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マサコ@ Re:些事 勘違いの日本語(05/02) しみじみいいお話ですね、折々こうして、…
arz2bee@ Re:ポケットーク  デビュー(04/05) きっと役に立ちますよ 何か国からお客さ…
柳居子@ Re:反面教師(03/24) 3月21日 掲載洩れの記事です、
柳居子@ Re[1]:交遊録(02/08) 賢犬さんへ 彩雲堂へお越しの機会が有りま…
賢犬@ Re:交遊録(02/08) 同支社と聞いて、なつかしくなりました。…

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2007.02.23
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   福田和也氏(慶大教授)の労作『昭和天皇』は、文春での連載21回を数える。三月号『ローマ法王との邂逅』に、太平洋戦争 日米和解アメリカ側の仕掛けを書いた下りがある。ローマ法王庁を介しての打診である。 伏線は昭和17年 昭和天皇が東条英機に命じて、バチカン市国への特命全権公使派遣 友好関係構築に有る。 更に遡って大正10年7月 皇太子時代の外遊の時 最後に訪れたのがイタリアとローマ法王庁であった。 当時ローマ近郊に膨大な領地を持ち、イタリア国家とは主権を巡る微妙な緊張関係の最中皇太子は訪れた。

 法王との拝謁を終え別室で各国の大使が伺候して皇太子の握手を賜る。国家と言えば余りに小さく 立派な宮殿だけの法王庁に ノルウェーやスゥェーデン等の純プロテスタント国家を除く主要国の殆どが大使を派遣していた。 皇太子は、情報蒐集地 世界に向けての宣伝地である事を見抜いていた。世上では、『日嗣の皇子が、耶蘇(イエス)の世界支配に与(くみ)した。日本にいるカソリック信者は、日本臣民であると同時にローマ法王庁の被治者に等しい』と新聞紙面を埋めている。

 若しローマ法王庁を介しての米の和平提案が天皇に届いていれば、少なくとも 広島・長崎の原爆禍は避けられたかも知れない。皇道派と目された将校の多くは、2・26事件以降 本省を外され在外公館の武官を務めていた。的確・迅速な外交情報を本国に打電し続けたが、そのレッテルだけで何一つ取り上げられなかった。 侍従長 鈴木貫太郎をして『スターリン閣下は 西郷南洲翁を髣髴させる大人物』と言ったそうだ。当時ソ連を介しての和平が真剣に討議されていた。

 福田和也氏は、昭和天皇のバチカン訪問の印象を類推して『芸術には何の価値も無いのだ 美術史上の偉大な名前も何の輝きも持たない 唯一つ聳え立つ崇高の為の奉仕が全てだ』と書いている。  昭和天皇はその時代の第一級の外交通 リアリスト 現実主義者 判っていたのである 判っているのにどうにも出来なかった人だったと柳居子は思う。

 http://plaza.rakuten.co.jp/camphorac/diary/200604290000/







Last updated  2007.02.23 06:54:42
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