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Tough Boy-World of cap_hiro

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絶対存在論

2021年06月16日
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カテゴリ:絶対存在論
神の存否-80
 世界のあらゆる物質は、細かく分割していくことで、どんどん小さい構造が現れてきます。ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の「点(point)」の解説には、幾何学における基本的な概念。まず平面上にあって平行でない異なった2直線の「交わり」は点である。その性質としては、相異なる2点はただ1つの直線を決定し、1つの直線上にない3点はただ1つの平面を決定する。ユークリッドは「原本」のなかで,「点とは部分のないものである」と定義したが、この定義には、彼の意図するものとは別に、感覚的要素が密接に結びつけられている。これでは現代数学のために種々の難点が生じることになる。そのこと故にまったく純粋に抽象的なものとして点を規定するため、1915年にアインシュタインが一般相対性理論の中で発表した場の方程式、なかでも、とりわけ共変方程式をめぐって、先に創案したのは、アルベルト・アインシュタインかドイツの数学者で「現代数学の父」と呼ばれるダフィット・ヒルベルト(David Hilbert/1862年 - 1943年)かということに関する先取権論争、優先権争いのヒルベルト–アインシュタイン論争は1997年に既にアインシュタイン側に優先権があるとして解決したとされるのですが、そのダフィット・ヒルベルトは、点を無定義用語として扱い、「我々は、3種類のものの集りを考える。第1の集りに属するものを点と名づけ、A・B・Cをもって表わす」というように表現した。点は、同様に無定義用語である「横たわる」「間」「合同」「平行」「連続」など関係を表わす言葉を用い、公理によってその性質が規定される。現在では一般に、抽象空間(abstract space)の元、具象空間にはないをものを点と呼ぶことが多い。ここから、点とはユークリッド「点とは部分のないものである」との定義が浮上します。宇宙を充たすのは量子重力論では物質的としては存在しない波動、宇宙の波動「変化因子」が「点(point)」として「有る・常有・ゼロ因子」として隠されているのかも知れません。其の理が正しければ、宇宙は膨張し、収縮しても量子重力論の宇宙には「虚0」はなく「実0」が有ることになり、宇宙の再起動が許されます。



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最終更新日  2021年06月16日 06時10分04秒
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2021年06月15日
カテゴリ:絶対存在論
神の存否-79
 最新の宇宙科学理論である量子重力論では従来の「無としての単位=ゼロ」を、こと宇宙に関しては認めません。「無としての単位=ゼロ」を認めれば、質量ゼロの光子等の電磁波は「無のエネルギー波」となりエネルギーは無から生じることになり、質量存在の無いものがエネルギーを持つことになります。無の空間からいきなりビックバンが起こる、まるで創生論を予期したような体裁です。
 21世紀の現代物理科学はニュートン以来の分割可能性に解答を得たのであるか。例えば、我々が普段に使用している「ゼロ」の持つ意味と概念も意外と知らないのでは。「インドはゼロを発見した国」と言われるが、アラブに伝わり此れは主に商取引の必要性から盛んに用いられます。簡単に言えば、「此れでチャラ」ですね。インドでは二世紀頃に、「空白」「うつろな」等を意味するサンスクリット語の「Sunya」が「ゼロ」や「無」を意味する言葉として使われていたが、そのころは数字として扱われていたわけではなかった。七世紀(紀元628年)に、数学者・天文学者であるブラーマグプタが、その天文に関する著書「Brahmasphuta Siddhanta」(宇宙の始まり)において、「0(ゼロ)と他の整数との加減乗除」について論じ、0/0を0と定義した以外は全て現在と同様の定義を用いています。これが、「数としてのゼロ」、即ち「数学的演算の対象として、初めて0(ゼロ)を取り扱った」とされるものです。此の「数としてのゼロの発見」により、0(ゼロ)を含んだ表記法で表された数字の計算が行えるようになり、「0(ゼロ)が加法(足し算)における単位元」として確立されることになります。なお加えて、「アラビア数字」については、インドを起源としている記号ですが、これがアラビアに伝わり、さらにヨーロッパに広まっていった経緯があります。それまで、ヨーロッパの人々はローマ数字を使っていたが、より表記が簡明なアラビア数字が広まっていくことになる。



