2007.02.19

東・文・研

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   京都に於ける昭和の名建築の筆頭に 柳居子 左京区北白川東小倉町の京都大学人文科学研究所付属漢字情報研究センターを挙げたい。 スペイン様式 僧院をイメージした建物で、多くの名建築を設計された武田五一氏の弟子 東畑健三氏が図面を引いた。考古学者 浜田耕作先生や 狩野直喜先生などの拘りが歴史的な名建築を後の世に残した。

 今は閑静な住宅地に姿良く収まっているが 建築された昭和5年当時は、畑や雑木林の中にポツネンと建っていたらしい。東亜進出を国是とした時代 『東方文化学院京都研究所』として、外務省予算で落成した。満州事変の勃発は翌昭和6年の事である。東方文化研究所・京都大学人文科学研究所本館・同研究所付属漢籍文献センターと名を変えているが、中国・天津の蔵書家 陶湘氏の二万八千冊に及ぶ大コレクションを始め、羅振玉や王国維によって解読の進んだ甲骨文字を刻んだオリジナル甲骨が何処かに収まっているはずだ。 柳居子二度センター内へ入ったことがあるが 内部吹き抜けの書庫には、漢籍が堆く書架にびっしり並んでいた。梃(てこ)に合う本は一冊もなかった。

 周辺が整備され 京都大学の先生方の住宅用に家が立ち並んだが、今 京大の先生は、一人もお住まいでは無い 貝塚茂樹先生の旧宅がそのまま残っている。

 柳居子の友人 独立美術会友 芝田キク画伯は、以前窓辺の花を画題にシリーズのように度々描いていた。窓枠のデザインが建物のそれに酷似しているので 尋ねたところ 果たしてこのセンターで昔アルバイトをしていたと言う。窓枠一場面を切り取っても 画家のモチーフとなり得る そういう凝りに凝った建築物である。早晩国の文化財として指定を受ける建物でもある。

 松ヶ崎へ流れる疎水支流を挟んで柳居子の自宅とセンターは歩いて一分掛からない距離にある。何万冊の価値ある漢籍と隣同士 枕を並べて寝ている様なものだが ブタに真珠 猫に小判 残念なことだが有難味が判らぬ。

http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/

 

 

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Last updated  2007.02.19 13:27:13
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