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CAPTAINの航海日記

CAPTAINの一筆書き旅行記 その8

<CAPTAINの一筆書き旅行記 その8 ~九州編~>

◎はじめに
さて、一筆書きも今回で最後の九州編です。
最後ということはもちろんゴールを迎えるということになる訳ですが、どこにするか、実のところちょっと迷いました。5月にルートを発表した時も最長ルートでは終点は筑肥線の姪浜になるけれど、長崎をゴールにすればJR、第三セクター鉄道のみを使った一筆書きでは最多となる42都道府県の県庁所在地を経由するしなぁ… と優柔不断なことを言ってましたが、そんな状況が、執筆直前(2004年12月)まで続いていたんです。
で、最終的にゴールをどこにしたのかというと、姪浜でも長崎でもなく、沖縄県の首里! ということにしました。幸いにも2003年夏に開業した沖縄唯一の軌道系交通機関(モノレール)のゆいレールは那覇空港を起点にしているし、九州には福岡、宮崎と空港に直結した駅があるから、いっそのこと空路を挟んで両者を結び付けてしまおうと思ったんです。
結論から言うと福岡空港と那覇空港とを結ぶルートになったんですが、おかげで、九州一周+沖縄という、バラエティーに富んだコースができたと自負しております。
それでは、本文にまいりましょう!


1・九州編・初日(桑折~新下関~大分)
◎本日のルート
桑折 6:28 ~ (東北本線) ~ 館腰 7:22
館腰 7:25 ~ (バス) ~ 仙台空港 7:37
仙台空港 8:55 ~ (飛行機) ~ 広島空港10:30
広島空港11:05 ~ (バス) ~ 広島 11:53
広島 12:52 ~ (山陽新幹線・のぞみ9号) ~ 小倉 13:39
小倉 14:17 ~ (日豊本線、日田彦山線) ~ 田川伊田15:07
田川伊田15:17 ~ (平成筑豊鉄道田川線) ~ 行橋 16:01
行橋 16:26 ~ (日豊本線・特急ソニック35号) ~ 大分 17:40(泊)
※一筆書きルート=新下関~(山陽新幹線)~小倉~(日豊本線)~城野~(日田彦山線)~田川伊田~(平成筑豊鉄道田川線)~行橋~(日豊本線)~大分。距離=本日188.7キロ、通算11,600.2キロ(鉄道のみの数字)。

◎あらすじ
当り前のことですが、一筆書き旅行の出発点が西へ西へと移るに従って、そこまでの旅程にも、気を配らねばなりません。
私としてはできるだけ早く一筆書きを始めたいので、やはり飛行機利用ということになりますが、前回のような飛行機乗り継ぎってのは、ちょっとしんどい。幸いにも仙台からも福島からも福岡空港への直行便が飛んでいるんですが、福岡空港は沖縄への乗り継ぎに使用する関係で、利用できません。従って、やや中途半端な形になりますが、仙台から広島までを空路、広島からは新幹線で、一筆書きに入ることにしました。
前回と同じく仙台方面への始発電車で出発し、早朝の飛行機で広島へ。市内からかなり離れたところにある広島空港からバスで広島駅の北口に出、そこで昼食を摂り、12時52分発ののぞみ9号で小倉へと向かいます。今回の一筆書きの出発点は新下関、しかも最初は山陽新幹線で小倉まで行くことになっているから、ちゃっかり一筆書きスタート、ということになります。
そしてこの列車は同時に、一筆書き旅行におけるJR西日本の列車の乗り納めともなります。残るJRの路線網はすべてJR九州。長きに渡ったこの旅行も、オーラスが近づいています。
トンネルばかりの山陽新幹線を列車はノンストップで走りぬけ、新関門トンネルをくぐってあっけなく九州入り。1時間も経たないうちに、小倉に着いてしまいます。駅ビルをしばらく見物してから小倉発14時17分の日田彦山線の列車に乗車。これが実質的な九州乗り初めとなります。
ディーゼルカーは小倉の市街を半周すると城野で日豊本線と分岐し、南へと向かいます。モノレールの終点に近い志井公園までは市街地の中ですが、その先は丘陵地、しかもカルスト台地の平尾台の西端を通るので、白い崖がチラッと見えたりもします。この資源を活かしたセメント産業も盛んのようで、平尾台の玄関口にあたる石原町から香春あたりまでは、セメント工場と思しき建物の姿が目立ちます。でも、全体が石灰岩で構成されているが故に山頂を削り取られてしまった香春一の岳の哀れな姿を見ると、産業の発展と引き換えに失ったものもあるんだな~と、ちょっとしんみりとした思いも抱きます。
15時07分、かつて筑豊炭田の中心地として栄えた田川伊田に到着。田川市の中心駅はここと隣の田川後藤寺とに分かれているので小ぢんまりとした駅舎を想像していたんですが、小規模ながらも駅ビルがあったりして、なかなか賑やかです。乗り継ぎ時間が短いんですが次に乗るのが第三セクターの平成筑豊鉄道で一旦改札を出なければならないので、その一端を垣間見ることができました。
平成筑豊鉄道といえば田川伊田からは第三セクターながら全線複線と筑豊炭田の栄華を忍ばせる伊田線が出ていて非常に心惹かれるのですが、私が次に乗るべきは、伊田線とは逆方向に延びている田川線。15時07分の発車です。
この田川線、海沿いの行橋に出る路線なので景色も平凡なんだろうと高を括っていましたが、乗ってみると意外にも山深いところを通り、地理感覚が混乱。源じいの森なんて駅があるんですが、本当に樵の爺さんが似合いそうな佇まいでした。
16時01分、行橋着。ここからは、特急ソニック35号で、一気に大分へと向かいます。ソニックの車両は、まるで小型の新幹線のよう。JR九州の特急車両は個性派揃いで、鉄道旅行に彩りを添えています。
宇島の少し手前から海が見え、耶馬溪から流れる山国川を渡ると大分県で、ほどなく中津。その後も比較的平坦なところを走り、柳ヶ浦、宇佐と停車します。宇佐から先は国東半島の基部を通り抜け、日出で再び海沿いへ。しばらく波打ち際を走っていると何時の間にか別府の市街地に入っていました。我が国を代表する温泉街だけあって、他の街とは違って街全体がどこか明るく感じます。どこがと訊かれても上手く答えられないんですが、観光地って人に見られる機会が多いせいか、それなりのケレンを感じるんです。
別府駅を過ぎると山が海に迫り、日豊本線と国道10号線が波打ち際に追いやられる形で並走します。別府大分毎日マラソンのTV中継で何度も見た風景です。それにしても、別府と大分といえば大分県では抜きんでて人口の多い都市なのに、その中間がこんな風景というのも、なんか面白いです。
西大分で大分の市街地に入り、17時40分、この列車の終点である大分に到着。日暮れまでにはまだ多少時間がありますが、この先に格別の都市がないので、今日はここで泊まることにします。


