貴方の仮面を身に着けて

[最遊記・峰倉作品] カテゴリの記事

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  最遊記関連の二次小説を整理致しました

  まとめサイトの「最遊記」関連の二次小説を大幅に整理致しました。「最遊記」「最遊記RELOAD」「最遊記外伝」も含めてです。作業をしながら・・つくづくと私は「最遊記」が好きだったのだなと思いました。今は作者の病気等で停滞していますが、一時期のこの漫画の素晴らしさには、今でも愛着が消えずにおります。特に・・猪八戒と天蓬元帥が好きです（笑）この二人の心情には入りやすいというか、特別に想いが乗り易い。書いている時も一番楽しかったです。それだけに、逆に辛い時もありましたけれど。それは私のような拙い創作であっても、書く時はその人の痛みも自分に引き受けるからですが。そのうちまた、新作を書いてみたいと「そんな風に思えるように」なりました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑掲載された作品はこちらでまとめてご覧になれます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  2007/08/24

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  この小さな花を手に（最遊記・悟空）改訂版

  雨が続いている。三蔵の機嫌が悪い。八戒は無理が祟って寝込んでいる。おかげで飯がまずくても作ってくれる人もいない。悟浄もあまりしゃべらない。こんな時は俺も黙っているしかない。窓から空をいくら見上げても、灰色の雲ばかりだ。それでも少しでも動きたくなって、外へ出た。村のはずれまで来ると小さな家があった。軒下で雨宿りをしていると、窓が開いておじいさんらしい声がした。「坊や、寒くないかい？中であったまっておいで」「ありがとう」部屋の中は粗末な家具が少しと、おじいさんとおばあさん。奥の寝台に子供が寝ていた。包帯だらけだった。おばあさんが温かいお茶の入った湯のみを渡してくれた。俺の視線に気がついたのか、おじいさんが言った。「あの子はしばらく前に妖怪に襲われてな、あんな怪我をしたんじゃ」「そばにいっていい？」「いいとも。同じ年頃の子なら、あの子も気も紛れるじゃろう」寝台の傍らの椅子に座った。その子は目を閉じていた。頭にも布団の上に投げ出された腕にも包帯が巻かれていた。俺はふと・・眩暈を感じた。いつかどこかで・・こんな・・酷く哀しい想いがこみ上げてきたけれど、それはこの子に対するものではなかった。もっとずっと遠い・・大切な・・何か。どこかでもがいている、思い出・・なんだろ、これは・・哀しい・・寂しい・・俺の目から知らずに涙があふれてきていた。「この子の為に泣いてくれるのかい？やさしい子だね」おばあさんが言った。そうじゃないと言いたかったけれど、俺は何も言わなかった。何も言えなかった。口を開こうとしたら、もっと泣いてしまいそうだったから。こんな気持ちは初めてだ。三蔵を失いそうになった時とも違う。でも何か大切なものが、俺から欠けている・・そんな気がしてたまらなかった。俺の覚えていない過去・・そこにある何か・・「妖怪どもは、こんな子供にも容赦ない。恐ろしい事だわい」おじいさん、俺も妖怪なんだ・・妖怪なんだよ。俺の事がわかったら、おじいさんも俺を嫌な目で見るんだろうか。また眩暈がした。誰もが俺と向き合おうとしなかった。アイツも同じだったんだ・・誰もそばにいない・・アイツ？・・アイツって・・何だろう・・どうしてこんなに胸が締め付けられるんだろう。誰なんだ・・傷だらけの身体と傷だらけの心で・・俺を・・待ってる・・・その子は目を覚まさなかった。俺はお茶のお礼を言って出て行った。雨が小降りになっていた。道端に白い花が咲いていた。きれいだった。三蔵の為に摘んでいこう、きれいだから、少しは喜んでくれるかもしれない。もうすぐ雨も上がるだろう。「どこへ行ってたんだ」三蔵が不機嫌な声で言ったけれど、どこかでさっきよりも気持ちがほぐれているのが、俺にはわかった。俺は花を差し出した。三蔵はそれを見て、ふっと笑った。そして受け取ってくれた。そうだ、今の俺には花を受け取ってくれる手があるんだ。「あらら、ずぶぬれ小猿ちゃん、おかえり」悟浄が後ろから俺をはがいじめにした。「ほらほら、ちゃんと拭かないと風邪ひきますよ？」八戒がタオルで俺の頭をごしごしこすった。「いてーよ！いてーーーー！！！」俺はもがきながら、二人の手をうれしく思った。誰かが待っているのだろうか、俺の手を。俺はちゃんと受け止められるのだろうか・・三蔵が俺の手を取ってくれたように・・俺もいつか・・この失われた記憶の向こうにある想いを・・この手で・・三蔵は白い花を手にしたまま、又何かを思っているようだった。その横顔に別の面影が重なる。懐かしい・・何か。きっといつかそれが解る日が来て欲しいような、来たら怖いような気もしたけれど、俺はきっと逃げたくないから、どんな事でも負けたくないから、進んでいくんだ、雨上がりの道を。西へ・・また道端に花が咲いていたら、今度はアイツの分も摘んでやろう。!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜。.:*:・'゜!。.:*:・'゜。.:*:!。.:*:・'゜☆。　!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:。.:*:・'☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。

  2007/02/16

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  遠い約束は金色の（最遊記外伝・金蝉&悟空）改訂版

  「天ちゃんとけん兄ちゃんは？」「いいから来い！！」金蝉（こんぜん）は悟空の手を握り、転ぶようにして駆け出した。幾らあの二人でも、軍を足止めしておける時間は短いだろう。そして、それが彼等の・・・捲簾（けんれん）は悟空の頭を大きな手でくしゃくしゃにすると「行ってくらぁ」と明るく言って隠れていた洞窟から出て行った。「悟空をお願いしますね」天蓬（てんぽう）も笑顔を残してその後に続いた。二人とも別れの言葉は言わなかった。今、身体中が張り裂けそうな痛みを抱えながら走っている自分を、金蝉はふと不思議に思った。見ないふりをしていれば、安泰な未来があったはずだった。（らしくねぇ・・）それでも繋いだ悟空の幼い手のぬくもりが、彼に初めて意味を持って生きる事を教えてくれるような気がしていた。コイツが生きて、生き延びてくれるなら・・「たいようみたいだ」悟空にそう言われた時から、金蝉の運命は動き出してしまった。どこまでも不変であった生命に狂いが生じてしまった。神が万能であるというのは嘘だ。万能ではないから、天界も下界も様々な災禍が引き起こされる。こうして悪意が彼等を追い詰めたように。追っ手の気配が近づいて来る。金蝉は走りながら悟空の手を振り解こうとした。「お前は先に行け、お前の方が足が速い」悟空は手を離さなかった。「やだ！」二人は立ち止まった。悟空は泣きそうな顔をしている。それを見ると心が挫けそうになる。無理矢理に手を離し、必死で金蝉はどなりつけた。「走るんだよ、このバカ！！！！！」ろくに戦えない自分にどれほどの事が出来ると言うのだろう。ただ一秒でも悟空を遠くまで逃がしてやりたかった。悟空は動かない。「早く行け！」「いやだ、一緒にって言ったじゃないか」必死な悟空を哀れに思い、その顔を覗き込んで、金蝉はやさしく言った。「先に行け、必ず迎えに行ってやるから・・・」何かを感じた金蝉は悟空をかばうように抱きしめた。その背中に数本の矢が突き刺さった。悟空の悲鳴が聞こえた。その場に崩れ落ちながら、金蝉は悟空の黄金の瞳を見た。その黄金色・・・お前こそ俺の太陽じゃなかったのか？俺を無為な時間から引きずり出し、行く末を照らしだした。反逆の徒とはいえ、尊き神であった金蝉の身体を畏れ多く思う軍人達は誰も触れようとしなかった。捕らえられた悟空が遠ざかる。泣きながら金蝉を呼ぶ声も小さくなる。そんなに泣くな、悟空・・・そんなに呼ぶな、聞こえているからお前の声なら、いつでもわかるからなそんなにうるさい声は、他にねぇよ・・・天空に太陽は金色に輝いていた。金蝉の髪と同じ色で。その光に溶ける様に、金蝉の身体は透き通った光に包まれた。痛みが去って行く。最期の時がそこまで来ていた。俺はお前の太陽になれるのか・・？なれるとしたら、今度はずっと一緒に連れて行ってやるようるさくてしょうがねぇからなお前はいつだって・・・・・・・声が聞こえたんですよ・・・・光明三蔵法師が河で金色の髪をした赤子を拾ったのは、それから五百年後の事であった。!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜゜

  2007/02/07

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  この世の果ての桜の下に（最遊記外伝・天蓬＆捲簾）改訂版

  「どうやら、敵をやりすごせたようですよ」天蓬（てんぽう）は傍らの捲簾（けんれん）の耳元でささやいた。「ああ」二人は崖下の窪みに身を潜めていた。服は破れ、身体中に傷を受けていた。どれ程の激しい闘いをくぐり抜けて来たのだろう。特に捲簾の傷は深く、ここまで天蓬が背負うようにして、ようやっと逃げて来たのだ。崖に背を預け頭上を見上げると、木々の間に空は青く澄んでいた。「金蝉（こんぜん）と悟空は、大丈夫でしょうか」「さあな・・」捲簾は答えるのも億劫な様子だった。息をするのも辛そうに見える。衣服に滲む血の跡がどんどんと広がっていく。しかし天蓬もどうする事も出来ない。天保も疲労で身体が鉛の様に重くなっていた。（ここまでか・・・）ここで終わる。そう思うと返って腹が座り、見つかる事への恐れも消え、天蓬は煙草に火を点けた。「貴方もどうですか？」捲簾に声をかけたが、返事はなかった。捲簾の顔に木漏れ日の影が揺れていた。だが彼の瞳は二度とそれを見る事はなかった。天蓬は大きく息を飲んだ。指の間の煙草が震えた。もう片方の手を伸ばし、捲簾のまぶたを閉じた。再び後ろの崖に背をもたせかけ、天蓬も目を閉じた。「貴方、いつもせっかち過ぎますよ・・・」ひとすじの涙が、天蓬の頬を伝った。下界の桜の下で会おう・・・そう四人で誓ったのに・・金蝉、悟空・・どうやら僕らは行けないようです、すみません・・目をあけると、天蓬は再び空を見た。緑の瞳に優しい光が静かに灯っていた。自分でも忘れる程に長い神としての生。そのすべてを引き換えたとしても、昨日と今日の重さの方がまさっていると、天蓬は思っていた。末席ながらも天界に神として連なり、生きて来たというのに、どれほどの事を自分はしてきたと言うのだろう。短い人間の一生の何分の一も何かを知る事なく、今日まで来てしまったような気がした。しかし最期にこのような終わり方をするとしても、天蓬は残念だとは思わなかった。失血の為か目が霞んできたが、天蓬はなおも空を眺めていた。こういう時、人間なら神に祈るのだろうけれど、僕らは何に祈れば良いのでしょうね・・ねえ、捲簾・・神って案外つまらないものですね。今度生まれて来るなら人間がいいですね。そして又巡り合う事が出来たら、今度は貴方が僕を背負って、連れて行って下さいね。僕らの還るべき場所まで・・・ねえ、捲簾・・・・天蓬の瞳からも光が消えた。動かなくなった二人の上に、何かが舞い落ちてきた。小さな軽いもの。薄紅色の何か。それは桜のはなびらだった。この二人の若き神を哀れんだ上つ方の神の御技であろうか・・・はなびらは段々と数を増し、降りしきった。悟空の為に彼等の心が流した涙の様に、それはいつまでも降り止まぬように見えた。やがて二人の身体は桜色の褥に隠れた。そのように消えていった二人の事を、悟空も金蝉も知る事はなかった。空は青く、ただ青く、闘いも過ぎ去った哀しみも、その痕を残す事無く、次第に色を増し夜の闇に姿を変えた。天のつかの間の時が過ぎ去ろうとしていた。!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜゜

