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CAPTAINの航海日記

CAPTAINの一筆書き旅行記 その4

<CAPTAINの一筆書き旅行記 その4 ~首都圏編~>

◎はじめに
一筆書き旅行も、ついに第4弾に入りました。今回は首都圏編です。
首都圏というと、網目のように路線が錯綜していてルート選定も私の力では到底できない地域なんですが、それ以上に混乱を招いているのが、線路名称です。
正式な線路名称で言うと、現在「埼京線」と称している路線は池袋~赤羽間は赤羽線、赤羽~大宮間は東北本線だし、東京駅から発着している横須賀線も、東京~鶴見(横浜ではない)間は東海道本線。山手線は環状運転をしているのに田端~東京間は東北本線、東京~品川間は東海道本線で、大宮~横浜間の「京浜東北線」は、全線が東北本線と東海道本線に分類されてしまうんです。
今回の文章では、これらの路線名をなるべく一般に使われている形で、翻訳して表現しました。すなわち、

埼京線=大崎~池袋~赤羽~大宮
横須賀線=東京~品川~横浜~保土ヶ谷~大船~久里浜
山手線=品川~新宿~田端~東京~品川の環状運転
京浜東北線=大宮~東京~横浜

と。だって、武蔵野線で南浦和で降りて東京方面に向かった場合、東北本線の列車が停まらないのに「東北本線で…」なんて表現は使いたくないですもんね。ちなみに、総武線、中央線など、緩行線で「本」を抜いて呼称されている路線については、すべて「本」つきで紹介しています。ご了承ください。
厳密性の上では引っ掛かりがありますが、どうせお遊びです。勘弁してください(苦笑)

1・首都圏編・初日(桑折~安積永盛~千葉)
◎本日のルート
桑折 7:46 ~ (東北本線) ~ 郡山  8:58
郡山 9:18 ~ (東北本線・水郡線) ~ 常陸大子11:17
常陸大子11:21 ~ (水郡線) ~ 水戸 12:39
水戸 13:55 ~ (常磐線)  ~ 柏 15:30
柏  15:36 ~ (常磐線)  ~ 新松戸 15:43
新松戸 15:51 ~ (武蔵野線) ~ 南浦和 16:17
南浦和 16:22 ~ (京浜東北線)~ 赤羽 16:34
赤羽 16:45 ~ (埼京線)  ~ 池袋   16:53
池袋 17:00 ~ (山手線)  ~ 秋葉原 17:19
秋葉原 17:26 ~ (総武本線) ~ 千葉 18:16(泊)
※一筆書きルート=安積永盛~(水郡線)~水戸~(常磐線)~新松戸~(武蔵野線)~南浦和~(京浜東北線)~赤羽~(埼京線)~池袋~(山手線)~秋葉原~(総武本線)~錦糸町~(総武本線)~千葉。距離=本日335.5キロ、通算5,549.1キロ。

◎あらすじ
信越の次が首都圏… 信越に行ったときは「信越は東北に近いんだ!」と言い聞かせて旅立ちましたが、首都圏の方が確実に、信越より近い(笑)なのになんで後回しになるんだ! と突っ込みたくなりますが、そこは一筆書き旅行の妙。そのテの遠回りは当たり前の話です。
ということで、今日は首都圏編の初日。桑折駅7時46分発郡山行の普通列車で3泊4日の旅に出発しましたが、乗った電車がいきなり通勤ラッシュの真只中。違和感アリアリのいでたちなんで、周囲の目が気になります。
7時59分着の福島で席が空きましたがお客さんの波は途絶えることがなく、8時58分、終点の郡山へ。ここで水郡線の列車に乗り換えます。
郡山駅の水郡線ホームは、島式の3・4番線ホームの先っちょを切り欠いたところにあります。つまりはそれだけ「ローカル線」ということであり、事実郡山から出る水郡線の列車は1日9本しかありません。幸い9時18分発常陸大子行の列車があるので私はこれに乗りますが、その次は13時49分発までないから、相当な閑散路線です。
郡山の次の安積永盛で、一筆書きの再開となります。構内を出ると水郡線は左に向きを変え、すぐさま阿武隈川を渡ります。渡って次の駅が、磐城守山。まだ郡山市内なので浜通りのイメージが強い「磐城」がつく駅があるのは奇異に映りますが、福島県中部では磐城国は、阿武隈川の東岸を占めます。従って、茨城県境までの水郡線はすべて磐城国で、磐城石川、磐城浅川、磐城棚倉、磐城塙と、主要駅がおしなべて磐城を冠しているのでありました。
