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ヴェネツィアの獅子たち

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Reiko Fujiwara Marini

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2008/07/18
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カテゴリ:人物伝
 サルピの暗殺に失敗したローマ法王庁は、その後も再三にわたって実行しようとしました。この執念深さは、「ローマ教会」という絶対的な権威が少しずつ失墜しつつある中、ヨーロッパのインテリ達の間ではもはや有名なサルピが、大衆の支持を得れば、第二のマルティン・ルターになり得る、これに対する大きな危惧からでしょう。
 
 サルピの理念は、プロテスタント達の唱えた信仰の解釈等と共通する部分も多いのですが、神学者として、ルターとは違うタイプでしたし、科学者としてもガリレオとは異なっていました。視点が違うというか、あらゆる学問を深めながら、同時にずっと遠くを見据えているとでも言うのでしょうか。
 
 ガリレオが、教授として18年間をパドヴァ大学で過ごし、フィレンツェへ移った後も、サルピとの交流は続いていました。
 地動説だけでなく、空気にも重さがあることを主張したりと、当時の専門家でも理解されない最先端の学問だけに、ローマ教会から圧力を受けることも多く、落ち込むガリレオにサルピが「いつの日か人々が、貴公の偉大さを理解するときが来るはずです」と励ます手紙を送っています。
 
 また、ガリレオが重力や天体についてサルピに書いた手紙は、科学史上もっとも重要な資料の一つだと言われています。
 この専門的な内容の手紙のやりとりからも、サルピの天文学、物理学、数学のレベルは当然ガリレオと同程度であったことは疑う余地はありません。
 
 神学者、歴史家、文筆家として、何冊かの本や学術論文を執筆しています。『パウロ五世による聖務禁止令についての論文』『パウロ五世によるヴェネツィア共和国への懲罰に関する考察』『トレント公会議の歴史』『教会の特権についての論文』などです。これらの本に書かれた文章のスタイルが、またサルピその人を端的に表しています。
 
 というのは、当時の主流の文体というのは、修飾され誇張された、つまりドラマティックで大げさな文章が良いとされ、圧倒的な流行でもありました。一方サルピの書く文章はシンプルで簡潔。物事を、それ以上でもなく以下でもない表現で描写する。直接ズバリと核心を突くにもかかわらず、攻撃的な感じがしない。完璧に研がれた刃物が、その切れ味の良さゆえに軽さの感覚しかない、のと似ているでしょうか。
 
 そのシンプルな文章には、大衆に向けてという彼の思いがありました。そのためには判りやすい文章でないといけない。学問は、知識階級の自己満足や自己陶酔の手段ではなくて、多くの人々の役に立たないと意味がない、ということです。
 学問にしても宗教にしても「実際に使える、人の生活をより豊かにするもの」であることが、サルピにとってより重要なことでした。だからこそ、組織の権力と地獄の恐怖とで、人々をあやつり縛りつけるローマ教会を批判したのでしょう。本来の宗教は、人を解放するものである、と。
 
 もう一つ象徴的な意味が、簡素な文体の中にあったと思います。それは、「外観と中身の一致」です。壮大で華やかな文章ではあるけれど、内容はあまりない、口では立派な理想を語るけれども、実際の生活態度は矛盾している、というようなことは、人がはまりやすい落とし穴ですが、サルピは、極力それから自分をいましめようとしていたのだと思います。
 
 彼は一つのノートを持ち歩いていました。そこには自分の間違いや直すべき欠点が、折にふれて記入され、それらがその日は改善されたかどうか、一日の終わりに自分を検証するためのノートでした。
 
 少年の頃より天才と呼ばれ、あらゆる学問に精通し、各地のVIPに助言を求められ、修道会ではゴボウ抜きで出世、ヴェネツィアでは英雄視されていたサルピ。このような人がこんなノートを持っていた。このような人が慢心することなく、こんな地味な努力を重ねて自分を律していた。
 いや、おそらく自身に厳しい眼差しを向け「慢心する自分」を自覚していたからこそ、常に修正することを続けていたのでしょう。
 
 神学校で教えること、そしてヴェネツィア共和国の法学コンサルタントとしての仕事に献身していたサルピですが、1622年の12月25日、クリスマスの挨拶のため部屋に訪れた弟子のミカンツィオにこう告げます。「これが、私の最後のクリスマスになるでしょう」(その10に続く)







Last updated  2008/07/18 07:51:48 PM
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