  2007/02/06

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  貴方のRed 僕のGreen（最遊記・八戒）改訂版

  「きれいな眼をしているねぇ、雨上がりの木々の緑の色だね」林檎を買ったおつりを渡しながら、おばあさんが言った。「ありがとうございます。真っ赤で美味しそうな林檎ですね」「あんたには、その色が必要なんだね」「え？あの・・？」おばあさんは他の客の相手を始めてしまい、もうこちらを見向きもしなかった。赤・・僕の中の赤い色。それは苦い記憶、哀しい記憶、辛い記憶・・忘れる事は出来ない。治ったふりをした傷が又痛み出す。おばあさん・・貴方は一体。昨夜の雨で濡れたままの道を過ぎ、町のはずれの安いアパートのドアを開ける。煙草の匂いが漂う部屋は、冷たく主の不在を告げている。悟浄は昨夜から戻らない。どこかで飲んだくれているのか、それとも・・僕等は同居はしているけれど、互いを縛らないようにしている。あまりにかけ離れた生活習慣を、急に合わせるのは無理な相談だ。大罪人の名前を捨て、新しい名前で生き始めた僕は、これからどう生きるべきかもわからぬまま、ここにいる。悟浄はそんな僕を黙って置いてくれている。それだけでも・・僕は感謝すべきなのかもしれない。買い物の荷物をテーブルに置いた。ひとつの林檎がころがり、テーブルの下に入り込んだ。身体がバラバラになりそうな程の寂しさがやってくる。自分で自分の身体を抱きしめたまま、僕は床に膝をついてしまった。この世界のどこに、僕の居場所があるというのだろう。本当に僕が生きて、変わるものがあるというのだろうか。いきなり部屋が明るくなった。「なーにしてんだ？」戻ってきた悟浄が灯をつけたのだ。僕はテーブルの下の林檎を拾って立ち上がり、膝のあたりを掃った。「いえ、何でもありません」次の日、一緒に買い物に出かけた。「ババァ、まだ生きてたんか、あぁ？」あの露店のおばあさんに、悟浄が軽口を投げかけていた。「あたしより先に、アンタが野垂れ死にするんじゃないの」「よけーなお世話だよ！」向こうで売り物の品定めをしている悟浄を尻目に、おばあさんは僕の方を向いて言った。「あんなにいい眼をしているあの子は始めてだ。きっとあんたのおかげだね」「いえ、僕の方こそ、悟浄に・・」「赤と緑は補い合う色だよ、あんたらもそうだ。あの子の逞しさがあんたを支え、あんたの穏やかさがあの子を癒すだろう」おばあさんは、にっこり笑って言った。「一緒に強くおなり」「はい」返事をしながら、僕の胸に温かいものがあふれるような気がした。「悟浄、余計なものはもう買わないで下さいね。又腐らせると困りますよ」「オレサマは細かい事は気にしねーの！」「あの部屋は、僕の住まいでもあるんですよ」悟浄はこちらを見て、にやりとした。「まあ、そーゆー事にしといてやるわ」悟浄の目に温かい光が踊っている。赤々と燃えるその色こそ、生命の色だ。赤は血の色、でも温かい血は生きている証、生きる力を運んでいるのだ。僕のこの身の内にも・・悟浄、貴方と共になら、僕は何かを見つけられるかもしれない。いつか胸を張って死ぬ時の為に・・今度こそ、この手で何かを守れる強さを得る為に・・もう少しだけ生きてみよう、もう少しだけ生きていたいと、僕は思った。!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜゜

  2007/02/04

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  僕らの影（最遊記RELOAD）

  炎天下の砂漠を進んで行く一台のジープがあった。ジープの後部座席で、悟空が悲鳴を上げた。「あちーーっ！」向かい側から腕を伸ばし、悟浄が悟空の首を絞めあげた。「黙れ、馬鹿サル！口に出すともっと暑くなるだろが！」「あちーもんは、あちーんだよっ！」いつもの如く言い合う二人の罵声を、銃声が打ち切った。「・・・お前らの声が、一番暑ッ苦しいんだよ」三蔵は煙草に火をつけた。「あはは、この暑いのに、火を使う貴方も相当なものですよ」三蔵は隣でハンドルを握る八戒をじろりと見た。悟空が前に身を乗り出して言った。「ねー、ねー、八戒。まだ町につかねーの？」八戒は爽やかな笑顔を浮かべた。「そうですねぇ、次の町まで三日・・」「・・・おい」三蔵の不機嫌な声がした。「そのパターンは、いい加減にやめろ」八戒は更に爽やかな笑顔を浮かべた。「ほら、町が見えてきましたよ」町は飾り付けられ、どことなく浮かれた雰囲気だった。「どうやら、お祭のようですねぇ」八戒はそこで果物を売っていた女に声をかけた。「すみません、今日はこの町で、何かあるのですか？」健康そうな赤い頬をした女は笑顔で答えた。「ああ、今日は夏至のお祭なんだよ。アンタらもいい時に来たね」「祭だって？やっぱさ、ご馳走とかあるのかな？」悟空の目が期待に輝いた。「おう、馬鹿ザル、おめーは、夏至って何だか知ってンのか？」「じゃあさ、悟浄は知ってるの？」「それは、アレだ・・げしっ！げしっ！げしっ！」「大体さあ、ここは文字だけなんだから」「何だぁ、サル」「それじゃあ、洒落なんだか殴ってる擬音なんだか、すげーわかり辛いんだけど」「げしっ！げしっ！げしっ！」「痛て！痛て！痛て！」「ほら、おめーの反応で、解りやすいじゃねーか」「痛てーよ！エロ河童！」悟空は頭を押さえ、しゃがみこんだ。「はいはい、皆さん、夏至と言うのはですねえ、二十四節気のひとつで、太陽黄経が90度の時なんです。一年中で一番昼が長く夜が短い日で、『暦便覧』には”陽熱至極しまた、日の長きのいたりなるを以てなり”と記されて・・」三人は、語る八戒を置き去りにして、歩き出した。慌てて三人の後を追った八戒は、ふと前を歩く三人の足元の影に目を止めた。日の沈む方向へ進んでいく僕らの影は、いつも後ろに出来るのだ。越えて来た苦しみも哀しみも、影と一緒に、いつも後ろに置いて来る。これからは、僕らの影はもっと長くなる。掲載小説はこちらでまとめてご覧になれます@With 人気Webランキングこちらにも参加しております。

  2006/07/02

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  消せない痛み（最遊記・悟浄＆八戒）

  僕はいつも妖怪を憎んでいた妖怪である身で・・そして妖怪を滅ぼそうとする者たちと僕は戦おうとしている僕の中の矛盾・・「野郎をベッドに運ぶのは、一回だけって言ったろ、くそ！」そう毒づきながらも、悟浄は八戒の身体をゆっくりとベッドに降ろした。斉天大聖となった悟空と戦ったのだ。それも自らの制御をはずして。身体中がボロボロなはずだ。「すみません・・」「もう、あやまんな」苦しげに息をして、八戒は言った。「はい」「水を・・」悟浄はカップに入れた水を八戒に差し出した。横になったまま受け取ろうとした手から、カップがすべり落ちた。悟浄は黙ってそれを拾い上げた。水差しから水をそれに注ぐと、水を口に含み、八戒の上にかがみ込んだ。唇が重なった。八戒は喉を鳴らして、水を飲み込んだ。「野郎にキスするのも、これが最初で最後だからな」八戒はうっすらと笑顔を浮かべた。「ええ」そして目を閉じた。悟空は傍らのソファで丸くなって眠っている。安らかな寝息が聞こえる。「おーおー、平和な顔しちゃってョ」悟浄が鼻をつまんでも、ぴくりともしない。それでも命は助かったのだ。それだけが今は救いだ。「・・三蔵は？」「戻ってねぇよ、あンの、生臭坊主」八戒は片手を顔の前にかざし、今はひとつしか見えない目で掌を見た。浮き出ていた蔦の文様は消えている。「僕は・・妖怪なんですね」「ん？」「僕は妖怪なんですね、幾らそれを忘れようとしても・・そしてその力があるから、ここまで生き延びて来られた」あの戦いの中で、僕は湧き上がる凶暴な思いを感じていた。僕は戦いを楽しみ始めていた。あの時の悟空のように。破壊する喜び、力を振るう快感・・僕は・・「今は余計な事は考えンなよ、おめぇはな、間違っちゃいねぇンだ。少なくともバカ猿は助かったんだからナ」悟浄は八戒の心を見透かすように、言った。「答えの出ねえ事ばかり考えンなョ。今は寝ちまえ、元気になるのが先だ」宙を彷徨っていた八戒の手が、布団の上にぱたりと落ちた。「そうですね・・」悟浄は片手でベッドの柵を掴み、八戒の顔を覗き込んで言った。「子守唄でも歌ってやろうか？」「僕も、野郎の子守唄は遠慮したいです」「はは・・」ふたつの寝息が重なって聞こえて来た。悟浄は床に座り込み、ひしゃげた煙草に火を付けた。大きく吸い込んで吐き出す。窓を見やると表は暗くなっている。町ではあの後、騒ぎはどうなっているか、少し気になった。だが、今はここで大人しくしているのがいいだろう。三蔵も戻っていない。（俺は何の役にも立っちゃいねぇ・・）だが、こいつらはそれを責める事はしないだろう。俺も、誰も失わずに済むならそれでいい、今はな。空き缶に吸殻を投げ入れ、きっと目が覚めたら八戒が叱るだろうなと思いつつ、それを傍らに置いた。いいんだよ、お前はいつも口うるさくて、バカ猿はいつも腹ぺこで、あいつはいつも高慢ちきで・・・そして俺は・・・部屋の中に聞こえる寝息が、やがて三つになった。窓の外は暮れ、すべての思いも、夜の中へ沈んでいった。彼等が次の痛みに出会うまでの、つかのまの休息の時であった。掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2006/04/17

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  つきせぬ想い（最遊記・悟浄＆八戒）

  悟浄・・貴方はやはり止めてくれましたね。斉天大聖となった悟空と戦う為に制御をはずし、負の波動に侵されかけた僕を。そして、死にかけた僕を救ってくれたのも貴方でした。いつも、すみません・・貴方しか頼る事が出来ない僕を許して下さい。長い旅の間にいつの間にか、こんな風になってしまった僕ら。貴方の赤い瞳が・・僕を失いたくないと言ってくれると。僕は甘えているのかもしれません・・八戒・・お前はどこまでも自分を賭けちまうから。勝ち目がねえとわかっていても。止めても無駄なのは、嫌って程分かってる。俺はいつだって見てるしかねえ。お前の傷から血が流れ、俺の胸にも痛みが走る。なんだって、おめえとバカ猿が戦ってンだよ！頼むよ、もうやめてくれ・・そう叫びたい気持ちで俺の心は膨れ上がっている。意志のない金の瞳が笑って光る。終わった・・ひとまずケリはついた。サルは元に戻り、騒ぎは収まった。お前の息も止まった。異国の術なんざ、かけられてたまるかよ、黄色い目のお前なんて見たくねえ。神や奇跡なんざ信じねえ俺が祈りたくなる。祈りながら、心臓を押し続ける。お前の緑の瞳が永遠に閉じてしまった時、俺はきっと・・息を吹き返したお前が何か言いたそうだったが、俺はさえぎった。女と話すボキャブラリーは豊富だが、野郎と無駄に話す言葉なんかねーんだよ。三蔵が今頃やって来た。いつもならお前が俺の肘でも軽く掴んで俺を止めてくれるだろう。だが今は・・俺は傍らに正体なく眠る悟空を抱き寄せる。殴りたくても殴れないように。嗚呼・・僕の気持ちはどうやら通じたようですね。貴方は手を出さなかった。すみません、もう口を聞くのも億劫で。まだ悪意が僕らを取り巻いています。僕はしばらく動けません。少し・・眠らせて下さいね。貴方が見守っていてくれるでしょうから。僕らの旅は、まだ続くのですから・・無への恐怖との戦いも。掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2006/03/30

