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ヴェネツィアの獅子たち

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Reiko Fujiwara Marini

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2008/06/14
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カテゴリ:人物伝
 今回も、知の巨人パオロ・サルピが生きた時代背景を少し書いておきます。
 
 ローマ法王庁の、〈我々が認めないものは、すべて「邪」である〉という、絶対主義的なやり方、「信仰」「善行」の解釈の仕方(特に資金集めのための)に対して、各地の知識人が批判するようになります。
 寄進や寄付、その他の「善行」ではなく、「信仰心」だけで人々は救われるべきなのに、救済が売買されているとして、ルターや他の宗教家、神学者たちが非難していたのです。
 
 科学の分野でも時代は変わりつつありました。万能レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)が登場し、コペルニクス(1473-1543)が地動説を発見し、コロンブス(1451-1506)の新大陸発見などもあり、それまでの古典崇拝(ギリシャ、ローマ学説の盲信)ではなく、自然現象を観察することで、新しい事実を発見しようとする姿勢がでてきたのです。
 
 一方、保守カトリックの牙城、ローマ法王庁は、ルターのような、新しい信仰の解釈を危険思想とし、提唱する人間が「過ちだった」と認めない場合は破門に処しました。異端審問を強化し、該当されるとする人物を、投獄や火刑にし、書物は禁書に指定するなど、弾圧を徹底させていきました。
 
 法王やカトリック教義の批判をしたわけではない、科学者たちも「異端視」されていました。コペルニクスは教会からの圧力を恐れ、存命中は地動説の理論を発表しなかったと言われています。ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)も、宗教裁判で地動説を捨てることを誓わされました。(ローマ法王庁が誤りを認め、ガリレオの名誉回復がなされたのは、前法王のヨハネ・パウロ2世時の1992年のことでした)
 
 さて、パオロ・サルピは、カトリックの修道士であり神学者、法学者として、徹底的にローマ法王庁、法王の姿勢、解釈を批判した上に最先端の科学者でもありました。またローマ法王庁にとっての「問題児」であるヴェネツィアを完全に擁護し、法王に「ノー」と言ったのですから、睨まれない訳がありません。(写真の絵は、ガリレオの宗教裁判の様子 クリスティアーノ・バンティ画1824-1904)その5に続く






Last updated  2008/06/14 03:13:21 PM
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