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文の文

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旧古河庭園





旧古河庭園

北区西ヶ原にある旧古川庭園へ行った。バラの盛りはすこし過ぎたようだけれど、それでも園内には老夫婦や高齢の女性グループが次々に訪れてきていた。

こんな洋館があって、

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そこにはたくさんのバラが咲いている。

たとえばこんなのや
rose3

こんなのや
rose1

こんなのが咲いている。

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どのひとも、まあきれい、と口々にささやきあって写真を撮る。わたしもそのひとりだ。


その昔、文京区民だったころ、家人に案内されてこの庭園を訪れたことがある。

22歳だった。ほんの数ヶ月前まで学生だったなにもわかっちゃいない新妻。廃油はどう処理すればいいのかと悩み、わかめが味噌汁の中で爆発的に増殖して色の変わった汁を見てうへえと驚いていたころ。

どこにいっても迷子になりそうな東京。訪れた場所が点でしかなくて、その位置関係があたまのなかで繋がっていかない。地下鉄の路線図はこんがらがった毛糸のように見えた。

そんなおのぼりさんのわたしは洋館やバラを見て、えらくハイカラなお庭だなあと感心したものだった。納豆や太いネギや黒いうどんの汁には閉口したけど、東京もやるね、の気分だった。

そこまでは覚えているのに、その奥に日本庭園があることをすっかり忘れていた。ここから少し駒込の方へ行くと六義園があるが、そこの記憶と混同してしまっている。30年近く年月がたってみればどの記憶もそんなものなのかもしれないが・・・。

大きな日本庭園のなかには年輪を重ねた木々が茂り、見上げた空をその緑で覆っていた。深く息を吸うと新緑の香りが胸まで飛び込んでいく。いのちの匂いだ。

飛び石が案内する道を行くと、池があり、蔵があり、十五重の塔があり、巨大な灯篭があり、滝まであった。

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その滝そばの、木の葉が作る日陰にベンチでお弁当を広げている老夫婦がいた。ふたりのうえで風に揺れる木から細かな白いものが降り注いでいる。なにかの花粉のようだ。

夫の白髪交じりの髪についたそれを妻が払う。夫は当たり前のような顔で「うん」とうなづく。夫が自分の鞄から水筒を出し、ふたにお茶を注いで妻に渡す。妻は「うん」とうなづいてそれを飲む。

ゆったりとした時間が流れていた。

その先に崩れ石の石垣というのがある。ここにも老夫婦がいた。夫がインスタントカメラを持ち「撮ってあげよう、そこにたってごらん」と言う。小柄な妻は帽子を取って気恥ずかしそうにその石垣の前に立つ。

またふたりのアルバムのページが増えていく。

長い長い時間夫婦でいて、遠い道のりを二人で歩いてきて、そして老いてもなお二人の時間が続く。二人で始まった暮らしはまた二人に戻る。そんな夫婦のかたちもあるのだと思う。


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