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  この背中に背負いしモノは（最遊記・悟浄）

  「貴方が止めて下さいね」俺の手を振り切って、アイツは少し微笑んだ。カフスが手から地面に落ちた。膨れ上がる妖気がアイツの姿を変貌させていく。正気のねえ悟空を止めるのにこれしか手はないと、アイツは最初っから自分を賭けてたに違いない。だからバカ猿のアレをはずしたんだ。八戒はそーゆー奴だ。どしゃぶりの雨の中で「殺してくれ」という目で俺を見た。緑の瞳が俺を見ていた。大切なモンなんて無い俺だった。だから背負っちまった。お前を・・。生きるなんざ、半端な俺にはたやすい事だったが、それだけだった。マジに生きるって事は前に進むって事だと俺はお前に言いたくなった。この俺がだぜ？雨の中、ヤバイ奴等に殺されかけてる俺の前に「傘を届けに来た」と言って現れたお前。今度はお前が俺を救った。その時から俺達は互いを背負っちまった。前世からの因縁だか何だか知らねえが、確かな事はそれだけだった。この背中の重みだけだった。旅へ出ようが何があろうが、互いを背負ったままで俺達は進んでいった。あの砂漠で三蔵を助けようと自らの制御をはずしたバカ猿。それを止められなかった事を悔やみ、その事が悟空を苦しめた事を嘆いていたアイツ。そのアイツが今日は俺に言った。「もし僕が暴走したら、その時は貴方が止めて下さいね、悟浄」俺にはお前を止められる強さはねーんだよ。それを嫌という程知っているお前が、なんで俺に頼むんだよ。それも「すみません」て・・それがお前なんだ。お前は何でも解っているようで計算しているようで、本当は最後には目をつぶっちまう奴なんだ。だから・・俺はお前を雨の中に置き去りに出来なかった。覚悟はしてたって、そんな訳、ねーだろ。俺はいつだって臆病な卑怯者さ。殺されるのは俺の方だ。そう解っていても俺はお前を止めようとする。答え切れない信頼の重みに押しつぶされたとしても、俺は・・お前を止めようとするだろうよ。お前はそれを知っている。知っていて・・お前らの戦いの速さが、俺にはもう追いきれねーよ。それでも・・雨が降りそうな空だな・・湿った煙草はうまくねーけど、無いよりはマシなんだよ。無いよりは、な。そうよ、だから俺はここで見ていてやるさ。お前の選んだやり方を。掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2006/03/02

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  ボクとキミの暗黒に（最遊記・烏哭）

  ボクと同じ闇を持つ者を見つけたよ・・幾らその名に戒めを刻んでも魂を変える事は出来はしないさボク達は闇の中を生きていくキミの右目が見ている世界をさあ・・ボクの思った通りにキミはきっとしてくれる光に飲み込まれる前に光を消してしまおうよ束縛は解放される為にあるあの唯一の存在を自由にしてやろうさあ・・はずしてしまおう神の封印を・・・ボクとキミは同じ闇に生きられるからボクの声はきっと届くキミの中の暗黒へ・・・掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2006/01/04

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  聖なる罪の夜に（最遊記・八戒）

  聖誕祭・・西の国ではカミサマの誕生を祝うお祭りをするのだそうです。あの銀の髪の人が言いました。そのカミサマは人々のすべての罪をあがなう為に自らの命を犠牲にするのだそうです。あんさんたちには、カミもホトケも関係あらへんやろうけど・・妖怪である僕らへのあの人らしい言い方ですね。僕らの神経を逆撫でするのが、大変お上手です。三蔵は相手にしません。悟浄もそ知らぬ顔で煙草をふかしています。お祝いと聞いてご馳走の事で頭が一杯になった悟空だけが目をきらきらさせています。僕は・・自分の部屋に戻り、鏡に僕の偽りの姿を写してみました。右目は義眼、妖力制御のカフスで押さえて人の形を保っている姿。耳のカフスをひとつ、はずしてみました。肌に蔦の文様が走ります。もうひとつ、はずしてみました。渦巻く妖気が広がっていきます・・嗚呼、皆が驚かしてしまう。急いでカフスを戻しました。遠い異国のカミサマ・・貴方がこの桃源郷に再び生まれて死ぬとしたら、僕の罪もあがなってくれますか？僕の祈りがもしも貴方に届くなら、僕は許してもらえるのでしょうか。かなわぬと知りつつ、西の国でも僕のように願いをかける者はいるのでしょうか。祈りの言葉を知らない僕は、失ってしまった人の名前を、そっと呼んでみました。花喃・・今夜の夢にキミが現れて僕を抱いてくれるなら、僕は幸せなふりが出来る。偽りの姿の僕が、偽りの幸福を望んで、いけない事があるだろうか。そのカミサマの聖なる母が生まれたばかりの聖なるみどりごを抱いたように僕をこの銀色に流れる夜の底で抱いて欲しい。いつかは、ほんとうの幸せにたどり着くとしても今の僕には、ほんとうのものは何もない。遠い異国の聖なる夜よ・・静かにふけていくこの国の夜にも奇蹟を分けて下さい。ほんの少しだけでいいですから。僕のこの身を生贄にして・・掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2005/12/25

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  僕らの上に降る雪は（最遊記・八戒）

  雪が降っています。ジープもこれでは走れません。この宿に足止めになってから、二日が経ちました。悟浄の吸う煙草の煙を逃がす為に、僕は窓を開けました。「うー、さみー」悟浄は肩をすくめました。「貴方が閉め切った部屋で煙草を吸うからですよ」「ワリ」そう言いながら又煙草に火を点ける、しょうがない人ですね、悟浄は。煙の苦さが、あの雪の日の苦い記憶を思い出させました。耶雲さん・・妖怪の子供達を守ろうとして殺してしまった人。あんな風に中途半端に正気でいるのは、何と残酷なのでしょうか。そう思いながらも・・僕らも妖怪なのですから。たとえ今は平気でも、いつ負の波動に侵されてしまうか。「いっそ狂ってしまえるなら、その方が良いかもしれませんね」そうすれば、哀しい事も辛い思い出も忘れてしまえるから。「オイオイ、何よ、いきなり」「雪が・・」悟浄もそれを思い出したようでした。「アイツは、あれしか出来なかった。それはどうしようもねーよ」両手を頭の後ろで組んで、椅子の背にもたれ、悟浄はテーブルの上に足を投げ出しました。「俺は狂いたくねえな。可愛い子ちゃんを口説けなくなるだろ？」「あはは、もうとっくの昔に女狂いになっていましたね」「なによ、それ」たあいない会話の間も雪は降っています。僕らの旅はまだ続きます。過去に置いて来た思い出は忘却というベールに覆われ、僕らはしばしそれを忘れたふりをします。けれども捨てて来てしまったわけではないのです。この雪の下に街があるように。僕らは旅で出会った様々な出来事を胸の奥に抱いたまま、西へ向かって行くのです。悟浄、もしも僕が狂ってしまったら、貴方が殺して下さいね。貴方の手で、この僕を・・・掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2005/12/16