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最終更新日  2021年06月15日 06時10分05秒
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2021年06月14日
カテゴリ:絶対存在論
神の存否-78
 スペインではユダヤ民族であることから、旧教の破棄を強制され、心の拠り所を失った家族が自由商業国家ネーデルランドに希望を託し、スピノザ自身は民族宗教である失われた祖国の復活を約束する旧教、ヤゥエのユダヤ教の苦しみからの解放と、其のユダヤ民族への誇りを望んで、真の神を探索する旅に出発した哲学の道ですが、当時のキリスト教の敵対者としては受難の道を歩みます。其れでも、ユダヤ民族への誇りと自由のためには自己が真相とする「実体」には、引き下がる姿勢は微塵も見られません。それは証明されるべきものに次いで備考なるものを追備していることからも伺えます。
 備考 この最後の証明において私は神の存在をアポステリオリ、「哲学の分野では、経験によって後天的に獲得された知識・認識」によって示そうとした。これは証明が容易に理解されるようにであって、同じ根底から神の存在がアプリオリ、カント以降は「経験に先立つ先天的・生得的・先験的な人間の認識条件・認識構造」に帰結しえないためではない。なぜなら、存在しうることが能力である以上は、ある物の本性により多くの実在性が帰するに従ってその物はそれだけ多くの存在する力を自分自身に有することになり、したがって絶対に無限な実有すなわち神は存在する絶対に無限な能力を自分自身に有することになり、こうして神は絶対的に存在することになるからである。
 しかし多くの人々はおそらくこの証明の自明性を容易に理解しえないであろう。それというのも彼らは外的諸原因から生ずる物のみを観想することに慣れているからである。そしてそれらの物のうち早く生ずる物すなわち容易に存在する物はまた容易に滅びるのを見、これに反してより多くの属性を有すると考えられる物はより生じ難い、すなわち存在するのがそう容易でないと判断しているのである。しかし彼らをこうした偏見から解放するためには「早く生ずるものは早く滅ぶ」という格言、誤訳なのか容易に見つかりません。
私見ですが、此れが誰のどの様な格言かは定かでありませんが、「生者必滅」に時間要素を加味したものか、或いは安易な要素で生じるもの属性も少なく、より属性を多く持つものは滅び難いを意味するのかも知れません。スピノザは続いて、どんな意味で真理であるか、また全自然を顧慮すれば、一切は等しく容易であるかそれともそうではないかということをここに示す必要はない。ただここでは外的諸原因から生ずる物について語っているのではなく、どんな外的原因からも産出されえない実体(定理六 神とは、絶対に無限なる実有、言いかえればおのおのが永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性から成っている実体、と解する。により)によりについてのみ語っているのであることを注意するだけで十分である。なぜなら、外的諸原因から生ずる物は、多くの部分から成っていようと少ない部分から成っていようと、それが完全性あるいは実在性に関して有する一切を外的原因の力に負っており、したがってその存在は外的原因の完全性からのみ生じ、それ自身の完全性からは生じない。これに反して実体は、完全性に関して有するすべてのものを外的原因にはまったく負っていない。ゆえにその存在もまたその本性のみから帰結されなければならぬ。したがってその存在はその本質にほかならない。このようにして、完全性は物の存在を排除しないばかりでなく、かえってこれを定立し、これに反して不完全性は物の存在を排除する。したがって我々は、どのような物の存在についても、絶対的に無限なあるいは完全な実有、すなわち神の存在についてほど確実ではありえない。なぜなら神の本質は、一切の不完全性を除外し、絶対的完全性を含むがゆえに、まさにそのことによってその存在を疑う一切の原因を排除し、その存在について最高の確実性を与えるからである。これは多少でも注意する人にとってはきわめて明白であろうと私は信ずる。
 此の文面を最新の宇宙科学理論である量子重力論の云う宇宙を充たすものが、単純な情報の波動因子であり世界の全ての可能性を満たすものであれば、単純な情報の波動因子は「創造因子」であり時空間を超えた情報「意思」である可能性さえあります。量子重力論の今後の経緯に期待が集まります。



