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Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年06月21日
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カテゴリ:霊魂論


ルドルフ・シュタイナー
ゲーテの自然科学論序説並びに精神科学(人智学)の基礎(GA1)
第17章 ゲーテ対原子論 佐々木義之訳 1-9項
第三項
 もし、私たちの時代の科学者たちが彼らの仲間うちではない者たちの著作をも読んでいたとすれば、オストヴァルド教授がこのような論述を行うことは決してなかったでしょう。と申しますのも、私は既に1891年に、ゲーテの色彩論のための序論の中で、私たちはそのような「形態」を非常によく想像することができ、未来の科学はゲーテの基本的な科学上のアイデアを洗練させる使命を持つことになるだろうと書いたからです。私たちは物理的なプロセスをエネルギーの状態に「還元する」ことができない以上に、原子の力学に「還元する」ことはできません。そのような還元主義が役に立つのは、私たちの注意を現実の感覚的世界の内容から逸らし、その代わり、それを抽象性へと、つまりその悪化した特質がそれでも結局は感覚的世界から取られてきたような抽象性へと向けさせるということにおいてだけなのです。ある一群の感覚的な特質、光、色、音、匂い、味、暖かさ等々を、別のグループの感覚的な特質、大きさ、形、位置、数、エネルギー等々に還元することによって説明することはできません。自然科学の使命は、ある範疇の特質を別の範疇の特質に「還元する」ことではあり得ません。それはむしろ世界の知覚可能な特質の間の結びつきや関連性を見出すべきなのです。私たちがそれを行うとき、私たちはある感覚的な知覚が必然的に別の知覚に移行する特別な条件を見出します。私たちが見出すのは、ある現象は別の現象に比べてより密接に関連しているということです。私たちは無作為の観察による偶然の結果以上の結びつきを確立します。私たちは、ある関係は必然的なものであり、別の関係は「偶発的」なものであるということを認めます。ゲーテは現象間の必然的な関連を「元型的な現象」と呼びました。「ひとつの感覚的な知覚が別の知覚を不可避的に生じさせる」と言うとき、私たちは元型的な現象を扱っているのを知っています。これは私たちが「自然法則」と呼ぶところのものです。例えば、「物は暖められれば膨張する」と言うとき、私たちは感覚世界の現象、つまり、暖かさと膨張の間の合法則的な関連を表現しています。私たちは「元型的な現象」を認め、それを「自然法則」として表現しました。元型的な現象はオストヴァルドが求めていたもの、無機的な自然の中の最も普遍的な関連性を表現するあの形態に対応しているのです。数学や力学の法則もまた、その他の感覚的な関連を定式化する法則と同様、元型的な現象の表現に過ぎません。力学の使命は自然の動きを「最も単純で、最も完全な仕方で」記述することであるというキルヒホッフの言葉は間違っています。力学は自然の動きを最も単純で、最も完全な仕方で記述するだけではなく、一定の「必然的な」動きをも自然の中で生じる動き全体の中に探し求めます。そのとき、それはこれらの必然的な動きを「基本的な力学法則」として定式化します。キルヒホッフ(Gustav Robert Kirchhoff)の言葉は、きわめて単純な力学法則を確立するだけでその誤りが証明されるということに気づかれることなく、途方もなく重要なものとして繰り返し引用されてきました。その理由は極端な無思慮によってのみ説明することができます。元型的な現象は現象世界の要素の間の合法則的な関連を表現しています。1892年6月11日のワイマールでのゲーテ会議でヘルムホルツが行ったスピーチの中で述べられたこと以上に不適切な発言はほとんどあり得ません。それは「当時、既に確立していたホイヘンスによる光の波動理論についてゲーテが知らなかったというのは残念なことである。彼は彼がその目的のために選択した懸濁液中で生じる色彩におけるようなかなり不適切で込み入ったプロセスよりも遥かに正確で具体的な元型的な現象をそこに見出していたことだろう。」です。彼は、波のような知覚不能で光という現象に対する推論的な付加物の方が、私たちの正に眼前で展開するプロセスよりも正確で具体的な「元型的な現象」をゲーテに提供するはずだと主張しているのです。後者のプロセスはそれほど複雑なものではなく、曇らされた媒体を通して見た光が「黄色」として、照明された媒体を通して見た闇が「青」として含まれるというようなものです。感覚知覚可能なプロセスの知覚不可能な機械的な動きへの「還元」は現代の物理学者たちにとってあまりにも習慣的なものとなっているために、現実を抽象で置き換えていることに彼らは気づいていないように見えます。ヘルムホルツによるこのような宣告は、ゲーテによる以下のような記述が反駁されたときにのみ許容されるべきものです。「最高の成果は、あらゆる実際のものは既に理論であるということを理解することにある。青い空は私たちに色の基本法則を明らかにする。現象の背後に何も探すべきではない。それら自体が理論なのだ。」(散文の中の韻)ゲーテは現象の領域「内」に留まります。現代の物理学者たちは、これらの仮想的な現実から実際に知覚された経験という現象を導き出すために、世界の細々としたものをいくつか集めてきて、それらを現象の「背後に」置きます。
参考画:Gustav Robert Kirchhoff



    (第17章 ゲーテ対原子論 第三項了)

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最終更新日  2024年06月21日 07時46分27秒
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