづく思うようになりました。読んでくださる読者のことを考えると、なおさらそう思います。 経済学という道具を授かって、物書きとしてありがたいです。 本を書くという行為は自分の中のあらゆる引き出しを開けて吐き出すことなので、著者の中にたくさんの引き出しがあったほうがより良いからです。 同じスピリチュアルなことを書くにしても、何を表現するにしても、経済学がベースにあれば、人生のあらゆる現象に関して、応用して結びつけて最良の方法を選ぶことが出来ます。 「マクロ経済学」の影響について、続きです。 読者からのお便りで一番多い、恋愛&結婚についての悩みに、結び付けつつ、書いてみますね。 視点がマクロに広がると、どうなるか? 「転ばぬ先の杖」 「魔法の杖」 を授かることと同じです。 自分が今生きている時代の変化を調べて、ちょっと先の未来を予測していくクセがつくので、将来の自分の人生についてもシュミレーションを常に行うようになります。 もう、普段生活していて、何を観ても、何のニュースを見ても、新聞を見ても、道を歩いていても、路地裏を歩いていても、どこにいたって、目の前のひとつの情報から「今それがそこでどういうことが起こっているのか」発見して、「ちょっと先の将来を予測」してしまいます。 毎日、毎分毎秒の、思考のクセみたいに、脊髄反射的に、何でもかんでも、マクロな視点から観察してシュミレーションして考えるようになります。 視点そのものが広がってしまった後だったら、こうなるのは自然なことなのです。 そうしたら、「じゃあ、今から私たちは、どうすればいいのか?」考えるようになります。 私たちの人生を道を歩いていると表現してみると、その時もし、目の前に例えば、大きな岩がまたがっていたり、少し先に山崩れがあったとか、台風が来そうだとか、そういうことを知ると、そういう災いを避けるにはどうすればいいか、対策を立てられるようになります。 「災いを避ける方法」 「不幸を避ける方法」 をシュミレーションして考えることができるようになるのです。
最終更新日
2008年05月13日 19時19分33秒
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2008年05月12日
カテゴリ:マクロ経済学
「マクロ経済学」の影響について、続きです。
「マクロ経済学」は、普段の生活のあらゆるシーン、人生全体を通して、あてはめて応用していける、とても奥深い学問です。 応用して使いこなせば、便利な「道具」として、人生に生きてきます。 学んだまま、何も使わずに道具にホコリをかぶらせてしまうのはもったいないです。 実際の生活や人生で使ってこそ、「道具」として生きてくるのです。それは、一生の間ずっと使えますし、周りの友人知人たちや、自分の子供や家庭にも教えて知恵を分けてあげることができるのです。 例えば、恋愛や結婚にも、「マクロな視点」を応用できます。読者の方々のお便りで一番多いのが恋愛と結婚についてなので、ちょっとこのテーマについて、説明を試みてみますね。 「マクロ経済学」を学んで影響を受け始めてからは、人生全体をトータルで観て、常に優先順位をつけなおしながら、修正しながら、やりたいキャリア(勉強と仕事)をつけていくようになりました。 そして、人生を70年とか80年くらいとしたら、それ全体で観て、もしも時間を買えるなら、私の人生ではどの年代が一番値段が高いだろうか?と考えました。 時間は売っていないし、買えないものなのですが、いつが一番高くつくかなあとシュミレーションしてみました。 この考え方は、少々過激かもしれないですが、時間や若さというものは、刻々と過ぎていって決して後戻りは出来ないので、20歳ごろから常に考え続けると、すごく有意義に人生を選んでいけます。 私の場合は、シュミレーションの結果、もしも人生の時間を買えるなら、一番値段が高い時期は、「20歳から28歳」かなあ、と考えました。 理由は・・・・20歳から28歳までは、ピッチピチだから! ですが、もっと詳しく調べてみると、人間の脳の老化が急激に始まるのは28歳からだということが分かりました。28歳までは初めて学ぶ分野でもスイスイ吸収できるのですが、それ以降は、習得するのにもっと時間がかかっていき、倍くらいかかるようになっていってしまうそうです。 うう~ん、それなら、28歳までは、ずっとやりたい勉強や仕事に集中して、時間をいっぱいいっぱいに使いたいなあ~、と思うようになりました。 それと同時に、脳の老化が28歳から、ということは、きっと女性としての老化も28歳からくるのかな~とか、想像してしまいました。 