6

6Bad Moon Rising

その朝。
陽が昇る直前にオレはマサフミの分を男から注入された。
男はグランドに横たわるマサフミの体をいとも軽々と抱き上げ2階の窓に登っていった。
オレとタカヤは自分の部屋にそれぞれ戻った。
もちろん正規の入り口からではない。
寮の真ん前の道路から目撃されたら通報されること間違いなしだ。

マサフミの部屋にオレとタカヤが入ってすぐ朝日は昇った。
マサフミは目を覚ました。
自分の変化にとまどいパニックになりそうになったがタカヤの顔を見てほっ、と息を吐いた。
タカヤはマサフミに添い寝する格好になって微笑んだ。
「なにも心配することはないよ」
そう言ってうなずくとマサフミはそれにつられたようにこっくりと頭を上下させた。
「でも寒いよ、、それに喉が乾いた。すごく喉が乾いてるんだ」
すこし甘えたようにタカヤに訴えた。
「大丈夫だよ、テツトが後で分けてくれるからね」
タカヤがそう言うとマサフミはベッドからがばっと跳ね起きた。
意味がちゃんとわかっているのだ。
タカヤが落ちつかせようとするのもきかず、
「今すぐ欲しい」
マサフミはオレが近づくと魅入られたような目をして首に食いついてきた。

                   ☆

コンコン、とドアを叩く音がした。
相変わらずの猛練習の後の体を睡魔に預けるこの一瞬。
これが一日の中でいちばん幸せな時なんだ、邪魔するな。
「誰だよまったく」
オレはぶつくさ言いながらベッドから降りた。
コンコンとまたしつこく音がする。

「誰だよこんな時間に」
すっかり睡眠モードに入り半分機能を放棄した頭と体をオレはのろのろと動かしドアまでたどり着いた。
「誰だ?」
「オレだよ、ケンタ」
とその声は言った。

マサフミだ。

オレの体は反射的に緊張した。
警戒せよ、とオレの脳は信号を送った。
警戒?
なぜだ。
いや、わかっている。
ドアを開けるな。


                      ☆

昨夜。
話があると言ってオレの部屋を訪ねた後、マサフミの身になにかが起こった。
それは今朝の様子ですぐわかった。
タカヤとテツトに両腕を挟まれるようにしてマサフミは食堂にやってきた。
テーブルの上に並べられてあるものにほとんど興味を示さず、うつろな目をしていた。
球場に着き練習を始めてもすぐに疲れたようなけだるい顔をした。
昼メシの時間、テツトとマサフミは誰もいないロッカールームに入っていった。
いきなりドアを開けてやろうかとオレは思った。
なにをしてるんだ!
そうやって「現場」を抑えるんだ。

「現場」を。

ナニヲ・・・シテルンダ・・

だが、できなかった。
怖かったからだ。


                     ☆

「オレだよ。ケンタ、開けてくれよ」
マサフミの声には今までとは違うナニカがある。
それは危ないと知りつつ手を出してしまうあらゆるモノに混入されているものと同じものだと直感した。
オレはもちろんやったことはないがヤバイ薬への誘惑とはこんなものなのかもしれない、と妙に納得した。
気がつくとオレの手はドアのノブにかかっていた。

カチャ
とわずかに空いた隙間からマサフミの顔が見える。
人懐こいあの笑顔。
だがわずかだが目の中に邪悪な光りが映った。
オレの腕が粟立った。
「入れてくれよ、ケンタ」
マサフミが微笑む。
オレは言われるがまま入れようとした。
何故かわからない。
もう一方で違うヤツが入れるな!と叫んでいるのに。

「もっと開けてくれないと入れないよ、ケンタ」
マサフミの囁きと廊下の薄暗い灯りの下で光る目。
オレは無意識にノブを掴む手に力を入れていた。
なんでコイツはそのまま入ってこないんだ?