• 遥かな城の白い馬（最遊記・三蔵）

  その城には白い馬がいて、お前が大きくなったらあれに乗るのだと、父は言った・・「こーゆー単調な道が続くとナァ・・」悟浄が後部座席で欠伸をした。「まあまあ、夕方には街に着きますから」八戒はいつもの如くなだめる様に言った。「ねね、何かうまいモンがあるといいな！」「あはは、悟空はいつもそれですねえ」「ったく、おめーは脳みそまで胃袋なんじゃね？」「エロ・・っ！ぐわ！！」悟空が何か言い換えそうとした時、急ブレーキをかけてジープが止まった。「な、なんだぁ」「白竜？どうしたんです！あ・・」八戒がひらりと車を降りて、誰かを助け起こしている。女らしい。「大丈夫ですか？怪我をしてますね」女は薄く目を開けた。「ああ・・妖怪に・・・」「このへんも妖怪の被害が出ているんですね」女の視線が車の方に動き、そして止まった。女は三蔵を見て身体を振るわせ、片手を差し伸べた。「江流・・江流か？」昔の名前を呼ばれ、三蔵は眼光鋭く、女を見据えた。「お前は誰だ？」「光明三蔵法師様は、お前に何も告げずに・・そうか」女の手がぱたりと落ちた。「しっかりして下さい！」女は気を失っていた。「ひとまず、街まで運びましょう。三蔵の知り合いらしいですから」「俺は知らん！」「怪我人ですよ？放ってはおけませんよ。悟浄、手伝って下さい」「おう、いつこんな美人とお知り合いになったのよ？三蔵サマったら」「だから、知らん！」（だがお師匠様の名を・・誰なんだ）「おめざめかい？」悟浄が寝台に横たわる女に声をかけた。寝台の横に椅子をおいて悟浄と八戒は彼女を見守っていたのだ。白竜が枕元に丸くなっていたが、気がついたのを感じたのか首を伸ばして女の頬をなめた。「白竜がこんなになつくなんて珍しいですね」三蔵は少し離れた椅子に腕組みして座っていた。悟空も傍らにいた。「ああ、お前は一緒にいてくれたのだね。今はこんな姿に身をやつしているが・・」女はそう言って白竜の頭をなでた。奇妙な事を言うと八戒は思った。「お前は誰だ？」三蔵が言った。女はそちらに顔を向けた。「光明三蔵法師様は、やはりお前には何も言わずにいたのか、弟よ・・」「弟？じゃあ、アンタは三蔵の？」悟浄は三蔵の方を見た。三蔵はむっとした顔で黙っている。「あの、どういう事ですか？貴方のお名前は？」八戒が黙っている三蔵に代わって聞いた。女は苦しげに上を向き、目を閉じた。「いや、生まれたばかりで別れたお前が覚えていないのは仕方ない。今日までお前にひと目逢いたいと、それだけで生きて来たが、お前は最高僧だ。私は穢れた身だ。今は抱きしめる事もかなわぬ」「三蔵の本当のご両親をご存知なのですね」八戒が尋ねると、三蔵はじろりと彼をにらんだ。「それが何だ、俺が誰だとしても、俺は俺だ」女は目を閉じたまま、言った。「では、僧侶として、先が短い女の懺悔として聞いてくれないか・・私は光明三蔵法師様に命を救われ、今その弟子に出会った・・これも何かの縁と思って」「よかろう、聞いてやる。どうやらお前はお師匠様を知っているらしいからな」私の名は玻璃華（はりか）。私達の故郷は遥か河の上流の小さな国だった。父はそこの王だった。私が５つの時、弟が生まれた。弟の名は瑠璃遮那（るりしゃな）、跡継ぎの誕生に国中が沸きかえっていた。そうだ、弟は父に似て、私は母に似たようだ。父は金色の髪をしてたくましく笑顔の美しい人だった。弟が生まれてしばらく経った時、国に反乱が起きた。奸臣がいたのだ。父と母は殺され、弟と私は乳母に連れられて逃げたが、川を望む崖で兵士に捕らえられた。乳母は剣で切り殺された。私は乳母の手から転がり落ちた弟をしっかりと抱きしめた。子供心に守ろうとしたのだろう。さすがに子供に直接手にかけるのをためらったのか、兵士は剣をしまい、私達を川へ投げ入れた。私はお前を放すまいとしたよ・・瑠璃遮那。苦しくて、苦しくて、それでも離すまいと。大きな手が私達を抱き上げた。それが光明三蔵法師様だったのだ。三蔵法師様は私にやさしく何があったかを問いかけた。私は知る限りの言葉で答えた。幼児の言葉など大した事はなかったろうが、聡明な光明様には私達の素性がわかったようだった。自分の事を誰にも打ち明けてはならないとおっしゃり、男である弟はそのままお寺に連れ帰り、女である私は近くの民家に預けられた。そうだ、王家の血筋の者が生きているとなれば、命を狙われる。だから光明様はお前に何も言わずにいたのだろう。時折使者が訪れ、弟の消息を伝えてくれた。しかしある時、夜盗に家を襲われ、私は連れ去られ、人買いに売られた。それからは・・男の慰みものとして生きて来た。それでも生き抜いて来たのは、もう一度、弟に逢いたいとそれだけを・・・瑠璃遮那に逢いたいと・・・「いけません、少し休まれた方が良いですよ」八戒は女の手をとった。女は大きく息をした。手から流れ込む八戒の気が彼女を楽にしていく。「三蔵達は隣の部屋へ行っていて下さい」八戒が部屋に入って来た。「彼女、どうよ？」悟浄が声をかけた。「ええ、落ち着いているみたいです。今は眠っています。でも・・」「でも？」「あの人、玻璃華さんはかなり身体が弱っています。僕の手当てではもう間に合いません」悟空は珍しく静かだったが、むっつりしている三蔵に向かって言った。「なあ、あのおねーちゃん、悪い人に見えねえよ。それに俺、なんか懐かしい気がする。白竜もそう思ってるみたいだし」「・・・だから、何だ」「あの人、嘘をついているように見えませんよ。三蔵、気がついてました？あの人と貴方の爪のかたち、そっくりですよ、それに耳も。もしニセモノならもっとわかりやすい所を似せてくると思いませんか？」悟浄が部屋を出て行こうとした。「どこへいく」「ちっとな」「妙な事は、するなよ」「妙な事って」「貴様に義理の兄にでもなられたら、最悪だからな」「はは・・こんな弟が出来たらこっちこそ最悪だわ」俺も探していた・・兄貴を。いつか逢えるなんて信じちゃいなかったが。だがどこかで期待してた。こいつもずっと弟を・・そしてあの態度だもんな。ったく、可愛くねえってか。荒い息をして女は目を開けた。自分を見守る赤い瞳に気がついた。「大丈夫か？」椅子をまたぐ様に反対向きに座り、背もたれに肘をついて、悟浄は彼女を見ていた。「そばにいてくれたのか、すまない」「ちと、煙草、いいかな」女はうっすらと微笑み、うなずいた。悟浄はライターを取り出し煙草に火をつけた。一服すると、寝台と反対側に顔を向け、煙を吐いた。「まあ、俺にも生き別れの兄貴ってのがいたんだわ。再会したら敵同士ってわけよ。八戒、アイツも、ようやっと巡り合った自分の姉を死なせてるんだわ」「そうか・・あの子は幸せなようだ、良い人がそばにいてくれる。ありがとう」「いや、ありがとうなんてな。単なるくされ縁て奴だわ。まあ、気を落とすなよ。美人には笑顔が似合うもんだ」部屋を出て行きながら、悟浄は背中に嗚咽を聞いた。（やべ・・逆に泣かしちまった・・）隣の部屋が騒がしくなった。悟浄は中に飛び込んだ。「三蔵一行！覚悟しろ！！！」経文を狙う刺客たちだった。「あら、いつものが団体様で来ちゃったか」「見てないで手伝え！」三蔵が怒鳴った。「いつもより多いですねえ」「もうーー！！こんなに戦うと腹へるじゃん！」扉が開いた。玻璃華が青い顔を覗かせた。気がついた三蔵が叫んだ。「来るな！！」その時、三蔵の死角に敵がいた。突き出された槍が三蔵を貫いたように見えた。「三蔵！！！！」八戒が振り返ると、そこには背中を刺された玻璃華の姿があった。「馬鹿な・・」自分をかばい傷ついた玻璃華を、三蔵は抱き起こした。「私に触れてくれるのか、瑠璃遮那・・ありがとう。これでもう思い残す事はない」「しゃべるな、傷が」「良いのだ・・お前にもう一度逢いたいと・・それだけの為に生きていたのだから・・」「八戒！」三蔵は玻璃華を八戒の腕に渡した。そして敵に振り向いた。その目は怒りに燃えていた。妖怪どもは、その凄まじさにたじろいだ。「てめえら、一人として生きて帰さん！！！」呪文と共に閃光が敵を壊滅させた。八戒は三蔵の顔を見て、首を横に振った。三蔵の顔を見上げ、玻璃華は微笑んだ。「・・あの城には白い馬がいて、お前が大きくなったらあれに乗るのだと、父は言った・・父にそっくりな今のお前なら、さぞかし凛々しく見えるだろう」白竜が飛び込んで来た。短く啼くと身を震わせ、その姿は白馬に変わった。三蔵はそれを見て、白馬に飛び乗った。「おお・・」玻璃華の目に涙が浮かんだ。「やはりお前は私の竜・・」そして八戒は白馬のそばに近づくと、彼女の身体を再び三蔵の腕に返した。「よせ・・せっかくの衣が、汚れてしまう・・・」苦しい息の下で玻璃華は言った。「・・そんな事はどうでもいい、洗えばいい。お前も汚れてなんかいない」白馬は破れた窓から外へ躍り出た。軽やかに街を過ぎ、道を駆け、美しい草原に出ると、ゆったりと歩き始めた。「瑠璃遮那・・」「・・なんだ」「お前に・・逢えて良かった・・」「ああ」三蔵は腕の中の身体から、今、生命の炎が消えようとしているのを感じた。「俺も・・俺もだ。逢えて良かった」その顔は安らかだった。（玻璃華・・・）白馬はなおも歩き続けた。夕暮れの山の向こうに、遥かな城の幻を見たように三蔵は思った。あれはきっと今はなき俺たちの故郷の城なのだ。玻璃華はあそこに帰るのだ。いつか俺も行こう。もうお前は俺を探す必要はない。俺を待っていればいい・・たったひとりの姉よ・・お前すら救えずに、俺はまだ旅を続ける。将棋台に向かう二人。観世音菩薩と二郎神である。「あれは玉巵じゃないか。天界でも金蝉をかばって下界に落とされたというのにな」「観世音菩薩さま」二郎神が何か言いたげだった。「俺は面倒は嫌いなんだよ」「観世音菩薩さま」「明日の朝、蓮池に新しい花が咲く。その中に新しい神が宿る。それでいいだろ？」「さすがは慈悲と慈愛の象徴」「おだてても将棋の手加減はしねえよ」「いえ、それは・・あ、お待ちを、その手は」「ふふん」彼等の西への旅は、まだ途上にあった。白竜はその後、二度と白馬に変わる事はなかった。掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2005/11/30

• 遠い約束は金色の（最遊記外伝・金蝉＆悟空）

  「天ちゃんとけん兄ちゃんは？」「いいから来い！！」金蝉は悟空の手を握り、転ぶようにして駆け出した。幾らあの二人でも、軍を足止めしておける時間は短いだろう。そして、それが彼等の・・・捲簾は悟空の頭を大きな手でくしゃくしゃにすると「行ってくらぁ」と明るく言って、隠れていた洞窟から出て行った。「悟空をお願いしますね」天蓬も笑顔を残してその後に続いた。二人とも別れの言葉は言わなかった。今、身体中が張り裂けそうな痛みを抱えながら走っている自分を、金蝉はふと不思議に思った。見ないふりをしていれば、安泰な未来があったはずだった。（らしくねぇ・・）それでも繋いだ悟空の幼い手のぬくもりが、彼に初めて意味を持って生きる事を教えてくれるような気がしていた。コイツが生きて、生き延びてくれるなら・・「たいようみたいだ」悟空にそう言われた時から、金蝉の運命は動き出してしまった。どこまでも不変であった生命に狂いが生じてしまった。神が万能であるというのは嘘だ。万能ではないから、天界も下界も様々な災禍が引き起こされる。こうして悪意が彼等を追い詰めたように。追っ手の気配が近づいて来る。金蝉は走りながら悟空の手を振り解こうとした。「お前は先に行け、お前の方が足が速い」悟空は手を離さない。「やだ！」二人は立ち止まった。悟空は泣きそうな顔をしている。それを見ると心が挫けそうになる。無理矢理に手を離し、必死で金蝉はどなりつけた。「走るんだよ、このバカ！！！！！」ろくに戦えない自分にどれほどの事が出来ると言うのだろう。ただ一秒でも悟空を遠くまで逃がしてやりたかった。悟空は動かない。「早く行け！」「いやだ、一緒にって言ったじゃないか」必死な悟空を哀れに思い、その顔を覗き込んで、金蝉はやさしく言った。「先に行け、必ず迎えに行ってやるから・・・」何かを感じた金蝉は悟空をかばうように抱きしめた。その背中に数本の矢が突き刺さった。悟空の悲鳴が聞こえた。その場に崩れ落ちながら、金蝉は悟空の黄金の瞳を見た。その黄金色・・・お前こそ俺の太陽じゃなかったのか・・・？俺を無為な時間から引きずり出し、行く末を照らしだした。反逆の徒とはいえ、尊き神であった金蝉の身体を、畏れ多く思う軍人達は誰も触れようとしなかった。捕らえられた悟空が遠ざかる。泣きながら金蝉を呼ぶ声も小さくなる。そんなに泣くな、悟空・・・そんなに呼ぶな、聞こえているからお前の声なら、いつでもわかるからなあんなにうるさい声は、他にねえよ・・・天空に太陽は金色に輝いていた。金蝉の髪と同じ色で。その光に溶ける様に、金蝉の身体は透き通った光に包まれた。痛みが去って行く。最期の時がそこまで来ていた。俺はお前の太陽になれるのか・・？なれるとしたら、今度はずっと一緒に連れて行ってやるようるさくてしょうがねぇからなお前はいつだって・・・・・・・声が聞こえたんですよ・・・・光明三蔵法師が河で金色の髪をした赤子を拾ったのは、それから五百年後の事であった。掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2005/11/22

• この世の果ての桜の下に（最遊記外伝・天蓬＆捲簾）

  「どうやら、敵をやりすごせたようですよ」天蓬は傍らの捲簾の耳元でささやいた。「ああ」二人は崖下の窪みに身を潜めていた。服は破れ、身体中に傷を受けていた。どれ程の激しい闘いをくぐり抜けて来たのだろう。特に捲簾の傷は深く、ここまで天蓬が背負うようにして、ようやっと逃げて来たのだ。崖に背を預け頭上を見上げると、木々の間に空は青く澄んでいた。「金蝉と悟空は、大丈夫でしょうか」「さあな・・」捲簾は答えるのも億劫な様子だった。息をするのも辛そうに見える。衣服に滲む血の跡がどんどんと広がっていく。しかし天蓬もどうする事も出来ない。疲労で身体が重い。（ここまでか・・・）ここで終わる。そう思うと返って腹が座り、見つかる事への恐れも消え、天蓬は煙草に火を点けた。「貴方もどうですか？」捲簾に声をかけたが、返事はなかった。捲簾の顔に木漏れ日の影が揺れる。だが彼の瞳が二度とそれを見る事はなかった。天蓬は大きく息を飲んだ。指の間の煙草が震えた。もう片方の手を伸ばし、捲簾のまぶたを閉じた。再び後ろの崖に背をもたせかけ、天蓬も目を閉じた。「貴方、いつもせっかち過ぎますよ・・・」ひとすじの涙が、頬を伝った。下界の桜の下で会おう・・・そう四人で誓ったのに・・金蝉、悟空・・どうやら僕らは行けないようです、すみません・・目をあけると、天蓬は又空を見た。緑の瞳に優しい光が静かに灯っていた。自分でも忘れる程に長い生のすべてを引き換えたとしても、昨日と今日の重さの方がまさっていると天蓬は思っていた。末席ながらも天界に神として連なり、生きて来たというのに、どれほどの事を自分はしてきたと言うのだろう。短い人間の一生の何分の一も何かを知る事なく、今日まで来てしまったような気がした。しかし最期にこのような終わり方をするとしても、天蓬は残念だとは思わなかった。失血の為か目が霞んできたが、天蓬はなおも空を眺めていた。こういう時、人間なら神に祈るのだろうけれど、僕らは何に祈れば良いのでしょうね・・ねえ、捲簾・・神って案外つまらないものですね。今度生まれて来るなら人間がいいですね。そして又巡り合う事が出来たら、今度は貴方が僕を背負って、連れて行って下さいね。僕らの還るべき場所まで・・・ねえ、捲簾・・・・天蓬の瞳からも光が消えた。動かなくなった二人の上に、何かが舞い落ちてきた。小さな軽いもの。薄紅色の何か。それは桜のはなびらだった。この二人の若き神を哀れむ上つ方の神の御技であろうか・・・はなびらは段々と数を増し、降りしきった。悟空の為に彼等の心が流した涙の様に、それはいつまでも振りやまぬように見えた。やがて二人の身体は桜色の褥に隠れた。そのように消えていった二人の事を、悟空も金蝉も知る事はなかった。空は青く、ただ青く、闘いも過ぎ去った哀しみも、その痕を残す事無く、次第に色を増し夜の闇に姿を変えた。天のつかの間の時が過ぎ去ろうとしていた。掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2005/11/19