それなら~、20歳から28歳までのピッチピチの時期に、パートナーを見つけておければいいなあ、もしいいのが見つかったら大事にしよう~ まあ、気長に期待せず、執着せずにいて、誰かいい人がいればでいいや、いればで。・・・なあんて考えたわけです。 やっぱり、お互いにまだ未完成のピチピチの時期に知り合って、パートナーとして成長し合って関係を育てていくということは、その「人生で買えるとすれば一番値段が高い時期」をお互いに共有するということになるので、きずなが深まると思ったわけです。 お互いの人生の一番値段が高い時期を差し出しあって、一緒に過ごすのですから。 きずなが深まって、お互いに掛け替えのない人になれればいいなあ、などと考えました。 掛け替えのない人ではなかったらどうなるか? 想像してみると、 「コイツ、別に同じような条件がそろった男だったら、別に俺じゃなくてもよかったんだろうな。誰と結婚してもよかったんだろうな。」 なあんて相手に思われて、大事にされなくなってしまう可能性があります。 だからこそ、人生で一番値段が高い時期を一緒に過ごしたパートナーとは、ちょっと言い争いをしたとかくらいで別れるのは、意味がないなあ、もったいないなあ、無駄になるなあ、できるだけ上手にお付き合いして、長続きさせて、別れないようにしたいなあ、と考えました。 「恋愛・結婚にも、せっかちを起こさないこと」 「短期的スパンで辞めないこと (すぐサッサと別れないで人のことは大切に扱うこと)」 「長期的スパンで彼との信頼関係を育てること」 これを、常に気をつけるようにし続けました。 それで、以上のような、「マクロ経済学」の影響の深い考え方があってこそ、いつも私は、周りの悩んでいる人達に、 「彼とは別れないように修復して努力したほうがいいよ、至らないところはお互いに直していけばいいんだから。貴女だって完璧ではないでしょう? 彼だって人間なんだから欠点には片目をつぶってあげて長所を伸ばしてあげたほうがいいよ。」とアドバイスしていたのです。 続きは次回!
最終更新日
2008年05月13日 04時42分19秒
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2008年05月11日
カテゴリ:マクロ経済学
経済学部で「マクロ経済学」を学んで受けた影響について、続きです。
この影響で身に付いた価値観は、一言で言うと、 「理にかなっている」価値観 になっていきました。もう、ビフォー・アフターで、180度といっていいくらいに回転してしまいました。 この、「理にかなっている」ということは、「計算する」とか「そろばんをはじく」とかいう価値観や考え方とは全く違います! 「理にかなっている」ということは、もっともっと奥が深い価値観のことです。 宇宙的な価値観のことなのです。 「宇宙から観て理にかなっている」価値観と言えます。 何事も「計算する」と、人間だから読みが甘くて浅はかなので、長い目で観察してみると意外にお粗末な結果が待っているものなのですよ。 「計算する」と、どうしても短期的スパンで結果がでないと待ちきれずに辞めちゃったり、みすみすチャンスや大切なものを逃したりしてしまうものなのです。 この場合の、計算して逃してしまうものとは、例えば、人生で後になって後悔してしまうようなものも含まれます。 勉強、何かを途中で辞める、彼氏、彼女、婚約者、結婚相手、チャンス、子供に与えるいい家庭環境、子供に与える教育、などなどです。 「計算する」タイプは、せっかちになってしまいがちです。 人間は、浅はかだから仕方がないのですよ。 近代経済学は、もともと、 「人間は浅はかなものだから、そのまま社会を野放図に放っておくと良くない。富を分配して、様々な人達に機会均等を与えて、雇用を生み出して、経済成長していけるように、社会全体がより良い方向に向かっていくように、政府が経済政策を施して舵取りをする必要がある」 という考え方から生まれてきたものだと言えます。 そのくらい、人間とは、放っておくと、浅はかに動いてしまいがちなのでしょうね。 機会均等の内容とは、大きなものは、労働、教育の機会を均等に与えることです。 人間に対する教育って大事なんです。 私自身が、「マクロ経済学」とケインズなどなどのお陰で、もうブワーッと、視点と価値観が宇宙的に広がったことからも、すごく実感しました。 「マクロ経済学」を知らなかったら、今の私は無いです、と断言できます。 今考えても本当に、奥深い学問で、実際の生活と人生にあてはめて応用していけるのですよ。そして、少なくとも私の場合、大変な効果がありました。 そして、マクロに限りませんが、家計のやりくりから国家政策にまで使えるので、経済学は主婦でも大統領でもどなたでも使える便利な学問、すなわち「道具」だと思います。 