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ヴェネツィアの獅子たち

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Reiko Fujiwara Marini

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2008/12/20
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カテゴリ:歴 史
 ビザンティン帝国の首都、コンスタンティノープル(コンスタンティノポリス=コンスタンティヌスの街)は、紀元前からの街ビザンティウムが、330年ローマ皇帝コンスタンティヌス(在位306-337)の遷都で、こう呼ばれるようになりました。
 
 十字軍の攻撃を受ける1204年までの約千年の間、難攻不落の都市であり、文化、経済レベルとも断トツに世界一の、華やかな都でした。
 しかし、大国のその繁栄が頂点に達すると、「お腹いっぱい」で動きが緩慢になり、新しい発想にも危機管理にも鈍感になりがちです。十字軍がやってきたのは、ビザンティン帝国のそういう時期でした。
 だから、今度の十字軍が我々を攻めるらしい、と知っても、この街が攻め落とされるような事はまず有り得ない、と皇帝も支配階級の貴族も信じていました。
 
 1203年7月、十字軍とヴェネツィア人の艦隊が、ボスポラス海峡に姿を現しました。フランスの騎士達の部隊は陸側から、ヴェネツィア人部隊は海側からの上陸を試みます。
 ガレー船上のヴェネツィア人達は、前面の街を取り囲む城壁と塔の高さに苦戦していました。その時、船上でそれを見ていた総督エンリコ・ダンドロが、「私を城壁の手前の岸に降ろせ」と命じたのです。
 それが転換へのきっかけでした。目も不自由な高齢の総督が、先頭を切って上陸したことによって、ヴェネツィア人の動きが変わり、金角湾の城壁を破り始めたのです。
 
 一方、上陸したフランス人騎士部隊は、数では完全に勝るビザンティンの部隊と対峙していました。その知らせを受けた総督ダンドロは、全ヴェネツィア軍とともに加勢に駆けつけます。
 それでも圧倒的有利は変わらないはずのビザンティン部隊が、戦わずして退却していったのです。数ではない、総督を始めとする、一人一人の気迫が圧倒したのでしょうか。
 
 皇帝の座をむりやり乗っ取った、アレクシウス3世でしたが、これは不利と見たのか、愛娘イレーネと目ぼしい宝石を持って逃走したのでした。
 釈放された前皇帝は、老齢を理由に息子アレクシウス4世に皇帝の座を譲ります。予定通りの十字軍側には問題はなかったのですが、ビザンティンの民衆にとって、アレクシウス4世は、外国人の操り人形であり、裏切り者でした。
 
 そんな、暴動や蜂起が起きてもおかしくない情勢もあり、新皇帝は十字軍に、約束のお金がすぐに払えないのもあるし、滞在の契約期間を延期して、1204年の春まで留まってほしいと頼みます。
 聖地奪回を忘れた訳ではない十字軍側は、不満を口にします。一方、出来たら聖地奪回などしたくないヴェネツィア側といえば、今から冬の到来で、ここに留まるのはいいとして、あまりに長引かせるのはまずいな、と感じていました。
 彼らヴェネツィア人は、長い交易上のつきあいから、新皇帝の言葉を鵜呑みにするには、ビザンティンの人間の性質を、知り過ぎていたのでした。(その7に続く 城壁に囲まれたコンスタンティノープルの街の絵)
                






Last updated  2008/12/20 04:33:02 PM
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