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独り言

2022.05.03
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カテゴリ:独り言

もう、50年以上前のことになるが、その頃の経済や社会情勢等、子供にも話して聞かせた事もないので、この機会に書いてみようと思います。

別に知っていてもどうって事はないのですが、知識として持っていても損はしないと思います。

 

1970年(昭和45年) 私が、20歳で社会人となり働き始めた年です。

大阪では万国博覧会が開催された年でもありますが、日本は、1964年の東京オリンピック、新幹線開通、東名高速道路開通したこともあり、高度成長路線を走っていました。

 

一日16時間位労働する会社はざらにあったし、土曜は平日で、日曜も仕事があれば、働くのが当たり前でした。

環境問題でいえば、日本中の人が住んでいる近くの河川や沿岸の海水も茶色に汚れ、コンビナートのあった港湾では、茶色の海水とともに、悪臭があった時代です。

 

こんな生活環境や習慣の中でも、国民は、夫婦も子供も、家庭や働く場はこんなに大変で厳しくても、戦後のみじめで、貧乏な時期を考えると、この成長は明るく活気に満ちた時代で、将来の夢(生活向上)を見て、日本の為になると信じて、頑張っていたと思う。

 

経済の事は専門家ではないので、自分の解釈違いや判断などあるかもしれないので、参考にして頂く程度にして欲しいが、2022年の今の状況と1970年当時、1989年バブル当時、その後の日本の経済の舵取り等 その時々の私の知っていた事を暇を見ながら書いてみたいと思います。

 

 

1970年頃は、大卒でも月給は4万円位で、銀行の預金利子は3.5%くらいでした。

1972年には、月給6万円位、銀行利子は6%位になり、郵便局の養老教育保険は子供が出来たら必ず入っておくように、流行になっていました。

ある会社では、社内定期預金の利子は9%あるときもあった。(会社も銀行から借りる金利は12%位だったらしいので、少しでも社員からのお金を活用していたのだろう。)

 

 

当時の国際的な経済状況は、東南アジアでは日本が少し突出しており、韓国、中国、台湾、シンガポール等も非常に貧しい国でした。バングラディッシュは、東パキスタンと言っていた時代でしたし、世界中で至る所で内戦が行われていたし、スエズ運河も中東戦争で閉鎖中でした。

原油価格は、1バレル当たり2ドル以下で、サウジアラビア等では、飲料水の方が高価でした。

 

 

当時、日本は、1us$360円の固定相場であり、使用できる外貨は1カ月に30ドル迄とか、一回の海外旅行(海外への新婚旅行も少なかったが)では1000ドル迄とか制限がありました。

 

USAに行くと、日曜日等には、教会のサルベーションとかファーマーズマーケット(今の蚤の市かメルカリみたいだが、利益を考えない、ボランティアの市)があり、僅かなお金で、中古のリーバイスのGパンや運動靴等を山ほど買っていた思い出がある。(何でも11ドルであった。 Gパンは、どんなにハードに使ってもくたびれず、この時代までは、日本製は安いけど品質の悪いものという意識があった。)

 

 

1972年に佐藤内閣が田中内閣に変わったが、列島改造論もあり、高度成長は続いていた。

 

1973年為替が固定相場制より変動相場制に変わり、73年~75年は1ドル265~300円であったが、78年には152円まであがった。

 

給与水準は、労組の強い時期でもあり、ベースアップや定期昇給は毎年10-15%あり、為替で円の価値が倍以上になったこともあり、対外的な円の力、円の活力を実感し始めていた。

1973年には第4次中東戦争が原因で第一次オイルショックがあり、原油の値段が70%上げられ、(1バレル12-15ドルへ)、日本の消費者物価が25%上昇し(狂乱物価といわれた)、インフレ対策含め日銀金利が9%となり、庶民は買いだめに走り、町からトイレットペーパーがなくなったりする混乱もあった。

当時の労組は強くても、長期の展望をもっていなかったから、色々な業種で意味不明な長期ストライキ(第一義はベースアップだが)をやり、益々混乱と不況への道を歩き始めた。

 

