ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

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9 訪問者ふたたび

寮に戻るとみんなが遠巻きにしてオレを迎えた。
言いたいことが、いや、聞きたいことがあるんだろうが誰もクチを開かない。
なにをどう聞いたらいいのかわからないのだろう。
ロビーのソファにどさっとオレは体を投げ出した。
疲れた。
怖いとか悲しいとか怒りとかもうなにも感じられない。
いったいどうしてこんなことになってしまったのだろう。
誰のせいで何の罪でこんなことになっているのだろう。
テツトか?あいつのせいか?タカヤか?
タカヤ、オレ。
殺そうとした。あの目。あの叫び。あぁ。
テツトがこなかったらあのまま心臓に打ちこんでいたかもしれない。
アレはオレが知ってるタカヤじゃない。全く別のモノだ。
同期で入って同じ夢に向かって走っているあの人懐こい目をしたアイツじゃない。
いや、違う。
やっぱりアイツだ。
オレが杭を打ちこもうとしたのはオレの知ってる、オレの隣にいた、オレと笑っていたアイツだ。
それを殺そうとしたのだ!
「くそーっっ!」
オレはどすっ!とソファに拳をめりこませた。

回りで固唾を飲んで見ていた輪がざっと崩れた。

「ケンタ!」

「どうしたんだ?」

「なにがあったんだ?」

「やっぱりアイツら、、」

や・っ・ぱ・り・?

「あの、、、」

「あいつら、、、」

「オレたちも今に、、」

おれたちもいまに?

おれたちもいまに、、、。

みんな怯えている。
そうだな、みんなもうすうす感じていたんだな。
あぁ、そうだ。守らなきゃ、ここを。
オレの身に起こったことを話し、戦う準備をするのだ。


                         ☆

それぞれの部屋の中にはそれぞれの手製の十字架が飾られた。それから讃美歌のCDをダビングして、、。
「にんにくは?」
誰かが言った。
「アレってほんとに効くのか?」
「なんかキリスト教に関係あるらしい」
「オレら日本人だぜ、それにあいつらだって信者とは思えない」
そもそもあいつらのような「種」はキリスト教文化圏の中での「異端者」「反逆者」として聖なるものに対立するものとしてこの世に現れた。
それぐらいはオレたちも知っている。だからこの場合あまり説得力がなさそうにみえた。
しかし、昨夜のテツトは確かに怖がっていた。
オレたちとは「異種のモノ」になってしまったアイツらには「聖なるもの」は敵であり恐怖の対象」という共通認識があるのかもしれない。
体が変化したと同時にいわゆるDNAも、脳に刻み付けられた無意識下の記憶も変化したのかもしれない。
「思いこみ」「植え付け」「洗脳」
よくも悪くもマインドコントロールされたのだろうか。
もういい。こんな分析をしても始まらない。とにかくアイツラの弱点はわかった。

「弱点っていっても完全に抹殺するためにはどうすればいいんだ?」
そうきかれてオレは答えるのに躊躇した。
アレからネットで検索したり本を読み漁ったりの付け焼刃の知識だがソレをクチに出すのもおぞましい。。
完全に抹殺するには。。
「杭を心臓に打ちこんだあと首を刎ねるのさ」

「え?」

息を呑む音。
その後誰も声を出さない。

ひとりがおずおずと言った。
「あ、、でも、体が塵と化してそれで永久に消えていくって、、」
「そう書いてる本もある。でもそうじゃないと言ってる本もある」
杭を打ちこまれた心臓からは夥しい血が流れる。断末魔の悲鳴を上げる悪鬼。
しかし、それだけではダメだ。首を刎ねてそして胴体から遠く離して火葬して、それで完結だ。
ふ~。と息を吐く音。
誰が、、、するんだ?
言いたいんだろう。でもみんなためらっている。

「とにかく自分の身は自分で守ってくれ。あの3人が部屋をノックしても決して入れるな。アイツらは招かれないと入れない。
そして向こうがどんな言葉で誘ってきても相手にするな」
みんな頷いた。
頷いたがため息も出た。
「信じられないよ、オレたちなにやってるんだ?」
あぁ、全く正直な感想だ。オレもそう思うよ。
ばかげてる。悪い冗談だ。悪夢だ。
誰か言ってくれ。
「騒がせて悪かったよ。冗談だったんだ。でもこれでもうおしまいだ。すこし悪乗りしすぎたな」と。
この夜が明けたらテツトがそう言って謝るかもしれない。
タカヤが「ごめんよ~」と言ってあのいつもの人懐こい目をして笑うかもしれない。
マサフミが「無理に誘われたんだってばぁ、イヤだって言ったのにさぁ」とぷくっとクチを尖らせて言うかもしれない。
万にひとつでもオレはそれを願った。