2・九州編・2日目(大分~京町温泉)
◎本日のルート
大分 9:13 ~ (日豊本線) ~ 佐伯 10:37
佐伯 11:04 ~ (日豊本線・特急にちりんシーガイア5号) ~ 延岡 12:04
延岡 13:30 ~ (日豊本線) ~ 宮崎 15:06
宮崎 16:06 ~ (日豊本線、吉都線) ~ 京町温泉18:37(泊)
※一筆書きルート=大分~(日豊本線)~都城~(吉都線)~京町温泉。距離=本日313.6キロ、通算11,913.8キロ(鉄道のみの数字)。

◎あらすじ
今日は、九州の東海岸をひたすら南下するという単純明快なスケジュールです。中国地方だと山陽、山陰の両本線の間に東西に長く延びる路線(姫新線と芸備線)があったおかげで乗り継ぎこそ面倒だったもののコクのある旅行が楽しめたんですが、南九州の鉄道網は、幹線が環状になっており、そこに支線がいくつか挟まっただけののやや単純な構成。従って、乗りたくても乗れない路線が、いくつか出てしまいます。
その代表が大分から熊本へと延びる豊肥本線で、両端のつながっている「本線」のなかでは全国で唯一、一筆書きのコースから見放されています。豊後竹田や阿蘇と観光名所を抱える路線なだけに、非常に惜しい。大分川を渡ったとたんにプイと右手に別れる線路を日豊本線から見送ると、とても淋しい気分になります。せめて南阿蘇鉄道と高千穂鉄道とが繋がっていればなぁ… とは思いますが、恐らくその機会もないでしょう。
話が前後しましたが、大分を9時13分発の普通列車で出発し、まずは佐伯へと向かいます。佐賀関半島の付け根にある幸崎までは平野を走りますが、その先はリアス式海岸地帯で、峠を上り下りしては海沿いの街に到着の繰り返し。それでも臼杵、津久見、佐伯と古くからの市が連続していることから推察するに、このあたりはいろいろと恵まれた地域だったんでしょう。
しかし、佐伯から先は、全然恵まれていません。列車の運行本数が。特急列車が頻繁に走っている線区にも関わらず、佐伯から宮崎県の延岡までを走破する普通列車は、朝夕それぞれ1本があるのみ。本線でありながら、全国でも稀に見る閑散線区なんです。県境付近での旅客輸送量は他地域よりも少なくなる傾向があることは承知していたつもりですが、ここまで極端な例はないでしょう。
仕方ないので、佐伯のホームでしばらく待ち、11時04分発のにちりんシーガイア5号に乗車することにします。沿線は、確かに山は越えるし人家も少ないし淋しい印象ではありましたが、他地域に比べて著しく寂れているということもありませんでした。少なくとも、私の地元の板谷峠付近よりはマシです。その板谷峠ですら1日6往復の列車が通っているんだから、もう少し普通列車の本数を増やしても良さそうなのに… と思いました。
県境を越えると列車は北川に沿って下り、旭化成の大工場を右手に見ると、延岡に到着。12時04分と丁度いい時間帯に着いたので、ここでお昼を摂ります。
延岡で1時間強滞留し、13時30分発南宮崎行の普通列車で出発。宮崎ではなく南宮崎行というのはいかにも九州的な行先表示です。九州では何故か、都市の中心駅の隣の駅が列車の始終着駅となるケースが多く、日豊本線だと宮崎の隣の南宮崎や西都城の隣の西都城、鹿児島本線だと久留米の隣の荒木や大牟田の隣の銀水あたりが、その代表です。
延岡を出た列車は、日向灘沿いを南下します。臼杵から佐伯にかけてのリアス式海岸とは打って変わって、変化の少ない海岸線です。そんな風景が、日向市付近を除いて結構長い距離続きます。
耳川の河口付近を渡ると、美々津。かつて美々津県が置かれ県庁所在地となったところですが、付近の風景からはかつての県庁所在地をしのばせるものはなく、町の規模も、あまり大きくはありません。行政的にも、既に日向市の一部となっています。
その美々津から都濃にかけては、リニアモーターカーの実験線の高架橋が並行して走ります。実験線が山梨県にもできてしまったので今は使われていないようですが、遠い将来、この高架橋も「日豊新幹線」の一部として日の目を見ることになるんでしょうか? その時には改めて乗りに行きたいものです。
高鍋を過ぎると日向灘から徐々に離れ、平野の只中へ。それでも、蓮ヶ池付近では左手にシーガイアの建物が見え、宮崎といえばやっぱり海、の印象を強くさせます。あと、日豊本線でざっと通ってみて気づかされたんですが、五ヶ瀬川、耳川、小丸川、一ッ瀬川と、宮崎県の川って、どれも水量が豊富です。