1973-1978年頃は、物価上昇に耐え、生活を現状に合わせて、収支を整え、大人しくて賢い日本人のお蔭で、不況は小さく短いものに抑え込み、日本の国力を整えていたと思う。

 

1979年のイラン革命(翌年には、イラン・イラク戦争)を発端とした第二次オイルショックでは、原油価格は38ドルまで上がったが、日本の消費者物価は例年通りの5%程度の上昇で済み、大きな混乱も起きなかった。従って、原油価格は、20ドル―25ドルに下がり、落ち着いた。

 

 

1970年頃は、都市部の住宅の建設ラッシュで、2LDKの団地サイズがリッチなサラリーマン家庭の住居であり、風呂はない家も多かったが、有っても人一人がやっと入れる程度の浴槽のある1畳の浴室であった。(公衆浴場はどの町にもあった。)

3種の神器とも言えたカラーテレビ、クーラー、自動車も、一般サラリーマンでも手が届く時代になってきた。

 

私も1975年 これまでに稼いで貯金してきたお金を注ぎ込んで、初めてのマイカーを購入した。1年落ちの中古車 三菱自動車 ランサー SL1400   当時、65万円であった。

本当に欲しかったもので、時間があれば、ずっと触って、磨いて、整備していた。()

 

1978年には、この車に乗って、広島から島根、鳥取、福井、石川、富山、岐阜、長野、群馬、栃木、福島、宮城、岩手。青森を走って、北海道を一周した後、小樽からフェリーに乗って帰った。

所要時間2週間、費用12万円(ガソリン代、高速道路代、フェリー代が10万円、北海道旅行期間中の平均運転時間16-18時間、睡眠時間5時間程度、フェリーに乗る前の北海道では、7kg位体重が減っていた。)

 

あんな無茶な旅、二度とできないけど、今頃になって「若いって素晴らしいかったなー!」と思う。

 

 

2022年 現状の経済状況は、コロナパンデミックの後遺症、ロシアのウクライナ侵攻の影響で物価高騰(エネルギー、食糧他)があるが、1970年頃と比較しても別に大きな問題だとは思わない。(ロシアが核を使用するとか、他国を侵略する問題は絶対にあってはならない大問題だが、物価高騰や世の中の落ち着きを取り戻す手段は、現在の方が取り易いのではないかとも思う。私見)

 

現在の日銀や政府の為替の政策は「良い円安」という間違った為替誘導の方法を使っているとしか思えない。

為替は実態に応じて変わるものであるが、急激に変わると、どちらに触れても良い結果は生まないし、展望のない(根拠のない)政策では、悪い方向にしか進まない。

 

近年約10年で、東南アジア諸国は飛躍的な経済成長を続けており、シンガポールや韓国さえ国民一人当たりのGDPは日本を超えた。

2019年のように、諸外国から観光客が集まるのは、名所旧跡やおもてなしを探求しに来るのでなく、物価の安い日本を翻弄させたいのではないかとも思う。

都会でも田舎でも、土地を中国に買い占められている所も多いと聞くが、こんなので良いのでしょうか?

 

日本に住んでいれば、円安が進んでも問題ないという政治家が居たし、現状分析も出来ていないから将来の展望を開けない政治家も多い。

 

1970年当時の日本は、貿易立国で輸出から輸入を差し引いた資金(黒字)が、殆ど、純粋に日本の収益になっていた。経済界も活力があったので、世界で一番の特許登録件数もあった。国民に低賃金の低条件下でも労働を強いてきたという面もある。

ただ、一番違うのは、この頃の労働者にも家庭にも夢があったから頑張れたのだと思う。

 

 

現在は日本大企業の多くは、外国に工場を作り、生産販売をし、金融会社系は、外国債券や株式に投資している。円安がそのまま輸出企業の業績に単純に付加されることはなくなってきている。

為替は、国民の生活バロメーター(国力やGDP等)になっているのではないだろうか?

良く国際比較で、マクドナルドのビッグマックの価格だが2010年頃まで日米の価格はほとんど同じだったが、現在は、USA700円、日本で390円、韓国でも450円。尚、個人収入はUSAは約倍になっており、日本は0倍で変わらず(比較の仕方によってはマイナス)。

 

日銀や政府は、インフレ目標を掲げ、金融緩和、円安誘導ばかりを何かの一つ覚えのようにやっているが、1970年頃と違うのは、インフレにするには、賃金を上げるのが先であり、欲しいものを作り、需要を喚起する(国内は勿論だが、国際的にも)。その後は、単価を上げて行けば、自ずとインフレになるのではないだろうか!