最初は阿武隈川をさかのぼる形で走っていた水郡線ですが、いつの間にやら分水嶺を越えていて、磐城棚倉では川を下る形になっています。沿う川は茨城県日立で太平洋に注ぐ久慈川です。
矢祭山を過ぎると茨城県に入り、11時17分、この列車の終点・常陸大子に到着。乗り継ぎの列車は既にホームでスタンバイしており、11時21分に出発します。常陸大子から先は、運行本数が多少増え、水戸への通勤通学路線として機能しているようです。
常陸大子の次は、袋田の滝で知られる袋田。滝で想像がつくようにこのあたりは丘陵が久慈川に迫っていて、山岳路線っぽい気分が味わえます。そんな景観を意識してか、袋田、上小川、西金と3駅連続でログハウス風の駅舎となっています。
これまた個性的なデザインの駅舎を有する山方宿から先は、平野部へ。田畑が連続する平凡な風景を淡々と走り、那珂川を渡って、12時39分、終点の水戸に到着。
水戸市内で昼食を摂り、次は常磐線へ。13時55分発の上野行に乗車します。上り線にはホームがない偕楽園を過ぎると、周囲は田畑と住宅とが入り混じる風景になります。
このあたりの常磐線からは、接続する路線が結構多いです。友部で水戸線、石岡で鹿島鉄道、佐貫で関東鉄道龍ヶ崎線。1987年までは土浦からも筑波鉄道が筑波山の山懐目指して発着していました。今回、そのいずれも乗車できないのを、非常に残念に感じます。せめて関東鉄道常総線だけでもJRに転換してくれたならば、友部~(水戸線)~下館~(常総線)~取手と行けたんですが…
その取手が近づくと、車内の電気が一瞬消えます。常磐線では、ここが交直電化の境目。ついでに言うと取手以南は東京メトロ千代田線が乗り入れている関係で複々線になっており、いよいよ首都圏か… との思いが強まります。
4本の線路で利根川を渡り、千葉県に突入。天王台、我孫子と停車しますが我孫子から先は快速運転となり、柏、松戸、北千住以南にしか停車しません。新松戸で武蔵野線に乗り換えたいので、15時26分着の柏で下車し、後発の各停に乗車します。
柏・松戸の住宅街を抜けて、15時43分、新松戸に到着。高架の武蔵野線に乗り換えます。首都圏の一筆書き旅行ではこの武蔵野線が重要な役割を果たしていて、都合2回登場し、4つの駅で乗り換えることになります。いずれも他の路線とは立体交差で接しているため、その都度階段なりエレベーターなりエスカレーターなりを上り下りする必要が生じます。
「こんなに上り下りがあるなんて、しんどいなぁ…」武蔵野線のホームでひとりつぶやいているうちに、列車が到着。空席を見つけて座り込みます。
が、座ってしまったが最後でした。ロングシートの電車なので、外がよく見えないんです。仕方ないので、無理無理寝たふりをして、乗り通すことにしました。江戸川を渡る音で埼玉県に入ったことを察知したこと、南越谷、東川口、東浦和と武蔵野線に多い東西南北新を冠した駅名が連続してアナウンスされるのが妙に耳に残ったことだけが思い出となり、16時17分、南浦和で下車。今度は高架のホームから地平へと降り、東京方面への京浜東北線に乗ります。あぁ、忙しい…
京浜東北線は過去に何度か乗ったことがあるので、外の景色には特段興味が湧きません。ただ、西川口の景観だけは、なぜあそこにあんな業種の店が集中してるんだろう… とちょいと気になります。よからぬ考えを巡らしているうちに荒川を渡り、ついに東京都入り。それにしても、関東地方は平野が発達しているせいか、茨城県~(利根川)~千葉県~(江戸川)~埼玉県~(荒川)~東京都と、川が都県境となっている箇所が目立ちます。
都内最初の停車駅・赤羽で、埼京線に乗り換え。ここのホームはすべて同一平面にあるので新松戸や南浦和と違って乗り換えが楽だろうと思いきや、さにあらず。東の端の1番線から西の端に近い7番線まで歩かねばならないんです。立体だろうが平面だろうが、首都圏の乗り換えは大変だということを思い知りました。
