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文の文

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茗荷谷





小石川植物園へ行った。茗荷谷という駅で降りて歩くと、正門までがえらく遠い。塀越しに丈たかい立派な木を見ながら歩く。そばの消防署の庭にもいろんな種類の木が植わっているし、民家の前の植木鉢も多彩だ。意識の高さかな、と思う、

見覚えのある木を見つけては名前を呼ぶ。木はどっしりとそこに生え、時おり吹く風に、挨拶代わりとばかりにふわりとその枝を揺らす。

入場券は近くの煙草屋で購入する。半券もぎりのおじさんになぜ煙草屋で買うのかと聞いてみると、民営化のため委託しているのだそうだ。

おじさん自身は公務員だったが定年して、今は準公務員だと言う。顎の張った実直だけどとっつきにくそうな顔つきのおじさんが、「国庫に入るお金を扱えるのは、ここではたったひとりなんですよ」と勢い込んで説明してくれた。

園に入ると一本一本に名札がつけられており、自分が思い込んでいたものを正される。ずっとニセアカシアかと思っていたのがミズキだったり、さつきと呼んでいたのはオオムラサキというのだと知る。

つつじとさつきときりしまなどつつじ科の区別はややこしい。スズカケとユリノキをまちがえたりする。そのほかの緑の葉っぱもまだまだ見分けがつかないが、ケヤキとクスノキはわかるようになった。やっと仲良しになれたような気分だ。

サクラの並木の緑が濃い。小さなさくらんぼも見える。花の頃にはさぞかし見事に咲き乱れたことだろうと思う。まぼろしのように花吹雪を思い浮かべる。そういう楽しみ方もある。同じように鮮やかな緑のカエデの並木を見ながらその紅葉を思う。秋の日の木漏れ日がゆれるさまといっしょに。

柴田記念館というのがあった。柴田博士のレリーフもあった。その風貌には植物を愛するひと特有のおだやかさのようなものが見て取れた。ムーミンに出ていたヘムレンさんを連想する。レンガの煙突が見える。ヨーロッパの片田舎にあるような、やはり植物を愛したヘムレンさんが住んでいそうなそんな佇まいだ。

記念館には猫がいて、えさを持って記念館からおばあさんが出てきた。白衣を着ていたので、研究者さんなのだろうけれど、女優の原なんとかいうおばあさんみたいな品のよさそうな感じがした。小柄で、小顔で、白髪が勝った髪をオールバックにして、いつも笑っているような目元で、おちょぼ口で、童話にでてくる誰かに似ているように思うのだが、ちょっと思い出せない。

「ニャオン」と猫を呼ぶと、人懐っこく寄ってきてわたしのまわりをくるっとまわってむこう向きに腰をおろした。知らん顔をして、手を伸ばしてデジカメを向けてみた。
ねこ

猫ばかりか、野うさぎもいた。
ピーター

思わず「ピーター」と口をついてでた。植物園なのに動物ばかりに目をむけているなあと苦笑する。

ハンカチノキ、すずかけ、クスノキ、立派な巨木に見ほれる。目黒の自然教育園は人の手がはいらない自然のままの森だったが、ここは手入れが行き届いてるのだなあと、まっすぐ天をめざす木々を見ながら思う。

分類標本園で、たくさんの種類の名前を知る。ああそうかあ、見慣れたこの花はそういう名前だったのか、とうなずく。そしていつものようにすぐ忘れる。それでも、なんだか楽しい。

半分も見ないうちに閉演の時刻が迫る。植物に囲まれている間はなんともなかったのに門に向かいはじめると急に疲れが出てくる。重たくなった足を引きずりながら家にたどり着くと万歩計が一万歩を超えていた。また行こうと思っている。


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