 

そうなれば、現在の大きな国の赤字国債も減らせるだろうし、将来への投資もより多くすることができる。 子供達、孫達の時代には、夢を見られる、希望を実現できる未来を作りたいですね!

 

以上 個人的意見と感想でした。 

 

 







Last updated  2022.05.03 18:00:27
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2022.02.11
カテゴリ:独り言


昨日、義母が968か月で永眠しました。

数日前から体調を崩し、入院していたので、お見舞いに行くことにして、このコロナ過の時期、2日以上前に抗原検査で陰性を確認し、病院の面会許可を得てから出発しました。

本人の妹(94歳)、息子(70歳)、娘二人(74歳と72歳)とも時間を合わせて向かいました。

本人には、前日に面会者が来ることを知らせており、当日も体調良さそうに、朝食は茶碗半分を食べていたそうです。

しかし、その1時間後には、体調が急に悪化し、私達は病院まであと1時間というところで、緊急呼び出しの連絡が入り、間に合うようにと祈りながら、病院へ急ぎました。

11時過ぎ 病院の駐車場にて面会予定者がそれぞれの車で到着し、病室へ向かいました。

本人は、眼は開けていなかったが、耳元で話しかけると、聞こえているように、首を振ったり、手をかすかに動かしたりしてくれた。

1154分 穏やかな表情のまま、近親者に見守られて、天国に召された。

(血色のあった肌の色も、見る見るうちに白くなり、体温も驚くほど速く、低下していった。)


色々と沢山苦労してきた人生だったかもしれないが、生存している近親者みんなに見守られ、亡くなるまで足は少し不自由していましたが、頭脳は明晰でした。

私も、長患いせず、みんなに「ありがとう!」と言われながら旅立つ、こんな死出の旅に出たいな!と思わせる大往生でした。(合掌)









Last updated  2022.02.11 11:03:24
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2020.07.15
カテゴリ:独り言

(細くて、手足の長い気品のある美しい娘さんだったので、この百合の花がイメージできました。)


先日、娘の友達の子供が亡くなったという知らせを受けました。
その娘さんは、中学2年生でしたが、3歳頃に発病し、その後10年間近く病と闘い、入退院を繰り返し、時には、薬や治療の影響で頭髪がすべて抜ける状態もあったと聞いていました。

そんな苦しい思いを経験していながら、我が家にも2-3回来た事があり、自分の妹や弟、私の孫達の面倒を見て、一緒に遊んでくれる、明るく、優しく、素晴らしい性格の可愛い子だったのです。

治療のない時には、一生懸命前向きに生きてゆこうと頑張っていた子を、突然に天国に召されるとは、神様も時として非常に残酷なことをするものだと、怒りのようなものを感じることもあります。

身近にいて、成長を見守って来れれた両親の悲しみは想像を絶し、お悔やみも言葉になりません。
彼女には、痛みも苦しさもない天国で、安らかに、皆を見守って欲しいと思います。

合掌



以上






Last updated  2020.07.15 10:24:31
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2019.12.07
カテゴリ:独り言

毎年12月になると、我が家では大掃除を始める。

今住んでいる家は、建てて14年になるが、それなりに手入れをし、掃除もしていたから、大きなトラブルもなく、順調に維持できていると思っている。

 

勿論、建築するまでは、地震、山崩れ、洪水、台風、日当たり等々を考慮し、壊れたり被害を受けたりする問題の無い場所を選んで建てたつもりだが、電気製品の進化と寿命は致し方なく、それぞれ冷蔵庫、エアコン、照明器具(特にLED化)、テレビ(壊れるのではないが、段々とサイズアップし、高精度のものにしている)等を適時に交換していたし、台所の2つの水栓、蛇口はポタッポタッと水が漏れるようになり交換し、今年は時々故障し始めたエコキュートも交換した。