そんな思いをして乗った埼京線ですが、わずか3駅先の池袋で、今度は山手線に乗り換え、しかもまたまた、1番線から7番線へと大遠征。こんなのが続くといい加減にウンザリしてしまいます。
池袋からわずか2本の線路で出発した山手線ですが、田端で京浜東北線、日暮里で東北本線と常磐線が合流し、並行する線路が激増。しかもいずれも今日乗った路線ばかりで、改めて首都圏の鉄道「網」のきめ細かさを感じます。
上野で再び線路数が減り、しばらく走って次の乗換駅・秋葉原に到着。高架の山手線から更にその上を跨ぐ総武線へと乗り換え。今日3度目の立体交差駅での乗り換えですが、これまでの2駅と違って、秋葉原の立体交差は戦前からの老舗。そのせいか、ウンザリ感は全くありませんでしが。
ところが、電車に乗ってからがウンザリ。17時26分発とラッシュアワーの真っ只中に飛び込んでしまったため、景色を見るどころではない! しかも私は大荷物を背負っていているから、どうしても周囲の目が気になってしまいます。
結局、終点の千葉までを立ちんぼで過ごし、18時12分着。今日はここで泊まります。振り返ってみると、政令指定都市で宿泊どころか長時間滞在するのは、一筆書き旅行で初めての経験でした。


2・首都圏編・2日目(千葉~国分寺)
◎本日のルート
千葉 8:19 ~ (総武本線・成田線)~ 銚子  10:15
銚子 10:31 ~ (総武本線) ~ 成東 11:22
成東 11:34 ~ (東金線) ~ 大網 11:52
大網 11:58 ~ (外房線)  ~ 上総一ノ宮12:21
上総一ノ宮14:03 ~(外房線) ~ 勝浦 14:37
勝浦 14:39 ~ (外房線) ~ 安房鴨川15:08
安房鴨川15:13 ~ (内房線) ~ 館山 15:57
館山 16:01 ~ (内房線・京葉線 君津から特急さざなみ18号)~ 東京   18:05
東京 18:23 ~ (中央本線 特快) ~ 国分寺 19:01(泊)
※一筆書きルート=千葉~(総武本線)~佐倉~(成田線)~松岸~(総武本線)~成東~(東金線)~大網~(外房線)~安房鴨川~(内房線)~蘇我~(京葉線)~東京~(中央本線)~国分寺。距離=本日409.9キロ、通算5,959.0キロ。

◎あらすじ
昨日の午後からはロングシートの電車の乗換えばかりで「こんなのが続くのかい?」とゲンナリしてしまった首都圏編の旅行ですが、実はスケジュールを組んでみると、都内~郊外~都内のパターンが繰り返されており、意外にも「旅」を楽しめることがわかります。
経路については後段をご参照いただくとして、まず今日は、房総半島をほぼ一周して都内に戻るというスケジュール。千葉県には殆ど足を踏み入れたことがないので、楽しみも倍化します。
まずやってきたのは、千葉駅の9番線ホーム。乗り込む列車は8時19分発の銚子行普通列車です。一筆書きのルートは千葉を出てから佐倉で成田線に入り、銚子のひとつ手前の松岸でまたまた総武本線に戻って成東まで、となっているんですが、ありがたいことにこの列車は成田線経由。列車一本で2線区を消化できるとあれば、乗らないわけにはいきません。
千葉からしばらくは都内とさして変わらない建物だらけの景観ですが、モノレールが交差する都賀を過ぎると緑が若干増えたかな、という印象になり、8時37分、佐倉着。ここで7分停車して、成田線に入ります。
わずか2駅、8時57分、成田着。ここでも8分停車してから、銚子へと向かいます。佐倉でも成田でも、長時間停車はすべて乗り換えの列車待ちによるもの。過密ダイヤがなせる業なのかもしれませんが、芸の細かさに感心します。
成田を出ると、まず我孫子への枝線、続いて成田空港への枝線が続けざまに分岐し、わが路線も細々とした単線のローカル線っぽい風情に。周囲の景観も田畑が多くなりますが、ほどなく左手に利根川の堤防が近づいてしまうので、景観はさしていいとは言えません。
それでも、成田線らしい景観もあって、その代表格が、線路際に張り巡らされたフェンス。かつて成田線は鹿島港から成田空港への燃料輸送を請け負っていた時期があったため、成田空港建設に反対する過激派への対策として、設けられたんだとか。現在では燃料輸送はパイプラインに移行し、過激派もほぼ消滅したのでこれほどまでに厳重なガードは必要なくなりましたが、そのまま残されています。