その水量が豊富な宮崎県の川でもとりわけ広くて大きい大淀川を渡る直前に位置するのが斬新なスタイルの高架駅・宮崎で、15時06分の到着。終点の南宮崎までは乗らずに、ここで途中下車します。次に乗るべき列車まで1時間近く余裕があるので、駅付近をしばし散策。
売店で細々と食料品を買い込んで、16時06分発の普通列車に乗車。この列車は都城から吉都線に入り、吉都線の終点の吉松まで行きます。一筆書きのルートと全く同じ経路を走るので、思わずニンマリします。
が、大淀川を渡って日南線が分岐する南宮崎に着くと、表情が少し曇ります。今でこそ日南線は盲腸線ですが、その終点の鹿児島県志布志からは、かつては大隅線(志布志~国分)、志布志線(志布志~西都城)という両端の繋がった2路線が、分岐していたからです。今回の旅行では南宮崎~都城間は日豊本線一本でわずか47.4キロの距離に過ぎませんが、もし大隅線が健在だったら一筆書きのルートは南宮崎~志布志~国分~都城となり、距離は229.4キロ、志布志線のみが残っていてもルートは南宮崎~志布志~西都城~都城で、距離は130.0キロとなります。鹿児島県は、大隅線、志布志線の他にも、宮之城線(川内~薩摩大口)、山野線(水俣~薩摩大口~栗野)と計4路線を廃止に追い込んでしまいました。これが住民にとってプラスの選択であればいいのですが、同じく4路線(樽見線、越美南線、明知線、神岡線。ちなみに、すべて盲腸線)が廃止対象とされたにも関わらず一つ残らず第三セクター鉄道として存続させた岐阜県あたりと比べると、鉄道に対して冷たい県だと言わざるをえません。
そんな経緯を思い出しながら一人で憤慨していると既に都城で、ここから吉都線に入ります。構内を出ると日豊本線が左にカーブを描いて分岐し、吉都線は直進して吉松を目指します。
そう、直進。実は吉都線は、元々日豊本線の一部だったんです。都城から隼人への短絡ルートが完成したためローカル線に転落しましたが、かつては宮崎と熊本、鹿児島とを結ぶメインルートでした。今でも、九州自動車道から分岐する宮崎自動車道は吉都線沿線を走っており、陸路ではそれなりに重要な位置付けにあります。左手には霧島の山々も顔を覗かせており、景色の点でも、申し分ないです。
ところで、都城を出た時点で、既に17時を回っています。ですが、沿線にさしたる街がないため、今日の宿泊地をどうするかは、結構悩みました。吉松は小さな町だし、ここから肥薩線に乗っても鹿児島まで街らしいところはなく、しかも鹿児島まで乗るとなると到着時刻は22時を過ぎてしまいます。いっそのこと肥薩線を逆走して人吉に泊まることも考えたんですが、吉松から人吉方面への最終列車は18時13分発で、この列車では間に合いません。
結局、今日の宿泊先は、吉松の二つ手前の京町温泉にすることにしました。城崎以来温泉のある町に泊まっていないので、久しぶりにシティホテルのユニットバス以外の風呂に入ってみたかったんです。にしても、今日に至るまで京町温泉についての予備知識を何も仕入れていなかったので、ちょっと不安ですが。
18時37分、京町温泉着。無人駅だったので不安が増大しますが、駅前が温泉街だったので、一安心。川沿いに旅館やホテルが建ち並ぶ、風情ある温泉街でした。
宿に着いてまずは一風呂浴び、ビールを飲み、そして酔い覚ましに川べりを歩きます。川は大淀川の支流かと思ってたんですが、なんと東シナ海に注ぐ川内川の上流でした。気がつかないうちに、分水嶺を越えていたんですね。


3・九州編・3日目(京町温泉~夜明~日田)
◎本日のルート
京町温泉 8:11 ~ (吉都線、肥薩線) ~ 隼人 9:19
隼人 9:24 ~ (日豊本線、鹿児島本線) ~ 鹿児島中央10:07
鹿児島中央11:25 ~ (鹿児島本線) ~ 川内 12:14
川内 12:19 ~ (肥薩おれんじ鉄道) ~ 八代 14:53
八代 15:08 ~ (鹿児島本線) ~ 大牟田 16:53
大牟田 17:07 ~ (鹿児島本線) ~ 久留米 17:47
久留米 17:50 ~ (久大本線・特急ゆふDX5号) ~ 日田 18:35(泊)
※一筆書きルート=京町温泉~(吉都線)~隼人~(日豊本線)~鹿児島~(鹿児島本線)~川内~(肥薩おれんじ鉄道)~八代~(鹿児島本線)~久留米~(久大本線)~夜明。距離=本日394.0キロ、通算12,307.8キロ(鉄道のみの数字)。