(人間と同じで、壮年期から老年期に入るときには、エネルギー効率も考えた世代交代を意識しないといけないのだと思う。)

 

それとは別に、ベッドや布団等は夏用と冬用のシーツや上掛けを交換するのを機会に、洗濯を大規模に行うことを始め、近年では大型コインランドリーを活用するようになった。

(家庭用の乾燥機では無理な大きなサイズの布団も、コインランドリーでは簡単にまとめてできる。)

 

特に、夏物から冬物に切り替える機会は、家の中のダニの影響を無くする最適な時期であり、又、冬の温かい寝具(冬から夏に切り替える時に洗っていても、再度、乾燥機にかけるだけでホッカホカになる)を準備し、乾燥機を使用して、暖かくフワフワになった寝具を持ち帰る時は、気持ちまで暖かくなるような気がする。()

 

特に、孫が来るときには、最大限の気を使って、障害がないように気を付ける。

(孫に対するというより、娘に怒られるのが怖いのかもしれないが・・・・ 昔、娘に長男が生まれた時には、外から帰った時は勿論、孫に触る前には、手を消毒していないと<勿論、煙草等は論外で、生まれる前に禁煙した。>、許可して貰えなかった。()

一緒に家に居ても、咳や酒の匂いがすると、接近することを禁じられたし。。。 近年、孫が二人目になると、まあ、外出から帰ると、手洗いうがいはあるが、バイキンの許容範囲が滅茶苦茶広くなり、怒られなくなったような気がする・・・(笑)

 

毎年行う掃除や洗濯は省略し、今年やった掃除方法を紹介しよう。

(私の個人的な趣味もあるので、興味のある人のみ参考にして下さい。)

 

偶々、テレビで見た「激おち」君の使用方法と効果を見て、早速試してみた。

まず、激おち君のフロアクロスをフロアモップに巻いて、床に水を撒いて、兎に角、拭くだけ。(これで、人間の足から床に付いた脂分や汚れが取れたようで、乾いた後の足の感覚が非常にクリアになり、満足感も非常に良かった。

次が、激おち君のスポンジ。 風呂の天井、壁面、鏡、浴槽等にはシャワーを強めにして洗い、それからこのスポンジで拭き、もう一度、シャワーで洗い流すだけ。

(洗い椅子もこれでぬめりは取れます。洗剤は、せいぜい一週間に1度洗うくらいで、後は、スポンジ洗いで十分クリアなのです。)

 

窓ガラスもこのスポンジで拭き、乾いたタオルで乾拭きすれば、跡も残らず綺麗になりました。()

 

ちょっと、wifeに綺麗になったと褒められてくると、調子に乗るのが私です。

別の日に、Amazonでちょっと背の高い脚立を購入し、上のフロアリングモップ+クロスで、家中のビニールクロスを張った壁や天井等すべてを、家を建てて以来、初めて、拭き掃除することにしたのです。

 

壁、天井と大体掃除し、玄関隅や物置隅に小さな蜘蛛の巣があったり、小さなシミ等も綺麗になりました。

そんな中で、汚れている場所も見つけました。

トイレです。便器の中も、外側も、床も、定期的に気を付けて掃除しているのですが、案外忘れているのが、内壁や天井や換気扇(14年間動きっぱなし)ではないでしょうか?

私だけ??

近年、我が家でも、男も便器には座ってから、用を足すことに決められたのですが、過去の影響が出て来たのか、激おち君で掃除した後は、全体が綺麗になった為、部分的に、壁面(特に、側面)にまだら模様の黄色いシミが見えてきたのです。

これは、激おち君でも落ちないので、オレンジの洗剤 wash revolution 21を濃いめにして、再度、擦って洗いましたが、完全には落ちませんが、ほとんど気付かない程度になりました。
10年後位かな? トイレのリフォームが一番最初にしなければならないでしょう。

(汚れは、落とすことを考えるより、汚れを付けないように考えるのが正解です!!)