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最終更新日  2021年06月14日 06時10分04秒
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2021年06月13日
カテゴリ:絶対存在論
神の存否-77
 定理一一 神或いは各々が永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性から成っている実体は必然的に存在する。の項では 前記の別の照明を以ってしても言いたらないのか、更なる追い打ちをかけます。定理一一には哲学思想を生業とする者、当時の科学者多くが資金稼ぎをしていたレンズ磨きの職人は別として、思想家、特に理知を愛するものとしての冷静さは失われ湧き上がる魂の叫びを訴えます。それだけに当時の敵対者が強大な圧力をスピノザに与えていたのです。
 別の証明 存在し得ないことは無能力であり、これに反して存在しうることは能力である(それ自体で明らかなように)。だからもし今、必然的に存在しているものが有限な実有だけであるとすれば、有限な実有は絶対的に無限な実有よりも有能であることになろう。しかしこれは(それ自体で明らかなように)不条理である。ゆえに何物も存在しないか、それとも絶対に無限な実有もまた必然的に存在するか、そのどちらかである。ところが我々は、我々のうちにかそうでなければ必然的に存在する他の物のうちに存在している(公理一 すべて在るものはそれ自身のうちに在るか、それとも他のもののうちに在るかである。および定理七 実体の本性には存在することが属する)を見よ。ゆえに絶対的に無限な実有、言いかえれば(定義六 神とは、絶対に無限なる実有、言いかえればおのおのが永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性から成っている実体と解する。)により神は必然的に存在する。Q・E・D・=此れが証明されるべきことだった。



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最終更新日  2021年06月13日 06時10分04秒
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2021年06月12日
カテゴリ:絶対存在論
神の存否-76
 スピノザは執筆活動の内容が漏洩し、オランダの宗教勢力にレンジ公に神への冒涜の故を以って訴えられ、スピノザ思想に近似したデカルト主義者までが彼を中傷することには予期はすれども、彼にはかなりの負担となったことは疑いを得ません。更には、彼の支持者であり、友人であった有力政治家でありスピノザが支持したオラソダ共和国の当時の指導者あった映画アラン・ドロンの嵌り役「黒いチューリップ」の題材にもなったネーデルラントのヨハン・デ・ウィット(Johan de Wit/1625年 – 1672年)とその兄の虐殺に憤ったスピノザは「付録」というよりは些か情緒的だとも云い得る程に オレンジ公派の通俗信仰を「付録」の形式を借りて非難します。此の後のスピノザの立ち位置からは「偽神」詳しく述べれば「人間の創造した神」の人間精神の在り方を述べていきます。スピノザは当然に現在の「量子重力理論」を知り得べきもありませんから、神存在に人間精神の介入を排撃、別置したのには驚きを隠せません。何れにしろヨハン・デ・ウィットが反対派に暗殺された事件がスピノザの執筆活動に与ええた衝撃の大であ ったのは とにかくとして彼自身 も危険を計算しないわけにはいかない状況が生まれます。彼は神は死んだとするニーチェや唯物史観の弁証法を旗印とするマルクスのような無神論者ではなく、人間が妄想する御伽噺の世界の神様や、或る民族守護神としての神の申し子、スピノザの民族「ユダヤ民族」の守り神、其れ等の存在が神格性を人間から賦与されたことを否定するのです。