• 木苺あげる（最遊記外伝・ナタク）

  木苺あげる　君にあげるしろつめ草もたんぽぽもれんげの花もはこべらも僕の頬を濡らしてた　君の涙はもうなくて願いを切り裂く僕の手に　赤い血潮が降りかかる木苺あげる　君にあげるしろつめ草もたんぽぽもれんげの花もはこべらも僕の心は遠くへ出かけ　君の身体は地に堕ちて君を求める僕の手は　虚しく空を掴んでる木苺あげる　君にあげるしろつめ草もたんぽぽもれんげの花もはこべらもみんなみんなあげるから帰っておいで　僕の所へ・・・掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2005/11/17

• 耳をふさいで下さい（最遊記・八戒）

  苦しげな声が聞こえました。隣に寝ている悟浄・・貴方の声でした。赤い髪の生え際が汗で粘りついていますね。浅い眠りの中で貴方は何かをこらえている。また来たのですね、貴方を苦しめるあの影が。目覚めている時の貴方なら、我慢などしないでしょうに。今は眠りに囚われて、いつもの勇気もなくしているのでしょうか。泣くばかりだった子供の頃に帰っているのでしょうか。貴方のお義母さん・・悟浄・・愛されない女性はどうも堕ちて行くようですよ。それは人間でも妖怪でも変わらないようです。彼女から逃れる為に、貴方のお父さんと本当のお母さんは、あの世まで行ってしまわなければならなかったのでしょうね。愛されないのは、自分のせいなのか・・それをすべて理解するほどに、僕は愛を知りませんが、貴方を今も苦しめる彼女の声を、僕は貴方が聞かなければといいのにと思うのです。僕は両手で貴方の耳をふさいでみました。意味がないとは知りながら。貴方は大きく呼吸をひとつして、目を開けました。赤い瞳・・僕をつなぎとめる物。なにやってんだ・・貴方の唇がそんな風に動いて、笑ったように端を上げて、貴方は再び目を閉じました。そうして貴方は眠りの奥へ行ってしまいました。僕らの夜はいつも長くて、いないはずの人の影ばかりがそこここにいるのです。その声が僕らの上で何かをささやき、僕らの夜を重くするのです。月の光さえ僕らには冷たくて。早く朝になればいいのにと思うのに、朝になったら現実の声が僕らを貶めるのです。普通でない僕らはどこにも生きていく場所はない・・今度は僕を苦しめる影がやって来ました。愛していたのに、どうして今は僕を苛むのでしょうか・・愛されたはずなのに、愛していたはずなのに・・花喃・・どうか僕をそっとしておいて下さい。君の声を僕に思い出させないで下さい。誰か僕の耳をふさいで下さい。彼女の声は僕の指の間をするりと抜けて、僕の頭の奥まで響いているのです。眠っている貴方の手を取って、僕の耳にあててみました。だらりと重い手を。すると海鳴りが聞こえました。貝の殻を耳に当てたように。それはいつか見た海の波を呼び起こし、彼女の声は潮騒に流されていきました。安心した僕が貴方の手をそっと下ろす時、僕の唇が貴方の手に触れました。確かに塩辛い海の味がしました。いつか旅に出ませんか？そうすれば、声も追ってこないかもしれません。それでも又苦しい時が来たら、僕らは潮騒の音を思い出して、その声を聞かないようにしましょう。貴方の手で僕の耳を、僕の手で貴方の耳をふさいで・・・掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2005/11/12

• 今ここにいる俺とお前に（最遊記・悟浄）

  昨日の酒が残ってる・・頭が痛てぇ・・最悪な気分だせ。おてんとさまは高いし、昼を回ってるな、こりゃ・・人の気配がない。八戒は出かけているらしい。アイツと同居するようになって半年か？もっとかもしれない。俺は細かい事は気にしねえんだよ。最初はぎくしゃくしてたが、この頃はお互いのペースがわかってきて、それなりに落ち着いて来た。他人と暮らすってのはどうよ、と思ったけど、案外なんとかなるもんだ。冷蔵庫から缶ビールを出して、テーブルに座った。何となくこぎれいになった部屋の中。もとが安アパートだから、まったく綺麗にってわけにはいかないが。アイツに電話機に花模様のカバーをかける性癖がなかっただけありがたいってとこか。本当の家庭ってものを知らないのは一緒だ、二人とも。そんなものの真似事をしない分だけ、俺達は潔いってか。ひがんでんじゃねーよ、別に。アイツは最近、近くの塾の手伝いをしているらしい。礼儀正しいし人当たりがいいから、近所でも評判が良い。おかげでワルの俺にまで、周囲の扱いが変わってきやがった。俺は変わっちゃいないのにな・・いないはずなのにな。八戒が帰って来た。「起きていたんですか？」「ああ」「これからおでかけですか？」「さあな」珍しい事を聞く。「じゃあ、今のうちに・・」八戒は小さな包みを取り出して、俺に差し出した。「どうぞ」「ん？何だ？やばいモンか？」八戒は笑顔を見せた。「いえ、そんなものではありませんよ。開けてみて下さい」ジッポのライターだった。「この前、なくしたって言ってたでしょ？」「さーんきゅ」俺はさっそく煙草に火を点けてみた。独特の重みがある、それがいい。「やっぱり、覚えていないんですね」「ん？」八戒と何か約束してたっけ、俺はすぐ忘れるがコイツは絶対忘れないからな。八戒は飽きれた顔をして、それからいたずらっぽい顔をした。「悟浄・・」「だから、なんなのよ」「お誕生日おめでとうございます」そうだ・・今日は・・・「別にめでたくねーよ」俺は照れたので、わざと素っ気無く言った。「貴方が生まれて、そして生きていてくれたおかげで、僕はここにいるのですから」「ぐーぜん、偶然てな」「たとえ偶然でも、僕は感謝しています・・だから僕は貴方の誕生日を祝いたいんです」「さんきゅ、これ、大切にするわ」俺はライターを宙に投げ、受け止めると、にやりとして見せた。「ちと、散歩してくるわ」外に出ると風はすでに冬だった。だが、俺は気にしないで歩いて行った。街は普段着の顔をしていた。いつもの日常ってやつを人々は生きている。母さんが泣き止むなら、死んでもいいと思ってた。母さんに殺されかけたガキの頃の俺・・あれから生き延びてここにいる。生きて変わるものがあると、あの生臭坊主が言ってたっけ。俺は変われるのか？もう、ちったぁ変わったのかもしれないな。少なくとも、夕飯はアイツと食おうと思っている。ちょっとだけ、普通の生活の真似事をするのも、悪くない。悪くないと思えるようになった俺が、ここにいる。ここに・・生きている。

  2005/11/09

• この小さな花を手に（最遊記・悟空）

  雨が続いている。三蔵の機嫌が悪い。八戒は無理が祟って寝込んでいる。おかげで飯がまずくても作ってくれる人もいない。悟浄もあまりしゃべらない。こんな時は俺も黙っているしかない。窓から空をいくら見上げても、灰色の雲ばかりだ。それでも少しでも動きたくなって、外へ出た。村のはずれまで来ると小さな家があった。軒下で雨宿りをしていると、窓が開いておじいさんらしい声がした。「坊や、寒くないかい？中であったまっておいで」「ありがとう」部屋の中は粗末な家具が少しと、おじいさんとおばあさん。奥の寝台に子供が寝ていた。包帯だらけだった。おばあさんが温かいお茶の入った湯のみを渡してくれた。俺の視線の先に気がついたのか、おじいさんが言った。「あの子はしばらく前に妖怪に襲われてな、あんな怪我をしたんじゃ」「そばにいっていい？」「いいとも。同じ年頃の子なら、あの子も気も紛れるじゃろう」寝台の傍らの椅子に座った。その子は目を閉じていた。頭にも布団の上に投げ出された腕にも包帯が巻かれていた。俺はふと・・眩暈を感じた。いつかどこかで・・こんな・・酷く哀しい想いがこみ上げてきたけれど、それはこの子に対するものではなかった。もっとずっと遠い・・大切な・・何か。どこかでもがいている、思い出・・なんだろ、これは・・哀しい・・寂しい・・俺の目から知らずに涙があふれてきていた。「この子の為に泣いてくれるのかい？やさしい子だね」おばあさんが言った。そうじゃないと言いたかったけれど、俺は何も言わなかった。何も言えなかった。口を開こうとしたら、もっと泣いてしまいそうだったから。こんな気持ちは初めてだ。三蔵を失いそうになった時とも違う。でも何か大切なものが、俺から欠けている・・そんな気がしてたまらなかった。俺の覚えていない過去・・そこにある何か・・「妖怪どもは、こんな子供にも容赦ない。恐ろしい事だわい」おじいさん、俺も妖怪なんだ・・妖怪なんだよ。俺の事がわかったら、おじいさんも俺を嫌な目で見るんだろうか。また眩暈がした。誰もが俺と向き合おうとしなかった。アイツも同じだったんだ・・誰もそばにいない・・アイツ？・・アイツって・・何だろう・・どうしてこんなに胸が締め付けられるんだろう。誰なんだ・・傷だらけの身体と傷だらけの心で・・俺を・・待ってる・・・その子は目を覚まさなかった。俺はお茶のお礼を言って出て行った。雨が小降りになっていた。道端に白い花が咲いていた。きれいだった。三蔵の為に摘んでいこう、きれいだから、少しは喜んでくれるかもしれない。もうすぐ雨も上がるだろう。「どこへ行ってたんだ」三蔵が不機嫌な声で言ったけれど、どこかでさっきよりも気持ちがほぐれているのが、俺にはわかった。俺は花を差し出した。三蔵はそれを見て、ふっと笑った。そして受け取ってくれた。そうだ、今の俺には花を受け取ってくれる手があるんだ。「あらら、ずぶぬれ小猿ちゃん、おかえり」悟浄が後ろから俺をはがいじめにした。「ほらほら、ちゃんと拭かないと風邪ひきますよ？」八戒がタオルで俺の頭をごしごしこすった。「いてーよ！いてーーーー！！！」俺はもがきながら、二人の手をうれしく思った。誰かが待っているのだろうか、俺の手を。俺はちゃんと受け止められるのだろうか・・三蔵が俺の手を取ってくれたように・・俺もいつか・・この失われた記憶の向こうにある想いを・・この手で・・三蔵は白い花を手にしたまま、又何かを思っているようだった。その横顔に別の面影が重なる。懐かしい・・何か。きっといつかそれが解る日が来て欲しいような、来たら怖いような気もしたけれど、俺はきっと逃げたくないから、どんな事でも負けたくないから、進んでいくんだ、雨上がりの道を。西へ・・また道端に花が咲いていたら、今度はアイツの分も摘んでやろう。掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2005/11/06