換気扇も、14年分は、かなりの厚さの埃が溜まっていましたが、掃除してからは、換気量が増えて、涼しくなった?ようです。

 

脚立を使って、掃除を始めると、見えなかったところが見えるようになります。

台所の食器棚の上(間接照明の部分)や冷蔵庫の上等は、殆ど掃除していなかったので、埃も積み重なって(間接照明のランプの上も)いましたが、これば、激おち君でも、落ちないので、wash revolution 21で丁寧に掃除しました。

他には、2階の天井のスカイライトの周囲の金属等も同様でした。(これらは、この家を建てて入居し、最初の10か月間だけ煙草を吸っていたのが原因だったと分かります。これだけの汚れと害があったと今更ながら後悔しています。たばこを吸っている人はたばこの煙がこんなに汚れているものだと分かりますから、掃除好きになると直ぐに禁煙できます。苦笑)

 

その他は、台所の換気扇やフィルター、油汚れは、オキシクリーンに漬けておくとブラシかスポンジで簡単に落ちるし、排水がちょっと遅くなったなと思ったら、台所でも洗面所でも浴室でもパイプフィニッシュ(wifeに台所の水の流れが悪いと言われ、初めてパイプ洗浄をやったのでした。驚異的に吸い込まれるように流れ出したそうです。)をやってみて下さい。

 

外回りの壁やタイル等は、車洗いと一緒に、ケルヒャーの高圧洗浄水を使っています。

以上 私の掃除スタイルでした。()







Last updated  2019.12.09 08:03:04
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2018.07.27
カテゴリ:独り言
孫達が来る前には色々と洗濯や掃除の役割が回ってきます。
来る直前には、布団や枕、ぬいぐるみ等の大きなものはコインランドリーでクリーニングしますが、今回から新たに、「オキシ漬け」(oxi clean という酸素系漂白剤に近い洗剤を入れて、40-45℃位に加温し、色々なものを漬けておくだけで、数時間後には油や水カス、汚れなどが非常に取れやすくなるものです)をやってみました。 

コストコで売っているUSA madeの oxi clean
 

前日のお風呂の残り湯に、バケツにお湯を入れ、この oxi cleanを適量入れて、溶かしてから、浴槽に入れます。 その浴槽に、ありとあらゆるもの(今回は、運動靴や衣類などはしなかった。)プラスチック製品やレンジのフィルターやカバー等、子供用のオモチャで濡れても良いもの、お風呂用品などを入れて、数時間放置した。

お風呂の排水用フィルター等も上に入れ、排水口には、ビニール袋に水を入れ、それで、排水口を閉鎖し、洗い場にも上の湯を約5mm-1cm張っておくと、洗い場の漂白も出来る。

特に、油汚れ落としには、感心しました。
汚れていて、ネタネタした、油が垂れそうな状態の写真は、気分が悪くなるので、ブログには載せませんが、4時間位浴槽に漬けた後、軽くブラシで目に沿って撫でると、直ぐに油分が取れました。
後に、シャワーで濯いで、乾燥させると、このようになりました。(笑)

これまで、苦労して掃除していたのが、夢のようです。


時間が余ったので、wife担当の換気扇の外も、ふき取り掃除を実施!


使用するものは、こちらも、コストコ(私は宣伝マンではありません!)のscott 多用途のペーパータオルとテレビショッピングのwash revolution 21 です。

このペーパータオルは、破線の所から切っても良いですが、一度薄めたwash revolutionに漬けて、柔らかくして、絞ってから濃いめの洗剤を付けて、擦ると、大抵の汚れや油なども取れます。

油汚れ落としに使ったペーパーは、汚くなるので、捨てますが、スイッチボタンや、ガラスなどをふき取りに使ったペーパーは、洗っておくと何度でも使用できます。
ケチって再利用するのではなく、ペーパーは破れず、丈夫ですし、何度も使用する方が、柔らかくなって、使いやすいのです。


綺麗になると、気持ちもいいですね!(笑)
以上






Last updated  2018.07.27 13:41:23
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2016.06.20
カテゴリ:独り言

私の好きな飲み物の1つですが、今回使っているのは、外の容器だけです。

注ぎ口の大きさが、丁度五百円硬貨が入り、一度入れたら、割らない限り出せないサイズなのです。

DSC02828.JPG 

10か月後のお祝い用に、せっせと入れていたのですが、そのお祝いが近づいてきたので、間に合うようにするため準備が大変なのです。笑

入れ始めた頃、これが一杯になったら、何万円位になるのかなーと言い合ったら、30万円から80万円の意見が出ました。 さて、正解は・・・ 来年の正月頃には、ハンマーで割って、数えてみたいと思います。笑 