                         ☆


「みんながオレたちを殺そうとする」
タカヤはまだ恐怖の呪縛から逃れられない。
「オレがさせない」
「テツト、どうするんだ?」
マサフミが聞く。
「ケンタをヤッテやる」
「だからどうするんだ?アイツはもう誘いにはのらないよ」
「機会を待つんだ」
「でもケンタを誘い出す機会なんてないよ。部屋を訪ねてももうダメだし。人の目があるところじゃとても無理だし。どこで待つんだ?」
「わたしの出番かな?」
声がした。
黒い翼がオレの部屋の窓から舞い降りた。
「もはや急を要する事態になった」
男は今まで見せたことのない険しい表情をしている。
「少し乱暴だが仕方がない」
「なにをするんだ?まさかケンタを殺そうとするんじゃ」
オレは抗議した。
殺さないでくれ。
あ~、何故そう思うんだろう。ケンタはタカヤを殺そうとしたのに。
あんなに残酷なことをしたのに、それでもオレはこの男が手を下すのはイヤだ。
ケンタがオレたち以外のものの手によって傷つけられるのはイヤだった。
「テツト、キミが考えていることはわかる。ケンタをキミたちのために献上しよう」
「どうやって?」
マサフミがきく。
「わたしはキミたちのように招かれなければ入れないということはない。長く生きてきたおかげでね。長く、、」
と言って、ふっ、、、と笑った。何故だか物憂い笑いだった。
「長い、、長かった。いや過去形では言えないな。まだまだ続くのだから」
男の顔にさす影は部屋の灯りのせいばかりではないようだった。
この男は、300年生きていると言った。
なにを思いなにを求めて生きているのだろう。
なんのために誰になにを託して、、、。


                         ☆


あれから数日、意外にも静かな日が続いた。
テツト、タカヤ、マサフミの三人は開き直ったのだろうか、おおっぴらに練習の手を抜くようになった。
コーチにえらくドヤされても無反応だった。
首脳陣は最初こそ「向上心のない」選手に対する真っ当な怒りと叱責を彼らに向けたが、それがどうやら的外れであることがわかるにつれ、困惑の表情を見せ始めた。
昼間、あんなに怠惰な彼らが夜中に練習しているという話は耳に届いたらしい。
それも尋常ではない時間に。。
同期のオレは監督に呼び出された。
「いったいなにがあったんだ?」
髭をたくわえた普段は柔和な目をしたその指揮官はこの事態にただならぬ気配を感じたらしい。
「わかりません」
オレは答えた。
そのそっけなさすぎる答えにかえってなにかを知っているということを察したようだった。
しかしそれ以上聞き出すことはなかった。
監督はクチにだそうとした問いを飲み込み、そのかわり大きな息を吐いた。


寮の中は異様な空気に包まれている。
テツトとタカヤとマサフミは完全に孤立している。
仲間の中には恐怖のあまり逃げ出したがってるヤツもいる。
監督やコーチにもう全部ぶちまけてしまおうと言い出すヤツもいる。
オレもそう思った。
こんど聞かれたら話そう。
信じてもらえるかどうかわからないが信じてもらわなければならないのだ。
そして彼らを葬る作戦を考え実行に移さなければ。
オレたち自身を守るためにそして彼らを救うために。
そうだ、救うためだ。

神さま。。

オレは祈った。
両手を組み合わせひたいにあてた。

神さま。。

できればむごい苦しみ方をさせたくない。
でもそれは許されないのですか?
あなたに背くものには。

その時、
オレの部屋の窓になにかが当たる音がした。
目を向けてオレは絶句した。
真っ黒い翼が、
窓一面に広がっている。

ぱりん!
と音がした。
ぱらぱらと水晶の欠片が落ちてくる。
まるで雪のように。
部屋中にそれは散らばる。
スローモーションで舞うように。

あ~綺麗だ。
と思った直後になんて間の抜けた感想だと思った。
窓ガラスが割られたというのに。
それに気がついたとき真っ黒い翼はオレの部屋の中ですでにそれを広げていた。
「ケンタ」
翼の持ち主が言った。
「迎えにきた」
その男の声は心地よかった。
しかしその目には邪悪な光があった。
あ~、こいつだ。この男だ。
テツトをタカヤをマサフミを人間ではないものに変えたのは。
罪深いものに忌むものに変えたのは。
聞くんだ。
どうしてアイツらだったんだ。よりにもよってなんでオレの仲間のアイツらでなければならなかったんだ。
「キミは」
と男が言った。
「テツトをひどく傷つけ、タカヤを抹殺しようとし、マサフミを拒否した」
違う!
ひどく傷つけたのは殺そうとしたのはオマエだ!
オマエが元凶だ、オマエがすべての「間違い」のもとだ。オマエが!
「・・・のだ」
え?
「ちゃんと贖うのだ」
「アガナウ?」
「キミのその鮮血で」
あ・・・・。
オレは思わず首筋に手をあてた。
後ろに下がった。来るな!
「キミはわたしの息子たちを傷つけた。許すことができない。だがそんなキミをテツトはわたしに殺さないでくれと言った。
わたしの手にかけるのはイヤだと」
殺さないのならどうするというんだ。
仲間になれと?
「彼らはキミを必要としている。仲間として。大事に思っている」
大事に?
オレは一瞬笑いそうになった。

「わかってやってくれないか?」
なにをわかってくれと言うんだ。
翼から伸びた手がオレの両腕を掴む。
やめろ!
「あの三人が待っている」
オレは男の翼に包まれ夜の闇の中に放り出された。
悪夢だ。あり得ない。
真っ赤な、不吉そのものを暗示しているような真っ赤な月がヤケに間近に見えた。

つづく



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