• そんな風に思えるように（最遊記・悟浄）

  久しぶりの街だ。やっぱり人がいる場所はいい。俺達もそれぞれに、ちょっとした休憩ってわけだ。橋の欄干にもたれながら、行き交う人々を見ていた。傍らで八戒が言った。「いいですね、生活してるって感じですね」「真っ当に働いて、家族がいてな。妖怪と追いかけっこしてる俺らには別世界だな」新しい煙草の箱の封を開けると、俺は一本だけ抜き取り逆さにして箱に戻した。「それ、お願い煙草って言うんですよね」「そうだな、まあ、癖なんだわ。信じちゃいねーけどよ」「何をお願いしているんですか？」「ナイショ」ホントは何にも願いなんてしてないっての。別の一本を銜えると、俺は愛用のジッポで火を点けた。「この旅が終わったら、僕らもあんな風に生きられるでしょうか」八戒の目は雑踏の人々を追っていた。「さあな」俺はわざと素っ気無く言った。奴が何を思い出したのか、感じたからだ。貧しくとも幸せな、ささやかな生活。二人だけの・・俺と出会う前の八戒の過去。「僕ね、次に一緒になるなら『殺しても死ななそうな女性』って心に決めてるんです」語る奴の顔は笑っているが、それは心からの笑顔ではない。こいつの顔に張り付いた仮面なのだ。いつもかむったままだから、それが仮面だと誰もが忘れてしまう。だが、こういう時はそれが痛い程わかる。八戒にもそう思う俺の気持ちがわかる。だから途中で仮面を脱ぎ捨てる。「・・・そんな風に思えるようになったんですよ」奴はうつむいて、唇をふるわせて、それから何も言わなくなった。煙草の煙が空に吸い込まれてゆく。八戒の悲しみもこの賑わいに紛れていくだろう。しばらく、こうして眺めてでもいるさ。今は・・つかの間の平和な時間だからな。顔を上げた奴が言った。「僕の願いも貴方の願いも、かなうと良いですね」「三蔵なら『自分の願いは自分でかなえるもんだ』とでも言いそうだナ」「あはは」八戒は笑った。いつか本当にお前が笑える日が来るように・・それを俺の願いにしておくか。次の煙草の封を切る時に、そう願っておく事にするぜ。夕暮れの街は俺達を残して暮れて行く。明日を生きる人々の為に。掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2005/11/01

• 四人の海岸物語（三蔵一行）

  「海ですね」八戒が言った。「海だな」悟浄が言った。「・・・おい」三蔵が不機嫌な顔で運転席の八戒を見た。「地図の通りに来たんだろうな？」「ええ、地図が古かったようですねぇ」八戒が笑顔で応じた。悟空は生まれて初めて見る海に心を奪われていた。「でっけーーーー！！！！すげーーーー！！！」「水に入る前に、これに着替えて下さいね♪」「わーい！」悟空は張り切って着替え始めた。「・・・おい」三蔵が不機嫌な顔で八戒を見た。「水着なんていつ用意したんだ？」「はい、三蔵はこれですよ♪」三蔵は頭を抱えた。「小猿ちゃん、大張り切りだな！」「悟浄、サカナいるよーー！！晩飯はこれかなーー！！！」「どーせなら、ビキニのお姉さんにいて欲しいぜ！」悟浄が悟空の頭を押し付けて水に沈めた。「うぷ、辛っ！！！塩辛っ！！」「二人ともあまり遠くへ行かないで下さいねー」砂浜にうつ伏せになった八戒が顔を上げ、二人に呼びかけた。三蔵は憮然として座ったまま、煙草に火を点けた。「始めからここへ来るつもりだったな」「あはは」八戒は笑うだけだった。素直に答える奴ではない。何はともあれ、潮風が心地良い。「あれ？」悟空は海面を漂うボロ布のようなものを見つけた。そばに行ってみると人のようだ。「悟浄、何かいるよーー」「おお？人か？」二人で海岸に引き上げた。「どうしたんですか？」八戒と三蔵もやって来た。「こいつ、溺れてたみたいなんだ」耳が尖っている。「妖怪・・ですか？」「アラ、こいつ、どこかで」覗き込んでいると、いきなりその身体が飛び起きた。「うわ！！」四人は飛び退った。「む・・お前ら・・三蔵一行だな！」悟浄はひーひー笑い出した。「『劇団ひとり』か！！どーりでどっかで見た顔だと思ったぜ！」「笑ってられるのも今のうちだぞ、この雀呂様がぁ」「お前、海でも迷ってたのか？」悟空があっけらかんと聞くと雀呂はひるんだ。「う、うるさい！！ちょっと散歩していただけだ！」「散歩のわりには、酷い格好だな」三蔵がぼそりと言った。確かに、ずぶ濡れでボロボロの服を着ている。かなり漂流していたらしい。「ふ・・今日の所は見逃してやる！！さらばだ！！！！」雀呂は駆けて行った。「相変わらずな人ですねぇ」夕暮れに焚き火を囲んでいる四人の姿があった。悟空と悟浄が取って来た魚が焼けている。「おめー！それ何匹目だよ！」「悟浄だって、それ８匹目だろ！！」「はいはい、まだありますからね」「あ、てめー取りやがったな！！！」「いいじゃん、俺が取ってきたんだぞ！！」銃声が木霊した。「黙って食え！！！！！」満腹になった悟空はすぐに寝てしまった。八戒は焚き火のそばに座っていた。悟浄がくわえ煙草で寄って来て隣に腰を降ろした。「フォークソングなんか歌うんじゃねーぞ、寒すぎるから」「あはは、僕はみなさんが歌うのを聞く方が好きですから」「三蔵なんかカラオケ行ったらマイク離さねータイプだろーな」背後からチャッと撃鉄を起こす音が聞こえた。悟浄は首をすくめた。「さーて、俺も寝るかーー」数日後・・・「海ですね」八戒が言った。「海だな」悟浄が言った。「・・・おい」三蔵が不機嫌な顔で運転席の八戒を見た。「地図の通りに来たんだろうな？」「ええ、今度は本当に迷ったみたいですねぇ」八戒が笑顔で応じた。後部座席から二人の間に悟空が割り込んだ。「ねえねえ、晩飯は又サカナ？」ハリセンの音が高らかに悟空の頭上で鳴った。遠く海岸を彷徨うひとつの影があった。「三蔵一行・・待ってろよ！！！」こりない男、雀呂であった。

  2005/10/27

• 貴方のRed 僕のGreen（最遊記・八戒）

  「きれいな眼をしているねぇ、雨上がりの木々の緑の色だね」林檎を買ったおつりを渡しながら、おばあさんが言った。「ありがとうございます。真っ赤で美味しそうな林檎ですね」「あんたには、その色が必要なんだね」「え？あの・・？」おばあさんは他の客の相手を始めてしまい、もうこちらを見向きもしなかった。赤・・僕の中の赤い色。それは苦い記憶、哀しい記憶、辛い記憶・・忘れる事は出来ない。治ったふりをした傷が又痛み出す。おばあさん・・貴方は一体。昨夜の雨で濡れたままの道を過ぎ、町のはずれの安いアパートのドアを開ける。煙草の匂いが漂う部屋は、冷たく主の不在を告げている。悟浄は昨夜から戻らない。どこかで飲んだくれているのか、それとも・・僕等は同居はしているけれど、互いを縛らないようにしている。あまりにかけ離れた生活習慣を、急に合わせるのは無理な相談だ。大罪人の名前を捨て、新しい名前で生き始めた僕は、これからどう生きるべきかもわからぬまま、ここにいる。悟浄はそんな僕を黙って置いてくれている。それだけでも・・僕は感謝すべきなのかもしれない。買い物の荷物をテーブルに置いた。ひとつの林檎がころがり、テーブルの下に入り込んだ。身体がバラバラになりそうな程の寂しさがやってくる。自分で自分の身体を抱きしめたまま、僕は床に膝をついてしまった。この世界のどこに、僕の居場所があるというのだろう。本当に僕が生きて、変わるものがあるというのだろうか。いきなり部屋が明るくなった。「なーにしてんだ？」戻ってきた悟浄が灯をつけたのだ。僕はテーブルの下の林檎を拾って立ち上がり、膝のあたりを掃った。「いえ、何でもありません」次の日、一緒に買い物に出かけた。「ババァ、まだ生きてたんか、ああ？」あの露店のおばあさんに、悟浄が軽口を投げかけていた。「あたしより先に、アンタが野垂れ死にするんじゃないの」「よけーなお世話だよ！」向こうで売り物の品定めをしている悟浄を尻目に、おばあさんは僕の方を向いて言った。「あんなにいい眼をしているあの子は始めてだ。きっとあんたのおかげだね」「いえ、僕の方こそ、悟浄に・・」「赤と緑は補い合う色だよ、あんたらもそうだ。あの子の逞しさがあんたを支え、あんたの穏やかさがあの子を癒すだろう」おばあさんは、にっこり笑って言った。「一緒に強くおなり」「はい」返事をしながら、僕の胸に温かいものがあふれるような気がした。「悟浄、余計なものはもう買わないで下さいね。又腐らせると困りますよ」「オレサマは細かい事は気にしねーの！」「あの部屋は、僕の住まいでもあるんですよ」悟浄はこちらを見て、にやりとした。「まあ、そーゆー事にしといてやるわ」悟浄の目に温かい光が踊っている。赤々と燃えるその色こそ、生命の色だ。赤は血の色、でも温かい血は生きている証、生きる力を運んでいるのだ。僕のこの身の内にも・・悟浄、貴方と共になら、僕は何かを見つけられるかもしれない。いつか胸を張って死ぬ時の為に・・今度こそ、この手で何かを守れる強さを得る為に・・もう少しだけ生きてみよう、もう少しだけ生きていたいと思った。掲載小説のまとめサイトはこちらです

  2005/10/24

• 今はひとりの弟に（最遊記・花喃）

  母親に置き去りにされた家で、あの子は私にしがみついて泣いていました。私はあの子の身体をしっかりと抱いて、幼いながらに悲しみに耐えようとしていました。悟能、私の双子の弟。やって来た見知らぬ大人達が二人を引き離し、別々に連れ去りました。私の名を呼ぶあの子の声が遠ざかるのを聞きながら、私もあの子の名前を叫びました。私達は別々の孤児院に入れられました。離れていてもあの子の事は忘れた事はありませんでした。寝る前にいつも悟能と又逢えるようにと祈りました。祈りが通じるなどと思っていたわけではありません。でも非力な子供に他に何が出来たでしょう。祈る事以外・・・私達は再会しました。悟能だとひと目で解りました。何故なら鏡の中の私と同じ目をしていましたから。堰を切って溢れ出した寂しさと愛しさは、たちまちのうちに私達の理性すら押し流してしまいました。離れていた時間を性急に取戻すかの如く、私達は愛しあってしまったのです。それは姉弟の愛ではありませんでした。村人が私を妖怪に引き渡した時、あの子はいませんでした。その事が私にわずかながら幸せな気持ちを与えてくれたと言ったら、おかしいでしょうか。そうです、あの子の不在のうちに連れ去られた事が、私の最後の幸福だったのです。あの子に知られずに、私は秘密を持ったまま死ねる・・それがうれしかったのです。百眼魔王の城での過酷な日々、いつ死んでも良い私は気が楽でした。それが彼等の目にどう映ったのか、私はすぐには殺される事はなく、それなりの扱いを受けていたのです。慰みものである事には変わりありませんでしたが・・そして・・嗚呼、何と言う事でしょう・・あの子はここまでやって来たのです。その手を血に染めながら・・二度と逢えないはずの・・悟能・・私のお腹には確かに妖怪の子がいました。でもそれ以上に私を絶望に追い込んだのは、悟能、あの子がそこにいる事でした。私はもう死んだ気持ちでいたのに、あの子がそこにいる・・・私は更に遠くまで逃げていかねばならない、そう、本当に死ぬしかない。私は刃を自分に突き立てました。私の名を呼ぶ絶望の叫びが聞こえました。それは幼い日に引き離された時のあの子の叫びと重なって、私の中に響き渡りました。変質してしまった愛は私を蝕んでいたのです。姉弟が単なる男女になってしまった時、私の心はそれを受け入れられる程、広くない事に気がついたのです。あの子は無心なきれいな笑顔を見せていたのに・・・もしこのまま一緒にいたら、きっと二人が壊れる時が来ると、私は感じていたのです。あの妖怪に連れ去られた日、私は悟能との間の罪の子を始末したばかりでした。あの子には告げずに。私に愛されているとあの子が信じたままにしておきたかったのです・・悟能・・私の弟・・愛してました、愛してました・・でもそれは別の愛の形だったのです。あの子の望んだ形ではなく。嘘つきの私は地獄に落ちるでしょう。それはきっと、あの幼い日、二人が引き裂かれた日から決まっていたのかもしれません。祈る事しか出来ない私は、又こうして祈っています。もしもどこかに慈悲深き神様がいるなら、神様、せめてあの子だけは天国へ行かせてあげて下さい。あの子はただ愛しただけなのです、私を・・己のすべてをかけて。どうかあの子を・・神様・・神様・・あの子の愛に報えなかった不甲斐ない姉の最期の願いを、どうか・・