佐原の先の香取で鹿島線が分岐するのを見届けてからはますますローカル線っぽい景観となり、久々に人家が増えてきたと思ったら、総武本線との接続駅・松岸に到着。本来はここで乗り換えるんですが、せっかく房総半島の東端まで来たことだしこのまま終点まで乗り通して、10時15分、銚子着。前方にヤマサ醤油の工場群が見え、いかにも醸造業の街らしい佇まいです。
できることなら銚子電鉄に乗り換えて犬吠埼まで行ってみたいんですが、ここで寄り道すると後のスケジュールが厳しくなるので、10時31分発の総武本線の列車に乗車します。
さっき乗ったばかりの成田線と松岸で別れ、一筆書き再開。地図で見る限り総武本線は海沿いではないにしろ比較的平坦なところを走っているように思っていたんですが、意外なこと山間部っぽい景観。倉橋という小駅はどは、ほんとにここ房総の東端か?と言いたくなるぐらい、山に囲まれていました。
飯岡でようやく、山越えが終了。九十九里浜の海岸平野へと差し掛かります。太陽の光がちょうど左窓から差し込んでいて、車内はポカポカ。しばしまどろみます。気がつくともう成東到着を告げるアナウンスで、大急ぎで荷物を網棚から取り出します。成東着11時22分。次に乗る東金線の列車は11時34分発だから、これもまた好接続といえます。
東金線は全長わずか13.8キロの短い路線ですが、一筆書き旅行の観点から見ると、房総半島の救い主です。線路図を見ればおわかりかと思いますが、房総半島の南部を走る外房線、内房線は、千葉市南部の蘇我駅を基点として袋状に通っています。だから、東金線があるからこそ、蘇我駅を2度通らなくてもよくなり、一筆書きが成立するのです。
そう思えば短い道程も妙に充実した気持ちになり、11時52分、終点の大網に到着。
次は外房線の上総一ノ宮行普通列車に乗車します。上総一ノ宮には12時21分に到着予定。外房線に乗っても東金線とさほど変わらない乗車時間で乗り換えなければならないので、ちょっと不満です。
七夕祭りで有名な茂原を通り、定刻通りに九十九里の南端に近い上総一ノ宮に到着。キリのいい時間なのでここでいったん下車して昼食にしますが、実は降りた目的はもうひとつあって、お昼休憩を利用して隣の岬町にある麻雀博物館を見学しようと思ったんです。駅前の食堂でそばをかっ込むと、タクシーを捕まえて博物館まで急ぎます。
乗車してから10分もしないうちに博物館に到着。海沿いにあり、こんな近くに海があるのになんで車窓からは全く見えないんだろう?と思います。博物館では、珍しい麻雀牌やグッズ類を見て回り、麻雀好きとしては至福のひと時を過ごしました。
博物館の近くを走る国道126号線でタクシーを拾って上総一ノ宮まで戻り、14時03分発の勝浦行普通列車に乗車。これまた終点まで30分そこそこの短区間列車ですが、沿線風景はこれまでとは比べ物にならないほど変化に富んでいます。まず九十九里の海岸平野が尽きて山が迫り、いすみ鉄道が接続する大原の手前でついに海が登場。御宿から先は殆ど波打ち際となり、14時37分、終点の勝浦に到着。
隣のホームには既に次に乗るべき列車が、スタンバっています。14時37分発の安房鴨川行普通列車でこれで外房線では短区間鈍行3連発となるんですが、実はこの列車、勝浦までは特急わかしお11号として運転されていたもので、車両も当然特急用。千葉のJR特急ではありがちな運用ですが、ここで会ったのはラッキー。鈍行列車に乗りながら遠出の旅情も味わえるという、一粒で二度おいしい(古い!)列車です。
海岸線を走るうちに上総国から安房国に入り、15時08分、安房鴨川着。ここでも絶好の接続で、館山行の普通列車がスタンバイ。しかしまたまた、短区間列車なのであります。
出発した列車は線名こそ内房線ですが千倉までは外房の海岸を走り、低い峠を越えて内房へ。そして15時57分、南欧の洋館を思わせる駅舎の館山に到着します。
