「霊魂論」神秘学89
インドの正統六派哲学の一つであるサーンキヤ学派とヨーガ学派の源を同根だとする説は多くの学説に認められています。元来がヨーガによって到達される神秘的境地なるものが、宗教を含めその他の学派の説く解脱への境地への思考が一致するからです。但し、其の方法論は大きに異なります。純粋思考としてのサーンキヤ学派と実践を強調するヨーガ学派とに分かれているのが後世にても明確でしょう。インドの正統六派哲学、其の先頭語句の「正統」の語彙は紀元前500-紀元後600年の非正統派の時代、即ち、仏教の成立から3世紀前半の部派仏教、仏陀の入滅後100年頃に仏教教団は仏教用語としての律、僧侶をして僧侶たらしめる根拠となす規範の解釈をめぐって、仏教教団しだいに20程の部派に分裂し、煩瑣にして壮大な論蔵アビダルマ(阿毘達磨/abhidharma)を其れ其れに打ち立てて論争を行う経緯を経ますが其れに対応した語句です。正統六派哲学はアビダルマ及び3世紀後半の大乗仏教とジャイナ教に対しての正統派だということを強調します。しかし燐廻転生する基盤としての思想は正統・非正統を問わず同根であり輪廻を断ち切るシッダールタの涅槃・成仏概念も「輪廻転生」ありきで論が成り立つことは言うに及ばずです。其れ程に当時おインドは、後世よりも現世がより苛酷であったという証明になります。生まれ変わってもバラモンはおろか庶民階級さえ望み得ない、バラモン教では非人間扱いされる階級、自己的には人間として認識する人間が転生は死より辛いものだった筈なのです。当代印度では当然に法的是正が行われましたが、ヒンズー教は血脈にしても根深いために、今尚、苦難を乗り越えたとは申せず未だ先が見えない状況です。
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