「ねぇ、ケンタ、もっと開けてったら」
マサフミの声がいらついてきた。
それは、なにかに飢えている声だった。
「早くしてくれよ、ケンタ」
それでもドアをこじ開け入ってこようとはしない。
そうか、こっちが招き入れないと入れないんだ、コイツら。

コイツら、、、あの「仲間たち」

「なにか用か?」
オレはきいた。
「え?」マサフミは少しあわてたような声になった。
「あ、、その、昨夜のことなんだけどさ、気になるだろ?話があるんだ」
昨夜のことか。そうか。
ソウカ、マサフミ。
「たいへんなことになるかもしれないんだ、ケンタ、相談したいんだ」
「後で聞くよ」
「ダメだ!」
マサフミは叫んだ。
その声に一番驚いたのがマサフミ自身だった。
「ダメだよ。今でないと、だから開けてよ」
さすがにマズイと思ったのかとりなすように低い声になる。
だがイライラしているのはわかる。焦っているといったほうがいいかもしれない。
「首、どうしたんだ?アザになってるぞ」
マサフミは反射的にソコに手をあてた。
赤黒い、禍禍しい、、あのテツトと同じアザ。
「な、な、なんでもないよ。ケンタ、早く開けてよ、開けろよ!」
「こんどはオレが標的か?テツトに言われたのか?」
マサフミは詰まった。そして顔が歪んだ。
人懐こい顔から敵意が現れた。
それを確認してオレはバタン!とドアを閉めた。

悪い夢。。。

映画や小説の中だけの話だと思っていた。
今だって、、
今だって夢の続きだと思っている。
たぶん、オレは今はほんとは寝てるんだ。そうに違いない。
こんど目が覚めたら、マサフミもテツトもタカヤも今まで通りのアイツらに戻っているさ、何も心配することはない。
オレはそう祈りながらベッドに戻り目を閉じた。

ドウシテコンナコトニ?

オレは首を振った。

神様・・・

クチをついて出たその言葉に自分で驚いた。
今まで信じたことも頼りにしたこともなかったがオレは祈った。

(アンナモノになってもアイツらはオレの仲間なんだ)


助けてください。

神様。。


                              ☆

                            


オレもちゃんと気をつけるべきだった。
少し迂闊だった。
マサフミは「仲間」を増やしにいったのだ。

「気づかれたのか?マサフミ」
タカヤがきくと
「ケンタのヤツ入れてくれなかったんだ」
とクチを尖らせた。
「どうしようテツト」
タカヤがおろおろする。
「大丈夫さ」
オレは言った。
「気づかれたからってどうもできやしないさ」

そうさ、なにができるって言うんだ?
みんなに言うのか?この寮にはバケモノがいるぞ、と。
「悪鬼」がいるぞ、と。

「ケンタは当分諦めたほうが、、」
タカヤが言いかけた。
「いや」
いや、諦めない。
ケンタはタカヤの次に真っ先に仲間にしようと決めたヤツだったんだ。
他のヤツじゃダメだ。
どうしてもケンタじゃないと。

オレが最初に仲間に引き入れたのはタカヤだった。
オレが目覚めたとき部屋に入ってきた。
たまたまだったからか?
そこに居たのがたまたまタカヤだったからなのか?
違う。
全部必然だ。
タカヤでなければならなかったのだ。
今ではそれがよくわかる。

タカヤはマサフミを選んだ。
それもマサフミでなくてはならなかったのだ。
マサフミはケンタを選んだ。
他の誰でもなく。

オレがそう言うと、ふたりは黙ってうなずいた。

ケンタ。
オレたちは絶対オマエを逃さない。
4人で新しい世界をつくるんだ。
それは最初から決められていたことなのだ。

「明日の夜」
オレは言った。

「ケンタをヤル」


                             ☆

どれくらい効き目があるのだろうか。
オレは自分がしていることのバカバカしさをなるべく考えまいとした。
台所からかっぱらってきた割り箸。
それを十字にしてくくりつけた。部屋中にばらまいてある。
それを見ているうちに笑いそうになった。
笑い出したら止まらなくなり、そのまま狂ってしまうかもしれない。
だから笑うな。

「現場」を見たことはないのだ。
全部オレの妄想かもしれない。
だから今度アイツらが「訪問」してきたら、入れてやろう。
そして、、もし、、

もし、、


オレは窓を開け部屋に風を入れた。
空には満月だ。
オレンジ色に輝いている。
それは鮮やかすぎて凶事を暗示させた。
そして一瞬それに身を任せたい衝動にかられ、オレはあわてて窓を閉めた。

つづく



© Rakuten Group, Inc.