病院大好き委員会!?

2006/07/10(月)01:05

プライドを捨てた一瞬

今から3週間ほど前になるだろうか。 骨髄提供のための採取OPE目的である患者が入院してきた。 骨髄採取のドナーは『善意の塊』を持った人である。 少なくともわが病棟のスタッフはそう思っていた。 ところがドナーである彼は 今までの患者とまるで違っていた。 待合室では『ドナーなのにすぐに診察室に入れてくれない』と外来で一悶着起こし 入院後は ドナーには禁煙を言い渡されているにもかかわらず あろうことか病室でタバコをすっていたりした。 採取のオリエンテーションのためナースが訪室すると 『もう、うるさい!!以前にも聞いたよ』と声を荒げ、まったくナースの言うことに耳を貸そうとしない。 基本的にドナーの入院費は移植を受ける患者が負担することになっている。 その説明もしてあったのだが、彼は平気で 『背中に湿疹ができてるんだよ。この入院のついでに薬を出しておいてくれ』だの 『ずっと前から腰が痛いんだ。湿布を処方してくれないか』だのと まるで骨髄採取とは関係ない処方を医師に依頼していた。 彼が入院してきた日の夜、わたしは夜勤で初めて彼に会った。 『対応注意』 それが彼についての日勤ナースからの申し送りだった。 彼の部屋に訪室してすぐに彼はわたしに言った。 『クスリはまだか』 医師が軟膏と湿布を処方したのは夕方遅くだったためまだ病棟には届いていなかったのも悪いが 『今から薬剤部に取りにいってきますのでしばらくお待ちください』 そう答えてからナースコールや他患者の時間的処置のあと薬剤部にクスリを受け取りに行き 20分後再度彼の部屋に行った時にはもう室内灯は消され真っ暗になっていた。 まだ19時半である。 しかし彼はクスリを催促してきたくらいだから必要なのだろうと考え、 わたしは彼に声をかけた。 『お薬をお持ちしました。遅くなって申し訳ありませんでした』 すると突然 彼は起き上がり 『眠っていたのに今頃持ってくるなんて非常識だろ!!謝れ!!土下座しろ!!』 えっ土下座ってわたしが クスリが遅れたのは 昼間に頼まれていた処方を夕方まで忘れていた医師のせいである。 しかし ここでわたしが謝らないと 『じゃあ、骨髄提供はやめだ!』と言われるかもしれない。 こんな腹の立つドナーでも この人から採取される骨髄液に一人の命がかかっているのだ。 今 やめると言われたらわたしが我慢できなかったために一人のかけがえのない命をなくしてしまうことになるのだ。 わたしは全身が怒りで震えるのを感じたが 一度深呼吸をしてから ゆっくり床に膝をついて 『申し訳ありませんでした』と言った。声が震えているのが自分でもわかったほどだった。 最大限の怒りを抑えベッドサイドにクスリを置いていこうとしたわたしに次に彼が言ったことは 『今から寝ると言っただろう。クスリは明日の朝もってこい』だった。 じゃあ今わたしがした行為は何だったんだ だいたい、移植患者の負担でここの入院費を払ってるんじゃないか。 それなのにどうでもいいような薬をこのついでに出してもらおうなんて ドナーになる人がする行為じゃない。 それでも怒ってはならない。わたしが一人の人間の命を摘み取ることは許されない。 見知らぬどこかの病院の移植患者に手渡される骨髄液は その患者も家族もわたしたちにとっては憎たらしいドナーの骨髄液その一滴までもに命を託しているんだ。 見知らぬ患者のために わたしは土下座をしたその一瞬、プライドを捨てた。 しかし、この瞬間、事実上のドナーはわたしのような気がした。 プライドを捨てて謝ったことで 『やめた』とは言わせなかった。 確かにその怒りは抑えようがなかったが 頭を床につけながら 『どうかこいつの骨髄がだれかさんに生着しますように』と心の中で祈ることで 自分を抑えきれたような気がした。 一人の人間の命は尊い。 それを救うことができるなら わたしのプライドなどちっぽけなものだ。 2日後、無事骨髄採取を終えた彼は退院していった。 後から考えてみると やはり彼のドナーとしての志には感謝しなければならないと思う。 どんな人格であろうと 人の命を救おうとした気持ちはわたしたちと同じなのだ。 彼の骨髄液は今頃どこかの患者の身体の中で活躍しているのだろうか。 そうであってくれることを祈るばかりである。  

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