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ヴェネツィアの獅子たち

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Reiko Fujiwara Marini

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2008/05/24
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カテゴリ:人物伝
 科学者で、歴史家、思想家でもあり、またヴェネツィア共和国の教会法学コンサルタントをつとめ、生涯を修道士として生きた、パオロ・サルピは1552年8月14日ヴェネツィアに生まれました。
 ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)の友人で、彼にして『誇張ではなく、本当にヨーロッパ随一の博識である』と言わしめ、ヴェネツィア共和国とローマ法王庁との「戦争」で、その才気と洞察力でヴェネツィアを救った、知の巨人です。
 
 しかし今では、彼の名は、「パオロ・サルピ通り」や「パオロ・サルピ高等学校」などという名前とともにのみ発音され、イタリアはおろかヴェネツィアでもその人物像を知る人は多くはありません。
 
 科学者といっても、サルピの研究範囲は膨大で、ガリレオと同分野の天文物理学、数学をはじめ、 化学、光学、機械学、植物学、鉱物学、医学などの専門家で、実際に人体の瞳孔の縮小と拡大のメカニズムや、心臓を中心とした血液循環のシステムを発見した人物だと言われています。
 
 ガリレオ自作の望遠鏡を、サンマルコの鐘楼に上って、ヴェネツィアの総督に披露したのも、サルピの橋渡しによるものでした。
 
 また、歴史家、文筆家として彼が記した『トレント公会議の歴史』は、当時のヨーロッパの知識人の間で話題を巻き起こした、注目の書でもありました。
 というのは、この本は、ローマ法王の主催するその宗教会議で、1545年から1563年にかけて北イタリアのトレント(トリエントともいう)で行われた会議のてんまつを、法王に対し、明確に批判的な立場で書き表されたものだったからです。
 
 単なる歴史家からの視点でなく、パドヴァ大学で神学の学位をとった、神学の専門家として、ローマ法王庁と法王の姿勢を真っ正面から論破した、頭脳だけでない、とても肚の据わった人物でした。(その2に続く)







Last updated  2008/05/24 04:12:47 PM
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