ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

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4 狩りのはじまり


思ったほど辛くはなかった。
相変わらず強く熱い陽射しだがあの「目覚めた時」の恐怖感はもうなかった。
だがタカヤは少ししんどそうだった。
直接あの男に注がれたオレと違って効き目はやはり少し劣るのだろうか。
以前は細い割にはスタミナがあるタカヤだったが午前中の練習も終盤にさしかかる頃にはふらついていた。
コイツが今日先発でなくてなによりだ。オレはそれを考えるとぞっとした。
「スコア係でよかったな」とオレが声をかけると、「テツト、少し分けてくれない?めまいがするんだ」と言った。
目覚めた次の日一日中寝てたオレと違っていきなり炎天下にさらされて思ったよりずっと消耗しているらしい。
苦しいだろう。

「我慢しろよ、グランドじゃないだけましだろ。頼むから試合が終わるまで持ちこたえてくれよ」
それにオレはブルペンでの投球練習が待ってるんだ。
タカヤに分けてやるとオレ自身がそのぶん消耗してしまう。
そう言ってもタカヤは子供がイヤイヤをするように首を振った。
「ダメだよ我慢できない。さっきからもう誰でもいいから襲いたくてたまならなくなってるんだ」
「おい!」オレは怒鳴った。
まずい、それは充分まずいぞ。
オレはみんなが昼飯を食いにいって今は誰もいないロッカールームにタカヤを連れていった。
イチかバチかだ。
「早くしろよ」と言うとタカヤは「うん」と言って笑った。
そう、笑った。
それはオレが今まで見たことのない笑いだった。
目が光った。
手がオレの肩から首に回された。
突き刺されるときの興奮。吸い寄せられる時の高揚。タカヤは最後にぺろっと1回だけ舐めた。
「テツト」
とタカヤの声が聞える。それはこんな後にはいつも遠くの方から聞えるような気がするのだ。
「ありがとう」と言ってタカヤは微笑んだ。
オレも微笑み返す。
こんな幸福感は誰にも味わえないだろう。
こんなとき仲間なんてもういらない。ふたりだけでコレを共有したいとさえ思うのだ。

その時、ドアをバタンと開ける音がした。
オレは背筋が凍りついた。タカヤの同じ思いも肩に回した腕から伝わってくる。
侵入してきた「敵」への恐怖とそれに対する防御と、それよりもっともっと強いそれに対する攻撃の信号がお互いの体に一瞬にして交わされた。
異種の敵・・・・それはとりもなおさずオレたちのチームメイトだ。
そして今ドアを開けて入ってこようとしたのはオレたちのもう一人の同期のマサフミだった。

(違う・・・・)とその侵入者の見開いた目は言っていた。
いつものこことは空気が違う、、、なんだか、、説明がつかないが違う。それに、、、、。
コイツラはだれだ?テツト?タカヤ?いやそうじゃない。確かに自分が知ってるヤツなのに、違う、コイツらは全くベツノモノダ。
イッタイナニモノダ。。
その目が問いかける。
そして答えは出たらしい。
マサフミは逃げようとした。
本能的にオレたちに向けたその背中はここにいるととんでもないことになると悟っていた。
(ヘンだこいつら、絶対ヘンだ。)

オレはマサフミの腕を掴み、タカヤはクチを塞いだ。
「きゃ!・・」
悲鳴は半分呑み込まれた。
大きく見開いた目は何故?と聞いている。何故なんだ、どうしてこんな、、、。
「なにやってんだ?」
その時違う誰かの声がした。タカヤの冷水を浴びせられたような震えがオレに伝わってきた。
ケンタだ。
なんでまたオマエまでここにくるんだ。オレは舌打ちした。
ちゃんとメシ食ってろ。

「プロレスごっこか?」
のんびりしたケンタの口調。
「あぁ、そうさ。な?マサフミ」
オレは同意を求めた。
マサフミの顔は恐怖でこわばっている。
「たすけ・・・・」
タカヤが塞いでいた手が一瞬ゆるんだその隙からもれる言葉。。
ケンタが首をかしげる。
「なんでもないんだ。まったくマサフミのヤツ、芝居がかってさ」
オレはけげんそうなケンタを追い払いドアを閉めた。

ふぅ~っとオレは深い息を吐いた。
オレの視界から消える瞬間のケンタ。
昨日から頭の隅に小さな虫が巣食っているが正体がわからない。
気にすることではないかもしれないがひょっとしたら重大な被害を及ぼすかもしれない。
そしてその虫の正体はこいつらかもしれない。いや、、、まさか、、、。
確かにそんな顔をしていた。
大丈夫だろうか?とオレは不安になったが思いなおした。
気づかれたのだろうかと一瞬思ったのだが、いったいぜんたいナニをどう気づくというんだと笑いそうになった。
「なに、笑ってるんだ、テツト」
マサフミが小さな声で言った。まだ恐がっている。
ほんとにオレは笑ったらしい。
「なんでもないよ」オレは勤めてさりげなく言った。
「オマエらヘンだ」マサフミが言った。
こんどは少し怒っている。
「なにがヘンなんだ?」オレは穏やかに聞き返す。
「なにがって、だ、だって、、」マサフミは言いよどんだ。
(だってヘンだった。タカヤのあのヤケに赤いくちびる。テツトのあの今まで見たことのない目の色)
だがちゃんと説明できないだろう?
「ちょっとふざけてたんだ、ねぇテツト」
タカヤが屈託のない笑みを浮かべて言った。
いつものタカヤだ。
マサフミの肩の力がすこし抜けていくのが感じられた。
「今日スタメンだろ、がんばれよ」タカヤが優しく言う。
「あ、あぁ・・」
マサフミのこわばった表情が溶けていく。
いいぞタカヤ。
「遅れたらコーチに怒られるよ。早く行ったほうがいい。そういうとこキビシイからね」
「あ、あぁ、そうだね」

やっぱり気のせいだったのかもしれない。そうだよ。あり得ないよ。
そんな表情を残してマサフミはそそくさと部屋を出た。
「タカヤ、なかなかヤルな」
「うん」
タカヤは微笑んだ。
「オレ、マサフミがいい」
「え?」
「マサフミに決めた。テツトは手を出さないでよ」
「おい」
オレは呆気にとられた。
あの男の言ったとおりタカヤはほんとに「なかなか優秀」かもしれなかった。
「テツトにも分けてもらったし、オレ元気になっちゃったよ」
「ゲンキンなヤツだな。オレはそのぶん腹が減ったぞ」
ほんとに途中でぶっ倒れたらどうしてくれるんだ。
「早く寮に戻りたい」
タカヤはそんなオレには一向に構わずなんだかはしゃいでさえいるようだ。

「早く夜になればいいのに」
そう言ってにっこり笑った。


つづく


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