た だ 生 き て い く、そ れ だ け で 素 晴 ら し い
た だ 生 き て い く、そ れ だ け で 素 晴 ら し いま え が き人は、誰しも悩みや苦しみを抱えて、人生を歩んでいます。 振り返ってみますと、私の人生も悩みと苦しみの連続でした。何度も鬱(うつ)状態に陥りましたし、苦しくて動けなくなり、作家活動を休止したこともあります。「生きる」ということは何と苦しいことか、投げ出してしまいたいーーそう思ったことも一度や二度ではありません。しかしそのたびに不思議と私は踏みとどまり、どうにか生きのびてきました。そんな中で、数年前から、私は「生きる、それだけで十分奇蹟(きせき)ではないのか」と思うようになったのです。「なぜ」「どうして」「どうやって」生きているのか。そうした問いかけすら必要ないのではないのか。私はどちらかと言えばシニカルな気質の人間ですが、このことに気づいた時、胸が熱くなる思いがしました。当たり前だと言われてしまうかもしれませんが、それでも、改めて皆さんにお伝えせずにはいられない。ただ生きていく。それだけでもう十分素晴らしいのではないか、とひそかに感じたのです。とはいえ、苦しみがなくなったというわけではありません。「生きる」ということは、常に苦しみとともにあります。歳を重ねれば少しは楽になるだろうと若いころには考えていましたが、残念ながらそんなことはありませんでした。歳を重ねようと状況が変わろうと、私は今も悩み、苦しいと感じ続けています。しかしこの苦しみさえ、人生の大切な瞬間だと思えるようになりました。苦しみは喜びを生み、悩みは発見の母となります。どちらがいい悪いではなく、この瞬間全てが愛(いと)おしい人生そのものなのです。私は今年84歳になります。おそらく本書を手に取ってくださったほとんどの方が、私より年下ではないかと思います。年上だからとえらぶるつもりはありませんが、少し長く生きてきた人間として、悩みや苦しみとともに生きていく方法についてはⅠ日(いちじつ)の長(ちょう)があるかもしれません。そう考えてつたない言葉をまとめてもらうことにしました。このささやかな一冊が、皆さんの日々の一助になれば、これ以上嬉しいことはありません。著者: 五木 寛之( いつき ひろゆき )1932年( 昭和7年 )福岡県生まれ。平壌で終戦を体験し、47年引き揚げ。早稲田大学中退後、66年「 さらばモスクワ愚連隊 」で小説現代新人賞、67年「 蒼ざめた馬を見よ 」で直木賞、76年「 青春の門 」他で吉川英治文学賞、2002年菊池寛賞受賞。主な著書に「 朱鷺の墓 」「 戒厳令の夜 」「 生きるヒント 」「 蓮如 」「 他力 」「 大河の一滴 」「 養生の実技 」「 林住期 」「 遊行の門 」「 人間の覚悟 」など多数。近刊に「 自分という奇蹟」などがある。2010年長編小説 「 親鸞 」で毎日出版文化賞特別賞。その後、「 親鸞【激動篇】」「 親鸞【完結篇】」と書き継がれ14年に完結、著者のライフワークの一つとなった。2016年11月4日: 第1版第1刷発行発行所: 株式会社 PHP研究所