なんだか乗り換えばかりでウンザリですが、次の列車はさっきの勝浦~安房鴨川間の列車と同様に、君津で特急さざなみ18号へと変身を遂げます。従って東京直行で、久しぶりの長距離列車。急いで房総半島を去るようで申し訳ない気持ちも若干ありますが、これぐらいの変化をつけなければ、旅が単調すぎてつまらなくもなります。
16時01分に館山を出発した列車は、しばらく海岸~低い峠~また海岸という、三陸海岸を思わせるパターンを繰り返します。海の向こうには、三浦半島のシルエットが見えています。
上総湊を過ぎると平地に入り、かつては漁師町だったであろう青堀で左手に火力発電所と新日鉄の大製鉄所が見えるのを皮切りに、海岸は工業地帯へと変わります。我が列車も君津からは特急となり、住宅と工場とが入れ代わり立ち代わり登場する風景を通過。蘇我からは京葉線へと乗り入れ夕暮れ迫る中幕張の超近代的な建造物群や舞浜の東京ディズニーリゾート、丸1日ぶりに東京都に戻って葛西臨海公園の大観覧車と、いつかは途中下車してゆっくリ歩いてみたいスポットを車窓から指をくわえて眺めます。新木場を過ぎると地下に入り、18時05分、終点の東京に到着。
もう夕方も暮れかかってますが、今日はもう少し乗る予定です。次の列車は中央本線。地下5階の京葉線ホームから地上3階の中央線ホームへと大移動です。昨日あれだけ立体交差駅での乗り換えでブーブー言ったけど、日本一のターミナルだけあって、東京駅の乗り換えが一番しんどいのでした。
東京からは、18時23分発の特別快速で国分寺まで行き、そこで泊ります。なんでそんな中途半端な所で泊まるのかというと、単に私が幼少時代を過ごした街だからという、個人的な理由。でも、国分寺に泊まるとこなんてあるのかなぁ? JR系のメッツと椎名誠のデビュー作「さらば国分寺書店のオババ」にも登場したビジネスホテルダイワしか思い出せん。両方とも満室だったらどうしよう…


3・首都圏編・3日目(国分寺~沼津)
◎本日のルート
国分寺 7:56 ~ (中央本線) ~ 西国分寺 7:58
西国分寺 8:08 ~ (武蔵野線) ~ 武蔵浦和 8:36
武蔵浦和 8:41 ~ (埼京線) ~ 大宮 8:56
大宮 9:14 ~ (上越新幹線・MAXたにがわ435号) ~ 熊谷 9:29
熊谷 9:45 ~ (高崎線) ~ 倉賀野 10:35
倉賀野 10:40 ~ (八高線) ~ 高麗川 11:58
高麗川 12:09 ~ (八高線) ~ 拝島 12:40
拝島 12:51 ~ (青梅線) ~ 立川 13:03
立川 14:00 ~ (南武線) ~ 川崎   14:53
川崎 14:59 ~ (東海道本線) ~ 品川 15:08
品川 15:19 ~ (横須賀線) ~ 横浜 15:40
横浜 15:53 ~ (根岸線) ~ 大船 16:23
大船 16:38 ~ (東海道本線) ~ 国府津 17:09
国府津 17:33 ~ (御殿場線) ~ 沼津 19:02(泊)
※一筆書きルート=国分寺~(中央本線)~西国分寺~(武蔵野線)~武蔵浦和~(埼京線)~大宮~(高崎線)~倉賀野~(八高線)~拝島~(青梅線)~立川~(南武線)~川崎~(東海道本線)~品川~(横須賀線)~横浜~(根岸線)~大船~(東海道本線)~国府津~(御殿場線)~沼津。距離=本日382.5キロ、通算6,341.5キロ。

◎あらすじ
今日の行程は多忙です。
乗る路線が、なんと12! おそらく、一筆書き旅行での最高記録でしょう。
行き先も変化に富んでいて、都下(なんて言いかたは今しないか・笑)の国分寺から高崎の手前の倉賀野まで北上した後一気に南下して最後は静岡県の沼津に至ります。東京~埼玉~群馬~埼玉~東京~神奈川~東京~神奈川~静岡と経由する都県がのべ9つというのも、最高記録じゃないかと思います。
そんな訳で、今日のスタートは国分寺。わずか1駅、所要時間2分の西国分寺で、武蔵野線に乗り換えます。
武蔵野線はもともと貨物線として計画された経緯があるからか、西国分寺を出るとすぐにトンネルに入ってしまい、景色を見せてくれません。トンネルといっても高山があるわけではなくその上には何万人という人たちが生活を営んでいる丘陵地。真下を鉄道が行き来していることに対してみんなどう思っているんでしょうか?