◎あらすじ
やっぱり温泉宿に泊まると、旅をしている気分になります。
朝風呂、そして、和食の朝食。特に朝食が嬉しいです。
一筆書き旅行では大抵の場合ビジネスホテルに泊まるので、朝食もバイキングか、最悪パンのみ。列車の発車時刻次第では食事抜きというケースもありました。
が、今日は私の分のお膳がきちんと用意されています。これを平らげて、掃除に入る前にもうひとっ風呂浴びて… とのんびり旅モードに浸りたいところ。
ところが、そうは問屋が卸さない。京町温泉発8時11分の列車に乗らないと、後のスケジュールがメタメタになってしまうので、断腸の思いで宿を後にします。ちなみにこの列車は吉松から肥薩線に入り隼人まで行くという、私にとっては好都合の列車です。
京町温泉からわずか8分で、吉松着。ここから肥薩線に入ります。肥薩線は八代~人吉間は球磨川に沿い、人吉~吉松間は大畑のスイッチバック&ループ線など見所が多いんですが、吉松以南となるとどうもピンとくるものがありません。それでも乗ってみると意外に面白く、栗野では廃止された山野線の跡を探し、大隅横川では肥薩線の開業と同時に建てられたという古い駅舎に関心がいきます。左窓には霧島の姿もチラチラと見えています。その後もシラス台地の襞に沿って下り、9時19分、隼人着。接続は良く、9時24分発の普通列車で、鹿児島中央へと向かいます。
隼人から鹿児島にかけての日豊本線の車窓で際立つのは、何と言っても桜島でしょう。最初は単純だった山容が方向が変わるにつれて北岳、中岳、南岳に分かれる様なんて、見応えがあります。
加えて姶良を過ぎたあたりから、線路は錦江湾の沿岸へと出、更にその反対側も平野が尽きてシラス台地の断崖絶壁へと姿を変えていきます。これが鹿児島の手前まで、延々と続きます。人家は殆どなく、本邦最南端の50万都市・鹿児島に近づいている気がしません。
が、絶壁が後方へと去ると同時に周辺の景観は市街地へと早変わりし、10時03分に、鹿児島に到着。鹿児島中央よりも開業が早かったからこそこの駅が鹿児島を名乗っている訳ですが、見た感じは旅客駅よりも貨物駅のイメージが強いです。やはり、市の中心は鹿児島中央駅付近にあるんでしょう。その鹿児島中央駅には、城山公園の真下を通って、10時07分に到着。九州新幹線が開業したとはいえ周辺はまだ工事中で、ゴタゴタした印象です。ここで一旦下車し、市電で天文館まで往復。次の列車は11時25分発の川内行普通列車です。
鹿児島中央を出た列車は、すぐにトンネルをくぐり、その先は谷底を走ります。谷の上には市街地が広がっているんでしょうが線路の近くには住宅は殆どなく、鹿児島の近郊を走っている気がしません。県庁所在地クラスの街ならばもう少し余韻というか、都会と田舎とが入り交じった風景がしばらく展開するものですが、鹿児島の場合、この辺が妙に潔い感じがします。
茶畑や水田が広がる中を走り抜け、山中をトンネルで抜けていた九州新幹線が右手から寄り添ってくると川内で、12時14分着。わずか5分の接続待ちで、肥薩おれんじ鉄道の普通列車に乗り換えます。2004年3月の九州新幹線開業に伴って第三セクターに転換した肥薩おれんじ鉄道の列車は、なんとディーゼルカー。経費節減のため貨物列車以外はすべてディーゼルカーでの運転になるんだそうです。かつての幹線も、完全にローカル線と化してます。
でも、列車が走っている分にはまだマシなのかもしれません。昨日も少し触れましたが、この川内から分岐し薩摩大口まで通じていた宮之城線、そしてその薩摩大口を経由して水俣から肥薩線の栗野まで走っていた山野線が廃止されてしまったせいで、この地域の一筆書きルートもまた、縮小を余儀なくされました。私はこれから肥薩おれんじ鉄道の列車で116.9キロ先の八代まで行くんですが、廃止された路線が健在だったならば一筆書きルートは川内~(宮之城線)~薩摩大口~(山野線)~水俣~(肥薩おれんじ鉄道)~出水~(九州新幹線)~新水俣~(肥薩おれんじ鉄道)~八代となり、距離は199.6キロまで伸びていました。
それはともかくとして、川内から北の車窓は、東シナ海がよく見えて、なかなか面白いものがあります。今日は良く晴れているので、甑島列島や天草諸島もよく見えます。県境に近づくと海岸の駅~低い分水嶺というパターンを繰り返し、いよいよ熊本県へ。最初の駅が袋、次が水俣になりますが、その水俣を全国的に有名にしてしまった原因の大工場が未だに街のど真ん中に鎮座していたのには驚きました。
その後も低い峠をいくつか越えて、突然現れた球磨川を渡ると肥薩線と合流、ほどなく八代に到着します。この列車は特急との接続を考慮してか次の新八代まで行きますが、私はここで下車し、15時08分発銀水行の普通列車に乗り換えます。
八代を出、新幹線と交差する新八代を過ぎると、田んぼの只中を走ります。九州でこれだけまとまった田んぼを見るのは初めてだったので却って新鮮さを感じます。松橋から三角線が分岐する宇土にかけては三角半島の基部の丘陵を走りますが、あとはずっと平野。緑川を渡ると熊本の市街地に入り、15時42分に熊本駅に到着します。
これまで九州の主要都市ではある程度の時間を割いてタウンウォッチングを楽しんでいたんですが、時間の都合上、この熊本では、薄情にも下車せずに立ち去る予定です。余裕があれば一筆書きのルートから外れた豊肥本線で水前寺まで行ってここで接続する市電で繁華街を訪れたかったのですが、ちょっと難しいです。熊本の駅、そして鹿児島本線の線路は、残念なことに熊本の繁華街からは少し離れています。熊本と上熊本の間の右窓に、わずかに市電の線路そして城址公園の端っこを眺めることができただけでした。
でもまぁ、他にも見所は沢山あるはずだし、気を取り直して、先へと進みます。田原坂の分水嶺を越えると再び平野に出、長洲から荒尾までは有明海に沿います。波の少ない、非常に穏やかな海です。荒尾を過ぎると2日ぶりに福岡県に戻り、大牟田。ここで、17時07分発博多行の普通列車に乗り換えます。さっき乗った列車が大牟田の一つ先の銀水行ならば、今回の列車は大牟田の一つ手前の荒尾始発。地元のニーズに応えた結果なんでしょうが、JR九州のきめ細かい車両運用には本当に感心します。
大牟田から渡瀬までは西鉄の大牟田線とほぼ並行して進み、西鉄が左へ分かれてしばらく行くと、瀬高、その二つ先が羽犬塚。瀬高は佐賀線、羽犬塚は矢部線が分岐していましたが、いずれも廃止されました。福岡県の廃止路線といえば筑豊の路線群が真っ先に挙がりますが、ここ筑後でも、鉄道はそれなりに縮小の一途をたどっています。
羽犬塚から先は国道209号線に沿って走り、17時47分、久留米着。次に乗るのは久大本線、しかも久々に特急なんですが、わずか3分後の17時50分発なので、大急ぎでホームを走ります。乗り継ぎ客は私の他にも何人かいたのでもちろん特急は待っていてくれたんですが、待ち時間が短いとどうしても焦ります。
その特急・ゆふDX5号は、定刻通りに久留米を出発しました。とは言っても、久大本線の観光的目玉は大分県側に集中しており、福岡県側の車窓は、特段見るべきものがありません。快適なシートに甘えた訳ではありませんが、ウトウトを始めてしまいます。眼が覚めると筑後川温泉に近いうきは。既に筑後平野は尽き、山間の風情が漂いはじめています。
筑後川の谷間に久大本線、大分自動車道、国道210号線および386号線がひしめきあうと大分県に入り、最初の駅が夜明。一筆書きのルートはここで日田彦山線に乗り換えとなるんですが特急は夜明に停まらないので、次の停車駅の日田まで乗り越し、ここで泊まることにします。
日田到着は、18時35分。昨日に引き続き、今日もまた、筑後川(このあたりでは三隈川と呼ぶ)沿いの温泉旅館に宿をとってあります。