入れるのは良いのですが、もう大分重くて、運ぶのが大変なので、今は床に置いています。

以上 

 







Last updated  2016.06.20 07:28:22
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2015.10.16
カテゴリ:独り言

私もwifeも映画が好きで、機会ある度に、結構色々な映画を楽しんでいる。

しかし、映画の好みは異なり、私はアクション&コメディーで有り得ないシーンを楽しみ、笑い転げてストレスを発散するのですが、wifeは、LOVEストーリーとか しっとりとした感慨深いものが好きなのです。

最近は、私も年齢相応に、涙腺が緩み、オンオンと泣き出す?ものを見ることもある???

この両方が同時に楽しめる映画がニーズにあって最高なのだが、なかなか見つからない。

 

最近、インターネット経由の映画が普及し、ケーブルテレビの映画やTSUTAYAの映画もオンラインで見られ、極最近では、amazonのプライム会員向けやyahooの映画会員等も容易に見られるようになってきた。

(無料の映画は、殆ど違法なものが多く、トラブルもあると聞きます。 料金も安くなっていますから、有料のものに接続するほうが無難でしょう。)

家庭のテレビに、5chのスピーカーを付け、音響効果を楽しめるようにして、PCからは、 google chromeで転送し、テレビに映し出せば、結構迫力満点の映画が楽しめる。

少し古いが、この前は、昔見たことのある「アルマゲドン」を再度、鑑賞した。 

アクションスターのブルース・ウイリス(ハリー・スタンバー)と娘役 リブ・タイラー(グレース・スタンバー)の画面に吸い込まれ、ボロボロに泣かされたのでした。   ダイハードのウイリスも良いが、泣かせるウイリスも私の好みなのです。単純だけど・・・・笑

 

東映映画の「空海」では、若い 北大路 欣也や在りし日の森繁 久彌等の演技も楽しめた。 この映画は、封切りの時代には、見ることが出来なかったものだが、今頃になって楽しませてくれるのも、嬉しい。

 

近年の映画館では、UFJやディズニーランドのようなテーマパークで見られるような映像のように、メガネを付けて、3Dや4D映画にしたり、椅子が振動したりショックを作り出し、水蒸気が顔に吹き付けられるものもある。 

ちょっと、料金と満足度から言うと、少し中途半端かもしれませんね。 皆さんの感想はどうですか?

最新作は、映画館で、2度目、3度目に見る昔の映画は、自宅のテレビで見るのが、標準になるのかもしれませんね。  

先日は、ラッセル・クロウの「パパが遺した物語」を見に行きました。 ママが亡くなり、娘ケイティ(カイリー・ロジャース)と暮らす時代、娘とパパの生活 単純に感動していました。まあ、感想は人色々あると思うので、ここでは省略。

映画館に行けない時でも、しばらくは、古い面白い映画でも探して、楽しみたいと思います。笑

以上 

 

 







Last updated  2015.10.17 10:57:55
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2015.10.05
カテゴリ:独り言
休暇になって、孫にも会いに行かないと、自宅でゴロゴロするかと思いきや、私達の年代は
何かすることがないかと探して何かをしているものです

今回の休暇中は、まず、フロアリングのワックス施工、簡単なクリーニングや補修的な
メンテナンスは数ヶ月に一度くらいやっていたのですが、ちょっと大規模(ソファやテーブル、
椅子等を移動)にやるのは、5年に1度程度です。

天気の良い、乾燥した日が良いので、爆弾低気圧の通り過ぎた 秋晴れのこの数日間は最適でした。


その後は、狭いながらも庭木の散髪や草抜きをして、空気清浄機、エアコン、浴室、換気扇等
のすべてのフィルターの交換や排水配管の清掃も含む、(これらは、wifeより貴方の仕事と
指定されています。苦笑)、これらは大体半年毎に実施。


