窓の記憶(46)「肖像は微笑む」#16-1
「肖像は微笑む」#16-1緑の窓の屋敷の整備も進み、竹生と朔也はそちらに移り住んだ。朔也はいまだ眠る時間が長く、記憶は戻らなかった。竹生は庭にも手を入れさせた。竹生と共に屋敷へやって来た桐原も広い庭を喜んだ。そして引退した盾であり元の部下だった伴野(ばんの)を呼び寄せ、庭をまかせる事にした。二人は語り合い、屋敷に似合った古い欧州の庭を手本にする事にした。竹生の父の部下だった桐原は”盾”を引退してからずっと竹生の身の回りの世話をして来た。それだけに竹生の好みは熟知していた。東屋も噴水も修復し、竹生の好む薔薇を何種類も植えさせた。故郷の村に咲く草花も上手に配置した。初めて屋敷に連れて来られた時、門前に停められた車から降りた朔也は緑の窓を見上げてつぶやいた。「私の・・青い火花・・似てる」竹生にはその意味する所が理解出来た。「そうだ、ここならお前も安心だ」「はい・・竹生さま」朔也は満足げに竹生を見上げ、甘えるように寄りかかった。その肩を大切そうに抱き、竹生は門をくぐった。百合枝の言葉を借りれば、進士はアンソニー・パーキンスに、桐原はダーク・ボガートに似ているそうである。少し古風で伝統の匂いのする男達であった。竹生が行方不明であった時は、桐原は佐原の村で失意の日々を送っていた。竹生が三峰の所にいると知らされると、彼は村での生活をすべて清算し竹生の許へ行った。竹生は戦い以外何も知らない人間であった。人でなくなってからもそうであった。竹生は桐原を当然の様に側に置いた。同じ兄弟であっても三峰は世間的な智恵に長けていた。「私は盾の長にはなれるが、村の長にはなれぬな。お前はどちらにもなれる」竹生は三峰にそう言っていた。そう言われると三峰は苦笑した。進士と桐原は立場が似ているだけにライバル心もあるが、互いに長所を認め合い高めあうだけの度量もあった。桐原は進士の小柄投げのような特技はないが、盾としては優秀な方であり、その年代にしては珍しく機械類にも強く、どんな武器でも扱えた。車の運転のみならず飛行機も操縦する事が出来た。料理の腕前は進士が上で、桐原は朔也の為に教えを乞う事もあった。二人は互いのあるじへの忠誠心の深さも感じあい、同業者としての苦労も分かり合える良き関係でもあった。百合枝も朱雀のマンションでの生活に徐々に馴染んで行った。多忙な朱雀はほとんど家にいない(昼間は寝室で全身の痛みに耐えているのだが、百合枝はそれを知らない)。居る時は百合枝の所に顔を見せる。もしくは朱雀の住居で一緒に時を過ごす。約束通り、朝夕は百合枝と柚木と進士の三人で食卓を囲んだ。柚木も百合枝に大分慣れ、色々と自分から進んで話す様になった。柚木が学校でいない昼間、進士との昼食を百合枝が作る事もあった。進士は百合枝と料理の交換教授をする楽しみが増えた事を喜んだ。百合枝は週に三回、柚木に英語と仏蘭西語を教えた。柚木は頭が良く上達も早かった。百合枝は柚木が絵を描いているのを知った。百合枝が柚木の部屋にあったスケッチブックに目を止めると、柚木は恥ずかしそうにそれを見せた。それは子供離れした絵だった。(この子の心には、これほどに激しい何かがあるのね・・)「朱雀おじさんには言わないで」「どうして、こんなに上手なのに」柚木は決まりが悪そうな顔をした。「僕の将来に絵は必要じゃないんだ。僕は”盾”になるのだから」「たとえそうでも、絵を描いても良いのではないの?」柚木は引き締まった顔をした。「僕には他にやる事が沢山あるんだ」百合枝はスケッチブックをめくっていった。「心を豊かにする事、多くを知る事は、どんな時にでも役に立つことだわ」「でも・・僕らは自分の為には生きられない」百合枝はふと柚木を哀れに思った。(こんな子供がこんな事を言わねばならないなんて)百合枝はスケッチブックを閉じると柚木に言った。「今度どこかへ絵を観に行きましょうよ。それも勉強よ、言葉を覚えるならその国の文化を知っていた方が良いから」柚木の顔がぱっと明るくなった。「うん」百合枝は柚木の子供らしい顔を初めて見た気がした。(続く)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『窓の記憶』主な登場人物の説明はこちらです。『火消し』シリーズの主な登場人物についてはこちらです。『火消し』シリーズの世界の解説はこちらです。掲載された小説はこちらのHPでまとめてご覧になれます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・