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ヴェネツィアの獅子たち

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Reiko Fujiwara Marini

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2007/11/15
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カテゴリ:歴 史
 881年にヴェネツィア共和国は、ローマ教会から最初の破門宣告を受けます(ヴェネツィアはその後も何度か破門されます)。
 当時、「破門される」ことは社会的に抹殺されることを意味していましたが、ヴェネツィア人は意に介していなかったようです。むしろ、教皇といえども自分たちの政治に介入することは許さない、というプライドというか感覚を持っていました。
 ですから、西暦1000年を前にした、「最後の審判」がくだされて地獄に堕ちる、という「恐怖」は庶民レベルでさえ、当時ヨーロッパ一般の人々ほどは持っていなかったと思います。
 
 こういう彼らの「合理主義的傾向」を、「ヴェネツィア人は金勘定しかしないからだ」という理由付けで見聞きすることがありますが、それは中傷というものでしょう。(「中傷」と言う言葉は、かつてのヴェネツィア人のためであって、現在のそれについてはそうともいえません)
 彼らは敬虔なクリスチャンであり、カトリックではあったのです。それでいながら、宗教上の観念やイデオロギーに振り回されずに、カトリックの教えの「おいしいとこ取り」ができる能力を備えていたのだと思います。それはまさに「政教分離」が確立されていたということです。
 宗教上の教義を盲信したり、特定の権力者に片寄ったりすることは、いずれ国の滅亡につながっていくことを知っていたのです。
 それは、魚介類と塩しか資源のない、干潟につくられた小さな島が、独立国家として生き延びるために、必要から生まれた知恵だったのでしょう。(ヴェネツィアを描いた古い地図)






Last updated  2007/11/15 05:11:59 PM
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Re:ヴェネツィアと西暦1000年頃のヨーロッパ(その3)(11/15)   サンタンタル城 さん
因習を盲信したり、権力者に帰心することは、農の世界に特有のことで、現在の日本にも当てはまることかも知れません。古くから商の世界だったヴェネチィアは、先進社会を先取りしているのでしょうね。 (2007/11/15 10:46:15 PM)

サンタンタル城様   Reiko Fujiwara Marini さん
まさにその通りで、「農」か「商」はその国民性を見る上で、大きな手がかりになりますよね。それにしても、今のヴェネツィア人は、自分の街の歴史にも無知で、特に商人は観光客から吸い上げることしか頭にない人が多いのが、残念です。 (2007/11/16 01:15:33 AM)


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