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最終更新日  2021年06月12日 06時10分05秒
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2021年06月11日
カテゴリ:絶対存在論
神の存否-75
 スピノザ思考からは自己の精神が己の存在を肯定するならば、其れを成り立たせる存在を否定すること能わず、実体の延長・思惟を属性を含めて肯定するしかないと解きます。喩え、其れが受動的にして人間にとっては悪魔的・天使的なものであれ否定すること能わずの自然です。其のこと故に、スピノザは人間の受難や歓喜が信仰を超えた「真の実在」だと捉えます。但し、其の中にも人間の精神の内奥には史実以前の不可知論を神に帰す傾向が刷り込まれているようで「真の実在」は容易には人間の頭脳で其の象徴すら見得ません。其れ故に、スピノザは定理一一 神或いは各々が永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性から成っている実体は必然的に存在するでは、実体は必然的に存在するとした定理一一の別解の幾つかを用意しています。
 別の証明 すべて物についてはなぜそれが存在するか、あるいはなぜそれが存在しないかの原因ないし理由が指示されなくてはならぬ。例えば、三角形が存在するなら、なぜそれが存在するかの理由ないし原因がなければならぬし、存在しないなら同様にそれの存在することを妨げたりその存在を排除したりする理由ないし原因がなければならぬ。だがこの理由ないし原因は物の本性のうちに含まれているかそれとも物の外部にあるかそのどちらかでなければならぬ。例えば、なぜ四角の円が存在しないかの理由は四角の円なるものの本性自身がこれを物語る。つまりそうしたものの本性が矛盾を含むからである。これに反して、なぜ実体が存在するかということは、やはり実体の本性のみから出てくる。すなわちその本性が存在を含むからである(定理七 実体の本性には存在することが属するを見よ。)、しかしなぜ円あるいは三角形が存在するかまたはなぜ存在しないかの理由は、円や三角形の本性からは出てこず、一般に物体的自然の秩序から出てくる。すなわち三角形が現に必然的に存在するか、それとも現に存在することが不可能であるかは、そうした秩序から出てこなければならぬのである。以上のことはそれ自体で明白である。この帰結として、存在することを妨げる何の理由も原因もない物は必然的に存在することになる。だからもし神の存在することを妨げたり神の存在を排除したりする何の理由も原因も有りえないとすれば、我々は神が必然的に存在することを絶対的に結論しなければならぬ。だがもしそうした理由ないし原因があるとすれば、それは神の本性それ自身のうちに在るか、それともその外部にすなわち異なった本性を有する他の実体のうちに在るかでなければならない。なぜなら、もしそれが同じ本性を有する実体であるとしたら、すでにそのことによって、神の存在することが容認されるからである。ところが、神の本性とは異なる他の本性を有する実体は神とは何の共通点も有せず(定理二 異なった属性を有する二つの実体は相互に共通点を有しないにより)、したがってそれは神の存在を定立することも排除することもできない。このようなわけで、神の存在を排除する理由ないし原因が神の本性の外部には在りえないのだから、それは必然的に、仮に敢えて神が存在しないとする独断を別にするならば、神の本性それ自身のうちになければならぬ。そうなればその本性は、矛盾を含むことになるであろう。しかし、そうしたことを絶対に無限で最高完全である実有について神のうちにも神の外にも神の存在を排除する何の原因ないし理由もない。したがって神は必然的に存在する。Q・E・D・=此れが証明されるべきことだった。此のことは、仮に人間の創造・創作した量子コンピューターが完全なる認識であり、完全なる実体性を持てば量子コンピューターが神の言語で人間に呼びかけて来る期待が膨らみます。但し、人類世界には悲喜こもごもな混沌を齎す可能性はあります。



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最終更新日  2021年06月11日 06時10分04秒
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2021年06月10日
カテゴリ:絶対存在論
神の存否-74
 我々現人類が所在する世界、此れを否定するのは一部の虚無主義や現在に話題とされる「MATRIX」、マトリックス(Matrix)とはラテン語の「母」を意味するmaterから派生した語で、転じて「母体」「基盤」「基質」「そこから何かを生み出す背景」などの概念を表すとします。 1988年公開のジョン・カーペンター監督による映画「マトリックス」シリーズの1作目のThe Matrix。人間に変装した宇宙人たちによって知らぬ間に支配されている世界が舞台でありますが、人間に変装した宇宙人たちを「神なる実体」としても何ら矛盾は生じません。余程、宇宙人なるものを「神なる実体」としたほうが理路整然に現実的な描写かも知れません。何れにしろ、人間は考える葦であり、自己の存在の有無を問えば、今生きて在る自己を否定しないでしょう。其の自己が、各々に精神の内奥に感応する精神なるものは世界の理の影響を被っています。
 定理一一 神、あるいはおのおのが永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性から成っている実体は必然的に存在する。
 証明 これを否定する者は、もしでき得るなら、神が存在しないと考えよ。そうすれば(公理七 存在しないと考えられうるものの本質は存在を含まない)によりその本質は存在を含まない。ところがこれは(前述の 実体の本性には存在することが属する)により、不条理である。ゆえに神は必然的に存在する。Q・E・D・=此れが証明されるべきことだったとします。
 此処で注意が促せられるのは、存在を物体認識に限らないことです。量子重力論の云う宇宙を充たす「物質」を更に超えた「情報因子」としての「波」なるものが意味を持ちます。