私は、「宇宙から観て理にかなっている」かどうかはひたすら吟味して考え抜きますが、絶対に「計算はしない」のです。 「計算する」と我が入ります。 その我は、宇宙から観たらもしかして間違った方向に進んでいくことかもしれないのです。 そして、執着も入ってきてしまいます。 執着は、いろんな宗教でも教えていると思いますが、持っているとロクなことにはならないのです。 執着はできるだけ外していかなければなりません。 執着を外すと、計算しないでも、宇宙の法則と本来の自分の運命に沿った方向に、自然に進んでいきます。 それが、自然体で生きるということなのです。 例えば、よく結婚相手探しについて問い合わせが多くあるので、次の本に書いてもいいかなと思っていますが、結婚についても「執着」と「計算」は外したほうがいいと思いますよ。 私は、「運命の人」と結ばれる宇宙の法則 という本を書きましたし、生まれ付き霊能者の体質だったため、2歳から守護霊の僧侶と毎日話をして、自分の配偶者の映像も2歳から観ていましたけれども・・・、 意外に思われるかもしれませんが・・・、 「全く結婚願望が無かった!」 のですよ!!! もう、全然、結婚願望というものが無くて、結婚に対してとくに憧れがあったわけではなかったのですよ。 結婚願望が無かったからこそ、自分がやりたいスペイン留学に旅立ってしまったのです。 もし結婚願望が強い女性なら、彼の周りをずっとくっついてまわっていて、スペイン留学なんてしないでしょう。 スペインって遠いですからね。 結婚に対しても、執着を全く外していたわけなのです。 執着もしないし、計算も全くしなかったです。 でも、執着と計算をしないほうが、良かったのですよ。 「マクロ経済学」のお陰ともいえます。 ポイントは、 「人間は放っておくと浅はかなもので、不完璧だ」 「彼も自分も人間だから不完璧で当たり前」 「恋愛・結婚にも、せっかちを起こさないこと」 「短期的スパンで辞めないこと(すぐサッサと別れないで人のことは大切に扱うこと)」 「長期的スパンで彼との信頼関係を育てること」 「自分にも彼にも社会的に機会均等(教育・雇用)」 「フィフティー・フィフティーの対等の関係」 「自分のやりたい勉強や仕事はやること」 「男性にぶら下がって依存して生きていかない人生プランを立てること」 「ペンにくっついているキャップ(従属物)にならないこと」 ・・・このようなことが言えると思います。
2008年05月09日
カテゴリ:マクロ経済学
さて、続きです。
経済学部で「マクロ経済学」を学んだ影響で、私の 「物の見方」、 「世の中や時代の流れに対する視点」、 「価値観」、 「人生の優先順位のつけ方」 がすごく変わっていったことについて書きます。 「マクロ経済学」は、話しのスケールが冗談みたいにでかいので、知らず知らずのうちに、私も学ぶうちに感覚やスケールがでかくなっていきました。 感覚とスケールがでかくなると、当然、「価値観」もでかくなっていきます。 「マクロ」とか、「グローバリゼーション」とかの視点が身に付くと、いつの間にか、世の中の物事を観察するときの視点が、「日本の中だけの話」だけではなく、日本を飛び出して「世界全体から選んだ話」に変わっていきます。 なんせ、「マクロ」なんでね~。 頭の中で空想したり、シュミレーションを色々行ってみるときに、 「これは日本では当たり前とされているけれど、世界の中でみれば全然違う。世界の中で当たり前とされていることは日本では非常識になってしまっている。」 とか、 「この分野の最高峰、世界水準、一番レベルが高い最高峰のものは、世界の中のどこにあるのだろう?」 というように、自分自身の発想自体が、ものすごくでかくなっていきました。 今までは、例えば、私たちよりも前の世代の方々は、物事を選ぶ時にまず、「日本の中で最高峰のものを探して選ぼうとする」のですよね。人間は自分の視点の範囲でものを考えるのが通常であり、それが生まれて以来知らず知らずに身に着けた自分にとって余りにも当たり前のことだったから。 それが、「マクロ経済学」を学んで理解して、マクロな視点を身に付けると、物事を選ぶ時に何でも、 「日本だけじゃなくて、世界の中で最高峰はどれで、どこにあるのだろうか?」 という発想に切り替わっていきます。 今思えば、私の価値観と発想が、このように「マクロ」に広がったことで、人生に対する優先順位のつけ方まで変わってしまいました! これが、私にとって、人生の転機でした。脱皮だったのでしょうね。 何か物を買うにしても、彼氏を選ぶにしても、男性とお付き合いするにしても、留学するにしても、学ぶ学校や先生を選ぶにしても、仕事を選ぶにしても、結婚するにしても、もう、何をするときでも視点が「超マクロ」になってしまったのですよ! 