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2019.06.09
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カテゴリ:仏閣
​​​​​​西本願寺前の龍谷ミュージアムで、因幡堂 平等寺(福聚山、真言宗 智山派)
関連の仏像を拝観することができました。

因幡(いなば)というから、因幡の白兎で知られる鳥取県の昔話。
​​大納言橘好古の孫である少将橘行平(ゆきひら)は、長徳3年(997年)、因幡国司としての任を終えてに帰ろうとしていたところ、重い病にかかった。

ある夜、行平の夢に貴い僧が現れ、「因幡国の賀露津(かろのつ)の浦(現在の
鳥取港)に貴い浮き木がある。それは仏の国(インド)から衆生を救うために流れついたものである。それを引き上げてみよ」と言う。

行平が賀露津の漁師に命じて、波間に光るものを引き上げてみると、それは等身
薬師如来の像であった。この薬師像を祀ったところ、行平の病は癒え、京に帰ることができた。

この薬師像は
天竺(インド)の祇園精舎の四十九院の1つ、東北療病院の本尊であった。行平は薬師像をいずれ京に迎えると約束して因幡を後にしたが、その後因幡を訪れる機会がないうちに長い歳月が過ぎた。

その後、
長保5年(1003年
)4月7日のこと、行平の屋敷の戸を叩く者がある。戸を開けてみると、それは因幡からはるばる虚空を飛んでやってきた薬師像であった。行平は高辻烏丸の屋敷に薬師像を祀った。これが因幡薬師平等寺の起源であるという​​​
​。 (ウィキペディアより)

現在の平等寺は、京都烏丸通り近くに「因幡薬師」としてある。

橘 行平 像



本尊の薬師如来立像




岐阜 延算寺の薬師如来立像


釈迦如来立像 清涼寺様式です





阿弥陀如来と観音様の三尊像   善光寺様式




阿弥陀如来坐像 平等寺の仏様はイケメンが揃っています


西念寺の阿弥陀如来坐像もイケメンですね!














大黒天立像   大きく、迫力あるものでした

増長天


多聞天



大黒天坐像  少し違ったイメージですが、本来の大黒天は、ヒンズー教のシバ神の化身で、暗黒の世界で、青黒い身体をし、憤怒の形相をしているが、法を護る善い神なのです。

毘沙門天





弘法大師像



西本願寺  親鸞聖人を祭る巨大寺院です。















以上






Last updated  2019.06.09 10:20:11
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