そして、今回始めて、布団、毛布や枕類の洗濯と乾燥をまとめて、実施しました。
これは、某放送局の「ためしてガッテン」を見て、ダニ退治の必要性を感じ、その方法を
知ったので、是非自分達もチャンスを見つけて、これを実施しようと考えていたのでした。

昨日の早朝、コインランドリーが開く時間に合わせ、車に羽毛掛布団、羊毛敷布団、毛布、
タオルケット、各種の枕、ダウンの寝袋まで満杯にして(それでも、我が家の所持分全体
の半分位)向かいました。

予定通り、当日のトップバッターで入り、大きなランドリーマシン(20kg用)4台を独り占め、
それぞれ洗濯物を所定量入れて、洗濯開始。
(洗剤やリンス剤は自動的に入るのだそうです。)

洗濯は、一回30分で終了し、次は、乾燥機(25kg用2台と14kg用2台)に入れ、約1時間かかる。

それを2回実施して、所要時間 2時間半。 午前8時過ぎには、午前の部終了しました。

(ポイント: 乾燥中30分位経過したら、中の品物の乾燥具合をチェックし、乾燥しているものは
       取り出し、未乾燥なものの空気が当たる面を広くしてやり、又、乾燥機内の布団の
       形を変えて、全体に空気が当たるようにする。 みんな知っている事かな?)

午後も、これまで使用していた布団類、ベッドカバーやクッションも全部取り替え、
クリーニングしてきました。 今度も、所要時間2時間半でした。

総費用 1万数千円、これが安かったのか?高かったのか? 

その夜の私は、少し洗濯の香りを感じながら、爽やかな気分でぐっすりと眠りに落ちました。
気持ち良く眠れたので、良かったのでしょう。(笑)


毎年、春と秋には、大掃除。 その殆どは、私の役目になりますが、今年の年末はゆっくり
できるでしょう。
(ジェット高圧洗浄機で、ベランダの床下、外のタイル洗浄は残っていますが・・・笑)

以上






Last updated  2015.10.06 18:30:01
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2015.05.24
カテゴリ:独り言
年齢を重ねると誰でも、65歳になれば高齢者と言われるようになる。
まあ、最近は、誰も健康管理に厳しくしているので、まだまだ、先の事と考え、元気そうに過ごしている。 
 
この私も、そんな高齢者の気持ちを詳しく詮索したこともなかったのだが、65歳を過ぎて、市民の高齢者の証明書?「すこやか手帳」というものが送られてきて、市営の色々な施設が割引や無料になるとか、インフルエンザの予防注射が1000円になるとか、映画は以前からシルバー割引があったし、散髪屋さんまで平日シルバー料金というものまである。
 
そして、大体この年齢位から、体力もガクンとダウンし、健康の為に運動をしなければならない事は分かっているのだが、そんなに、以前のように運動出来なくなってきているいるのである。 三歳の子供の動きに、四苦八苦している有様です。(笑)
 
 
先日は、義母の補聴器の検査に立ち会わせて貰い、最近の補聴器のレベルを見てきたので、すこし独り言を語ってみたい。
 
耳の検査は、私も毎年2回、人間ドックで検査し、現在のところ、異常がないので、難聴の人の状態や気持ちは理解していなかったのです。 義母は、高齢による難聴と言われ、補聴器を売る店が田舎に出張販売に来て、自動車の中で簡単な検査をして、1台O十万円から十数万円の補聴器を買っていたという。 勿論、それだけ価値も結果も出るものであれば、良いのですが、こちらに来たときに、ピーピーとハウリング音が聞こえ、とても、良い調整がされたものと思えなかった。
 
という訳で、町中にあるアメリカ育ちの大量販売の店の中にある補聴器屋さんに検査を申し込み、(検査は無料だし、購入する義務もない)三時間半に及ぶ聴力や認識率の検査と試供品のテストに立ち会わせて頂いた。 (自分もいずれ補聴器のお世話になるかもしれないので!!) 
 