例えば、 「マクロな範囲から最高峰を選び出す」 「せっかちは浅はかなので厳禁!」(経済政策でもすぐに結果がでずに時間をかけて結果がでてくるので。) 「短期的スパンではなくて、長期的スパンで計画して物事を考えて選ぶ」 「自己投資への結果も長期的スパンで10年以上計画で気長に続ける! 辞めない!」(途中で辞めたら何にもならないでかえって無駄!) 「ブランド(評価やレッテル)と包装紙にだまされない、真に受けない」 「真に本質を見抜いて選ぶ」 「中身の質のみ!で評価して選ぶ」 「質が良くて無駄が無いものを選ぶ」 「理にかなっている物事を選び抜く」 ・・・と、こんなに理にかなった価値観になっていきました。 その際に、 「世間の常識」 「血統(各家柄に伝わっている家系の価値観)」 「宗教」 と、これら3つは必ず外して考えます。 「大多数の不特定多数の何も考えずになんとなく従ってしまって流されているものを、根こそぎ外して一から考える」 のです。 「それは理にかなっているかどうか?」 を常に考え抜くようになりました。 その結果、周りの人々が、ただなんとなく流されてなんとなく我慢して従って、なんとなく消極的に選んでいるような物事や価値観を、根こそぎ無視!するようになりました。反面教師ですね。 自分の責任で考え抜いて、選び抜いたのです。 自力で、ケインズなど天才経済学者たちの残した理論を学ばせていただきながら、参考にして、自分の国と時代と状況にあてはめて、シュミレーションして、選んでいきました。 この価値観の変化は、日本の20代前半の女性にしては、超過激で強烈すぎて、両親でも理解してもらえずについていけなかったみたいでしたので、風当たりは当時は相当きつかったですよ。 風当たりはきつく、ちょっと年上の人達でたたいてくる人もいましたけれど、反対に、天才的な人々や成功しているビジネスマンなど、先輩たちで励まして応援してくれる人々もたくさんでてきました! 今思うと、この過激な「理にかなっている」考え方と価値観が、友人を自然に選別するフィルターになってくれていたのです。 ・・・そして、考えた結果、 「世界の最高峰の油絵はどこで学べるのか?」 と選び出した国と学校が、私の場合、 「スペイン!」 「画家J.トレンツ・リャドが創設した絵画学校」 だったわけです。 元来、油絵は日本のものではないので、日本で勉強する場合には、いいものもあるにせよ伝統と歴史に蓄積されたノウハウにはどうしても限度があるため、その教授法は少なくとも世界の最高峰ではないと考えていたのです。 「日本で油絵を学ぶこと」とは例えると、語弊があるかもしれませんが、 「相撲をハワイで学ぶようなもの」 「空手をアフリカで学ぶようなもの」 だと思ったわけです。 油絵が発生してきた国はどこか? 歴史的画家を多く輩出している国はどこか? 私なりに考えて、自然に導き出された答えが、「スペイン」だったのです。 その道のプロとして生きていくためには、自己投資をその道に費やして当たり前です。その際にそれが世界の最高峰で学ぶとすれば、一番いいのだと思いました。それが、「その道に関してプロ意識が高い」ということだと考えました。 これも、「マクロ経済学」を学んでマクロな視点を身に付けていたことの、果実の1つです。 (今思うに、こんなマクロな考え方、進路や大学を選ぶ高校生の時期では思いつかないですよね。)
最終更新日
2008年05月12日 04時04分37秒
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2008年05月08日
カテゴリ:マクロ経済学
今思うに、マクロ経済学を学んだことが、その後の私の人生に大きく影響を及ぼしているように思えます。そして、今後も、私の人生にずっと影響を及ぼすことになりそうです。
特に、今の私の・・・ 「物の見方」、 「世の中や時代の流れに対する視点」、 「価値観」、 「人生の優先順位のつけ方」 ・・・などにその影響が如実に表われている気がします。
もちろん、経済学を学んだ人全員に影響があるとは思えませんが、私の場合は、元来、感受性が豊かで感動しやすいタイプだったためか、その分、ショックと影響が大きかったようです。
一言で言うと、私の知る限り、「経済学者って、実はパンク野郎だ!」ということでした。私が見た経済学者は、ある種、「時代のパンク、反逆児、アウトロー!」ばかりだったのですよ(笑)。
つまり、私にとって、経済学とは、「まさにパンクの学問だっ!」でした(笑)。
「こ、こ、こんなこと勉強しちゃってもいいのおおおおおお?こ、こ、国立大学で、こんなことを教えちゃっていいのおおおおおおお?」 「せ、せ、先生っ、そういう考え方を大きな声で言ったら、ああた、殴られまっへ~! なんて過激なお考えですこと! 大丈夫なんだろうか、あんなんで?!」 ・・・って感じの連続でしたよ(ちなみに出身は関西です-笑)。