  2005/10/19

• 金木犀の恋(2)（最遊記・光明）

  秋でした・・金木犀の良い香りがあたり一面に漂っていました。ふと見上げた空に何か橙色の物が見えました。それはまるで花の香りが凝して形になって飛んで来たように思えました。紙飛行機でした。明るい笑い声が聞こえました。一人の女性と数人の子供達が、紙飛行機と飛ばして遊んでいたのでした。澄み渡った青い空に橙色の紙飛行機は、あまりに綺麗で、何かの夢のように思えました。彼女は墨染めの衣の僧形の私に気がついたのか、こちらに向かい頭を下げました。長い耳と銀の髪・・彼女は妖怪でした。あの頃はまだ人々と妖怪が共に暮らしていたのです。まもなく私はひとつの寺を任される事になっていました。そうなれば遠出もままならなくなります。慈覚法師様の計らいで、しばしのお暇をいただいた私は、故郷の村へ妹に逢いに行ったのでした。暴風雨で村が被害を受けたと聞いていたからです。妹の家で、互いの無事と久しぶりの再会を喜び合い、村の近況を語る妹の話の中で、彼女が最近ここに来て、先の災害で親を失った孤児達の面倒を見ている事を知りました。どういう娘なのかは誰も知りませんでしたが、気立てが良く働き者なので、村人達もすぐに受け入れたようでした。江流・・貴方は笑うでしょうか、こんなにもたあいない話を。

  2005/10/19

• 強くない俺とおまえに（最遊記・悟浄）

  煙草の味が苦いと感じるのは、やっぱ、調子が悪いってこった。こういう時は酒もうまくねぇ。だからって大人しく早く寝るなんざ出来ねえ性分だしな。こんな田舎の村じゃ、人通りどころかまともな通りすらねえ。家畜の匂いの混じる風は散歩するにはちょいと冷たいが、それほどやわい身体の俺様でもねぇしな。調子が悪いのはデリケートなハートの方さ。俺は強くなんかない。そりゃ、フツーの人間や雑魚の妖怪なんざ、屁でもねぇがな。だが他の奴らに比べれば・・あいつらは本気で戦う事はまずない。本気になる時、そりゃもう、俺達がかなりヤバイ時だ。余裕よ、余裕。それがあるからあいつらは笑っていられる。俺なんざ、出したくたって出せるモンなんざ、ねーのによ。八戒がいつもの発作を起こした。罪の意識ってヤツは、どうにもこうにも消えないもんだ。俺にだってそれくらいは解るがな。まあ、アイツはそこから出て来なくなっちまう。普段は笑顔しか見せねえ野郎が泣きながらのた打ち回るのは悲惨過ぎる眺めだ。それをアイツは三蔵や悟空には絶対に知られたくないと思っている。だから俺が誤魔化すワケよ、何とかカントカ言ってな。バレテねえとは思ってねーけど、いちお、そーゆー事にしてあんだわ。女なら抱いてやるとか、慰める方法もあるんだろうけど、アイツは男だしな。やっかいな位プライドが高い潔癖症だし。ホント、疲れんだわ。弱いオレサマなのによ。俺より強いんだからさ、強くいてくれよ、頼むよ・・木の根元に腰を降ろして、まずくても煙草に火をつけちまう。習慣なんだわ。この旅がいつまで続くかは知らねえが、考えないようにしてるが、俺だってこんな風に後ろ向きになる時がある。八戒の事を言えねぇな・・部屋に戻ると、アイツは落ち着いていた。いくらかこわばっているとはいえ、いつもの優しい顔を取り戻していた。「寒くありませんでしたか？」ベッドに横たわったまま、声をかけてきた。「オレサマは身体もアソコも丈夫よ？」俺が答えると、少し笑って目を閉じた。目を閉じて上を向いたままアイツは言った。「僕は、まだ何とか正気でいられそうです」「バーカ、俺達ん中じゃ、お前が一番最強にまともなんじゃねーの？」軽口で相手になってやると、八戒の目尻から涙がすうっと耳まで伝うのが見えた。「僕は強くなんかありませんよ。まともかどうかも自信がないんです。貴方の方が本当はずっと・・」俺は八戒のベッドの端に腰を降ろして、額に軽くデコピンしてやった。「くだんねー事言ってないで寝ろっての。寝坊すると生臭坊主がうるせーぞ？」八戒が目を開けた。涙に濡れた緑の瞳が俺を見上げた。「悟浄・・いつもありがとう。貴方がいてくれるから、僕は・・」コイツがこんな事を口にするのは今だけだって分かってる。明日になれば三蔵と一緒に小言を言いまくるだろうよ。まあ、それでも・・・「もう、寝ろ」俺は言った。「はい」八戒はすぐに安らかな寝息を立て始めた。強いだの、弱いだの、いいやね、何でも。まあ、こんなオレサマでも、いないよりはマシってか、ここに。寝る前の最後の一本と思ってつけた煙草は、うまかった。おっと、枕に灰でも落としでもしたら、朝起きたアイツに何言われるかわかんねーからな、用心、用心っと。服を脱いでベッドに潜り込んだ俺は、遠い昔、兄貴と遊んだガキの頃の夢を見た。変わっちゃいねえ、変わっちゃいねえよ、あの頃と。だがよ、ちっとだけ悪あがきが出来るよーになったようだぜ。ちっとだけ、な・・・

  2005/10/17

• 金木犀の恋（１）（最遊記・光明）

  金木犀の香りがしていましたね。その香りに誘われて庭に降りた私は、今が盛りの木の下に佇んでいました。「お師匠様は誰かを愛した事がおありですか？」傍らで掃き掃除をしていた江流、貴方は不意に私を見上げて言いました。「ええ、貴方を愛してますよ」と答えると「そういう意味ではありません」貴方は軽く口をとがらせて、ぷいと向こうを向いてしまいました。「いつか貴方がもっと大きくなったら、話してあげますよ」幾ら聡くても、まだ九つになったばかりの貴方に理解してもらうのは難しいと、その時の私は思ったのです。そして貴方が、私から受け取った橙色の紙飛行機を空高く飛ばしながら、珍しく子供の笑顔を見せたのを覚えています。どうして貴方がそんな事を言い出したのかはわかりません。江流・・貴方を愛していたのは本当ですよ。だから川を流されてゆく貴方の声が聞こえたのです。でも本当は私が貴方を呼んだのかもしれません。あの頃の私は、かけがえのない命を不幸にしたばかりでしたから。償いをしたかったのかもしれません。いつか・・そう約束したのに、その時が来る前に私達の運命は大きく変わってしまいましたね。貴方は大きく強くなり、沢山の心を束ねながら旅をしているのですね。その行く末に私が残したものを、せめてもの手向けとして受け取ってくれる日が来る事を、私はひそかに望んでいるのです。それも又、私の贖罪のひとつになるのかどうか・・いえ、あれが罪だと言うのなら償える事はないでしょうけれど。江流、江流・・私は貴方の笑顔が好きでしたよ。私の魂は中有を彷徨いながら、今もそう思っているのです。

  2005/10/16

• キミだけのカミサマ（最遊記・烏哭）

  幸福な絵を描きたいんです・・その若い妖怪は言った。みんな幸せとかお日様とか好きだよねぇ、虫みたいに。みんなそうなんだ、踏み潰されるまで自分が弱い事にも気がつかない。凶暴化して三蔵一行に殺されたんだってね、あの妖怪は。自我の崩壊を抑えるとか言ってデタラメな薬を渡したのにそのボクに感謝しながらさ。どうして白衣を着てるってだけで医者だと思って信用しちゃうわけ？その白衣の下に真っ黒な腹わたがあるかもしれないのに。まあ、その方がボクには好都合だけどね。誰かのカミサマになるのなんて簡単さ。本当の神様なんていないから。ちょっとだけコマを進めてやるんだ、運命というゲームの。さあ、次はキミの為にサイコロを振ろう。キミだけのカミサマになってあげるよ。月明かりの下で・・・

  2005/10/10

• その瞳は水色の（最遊記・八戒）

  秋の空は天高く澄んでいます。先生・・初めて貴方に逢ったのはこんな空の下でした。よれよれの白衣をまとい、貴方は空を見上げていましたね。黙って通り過ぎようとした僕の方を見て微笑んだ貴方。思わず足を止めて、お辞儀をしてしまいました。その笑顔の優しさに・・16歳で偽善の箱庭のような孤児院を出て、全寮制の学校に進んだ僕は、そこでも孤独でしたから。空に手をかざしてごらん　わかるだろう　天に満ちる気が目を閉じて感じてごらん　足元から湧き上がる力を先生・・本に埋もれた貴方の研究室。香りの良い紅茶。静かな会話。貴方はそれから少しずつ気を扱う技を僕に教えてくれましたね。大地に満ちる生命がこんなにも愛おしいと感じたのは初めてでした。手を差し伸べるたびに、流れを感じるたびに、幸福はやってきました。でも・・学校では、僕のような人間は狩られる対象でした。僕は自分を守る為に戦わねばなりませんでした。僕に下劣な手を触れようとした上級生を吹き飛ばしたのが、最初でした。それからこの技を持って僕は敵をねじ伏せる事を覚えたのでした。先生・・貴方がそんな力の使い方を望んでいなかったのは知っていました。しかし僕は自分を守りたかった。今は守るべきものを持たない自分であっても。まだ未来を信じたいと思っていましたから。あの日、どうして帰宅が遅くなったのか、もう覚えていません。夜更けの暗い道を僕は寮へ急いでいました。誰かが不意に近づいて来た気配・・僕は恐怖にかられ、あらん限りの力をその影に叩きこんでしまったのです。雲に隠れた月が顔をのぞかせ、照らし出したのは・・先生・・血まみれの貴方でした。僕の帰りの遅いのを心配して迎えに来てくれた・・苦しい息の下で、貴方は僕にここからすぐに去るように言いました。僕はその言葉のままにそこから逃げ去りました。余りの出来事に僕は正気を無くしていました。何故、貴方を置き去りに出来たのだろう・・翌日、校長から先生は暴漢に襲われたと全校生徒に話がありました。僕は貴方の病室へ行きました。本当はとても怖くて・・ドアの前を何度も行き来しました。勇気を振り絞って中へ入ると、貴方は横になったまま、僕に手を差し伸べてくれました。僕はその手を握り、無意識に僕の思いが、貴方の中に流れ込みました。貴方はそれを感じてかすかに微笑み、僕を見て・・その目は、僕を許してくれていました。その夜、貴方は亡くなりました。僕の最初の殺人でした・・先生・・あれから僕は沢山の命を奪い、この身も人ではなくなりました。今は名前に戒めを刻み、貴方に学んだ技で妖怪を滅ぼし、一方では傷を癒しているのです。矛盾した行為ですよね。でも今の僕には守りたいものがあるのです。手についた血は洗い流せるけれど、心の傷から流れる血は拭えない。それを知りながら、僕は旅を続けています。先生・・今でも貴方は僕を見守ってくれているのでしょう？見上げるといつも空は貴方の瞳の色をしていますから。あの澄んだ水色の・・僕の罪を許してくれた、あの瞳の色を。