4・九州編・4日目(日田~夜明~諫早~長崎)
◎本日のルート
日田 9:36 ~ (久大本線、日田彦山線) ~ 田川後藤寺10:46
田川後藤寺11:19 ~ (後藤寺線) ~ 新飯塚 11:40
新飯塚 11:42 ~ (筑豊本線) ~ 折尾 12:19
折尾 12:57 ~ (鹿児島本線・快速) ~ 吉塚 13:39
吉塚 14:04 ~ (篠栗線) ~ 桂川 14:32
桂川 14:35 ~ (筑豊本線) ~ 原田 15:05
原田 15:10 ~ (鹿児島本線) ~ 鳥栖 15:27
鳥栖 15:29 ~ (長崎本線) ~ 長崎 18:37(泊)
※一筆書きルート=夜明~(日田彦山線)~田川後藤寺~(後藤寺線)~新飯塚~(筑豊本線)~折尾~(鹿児島本線)~吉塚~(篠栗線)~桂川~(筑豊本線)~原田~(鹿児島本線)~鳥栖~(長崎本線)~諫早。距離=本日280.3キロ、通算12,588.1キロ(鉄道のみの数字)。

◎あらすじ
日田の温泉宿で起床。気がつくともう8時を過ぎています。
予定ではあと1時間ぐらい早く起きて朝風呂、食事を済ませて街の北端にある豆田町を見に行こうと思っていたんですが、ちょっと難しそうです。とりあえずは、朝風呂をあきらめ食事だけして、日田駅へ。日田発9時36分の普通列車に乗り、まずは田川後藤寺へと向かいます。
夜明で久大本線と分かれて北上し、日田杉の美林の中を通ると、通算3度目の福岡県入り。ほどなく釈迦ヶ岳トンネルに入ります。全長4,378メートルはさして長くはないですが、非電化の日田彦山線となれば話は別。スピードが遅いので、通過時間がとても長く感じます。
トンネルを抜けると勾配を下り、2日ぶりに筑豊へ。もはや炭坑などありませんが、時折見えるボタ山が、昔日をしのばせます。かつて添田線が分岐していた添田、上山田線が分岐していた豊前川崎を過ぎ、10時46分、田川後藤寺に到着。3日前に訪れた田川伊田とはわずか2.6キロしか離れていません。
その田川後藤寺からは、後藤寺線で新飯塚へと向かいます。後藤寺線の列車は駅舎の片隅に切り込まれた0番線から発車。筑豊のローカル線としては珍しくJRの路線として存続できた後藤寺線ですが、同じ田川後藤寺から分岐し第三セクター化された糸田線が2番線から発着していることを考えると、やや理不尽な扱いのような気もします。その後藤寺線には20分ばかり揺られただけで、11時40分、新飯塚に到着。数年前に駅舎が改築され、立派な橋上駅となっています。
立派といえば、これから乗る筑豊本線の車両も、2001年に電化が完成したばかりとあって、キレイで立派そのもの。関東ならば新特急として通用しそうな車両が、普通列車として走っています。
その新型電車に揺られて直方、中間と進み、折尾には12時19分に到着。ただしこの列車は鹿児島本線の黒崎行なので、折尾駅のホームも筑豊本線と鹿児島本線とが立体交差する本屋側ではなく、そこから150メートルほど離れた位置にあります。まどろっこしいですが、一旦改札を出て、折尾駅の本屋まで歩きます。レトロ調の駅舎の中にある売店でパンを買い、口の中へとかっ込みます。温泉宿での朝食がしっかりとしたものだったんで、反動もあってかなり端折った昼食となりました。
折尾からは、12時57分発の快速で吉塚へ。福岡、北九州の両政令指定都市に挟まれたベッドタウンの中を快走します。13時39分、県庁が移転し福岡の副都心となりつつある吉塚に到着。ここの駅舎は長らく改装工事中でしたが2004年にようやく完成し、立派な高架駅となりました。そう言えば、先ほど通った香椎も、駅ビル併設の駅。福岡ぐらいの都市規模になると、中心駅以外の駅にもそれなりにターミナルっぽい雰囲気が漂っています。
博多から新しい電車がやってきて、14時04分、吉塚発。これから篠栗線に乗り入れます。
もっとも、地元では篠栗線という名称はあまり使われず、篠栗線の全線を含む博多~吉塚~桂川~折尾~黒崎の区間を「福北ゆたか線」と愛称しています。妙な愛称は全国で見られる傾向ですがこの路線も、「ゆたか」が豊前の「豊」にかかってることに気づくのに、多少の時間がかかりました。