トンネルを抜けると西武新宿線と交差する新秋津で、ここから先は埼玉県。同じ西武の池袋線と立体交差し荒川を渡ると、もう次の乗換駅・武蔵浦和です。
これまでいくつかの立体交差駅で乗り換えてきましたが、この武蔵浦和は、高架線の武蔵野線の上に更に埼京線が乗っかった超高架駅。でもそのせいかどうかわかりませんが、乗り換えは高架駅のなかでもかなり不便です。
武蔵浦和発8時41分の列車で大宮へ。埼玉県内の埼京線は高架で新幹線と併走するため景色もそこそこ良く、新幹線の走る様子も間近で見られます。しばしの間、車窓を楽しみます。
ところが、もうすぐさいたまスーパーアリーナというところで埼京線は高度を急降下させて地下に潜り、大宮へと到着します。大宮駅の用地スペースは地上にも高架にもないから最後発の埼京線のホームが地下に潜るのはやむを得ないですが、ここでも面倒な乗換えをしなければならないので、ちょっと憮然とします。
大宮~熊谷間は在来線よりも新幹線のほうが距離が長いので、地下から一気に最上階まで登り、9時14分発のMAXたにがわ435号で熊谷へ。更に熊谷からは、9時49分発の普通列車で倉賀野へと向かいます。
いつも思うんですが、高崎線の沿線って、少なくとも大宮以北の東北本線の沿線と比べると、ずいぶん都市化が進んでいます。中仙道沿いに敷かれた高崎線と街道とは無関係に敷かれた東北本線との差なんでしょう。熊谷を過ぎても沿線には住宅が多く、葱で有名な深谷も、戦前の東京駅を模したという駅舎が目立つばかりで、葱畑など全然見えません。
神流川を渡ると、久々に群馬県に突入。新町を過ぎると左から八高線の細々とした線路が寄り添い、更にしばらく走ると、倉賀野。ここで10時40分発の八高線高麗川行普通列車に乗り換えます。
八高線は、首都圏では本当に数少なくなった非電化区間が残る路線で、沿線の風景も鄙びています。ですが、肝心の車両がロングシートなので車窓を眺めるには大変不便です。もったいないなと思いながら、時折腰を浮かせては外を眺めます。
八高線で特徴的なのは、接続する私鉄の数が多いこと。とりわけ東武鉄道は、寄居と小川町で東上線が、越生で越生線が接続します。いずれも電化こそされていますが単線のローカル線で、やっぱりここ、イナカなんだな~との気分にさせてくれます。
しかし、そんな気分も、川越線が接続する高麗川までのこと。ここから先は電車に乗り換えになります。しかもどこかの路線のお古っぽい車両で、なんだか落ちぶれた気分になります。
住宅と、多少狭山茶の茶畑が混じる風景を走り、箱根ヶ崎で再び東京都へと舞い戻り。横田基地の近くを通って、12時40分、4つの路線が合する西多摩の交通の要・拝島に到着します。
拝島からは、青梅線に乗車。6.9キロ、わずか12分で立川へ。ここで昼食を兼ねて、街へ出ます。国分寺に住んでいた頃は立川へ日曜日に買い物に出かけることが多く、伊勢丹や高島屋などへ足を運んだものですが、今もなおこれらのデパートが健在なので、懐かしく、そして嬉しく感じました。
14時ちょうどの列車で、立川を出発。乗っているのは南武線で、武蔵野線とともに東京の外環状線を形成していますが沿線に目立つスポットがない地味な路線です。府中本町を過ぎるとでユーミンの「中央フリーウェイ」の歌詞にもに登場する東京競馬場とサントリーのビール工場のすぐそばを通りますが、いずれもあまりよく見えないままに多摩川を渡ります。
渡った先の稲城市、そして川崎市の西部はかつては梨の産地だったそうですが今は宅地ばかりで面影がなく、相変わらず地味な風景。登戸で小田急線、武蔵溝ノ口で東急田園都市線、武蔵小杉で東急東横線と、立体交差する私鉄ばかりが目立ちます。武蔵小杉を出るとすぐに今度は東海道新幹線、横須賀線と立体交差。しばらく約400メートルの距離を置いて併走するはずなんですが、こちらもよく見えません。
結局、地味な景観のまま、14時53分、終点の川崎に到着し、京浜東北線ではなく東海道本線で品川へ。再び多摩川を渡り、蒲田、大森、大井町と矢のように通過して15時08分、品川着。ここで今度は、先ほど南武線と立体交差した横須賀線に乗り換えます。
横須賀線も、車窓が地味… というか、東海道新幹線の真下を走っている関係で、外があまりよく見えません。どの辺を走っているのか見当がつかないうちに、本日3回目の多摩川渡河となり、しばらく走って東海道新幹線と別れて新川崎に到着。廃止となったヤードがやけにだだっ広い、殺風景な駅です。
