人生日録・事業 大正 7.1.28 あ
どう考えても地上の大仕事を成し遂げるものは狂人の手と馬鹿の頭とだ。狂人に嘘はない。 馬鹿に技巧はない。いつも常に率直だ。下らない思慮が何になるか。賢いものが口癖に囀(さえず)る理性なんてマサカの時に何の役に立つか。世の中に何が一番苦痛だといって自己を詐(いつわ)らねばならぬ生活ほど苦痛はなかろう。自ら魂を拘禁する罪因、それが即ち狂人ともつかず馬鹿ともつかぬ善人賢者と呼ばれる灰色動物なのだ。多数の礼讃は呪いの声だ。呪いの礼讃に包まれた善人や賢者は世の美事徳行なるものを壟断( ろうだん )している。今のいわゆる美事徳行は自己を詐る毒素から生れて来る。狂人と馬鹿に美事徳行はない。真純なる生命は常に彼等の胸に宿っているのだ。彼(か)の善人の仮面を見よ。彼(か)の賢者の偽装を見よ。あんな奴等にお芝居の外に何事が出来得るものか。