  2005/10/09

• 懺悔をしてもいいですか？（最遊記・八戒）

  懺悔をしてもいいですか？いえ、やっぱりやめましょう。何故なら・・・僕の言葉は貴方を切り裂く。悟浄ならひらりと身をかわすでしょう。だが三蔵、貴方は真正面から受け止める。そして痛みを感じてから「くだらねぇ」と言うでしょうね。無愛想な顔をして、人一倍熱い血が流れている人ですから。潔癖な貴方には厳格なルールがある。僕でさえ信条はあるのです。身も心もひとつになれるのならと・・貴方を絞め殺していいですか？出来ないと思っています？本当に・・僕は計算高い自分を、たまに疎ましく思うんですよ。だからいつか貴方への嫉妬に狂った時が来て本当の僕の長い爪が、貴方の喉に食い込む時が来るかもしれませんよ。その時、僕は悟浄と悟空に殺されるのでしょうか。ええ、笑って死んでいきますよ。嗚呼・・・言う事は出来ない狂気の言葉、そう、凶器でもある言葉。いつか貴方を切り裂いてしまいたい。この旅が終わる時まで、僕の理性が持つように・・祈って下さい。僕の願いがかなう事はないでしょうから。

  2005/10/08

• 夢を食べてください（最遊記・八戒）

  悪夢にうなされる夜がある。心配そうに僕を見る金色の眼と出会う。悟空・・彼はまるで精神の塊だ。何物にも変えがたい純粋と無垢がそこにある。三蔵にとって彼が特別なのはそういう事だ。僕がどんな仕打ちをしようとも、彼を汚す事は出来ないだろう。僕は救われたかったのだ。己の穢れから。あの純粋と無垢だけが僕を・・僕らを救ってくれると・・・彼を見つめる僕の良い方の眼から涙が流れていた。悟浄はそれに気がついても何も言わなかった。悟浄も又、呪縛を持ちながらそれに囚われていない彼に何かを感じているのだから。誰をもこばまないが尊敬もしない悟浄にさえ、彼は特別なのだ。悪い夢は彼の笑顔に溶かされる。遥か昔にもあの笑顔を守りたいと思ったような、そんな気がする時がある・・・

  2005/10/04

• 雪の朝（最遊記・悟浄）

  「あ、ごめんなさい」ぶつかったのは若い女だった。（赤い髪と赤い瞳・・オレと同じ）だがその目は空ろで、両手は宙をさ迷い何かを探しているようだった。「あんた・・」立ち止まって俺の声の方に顔を向けたが、目の焦点は合っていなかった。彼女は頭を下げて壁伝いに宿の奥に消えた。「あの、お客様、孫が失礼を」宿の主人が頭を下げた。「あの子は、生まれつき目が見えないのです。両親が妖怪に殺されたので、引き取って育てています。カンの良い子で出来る限り宿の手伝いをしてくれてます」あの子は自分の髪が赤いのも瞳が赤いのも知らないんだ。宿の主人は部屋へ行こうとする俺を呼び止めた。「もし、旅のお方、失礼とは存じますが、もしや孫と同じ・・」「あんたはこの色の意味を知っているんだな」「はい、あの子は妖怪と人間である私の娘との間に生まれた子です」「それで？」「同じ境遇の方なら、わかってくださりますでしょう。あの子をどこかに連れて行ってやって下さい。ここも妖怪の被害が出始め、あの子の生い立ちが知られればどういう目に合わされるか」「おいおい、そんな事をいきなり言われても」「そうでございますね、申し訳ございません。年寄りの戯言とお思い下さい。失礼致しました」いきなり連れていけって言われてもなあ・・三蔵が承知する訳ねえし。ドアをノックする音がした。彼女が立っていた。「おじいさまが無理を言ってすみませんでした」「いや、まあ、立ち話もなんだし」簡単な服装だが清潔で、俺が今まで相手にしてきた女どもとは違ったタイプだった。化粧もしていないが、顔立ちは悪くない。てゆーか、カワイイ。「私は半分妖怪です・・気味が悪いですか？」「いや、俺もそうだから」「私と同じ人がいたんですね」「まあな」寝台に並んで腰掛けていると彼女が俺に触れてきた、おい、ヤバイ・・いや、ちょっと違うか。彼女は確かめているのだ。「煙草の匂いがしますね」頬に触れ、唇に触れてきた。何だか妙な気分になっちまうじゃねーか。そして俺の胸にもたれて来た。「俺が狼になったらどうする気だい？」「私の出来る事・・こういう事しか」「おい、ちょっ・・」灯りが消えた。「暗い中でなら、私の目は関係ないから・・」「なあ」「はい」「こうやって宿で客を取るのが手伝いってやつなのか？」「・・他に何も出来ないから。でもこれは違います。御礼というか、同じ人に会えてうれしかった」彼女はひどく淋しい顔をしていた。「目が見えないのがいいってお客さんもいるの・・私、結構稼ぐのよ」「あんたにこんな事させて、実のじいさんなんだろ？宿の主人て」「でも、稼がないといけないから。貴方に無理な頼みをしたのも、私の事を心配して・・」まあ、世の中、色々あるだろーけどな。「私と貴方は同じ髪の色をしていると、祖父が言いました。どんな色？」「ああ、真っ赤といってもわからんかもしれないが、綺麗だよ。髪だけでなく、あんたは綺麗だ」あーあ・・言っちまった。彼女は又淋しそうに笑っただけだった。次の日は寒い朝だった。宿の主人が昨夜から戻らないあの子を心配していた。街の外はうっすらと雪が積もっていた。しばらく進むと彼女はそこにいた。白い雪、広がる真っ赤な血の色・・それは倒れ伏した彼女の髪が、雪の上に広がってそう見えたのだと、そう思おうと・・思おうとして・・だが衣服も赤く染まっていた。「妖怪と人間てどう違うの？私の世界ではどちらも同じ。姿かたちなんてないから」自分の髪が血の色だと知らないまま、彼女は逝ってしまった。閉ざされた瞳の色はもう誰にもわからない。

  2005/09/19

• 涙の向こうの夜（最遊記・八戒）

  僕の目の前で自害した人。もう少しで手が届くのに、鉄の柵に阻まれて。永遠に遠くへ逝った人。助けに行ったのに、何故？とずっと考えていた。姉である人と弟である僕。結ばれてしまった。罪悪感などないと思っていた。それを見ないふりをしていた。彼女もそうだと信じていたけれど。檻の中にいても檻から出ても、どちらも地獄だったのだ。彼女にとって、どちらも・・許されない愛。僕のエゴ。君を殺したのは、僕なのかもしれない。君の面影は血に染まり、それでも微笑んでいる。そんな夜は眠れない・・

  2005/09/15

• 夜の底の太陽（最遊記・三蔵）

  別に一人でもいい。だが時折、大事なものを思い出したくなる時がある。アイツらの中にそれを感じる。男とか女とか、そんな面倒なものは、いらん。もっと別の、もっと深い・・悟り？無我？ふん、ダセぇ・・俺はここにいる。アイツらもここにいる、ただそれだけだ。・・・俺の命と共に。

  2005/09/13

• 顔のない夜（最遊記・悟浄）

  他の女と寝る事が、愛のあかしの時もある。傷つけたくない想いが、そんな矛盾した行為をさせる。けばけばしい安手の部屋で、それなりに選んだ女の上で俺は泣きたい気持ちになった。皆、素通りだ。皆の視線の先にアイツがいる。その面影をかき消す為に俺の動きは激しさが増す。快楽と幸福は必ずしも一緒に訪れるとは限らない。今の俺はオスだ。朝になってアイツらの所に帰り着くと俺は人間に戻れる。今は夜の底で最高に貪欲なオスになる。そうさ、俺の中の獣をなだめてやるのさ、アイツらの為に。俺までマジになったらシャレになんねーからな・・女の柔らかい身体が反り返る。夜を共にした女達はどれも顔がない。

  2005/09/13

• 月のうまそーな夜（最遊記・悟空）

  ひとりでいた長い時間。なのに今はみんなと一緒に過ごした時間の方がずっと長く感じる。ぎっしりと詰まっている感じなんだ。妖怪との戦いとか、事件が多いとかじゃない。沢山の言葉とか、言葉じゃないけど伝わってくる何かとか毎日一杯なんだ。硬い手も暖かい手も優しい手も俺のそばにあって、それがうれしいんだ。殴る手もたまにあるけどな。飯だってひとりで食うより大勢の方が美味くなる。おかずを取られると悔しいけど取り合いする相手がいるのもいいもんだって思った。でもやりたくねーー俺の分は絶対やらねーああーー思い出したら腹へったーーーー

  2005/09/12

• 赤い夜（最遊記・八戒）

  ＊＊もし八戒が禁忌の子と出会っていたら＊＊守りたい思いと壊したい思いが同時にあった。本当の姿で愛する事が出来るのか・・カフスが床に落ちた。赤い瞳の力が膨れ上がる妖力と鬩ぎあっている。全身にからまる蔦の文様が僕の心をからめとる。伸びた爪が彼女の肌に赤い筋を刻む。痛みを伴うくちづけを受けて小さな苦悶の声が漏れる。それでも彼女は見つめている。赤い瞳に宿る光には憎悪も嫌悪もない。僕は狂いたかった。なのに狂えないままにここにいる。いっそ他の妖怪のように正気を失ってしまえるなら、その方が幸せかもしれない。罪の意識と後悔と戒めと・・・この醜い姿のまま、そんなものを背負いきれるはずはなく、僕は壊れてしまいたいのに・・赤い瞳が僕を見ている。僕の中の痛みを見ている。痛みにその目が暖かい涙を落とす。狂おしい時間の中で、僕はけだものになりたいのに、その目は僕に愛の営みをさせる。切り裂きたい欲望が愛しさと混じり合う。激しくよじれる心の奥で僕は叫びをあげている。僕は、僕は、僕は・・・快楽が湧き上がる。瞳を閉じてしまえば楽になると思いながら（なるはずはないのに）、僕は赤い瞳から目をそらす事は出来ない。・・・・そして殺さずに愛し切った。カフスをつけると、強い脱力感に襲われた。反動だ。白い肌には、赤い長い爪痕と咬み傷がいくつも刻まれている。くちびるでなぞると痛むのか、彼女は身体を硬くした。しかしそれ以上は逆らわない。本当の僕が愛せる女は彼女だけなのだ。彼女はそれを知っている。この手を幾ら血で染めたとしても、愛する者を引き裂く事だけはしたくない・・・でも僕は知っている。きっとそうなってしまう事を。愛の為に殺戮を重ねた僕は、愛しい人と愛を交わす事が許されない身体になった。それが罰だというのなら、誰かを愛する心こそ奪って欲しかった。ここに愛はないのに、僕と彼女は愛の真似事を繰り返す。半分は人、半分は妖怪の僕等は、当たり前の愛を始めから見失っている。謝罪の言葉を薬と共に傷に塗り込めながら、僕は彼女に苦い悔恨を口移しにする。いっそ僕を憎んで欲しい・・・憎んで欲しいのに、愛して欲しい。ふたつの響きが不協和音を作りながら、僕の中に木霊する。彼女が僕の元を去る日を予感しつつ、今ここですべての時間を止めてしまいたい思いにかられている。彼女の赤い髪がこんなにも血の色に見える・・・

  2005/09/12

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