14時32分、筑豊本線と合する桂川に到着。ここから先も福北ゆたか線の旅を楽しみたいのですが、一筆書きのルートはそれとは逆に、「原田線」と愛称される筑豊本線の非電化区間を原田まで行くことになっています。この区間は1日7往復の閑散区間。従って今日のスケジュールはこの線を軸にして建てざるを得ませんでした。その甲斐あって、桂川始発の原田行普通列車は、14時35分発とかなりの好接続。もっとも、これほどのアクセスの良さにも関わらず原田線の乗客は異常に少なく、この路線の将来の不安を予感させます。
福岡に近接している割には深い山をディーゼルカーに揺られること30分。15時05分に、原田に到着します。天下の筑豊本線の終着駅とは思えないほどの小ぢんまりとした駅で、筑豊本線のホームも本屋に接した0番線でした。
さて、関東を脱出してからというもの、これまで乗ったことのない路線をひたすら走りぬけてきましたが、原田から先はしばらく、かなり久しぶりに既乗の路線に乗ることになります。ただし、前回の乗車は特急で、今回は普通列車。感覚はかなり異なるかとは思いますが。
その最初の列車となる原田発15時10分の電車に乗り、まずは鳥栖へ。鹿児島、長崎と九州を代表する2大幹線の接続駅とあって、古くて貫禄のある駅です。福岡への通勤圏はこのあたりまで延びているのか周囲には高層マンションが目立ちますが、この駅には似合わないような気がします。
もう少しこの駅の風景を味わってみたかったんですが、接続待ちがわずかに2分だけで15時27分着の15時29分発。しかもこれから乗り込む列車は鳥栖始発で既に高校生で満員。久しぶりに立ちんぼでの乗車を余儀なくされます。
ちなみにこの列車は、普通列車ですが終点の長崎まで行きます。距離にして125.3キロだから特段長距離列車という訳ではないんですが、九州の距離感覚がいまいち掴めていないせいもあって、相当な長距離を走るのかと錯覚してしまいます。
鳥栖を出発。左手にサッカースタジアムを見、鹿児島本線と分かれると、いよいよ長崎本線。最初のうちの沿線は遺跡公園が整備された吉野ヶ里公園付近を除いては左右に田んぼが広がるのどかな風景です。
15時55分、佐賀着。県庁所在地の中心駅で立派な高架駅ですが、鳥栖と比べると見劣りがします。佐賀の街自体も小さく、ちょっと走るとすぐに田んぼの風景に戻ってしまいます。
16時09分着の肥前山口で9分停車し、後からやってきたかもめ27号とみどり17号の解結を見届けてから、単線となった長崎本線を進みます。祐徳稲荷に関連した企業や施設の看板が目立つ肥前鹿島を過ぎると、左右の田んぼはなくなり、右手は山、左手は海となります。この手の風景では大抵海が荒っぽくて多少のスリルを感じるものですが、この区間は内海の有明海に面しているせいか、厳しさをそれほど感じません。
しかし、この区間は急カーブが非常に多いです。前回乗った時は振子式電車の特急だったので、カーブを通過するごとに左右に大きく揺れて、生まれて初めて電車に酔いかけました。今回は普通列車だからその心配はありませんが、カーブにさしかかるごとに制動がかかるので、ちょっとまどろっこしく感じます。
小長井から九州最後の県となる長崎県に突入。カーブこそ少なくなるものの諫早湾とミカン畑が広がる丘陵との間のひなびた風景を走り抜けます。すっかり陽が西に傾き、周辺も茜色に染まりつつあります。以前だったら諫早湾に夕陽が映えていたんでしょうが、例の干拓工事の影響で、恐らくは心理的なものだとは思うんですが、夕陽もくすんで見えます。
17時59分、諫早に到着。一筆書きのルートはここから大村線へと入るのですが、ここから長崎まではわずか24.9キロの距離。無視するのも忍びないので、このまま終点の長崎まで乗り通すことにします。ちなみに、今乗っている列車は特急の走る新線経由。大村湾に沿って走る区間やちょっとした峠越えもある旧線に乗ってみたい気持ちはあるんですが、旧線は非電化なので、致し方ありません。
でも、新線の車窓も、なかなか捨て難いものがあります。特に、現川から先の長いトンネルを抜けると長崎の市街地に入っているところなんか、初めての方は驚くと思います。右手にライトアップされた稲佐山を見ながらその市街地を通りぬけると、終点の長崎。ここから更に路面電車に乗って、繁華街の観光通りに近い築町まで行き、夕食を思案します。新地中華街でチャンポンでも食べるか? それともカロリー高そうだけど、トルコライスにでもしようかな?