新川崎を過ぎるとすぐに東海道本線、京浜東北線と合流し、鶴見、新子安、東神奈川を横目に通過して、15時53分、横浜に到着します。
横浜からは、15時53分発、根岸線大船行に乗車。今まで乗ってきた横須賀線の列車
も大船を通りますが、こちらのほうが遠回りです。それにしても、横須賀線に乗っていればわずか4駅、所要時間18分程度で大船に着けるのに、こちらは11駅で所要時間も30分。当然のこととはいえ、手間隙がかかります。
それでも、車窓の点では、横須賀線よりも根岸線の方が上。石川町までは横浜の繁華街を遠巻きにではあるにせよ見ることができるし、山手あたりの無骨な石油タンク群もまた、港町・横浜の一種の象徴。〆は洋光台、港南台に代表される大規模な住宅地を突っ切って、16時23分、大船着。
この時点で、本日乗った路線は既に二桁の10。ここらで旅を中断して鎌倉あたりで泊まりたいな… との思いも横切るんですが、まだ日暮れには間があるので、もう少し頑張ります。
次に乗る列車は16時38分発小田原行の東海道本線の普通列車。とはいえグリーン車が常設されているから、さすがは東海道本線で、凡百の鈍行とは訳が違います。シートも久々のクロスシートで、快適。久々に車窓を横目にしながら湘南の街々を走り抜け、17時08分、御殿場線と接続する国府津に着きます。想像していたよりも大きな構えの駅舎だったので、ちょっとびっくりしました。
ここで本日最後の路線・御殿場線に乗り換えます。御殿場線は、JR東海の路線。今回の一筆書きどころか私自身JR東海の路線に乗るのが初めてなので、襟を正す気持ちになります。
ご存知の方も多いかと思いますが、御殿場線は1934年までは東海道本線だった歴史の古い路線です。が、東海道沿いを通っていたわけではないので、沿線風景を見る限りでは神奈川県には珍しく田畑の目立つ風景。相模金子などはホーム1本だけの淋しい無人駅で、地元の福島に帰ってきた錯覚さえ起こします。
松田では、小田急との連絡線と合流。1日4往復の特急あさぎりが走る線路で、あと1時間待てばあさぎり7号がここを通り、松田に停まります。面白そうだから乗ってみようかと一瞬思いますが、松田で1時間どうやって過ごせばいいのか見当がつかないし、それより何よりあさぎりに乗ってる途中で日が暮れてしまい、富士山が見えなくなってしまうので、あきらめました。
松田を出ると酒匂川に沿うようになり、山北、谷峨と停車。複線化時代のトンネル跡など東海道本線時代の遺構はこの辺に色濃く残っているようで、すべてではないですが、車窓からも確認できます。
線路はまだまだ酒匂川を遡っていますが、谷峨の次の駿河小山からは、静岡県。静岡県といえば思い出すのはやはり富士山で、この駿河小山から裾野にかけては、その大きく神々しい姿を、かなり間近に拝むことができます。特に富士登山の玄関口で有名な御殿場の前後が絶景で、もう日も暮れかかっていますが右手には裾を長く引いた富士の姿をしっかりと確認することができました。
裾野から先は周囲も暗くなってきたので車窓見物はあきらめ、ウトウトしながら沼津へ。19時02分着。


4・首都圏編・4日目(沼津~新横浜~桑折)
◎本日のルート
沼津   8:07 ~ (東海道本線) ~ 富士   8:26
富士   8:50 ~ (身延線) ~ 甲府  11:23
甲府  12:36 ~ (中央本線) ~ 八王子 14:19
八王子 14:27 ~ (横浜線) ~ 新横浜 15:18
新横浜 16:06 ~ (東海道新幹線・のぞみ86号) ~ 東京  16:18
東京  16:36 ~ (東北新幹線・MAXやまびこ121号) ~ 福島 18:14
福島 18:20 ~ (東北本線) ~ 桑折 18:35(帰宅)
※一筆書きルート=沼津~(東海道本線)~富士~(身延線)~甲府~(中央本線)~八王子~(横浜線)~新横浜。距離=本日231.6キロ、通算6,573.1キロ。

◎あらすじ
4日間の首都圏編も、今日が最終日です。
といっても、今日の出発点は、東京からだいぶ離れた静岡県沼津。このまま名古屋か大阪まで突っ走ってしまいそうな感じですが、なんとここからいったん東京都内に引き返すというのが、今日のルートの妙味です。
今日最初に乗る列車は、沼津発8時07分静岡行の普通列車。通勤時間帯で富士山がよく見えないままに、わずか19分後の8時26分、富士に到着。ここで身延線に乗り換え。