とは言え、社会科学系の学者は、権力に迎合するのみならず、ある種批判的な視点で物事を見る必要があるとすれば・・・本来的には、学者というものはこうあるべきなのかもしれません。 とにかく、熱い先生が多かったです。国立大学は教えている内容が大人しいのかと思いきや、私の知る限り、それは大きな間違いでした。聞いた話では、日本では意外に、私学の方が無難な内容を教えていることが多いそうです。
私は、激しいカルチャーショックを受けてしまいました。 ・・・これが、私の、第一段階目の洗礼みたいなものでした。
「いかにして、過激派パンク芸術家への道をまっしぐら! に進むか。」に、私はそれからますます、邁進してしまいました(笑)。
勉強もそれなりに(?)ちゃんとするようになりましたし、当時は生意気にも「週間エコノミスト」を毎週読んでいました(笑)。
【最近は“ゲージツ”とやらと執筆ばかりするようになって久しく、勉強不足気味が続いているため、かなり視点が偏っている自分に気づいています。アートと人文系の分野ばかりに頭が偏っていると、ある種視野が狭くなってしまうので、私に言わせれば、芸術家としては良くないのです・・・私の考える“アーティスト”とは、単なるアートのみの「アート馬鹿」ではなく、多様な分野を総合的に学ぶことでシナジー効果を体現できる総合文化体現者とでも言うべき存在なのです・・・。私は、また今頃になって、マクロ経済学をおさらいしたいな、もう一回勉強したいな、アホになってきてる(人文系のみに偏り過ぎているという意味で)からやばいなあ、と感じ始めています。(反省。)】
経済学の学問を一通りザーッと勉強したときに、いろんな視点や考え方、なんせ、「社会の舵取りをする方法や理論」を学んだわけですから、あまりにもスケールがデカくてびっくりしてしまって、笑ってしまうほどでした~。話のでかいことでかいこと・・・なんだかこっちまで気が大きくなっちゃいます(笑)。
富の分配など、様々な時代や地域の国家の経済政策をザーッと色々学ぶので、考え方と価値観が、やたらでっかくなってしまったのです。そのせいで、自分の思考のスケールも多少大きくなったとも言えるし、ある種間延びしてしまったのかもしれません(笑)。
各国の経済学や経済政策の歴史(経済学史)も必須科目でした。 「こういう状態の国でこういう政策をとれば」、「こうなっていく!」みたいなことばっかし勉強し続けた記憶があります。
特に、私が学んだマクロ経済学は「ケインズ学派」(ケインジアン)だったため、ケインズの 『雇用・利子および貨幣の一般理論』も学びました。これは、必須科目の教科書ですね。 当時既にバブルは崩壊していたので、もやはこのケインジアンの考え方は時代遅れで古くなっていたのですが、それを先生も承知で、今起こっている時代背景と、ケインズが生きていた時代背景とを比較して分かりやすく説明してくれながら、一通り学びました。
それで、ケインズを知ったのですが、彼の膨大に残した理論や書物を知るにつけ、
「こんなん、こんなスッゴイ理論を、一人の人間が、一生の間に、打ち立てて書き残したのおおおおおおお?! し・し・信じられないいいいい! てっ、天才だああああああ!」
と驚き仰天してしまいました~。そう、私って、感動しやすい性格なんですよ~。
「・・・こんなん、とてもじゃないけど、私だったら、どう逆立ちしてみても、私が一生の間に白紙の状態から打ちたてて編み出すなんてことは、できないなあ~。 ケインズってすごいなあ~。 そんな彼が考え出した理論と経済政策を、後世で私が短期間で学ばせてもらって知恵をいただけるなんて、ありがたいことだなあ。 だって、私にはこんなのは思いつけないもの~。」
・・・と、すでに亡くなっているケインズに感謝、ついでに教えてくれる先生にも感謝してしまいました~。この辺り当時の私は我ながらなかなか謙虚でした(笑)。
そうなんですよ、特に、「マクロ経済学」って、やたらスケールがでかいのです。それがまた一長でもあり、一短でもあるのですが・・・。 そして、余りにもスケールがでかすぎて、オモシロすぎるんです~! 事あるごとに、「おいおいホントかよ~?」 と言いたくなるような調子でした(笑)。
私は一気に、頭が開いてしまったかのように、ブワーッとマクロに視点が広がっちゃって、なんだか世界と地球が小さく感じられるようになってしまったのです(き、危険??-笑)。
続きは明日!
最終更新日
2008年05月11日 14時20分40秒
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