5・九州編・5日目(長崎~諫早~天神)
◎本日のルート
長崎 9:08 ~ (長崎本線、大村線、佐世保線・快速シーサイドライナー6号) ~ 佐世保 10:36
佐世保 12:41 ~ (松浦鉄道) ~ 佐世保中央10:43
佐世保中央12:17 ~ (松浦鉄道) ~ 伊万里 14:40
伊万里 15:19 ~ (筑肥線、唐津線) ~ 唐津 16:07
唐津 16:15 ~ (筑肥線、福岡市交通局空港線) ~ 天神 17:27(泊)
※一筆書きルート=諫早~(大村線)~早岐~(佐世保線)~佐世保~(松浦鉄道)~伊万里~(筑肥線)~山本~(唐津線)~唐津~(筑肥線)~姪浜~(福岡市交通局空港線)~天神。距離=本日220.3キロ、通算12,808.4キロ(鉄道のみの数字)。

◎あらすじ
今日は、実質的な九州最終日。東シナ海から玄界灘へと海沿いを進み、福岡まで行く予定です。
その最初の列車は、長崎発9時08分の快速シーサイドライナー6号。行先は佐世保。地方交通線に分類される大村線を経由するんですが、1日上下28本も運転されていて、両都市の結びつきの強さを実感します。
というか、大村線は現在の佐世保線と共にもともとは長崎本線として建設された路線だし、国道34号線や長崎自動車道も、佐世保線沿線の武雄から嬉野を経て大村線の彼杵へ出、大村、諌早と経由して長崎へと至っています。福岡方面から長崎へのルートは長崎本線よりもむしろこちらの方がメインという感じさえし、これを踏襲するかのように九州新幹線の長崎ルートも、武雄~嬉野~大村のルートで計画されています。
列車の方は、9時32分発の諫早で、大村線に入ります。非電化ではあるものの行き違い設備を有する駅が多く、また沿線の風景も、長崎本線沿線より垢抜けた感じがします。大村の先の松原からは、大村湾に沿って走ります。海岸線こそ五能線沿線を彷彿とさせますが、湾内は波も少なく、静寂そのもの。まるで湖のようです。
左手の大村湾が遠ざかるとほどなく、洋館風の建造物が遠くに見えてきます。ハウステンボスです。運営会社こそ危機に瀕していますが、建物は立派そのもので、創業者の理念そのままに、1,000年とは言わないまでも少なくとも私の生きている間は持ちこたえて欲しいなと思います。
ハウステンボスを過ぎると沿線は倉庫群へと変わり、早岐に到着。ここからは佐世保線となり、丘陵と市街地とが交互に登場。左手に久々に海が見えると、佐世保駅に到着、10時36分の到着。
佐世保からは松浦鉄道に乗り換えて、松浦半島を半周します。10時41分発という好接続の便があるので乗り込みますが、わずか1.0キロ先の佐世保中央で途中下車します。佐世保中央は佐世保の繁華街・四ヶ町アーケードに面しているので、ちょっくらタウンウォチング。ついでに、ちょっと早いですが、昼食も摂ろうかと思っております。
結局ラーメン屋での昼食となり、佐世保中央発12時17分発の普通列車で一筆書き再開。駅を出るとすぐに国道35号線をまたぎ、あっという間に中佐世保。佐世保中央~中佐世保間は距離わずか200メートルで、路面電車を除く軌道系交通機関では最短距離です。
その後も丘陵の斜面に住宅がへばりつく佐世保の街を、しばらく走ります。地図で見るとこのあたりは進行方向が北→西→南→西→北と、かなり目まぐるしく変わっています。この手の変化は列車に乗っていると案外気づかないものですが、松浦鉄道の場合は陽が射す方向がコロコロ変わるので、鈍い私でもさすがに気がつきました。
佐世保以北の海岸線は景勝地・九十九島ですが、松浦鉄道は相浦付近でチラっと海を見せる他は、ひたすら内陸を走ります。やや単調な風景を走っていると左手に平戸大橋が見え、たびら平戸口に到着。ゆいレールの開業により日本最西端の駅の座を奪われてしまった同駅ですが、松浦鉄道の拠点駅だけあって、それなりの貫禄を備えています。
たびら平戸口からは一転して海沿いを走ります。海岸線の長い長崎県らしく島が必ず目に入りますが、鷹島や福島といった大きい島は、列車から見る限りでは九州の陸続きのようにも見えます。佐賀県に入り、久原からは工業地帯を南進。有田川を渡ると伊万里で、14時40分着。
次に乗るべき筑肥線の列車は15時19分発で多少時間があるので、伊万里の街をちょっとだけ散策。有田焼の積み出し港として賑わった伊万里ですがその面影はあまり残っておらず、普通の地方都市でした。
筑肥線の列車は、山本で唐津線まで乗り入れて、唐津まで行きます。一筆書きのルートと一致するのでこれは好都合ですが、沿線は松浦川にひたすら沿う丘陵地帯でやや単調な景色。例によってウトウトを始めてしまいます。気がつくともう山本。風景は相変わらずでしたが松浦川の川幅が意外に広くなっていたのでちょっと驚きます。
その松浦川から離れると、高架駅の唐津で、16時07分着。次の列車は接続が良く、16時15分の発車です。ちなみに、この列車の走る路線も、筑肥線。唐津市内の路線変更に伴い、筑肥線は姪浜~唐津間と山本~伊万里間に分断されてしまったんです。しかも、前者が福岡市営地下鉄との相互乗り入れを行う関係で電化されたのに対し、後者は非電化のまま。同じ名前なのに実質的には全然違う路線と化しています。
で、今乗っている筑肥線の車両は、大都市圏ならどこでも乗れるロングシートの電車。JR九州最後の路線なのに、旅情もへったくれもありません。もっとも、筑肥線はJR九州では唯一の直流電化区間だから、それなりに貴重な路線ではありますが。
筑前前原から複線となって郊外電車の性格が更に強くなり、17時14分に姪浜着。ここでJR九州の旅は終わりとなりますが、列車はそのまま福岡市営地下鉄へと直通するので、席を立たずに乗り続けます。もっとも、姪浜を過ぎると線路は地下に潜ってしまいます。西新とか大濠公園とかいった駅名をたよりに、周辺の景観を察する他はありません。
列車は福岡空港が終着でそこから今日中に那覇空港まで行ける便もまだあるんですが、那覇へ行ったところで深夜になってしまうので、今日は福岡の繁華街・天神で降り、泊まることにします。今晩が一筆書き旅行で過ごす最後の宿泊なので多少しんみりするところなのでしょうが、街の喧騒に助けられたおかげか特段の感慨は抱きませんでした。