以下は、義母の説明用に書いた文章です。  
  1. 耳は、鼓膜と耳管の振動を感知して、脳に伝達し、脳が判断して言葉や音を理解する。

    通常の人は、理解できる音の周波数帯 ブーンとか ピーとか キーという周波数の高さの範囲(約200khzから20000khz キロヘルツ)、そして、聞き取れないような小さな音やうるさいと感じる大きな音等の音の大きさ、音圧(0Bから120B デシベル)の範囲がある。 

  2. 頭の中の耳の上には、耳骨があり、補聴器を使えば耳骨の振動を利用し、多少の聴取補助になる。(鼓膜が破れている人や耳管の異常のある人でも、少しは聞こえるようになる。)

  3. 会話は、話を聞こうとする意思と話を言葉を理解する力等の脳の働きが大きく関係する。

    最終的には、言葉を会話として、自分で理解するのは自分の脳ですから、聞きたくない音がなっていても、聞こえないように自分をコントロールすると聞かないこともできるのです。 昔、深夜放送を聞きながら、勉強していたり、落ち着く音楽がなっているところの方が勉強できたような記憶もあります。 

  4. 老人性難聴の原因は、1.の機能が低下し、聞こえる周波数帯の幅が短くなり、特に、聞こえる音の大きさや音圧が大きいものしか聞こえない状態になっている。 

    60B以下が聞こえない。 補聴器は、その聞こえない60B以下の部分を聞こえるように補助するものであって、耳を修理するものではないし、むやみに、音圧を上げるものでもない。 

  5. 人によっては、老人でも高周波は普通に聞こえているので、ボリュームを上げると、正常な周波数の音のところま で聞こえないようにする恐れがあり、ますます難聴を酷くする可能性も出てきます。なんでも、丁度良い音量、音圧で慣れることが大事です。

  6. 周囲の人は、本人の状態を理解し、高齢者になるとどのような音が一番聞き取り易いか考えて、補聴器を付けていても、通常の普通の大きさの声で、はっきりと、ゆっくり会話する方が、お互いスムースに理解できると思います。

 

補聴器もメーカーによって、値段や聞こえ具合等が結構異なるようですが、これは、当事者が使用してみてから感じることなので、どのメーカーのどれが良いか等なんとも言えません。

 ただ、現在主流なのは、上の周波数や音圧の検査結果をデータとして、コンピュータに取り込み、それを、補正した形で、補聴器の中の小さなコンピュータ兼補聴装置に入れ込んでいるというものです。

勿論、色々な周波数や音圧に対する補正も出来ますし、何種類かのプログラムに変えることにより、検査をした無音室のような静かな場所や騒々しい場所、色々な声の多くの人と話す場合、特定のキンキンした周波数を聴きやすくする場合、後ろからの音が聴きやすくなるように、音のする方向に指向性を持たせる場合等を作れるようにもなっている。

数ヶ月に一度、何度も、調整をやり直して、自分に合うようなものにしてゆくのが、現在のやり方だという説明でした。

 

最終的には、老人性難聴は、耳が遠くなるのもあるが、脳の性能も年齢とともに多少落ちてくる。

人の話声が、時々、「あ」が「ふぁ」「か」「は」に聞こえることも、「へ」が「ふ」「ふん」に聞こえることもあるという。 しかし、「ふぁあい」と聞こえた単語であっても、言葉の羅列状況や前後の単語から判断することにより、「ハワイ」と理解できるのです。

色々な検査に立会いながら、自分の数年先?を予想させるようで、自分も高齢者には、ゆっくり、はっきり、丁寧な話し方をしなければいけないと感じさせてくれました。(笑)

以上 

 






Last updated  2015.05.25 06:30:25
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2015.01.20
カテゴリ:独り言

昨年11月に続いて、今年の1月にもハッピーな場所に立ち会わせて頂きました。

趣味のカメラ?で色々と撮影していましたが、参列者の笑顔ばかり見ていると本当に幸せな穏やかな気持ちになります。(笑)

お雛様と同様に、結婚式は女性が主役ですね!笑 

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笑顔で入場 

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花道 

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純白のドレスに、花が似合います 

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参列者の三祖母姉妹  左から88,92,90歳です。 この年齢に見えるでしょうか?

まだまだ、元気ですから、十年後には、金さん銀さんよりも有名になるかも・・・笑 

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みんなをハッピーにさせてくれて、ありがとう! 

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以上 







Last updated  2015.01.20 20:45:46
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