ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

第2部 1

第2部
1 パズル


入社してやっと4ヶ月になろうかというペーペーには記事など任せられるはずもない。
当面雑用係だということは覚悟はしていたがそれでも(こういうのを役不足っていうんじゃないのか~、オレを
使わないとはもったいないぜ~)と先輩の尻を追っかけながらぶつくさと呟いていた。
新聞社というのは立派な運動部だ。
シゴクのに理屈はいらない。
後輩の仕事に対するナンクセはいくらでもつけられる。
なにをどうこなそうと「気にくわない」となればそれまでだ。
派手に雷が落っこちたっぷり説教を聞かされる。
だがソレはたいていの場合、前日の女房との一悶着の鬱憤だったり、親を舐め切っている自分のガキに対する苛立ちなんかががない混ぜに
なっていたりするのだ。
メディアの影響力とそれに携わるもののプライドと自戒は、なんぞと講釈をタレているキャップにいちおうは神妙な顔を
傾けながらオレはあるひとつのことばかりを考えていた。

                          ★

その噂は俄かには信じられなかった。
いや、真偽以前の問題だ。
バカげている、お話にならない。
子供の頃からファンだった地元のプロ野球チームの2軍に「おかしなこと」が起こっているらしい。

昔から金にモノを言わせて大物選手をとるということはせず潜在的な能力の高い若手をコツコツと育成するチームだった。
それだけに若い選手に対する指導はどこよりも厳しい。
「あそこは練習がキツイからいきたくない」とのたまった大物と呼ばれていた高校球児もいたくらいだ。
田舎の海のそばの練習場でひたむきに1軍を目指し汗をながしている選手にオレはいつもそんなヤツには負けるなと
エールをおくっていた。
それは結局自分自身に向けた言葉でもあったのだ。

大新聞社に入ることには正直憧れもあった。しかし同じぐらい反発もあった。
青臭いと言われた。そうだろう。でもオレは自分の選択に後悔はしなかった。
いや、その前に「あっちが採用してくれるかどうかもわからないくせによく言うぜ」という友人の言葉にも納得したものだが。
オレは郷に帰り地元の新聞社に就職した。

だから中央で自分を中心に世界が動いていると思っている独善的な輩など、そいつの顔がメディアに登場するたびにムナクソ悪くなる。
友人達は酒の席でオレがそんな話をブチ始めるととんでもない災難がふりかかると我先に帰り支度を始めるらしい。
吐き気がしそうなくらい嫌いな東京のチームのファンとあわや血の雨がふるぐらいの喧嘩になりそうになったことも度々だ。
「オマエは感情的になりすぎる」と先輩に言われた。
しかし、そのスポーツ欄担当の先輩記者の記事には「私情」がたっぷり入っている。
不甲斐ない試合をした翌日の記事はほとんど隣に住んでいる熱狂的オヤジの説教だ。
首脳陣を批判もする。苦言も呈する。歯噛みしている顔が目に浮かぶ。
そしてそんな記事が読者の共感を呼んでいる。
言い換えよう「私情」ではなく「愛情」だ。
そして冷徹な目でもある。
オレは彼が好きだった。
だから「噂」をききつけたとき彼に話すのはためらわれた。


                       ★

「寮の雰囲気がなんかヘンなんだ」
昔からとりわけ2軍を応援し、練習もよく見学に行く友人が言った。
「ヘンてどういうふうにヘンなんだ?」
オレは意味がわからなかった。
「う~~ん、うまく説明できないんだけど、、とにかくヘンなんだ。なんとなくだけど」
「はぁぁあ?」
なに言ってんだコイツ。
「気のせいかなぁ」
しかしまったく埒があかない話でそれは結局そのままになった。

その数日後、以前何度か取材に連行して話を聞いたことがある2軍のトレーナーの姿を街で見かけた。
「こんちわ」
オレの声に振り返り確かに目があったのに彼は気がつかなかったかのようにまた前を向き歩き始めた。
オレは彼を捕まえ「お茶でも」と強引に誘った。
元来気さくで明るい人間なのだ。
なにかある。そう直感した。
そして驚くべき言葉を聞いたのだ。
「最近選手の態度が投げやりなんだ。練習も手を抜いている」
からかわれているのかと思った。

彼は終始落ち着かなかった。
「オレはもうあそこには行きたくない」
「は?」
彼の顔は蒼ざめていた。
訳がわからない。
「なにかあったんですか?」
その質問にもただ頭を振るばかりだ。
「コーチや監督はなんて言ってるんです?」
「なにも言わないよ」
「え?」
そんなことがあるもんか。信じられない。
「ああなったらもう、なにも言えないんだよ」
「え?」
小さな声だったのでよく聞き取れなかった。
とにかく、
と彼は続ける。
「オレもなにも言えない。いや、なんて言っていいのかわからない。だってなにが起こっているのかほんとのところはわからないんだから」
そう言って席を立とうとする。
引き止めるオレに彼は言った。
「とにかくなにも言えない。あとはキミが自分の目で確かめるといい」
そして、「ただし、、」と続けた。
「そこでなにを見たとしても人には言わないほうがいいよ。ましてや記事にするなんて、、、」
そこまで言うと逃げるようにして店から出ていった。
オレは半分以上飲み残した彼のコーヒーカップをただ呆然とみつめていた。

嘘だろ、とオレは思ったが彼がそんな嘘をつく理由なぞまったくない。
嫌がる彼にそれでも食いついて聞き出したのは呆気にとられるものだった。
昼間の練習や試合ではまったく生気がなく怠惰な選手達は、そのくせ真夜中になると一斉に動き始める。
夜明け近くまで、彼らは昼間見せない溌剌とした表情で走り、打ち、投げ、そして楽しそうに笑い合う。
寮で出される飯にはほとんど手をつけようとしない。賄いのおばさんも辞めていった。事務の女の子も無断欠勤が続いている。
「だからオレももう行きたくない」
最後に彼は言った。

「恐いんだ」

オレは混乱する頭を整理しようとした。
苦悩するトレーナーのクチから出た言葉のピースを嵌めていくと、ぼんやりとだがカタチらしきものが浮かんできた。
「おいおい」とオレは苦笑した。
「マジかよ」
まるで乱歩の小説のようだな。
と、するとオレは明智小五郎かよ。
さぁ、こいつをどう解釈したらいいんだ?
いや、半端に考えたってしょうがない。コレはとっておきのネタじゃないか。
オレは「現場」に行くことに決めた。


2軍の試合を見るのは初めてだ。
球場は山の頂上にあった。まるで隔離されたかのように。
オレはふとここに球場を建設することに決めたことに意地悪な意志のようなものを感じた。
ここから見ればプロとしての晴れ舞台はこんなにも遠く遠く遥かかなたにあるものだと言わんばかりだ。
悔しかったらさぁ降りてこいと。
地上より空にそこは近かった。手を伸ばせば星さえ届きそうだ。
いや、昼間だからそれは無理か。
空に星はいらないのだ。
彼らが掴もうとしているのはグランドの上で輝く星だ。
なによりも誰よりも自分自身がその星となるのだ。
そのために連日汗を流している。
その、オレと同年代の彼らに今いったいなにが起こっているのか、確かめるために今日やって来たのだ。
パズルが組み合わされるかもしれない。
それは正直、、
恐かった。

つづく


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