6・九州編・6日目(天神~首里~桑折)
◎本日のルート
天神 7:30 ~ (福岡市交通局空港線) ~ 福岡空港 7:41
福岡空港 8:40 ~ (飛行機) ~ 那覇空港10:20
那覇空港10:37 ~ (ゆいレール) ~ 首里 11:04
首里 13:37 ~ (ゆいレール) ~ 那覇空港14:02
那覇空港15:15 ~ (飛行機) ~ 福島空港17:35
福島空港18:40 ~ (バス) ~ 郡山 19:20
郡山 19:42 ~ (東北本線) ~ 桑折 20:46(帰宅。全行程終了)
※一筆書きルート=天神~(福岡市交通局空港線)~福岡空港~(飛行機)~那覇空港~(ゆいレール)~首里。距離=本日18.7キロ、通算12,827.1キロ(鉄道のみの数字)。

◎あらすじ
いよいよ今日で、一筆書きも最終日です。
しかし今日の日程がこれまたハードで、福岡から沖縄まで飛んでゆいレールに乗っただけで本州にとんぼ返りして帰宅するというもの。何しに沖縄まで行くんだろう… と自責の念に駆られますが、これでもう最後! ということで、開き直っていきましょう。
それで、今日の第一歩は、ラッシュアワーを迎えつつある天神を7時30分に発つ電車で、まずは福岡空港へ。以前間違って箱崎線の電車に乗った経験があるので、行先表示に注意して、電車に乗り込みます。
約10分で、福岡空港着。国内線のターミナルで、那覇便を待ちます。福岡空港の中はとても広く、時間を潰すのはさほど苦にはなりません。
8時40分、那覇空港への便が出発。いよいよ沖縄です。緊張が高まります。眼下は海。それがどうしても気になってしまい、いつもよりちょっと早起きして眠たいはずなのに、ちっとも眠れません。機内に常備している雑誌を読んで神経を落ち着かせようと試みますが上手くいかず、こわばったままで過ごす羽目に。
だから、那覇空港についた時には、本当に安心しました。沖縄に着いた喜びよりも、地上に足がついている安堵感の方がはるかに大きかったです。
でもって、沖縄に来たほぼ唯一の目的である、ゆいレールへ。全線高架のモノレールということもあって、景色は意外に良いです。那覇の街は人口30万人ほどですが面積が狭いため見た感じは50万都市と同程度の街に見えます。コンクリート造りの家々が目立つのも特徴で、シーサーを乗せた瓦屋根は、殆ど見かけませんでした。
那覇空港から六つ目の県庁前付近が、那覇の繁華街。リウボウなんかちょっと寄ってみたい気がしますが、降りずに通過します。本当に、ゆいレールに乗るためだけの沖縄旅行です。
その後も那覇の市街地を縫うように走り、終点の首里に到着。時計を見るとまだ正午前で、あっけないラストでした。
「これで終わりかぁ…」思わずつぶやきます。一筆書き旅行のプランを建て、出掛けるのが極端な話私の「生き甲斐」にすらなっていただけに、それが終わったことへのショックないしは喪失感は、相応にありました。もう少し日にちが経てばそれも幾分は変質していくんでしょうが、今のところは、達成感よりも喪失感の方が大きいです。
しかしです。そんな感傷に浸る前に、まず私がしなければならないこと。それは「帰ること」。守礼之門を大急ぎで見物して昼食を摂り、ゆいレールを那覇空港まで戻ってターミナルでお土産を買い込んでから、空路福島へと向かいます。
福島空港に着いたのは、夕暮れ時でした。沖縄にいた時は緊張感もあってあまり気づかなかったんですがやはり南国で暖かかったらしく、福島の外気は妙に身体に応えました。

これで、長かった一筆書きの旅も、終了です。バーチャルな旅行とはいえ執筆の過程でそれぞれの地域のことをいろいろ知ることができ、非常に有意義な時を過ごすことができました。
旅先での情報の大半は、ネット、特に個人サイトによるものです。どのサイトを参考にしたのか明記していなかったので列挙はしませんが、心より感謝いたします。


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