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最終更新日  2021年06月10日 06時10分05秒
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2021年06月09日
カテゴリ:絶対存在論
神の存否-73
 神の領域が科学的認識の領域に含まれないということは、物質万能論や唯物論者からは科学的に説明若しくは証明され得ないものは現実の世界には存在しないということであり、科学的に認識される世界のみが現実の世界だと信じる者にとっては、知識一般を受けているものは、そのような科学的認識の領域に含まれないものは実在しないに等しいことになります。ところが、現代最先端の観測技術を通して宇宙物理科学は人間の認識能力のうちでも感覚器官、特に光子では捉えられない、仮象としてか捕らえ切れない、詰まりは光子や電磁波を超えた現象を時々刻々と理論をもって解釈しようとしています。量子コンピューターの稼働され得る現在こそが、人間が見ること能わずの「世界の理」を解き明かす最初の関門となるときなのかも知れません。つい以前には前記の通り科学的知識の領域に含まれないということは、科学的に説明されないのは、現実の世界には存在しないということであり、科学的に説明される世界のみが現実の世界だと信じる者にとっては、そのような科学的知識の領域に含まれないものは実在しないと確信するものが多数派でした。つまり「神とは何か」という問いは、科学時代の常識を前にして知的な問いとしての意味を喪失しており、馬鹿な知的貧者の世迷言だと云う訳です。しかし、本当にそうであろうか。デカルトにおいて始まった絶対に不可謬で不可疑の基礎原理の上に築かれた新しい哲学、そして、ガリレオ、ニュートン、ラプラスなどによって開かれた道を急速に突き進むことによって築かれた近代科学、其れ等は「神」という前提を必要としない人間的知の体系を創り上げたのであろうか。スピノザは新たなる神概念を近代物理科学と自己の哲学思想を以って、弑逆される恐怖の運命に懸命に戦い、「神」を著書「エチカ」で演繹法を以って認証主義の立場から「神なる実体」を実証しようと試みます。



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最終更新日  2021年06月09日 06時10分05秒
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2021年06月08日
カテゴリ:絶対存在論
神の存否-72
 「神とは何か」というこの問いは、一般通常社会人・教育課程に学ぶ者・教育課程以前の幼児や、神秘体験者や其れ等を信じ受け入れる者または宗教のみならず奇跡を受け入れる者、物理科学者が科学者として取り組む問いとは其々の思考や世界・宇宙観は全くのところ共有する部分はありません。僅かに、総合的論理思考としての哲学が其々の分野に共有性を保ちます。ところが仏教・道教、古今東西の世界の国々の神話を含めて「神とは何か」という問いは、其々の「神」の語彙の意味するところは違います。我々人間の意識にとってはきわめて身近な疑問で、平凡と言える程分かり切ったことでありながら、いざそれは何かと問われればまったく不可解で測りがたいものです。こようなことは科学的探求の領域からは原則的に排除されます。科学的探求の領域から排除された事柄についてはもはや厳密な意味で知ることは不可能だというのがつい最近の科学の時代である近・現代の常識でした。ところが豈図らんや、「神とは何か」という問いは知的探求の領域から原則的に排除されることになる筈なのに、最新の宇宙科学である量子重力論の理論は「神とは何か」の問にさえ「宇宙を充たすもの=情報因子」等の解答を与える可能性を秘めています。ここからして、一般に人間の「知る」という働きは正確に言えば科学的に知るということに変化が起ころうとしています。大凡、常識一般では少なくとも「認知」そのことを目指すべきだという立場をとる人々、恐らく「知識人」とか「科学的な考え方をする人」の大半がそうだと思われますが「神とは何か」という問いが知識の領域に属するものとは見做されないとする立場を取り続けていたのですが。其の神の領域が科学的知識の領域に含まれ得る可能性「God's Gate」が少々見えてきたのです。



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最終更新日  2021年06月08日 06時10分04秒
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2021年06月07日
カテゴリ:絶対存在論
神の存否-71
 科学万能の現代に、なぜこのような時代遅れともいえる「神とは何か」の問いが発せられなければならないのか。だがしかし、我々は本当に「神」の問題を哲学的に或いは科学的にすでに解決済みなのだろうかか。我々人間が通常に暮らす日常生活のなかで好奇心から生まれる問い。あるいは哲学者や物理科学者が自らの特定の研究領域のなかで、それぞれに固有の方法を駆使して対象から謂わば力ずくで答えを掴み取ろうと試みる問い。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)にも死者への祭祀があったとされる「何か」。自分自身の奥深くに現存するかと思えば、われわれの想像力はおろか認識・思考能力のすべてを無限に超えるとしか言いようのない何物かに向けられた永年の問いです。「神とは何か」という問いは信心する者にとっては分かり切ったことに向けられた空虚な問いであるか、「知りえない・語りえない」と自ら認めつつあえて知りたいと熱望する自己矛盾的な問いであるということになります。



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最終更新日  2021年06月07日 06時03分51秒
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