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文の文

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水道橋





東京ドーム

ひょんなことから東京ドームへ行くことになった。巨人×阪神開幕2戦目を観戦した。かつてパッチーワーク・キルト展で訪れた場所が、白球を追う男たちの戦場になっていた。

ライト側の外野席だった。外野席に座るのは30年ぶりだ。夏の盛りに甲子園の高校野球を見たなと思い出す。日差しはじりじりと肌を焼いた。若かったな。ここは屋根つきの球場で、暑くも寒くもない。快適なものだ。

外野から見る野球は、いつもテレビの中継でみる方向とちがっていて、なにやら新鮮だ。ローズのおしりを眺める。けっこう大きい。

選手との距離は遠いが、野手の守備位置が良くわかる。打者によって微妙に位置が変わる。打球が飛んでくるときの野手の動きを背中から見る。リラックスしている体が打球音を聞いて、瞬時にボールを追い始める。その機敏さが良くわかる。どきどきする。盗塁も裏側から見るとなかなかスリルがある。

動体視力がないので、カクテルライトのなかで、たびたびボールの行方を見失ってしまう。満塁ホームランがどこに入ったのかわからず、隣のお兄さんに聞いた。レフトに飛び込んだのという。そこは阪神の応援団のもちもので黄色にそまっている。

レフト側は、そのときまさに狂喜乱舞だった。ひとびとは興奮してプラスティックの小バットを打ち鳴らした。この一瞬のためにここにきたのだ、そんな顔のように思えた。

それにしても、その整然とした応援ぶりに感動する。リズムも所作もきちんと振り付けされているようだ。敵地に乗り込む心意気。愛してやまないということか。

外野席は応援団の席だな。これは歌舞伎座の一幕見のように、ひいきのチームへの思い入れの強い人々の指定席である。

ライト側でもユニホームを模ったTシャツを着てオレンジ色の小さなバットを持った老若男女がスタンダップ状態で声を嗄らす。清原のTシャツを着ている人が多いなと気づく。しかし、今日清原はフィールドにいない。

「レッツゴー、レッツゴー、ジャイアンツ!」

外野席中央で大きな旗が振られ、トランペットが吹かれたりする。誰かが音頭を取って掛け声をかける。バッターがボックスに入っている間中、「よーしのーぶ」だの「しんのすけ」だの、選手の名前がよばれる。選手それぞれに主題歌もある。よう考えたもんだなあと感心する。

2列前の端の席に白髪交じりのおじさんがいた。銀縁の眼鏡をかけ、肩幅が狭くて猫背のどこか小心そうな風貌なのだけれど、応援がシンとするとこのおじさんが「レッツゴー!レッツゴー!」と右手を突き上げ、音頭を取り始める。それについでみなの応援が始まる。

おじさんは、ジャイアンツのメッシュのTシャツを着ているが、その色はグレイで、背中には「SAWAMURA 14」とあった。筋金入りの応援であるように思われた。

試合は阪神のホームラン攻勢で進んだ。矢野のソロホームラン、アリヤスの満塁ホームランで5点が入った。これに対してジャイアンツは小久保のホームランの1点のみだ。

毎回毎回、スタンディングで応援するひとびとのなかから、「まったく!どいつもこいつも打てねえなあ」と苛立った大声が聞こえてくる。「ペタジーニのばか!」と言う声も聞こえた。凡退のたびにため息が大きくなる。

それでも白髪のおじさんは「レッツゴー!レッツゴー!」と掛け声をかける。阪神の攻撃中に、隣に座るよく似た風貌の青年といっしょに自家製のおにぎりをほおばり、一度も席を立つことなく、最後まであきらめず右手を突き上げる。日焼けしているけれど、そう大きくはない手だった。

9回裏ジャイアンツ、ツーアウトで1,2塁に走者が出た。ライト側が燃えた。白髪のおじさんも、中高年の夫婦も、ギャルも、茶髪も、子連れも立ち上がり、ぺタジーニの名を呼び、一発を待った。空気の色がオレンジになった。

そしてペダジーニは三振をして試合は終わった。立ち上がったひとびとの口からため息と失望の声が漏れた。「なにやってんだ!」の声も上がる。白髪のおじさんは一瞬うつむいて、帰り支度を始める。そして、続々と階段の上がっていく人並みのなかに消えていった。


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