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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ドゥニ・ディドロ-1(三百三十五)
1772年に図版集を含む「百科全書」の完結という大事業を成し遂げたドゥニ・ディドロ(Denis Diderot/1713年-1784年)はフランスの啓蒙思想家・作家で才能は多肢に渡り、機械論的唯物論の立場に立ち、広い分野にわたって著作を行った人物です。彼の著書には、哲学的著作「自然解釈断想」はもとより、小説「ラモーの甥」・戯曲「私生児」など芸術にも才能が溢れるばかりです。「思考と直覚」的には素粒子が発見されていない当時では原子は質的に同一と考察し、異質的な要素を分子に求めます。其れ故に、世界には異質的で多様な要素に溢れ、其れ等の結合が世界を構成していると解きます。其の説くところから導かれるのは、世界の多様性であり、結合の構成により無機物から人間の様体までを生み出すとします。興味深いのは、自然には無機物にも感性があり、有機体であるところの人間にも同様の感性を持っていると説くところに独自性があります。此の思考には後段に述べるライプニッツのモナド論に影響された節が見え隠れしています。通常、我々人間の思考は、石岩や金属を生命のない死んだものと考察していますが、ディドロは石岩や金属も無機物とは云えども変化と運動に参与しており、其れ等全て感じる性質であるところの「感性」が持ち、ただ、人間などの有機体に代表される有機物に備わる感性との相違は、無機物の感性は「死んだ感性」或いは「受動的な感性」と呼称し、有機物に備わる感性を「生きている感性」乃至「能動的な感性」と定義します。此の言を受け入れると、有機体としての人間が石岩や金属の無機物から区別されるにしても、人間は「絶対的な意味での死」へは移行しないことになります。即ち、人間のサイクルが、生から「一時的な死」更には「一時的な生」への移行を繰り返すことになります。此のことをディドロは石像を例にあげて説きます。 cap-hiroのプロフィール 哲学・思想 ブログランキングへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016年01月17日 06時12分18秒
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