身延線は、時刻表上では「地方交通線」に分類されますが、現地でその線となりを確認すると大違いで、電化も複線化もされているし、特急も走っていれば普通列車の本数も多く、一瞬戸惑います。でもそれは富士宮ないし西富士宮までの話で、ここから先は単線だし、甲府まで直通する普通列車も1日11往復しかありません。つまりそれだけ西富士宮以北は鄙びた風景が予想されるわけで、昨日はあまり体験できなかった「旅情」への期待が高まります。
それはともかく、8時50分発甲府行の普通列車で出発。最初は富士川沿いの住宅地と田畑の入り混じった単調な風景の中を走りますが、右手には富士山がはっきりと見え、存在感をひときわ高めています。
小駅にチョコチョコと停車して、9時20分、沿線最大の街・富士宮に到着。富士浅間大社への参拝客用に長いホームを有した立派な駅です。
次の西富士宮から先が、いよいよ身延線の真骨頂。勾配を駆け上がると周囲は一気に山間の風景へと変わり、芝川からは富士川に沿って北上します。
身延山久遠寺の玄関口で富士宮に負けず劣らず大きい駅舎の身延を過ぎると、線路はいったん富士川から離れ、細かいアップダウンを繰り返します。武田信玄の隠し湯と言われる下部温泉、印鑑の生産高日本一の六郷町の中心地・甲斐岩間と特色のある駅に停まり、鰍沢口から再び富士川沿いに。が、富士川と呼ばれるのもここまで。ここから上流は平坦な甲府盆地で、笛吹川、釜無川などいくつかの川に枝分かれしてしまいます。
かつては富士身延鉄道という私鉄だったの身延線は駅間距離がだいぶ短くなり、ちょっと走っては小さな駅にチョコマカと停車。富士身延鉄道の本社があったという南甲府の立派な駅舎を過ぎ、中央本線に合流しても善光寺、金手と細かく停車し、11時23分、ようやく終点の甲府に到着します。
甲府市内で昼食を摂り、小淵沢から来た12時36分発八王子行の普通列車に乗車。しばらくは甲府盆地を走りますが、さすがに果樹王国の甲州らしく、ブドウと桃の畑が目立ちます。
塩山を過ぎると登りにかかり、次の勝沼ぶどう郷の標高は甲府盆地を見渡せるかなり高い位置。一筆書き旅行で山梨県の路線に乗るのはこれっきりだから、風景を目に焼き付けておきます。
ほどなく長い笹子トンネルに入り、抜けると富士川水系から相模川水系へ。周囲の山々が一段と険しく感じられます。このあたりで少し眠くなってしまい、日本三奇矯の猿橋も目にすることなく通過。気がついたら山梨県最後の駅・上野原でした。
線路に沿う桂川はダム湖になっていて、思わず前回の信越編で乗った只見線を思い出します。
藤野、相模湖と2駅だけ神奈川県内を通り抜けると、小仏トンネルへ。今度は多摩川の水系へと移ります。それにしても、富士川も相模川も多摩川も太平洋に注ぐ川なのに、それぞれの水系に移るのに長大トンネルを通らなければならないのだから、このあたりの地形の複雑さに改めて驚きます。
緩行線の終点・高尾を過ぎると久しぶりに都市的な景観となり、14時19分、八王子に到着します。ここで今回の旅行で最後の路線となった横浜線に乗り換えます。
八王子市郊外の住宅地と緑地とが入り混じった風景をしばらく走ると、神奈川県相模原市に入ります。いくつかの駅に停車すると再び東京都の町田市へと舞い戻り、小田急線と立体交差する町田に停車します。
それにしても、今回の旅行で東京都入りするの、これで何度目だ? 3日前に京浜東北線で入って総武本線で出た。一昨日は京葉線で入って国分寺に泊まり、昨日の朝武蔵野線で出た。昨日は更に八高線で戻ってきて南武線で出、更に東海道本線で入って横須賀線で出た。そして今日は中央本線で入って横浜線でいったん出、再び横浜線に入ってきたから、6度目か! 鉄道網の密度が濃いから「そんなもんかな」と思いかけますが、面積の狭さから考えると驚異的な数字です。
でも6度目の東京都は、町田の次の成瀬でおしまい。その次の長津田は再び神奈川県で、横浜市緑区に属します。
神奈川県入りも、数えてみると相当な数です。昨日南武線で初めて入ったんですが、その日のうちに東海道本線で出、横須賀線で再入県して御殿場線で出、今日は中央本線で2駅だけ掠めてから、横浜線で2度の出入りがあったから、都合5回。これまた驚異的です。
そんなことを思い返しているうちに、列車は新横浜のホームに滑り込みました。ここから先は東海道新幹線で小田原まで行き、更に東海道を西へと進むんですが、今回はここで打ち切ります。
時刻はまだ3時台。小腹がすいたのでラーメン博物館でラーメンをすすってから、ゆっくりと帰ることにしましょう。


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