2007/07/30(月)04:47
窓の記憶(32)「あの日薔薇は咲いた」その1
百合枝は順調に回復していった。目はほとんど以前と変わらぬ視力を取り戻した。可動式のベッドを起こして、少しなら寄りかかっていられる様になった。朱雀は日が暮れると毎日の様にやって来た。朱雀が病室にいる時間は、鍬見は気を利かせて室内監視のモニターをOFFにした。彼も忠実な朱雀の部下であった。
百合枝は半身を起こして窓の外を眺めていた。百合枝は入って来た朱雀に微笑みかけた。
「今日は早いのね」
「一刻も早くキミに逢いたくてね。空を飛んで来たのだよ」
「あら、空を飛ぶのは嫌いではなかったの?」
今では百合枝も風の力についての知識を得ていた。それと朱雀の好みも。朱雀は肩をすくめてた。
「すまん、本当はこの近所で打ち合わせがあってね。幸運な事に」
「そうだったのね、お疲れ様」
朱雀は寝台に上り、優しく百合枝を抱き締めた。面会時間は限られている。短くともそれは二人の大切な時間であった。百合枝は安心しきって朱雀の胸に身を預けていた。深く豊かな声が百合枝の耳にささやきかけた。
「愛してる」
「私も」
唇が重ねられた。激しく性急に。
いきなりドアが開いた。
「お父さん、大変だ」
和樹は二人を見て慌てた。百合枝は恥じらい、朱雀の胸に顔を伏せた。
「あ、ごめん」
和樹は後ろを向いた。朱雀は取り繕った声で言った。
「何だね、いきなり」
「ああ、僕、外で待ってるから」
和樹は出て行った。
「どうしましょう」
百合枝はうろたえていた。朱雀はいたずらっぽく笑った。
「息子に打ち明ける手間がはぶけたよ」
朱雀は廊下へ出た。和樹が一人立っていた。和樹は朱雀を見て少し微笑んだ。
「お互いに大人だからね。その方面は寛大でいこうよ」
朱雀は成長した義理の息子にまぶしげな目を当てた。
「それは、ありがたいね」
「お父さんだって、誰かを好きになっても当たり前だよ」
「お前はどうなのだ?」
「僕?僕だって、まあ、そのうちにね」
和樹は照れた顔をした。
和樹はすぐに顔を引き締め、一通の手紙を朱雀に差し出した。
「幸彦さんがこれを」
手紙を受け取り、目を通した朱雀はつぶやいた。
「『火消し』が戻って来る・・」
それは大きな戦いが近いと言う事である。
「サギリさんも一緒なら、百合枝さんの事も解るはずだ」
「そうだな」
百合枝が『火消し』の仲間であるかどうかで、彼女の扱いも変わって来る。
朱雀は手紙を和樹に返しながら言った。
「悪いが、和樹」
「何だい、お父さん」
「百合枝は、私の一番大事な人なのだ」
和樹はすぐに察した。朱雀は遠回しに百合枝との許婚の承諾を和樹に得ようとしているのだ。和樹は笑った。
「僕は二番目でも三番目でもかまわないよ」
「すまんな」
「その分、幸せになってよ。僕の兄弟の事も楽しみにしているよ」
朱雀はひるんだ顔をした。
「誰に聞いた」
和樹は片目をつぶってみせた。
「情報戦略は僕の得意分野ですよ、社長」
朱雀は苦笑した。
「我が社の専務は優秀だな」
和樹は朱雀を見て、にやりと笑った。
「何を笑う」
「お父さんは、百合枝さんの事に関しては、とても真面目で純情だよね」
「私はいつでも真面目で純情なのだよ」
和樹は朱雀がうろたえているのを微笑ましく思った。
(続く)
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