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カテゴリ:ダンス、舞踏
井手茂大はイデビアン・クルーを率いる振付家、ダンサーであり、近年「ダンダンブエノ」や松本修のカフカ、白井晃の『ルル』などの芝居でも振付を依頼され活躍している。井手は優れたダンサーなのだが、このところイデビアン・クルーでも踊っていない。数年前の『イケタライク』や林浩平の企画した武蔵大学の詩人とのコラボレーションなど、しっかり踊った姿は近年は数えるほどだった。それがシアタートラムの独舞シリーズという依頼でついに実現したことは、ダンスファンにとっては重要なことだった。
観客席の下半分を切って、平舞台の三方を取り巻くように座布団席と折りたたみ椅子による下の客席を作った。そこでは観客は靴を脱ぐ。舞台にはゴザに近いシートが敷かれ、そこに赤いシートで四角く花道のようなものが作ってある。舞台奥は通常のままで下手にピアノが一台。 黒いパンツと長袖シャツの女性が二人登場して、上手と下手に立ち、さも「携帯電話は」などの注意をするように見せながら、黙ったまま二人入れ替わり、挨拶するような動きをしたりして、去っていく。このちょっとした仕掛けで十分舞台の期待は高まった。 無音のなかでスーツ姿にイガグリ頭で裸足の井手が上手の袖からちょっと顔を覗かせる。そして少しずつ歩みそうになって、戻る動き、傾いたまま動きそうな姿勢など、緊張感のある非常にゆっくりした踊りを展開しだす。すると下手手前のスピーカーから割れるようなロックの音。それに吃驚して井手は元の袖に慌てて消える。また恐る恐る登場。またゆっくりとした踊りを繰り広げる。と音楽とともに下手観客席横に布団を持ったオバさんが登場して、布団を叩きながら、「ひっこせ、ひっこせ」と連呼。最近話題になった近隣嫌がらせで逮捕されたオバさんのパロディー。それに驚いて、井手はまた引っ込む。これが繰り返され、黒服の女性がオバさんを連れ去る。この踊りそうで踊らないような導入自体がいい踊り。照明が変わると、井手がスーツのまま頭に日本髪の鬘で目隠しをして、手に炊飯ジャーを持って登場し、足元を探りながら上手奥の赤いラインの角に向こう向きに立って、空手の動き。女性が登場して、井手をこちら向きにする。目隠しを外してジャーを持ったまま赤いラインの上を四角く歩く。そして踊りだす。 井手の動きは基本的に音楽に合わせて腰を動かし、両手を動かしというジャズダンスやディスコダンス的な要素がある。音楽もジャズやラテンムード音楽をよく使う。しかしジャズ、ディスコ、ラテンダンスとはまったく違う。体操選手のウォームアップのような動き、手を使ったギャグ的マイムから倒れ込み、床でごろごろ動く、突然立ちあがって、バレエの回転とジャンプ、また倒れてうごめき、起きて武道的動きやモデルウォーク、ストリップ的腰振りと股間突き出しなど、あらゆるものが混在一体となっている。それが実に自在に動き、かつぽっちゃりとしかし筋肉の詰まった体が行うため、コミカルみも見えながら、それが次第にかっこよく見えてくるから不思議だ。ともかく見ていて楽しいダンス。そしてどこか切ないような気持ちを、ちょっとだけ喚起するところが魅力的だ。 中盤からどんどんダンサブルになって、自在に踊りまくる。暗転してスポーツ着っぽい格好で踊り、そのあとピアノの脇で背中を見せて踊る姿は素晴らしい。そう井手の動きは背中、背後もとてもいいのだ。普通のダンサーはどうしても前の動きが中心だが、井手は前後左右、後から見ても見せる力がある。つまり、前を意識したものではなく、それだけ全身で踊っているということだ。だからこそこの三方から見せる客席を作っても十分生きるのだ。 最初の暗転からトラムの背後の中央が赤く塗られたホリゾントにでかい掛軸がぱっと開くと、「俺」の一文字。あくまで自分一人踊る、だがその「孤独」がソロダンスの意識を語っているようだ。ちなみにこの大胆に墨で書かれた「俺」を見ていて、そうか人が大きく申すこと、それが「俺」なんだと思ったりした。シャイでありながら大胆、それが合わさった井手茂大を堪能した舞台だった。
最終更新日
2005年06月13日 22時43分44秒
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