55やけに高い天井だ。 目が覚めて真っ先にそう思った。 オレの安アパートの中じゃないってことは確かだ。 それにえらく広い立派なベッドだ。見まわすと高価そうな調度品が目に入った。 なんだこりゃ。 「気がついたかね」 声がした。深い光沢のある男の声だ。 そして横たわるオレの目の前に現れた顔。 オレは飛び起きた。 ダークグレーのオールバックにした髪、端正な面立ち。 (こいつ、、、) 思い出した、この顔だ。この顔があの時オレの前にいきなり現れたのだ。 そしてオレを抱きかかえ空を飛んだ、、、。 黒いマントと山高帽、貴族の末裔、住んでいるのは古城。 こうもりに変身し、夜毎美女の血を啜る。 怖れられ忌み嫌われているのに人を魅了させる。 ロマンティックな闇の支配者。世界一有名な魔王。 これはこれは、 ほんとにお会いできるとは、光栄です伯爵。 「なにかおかしいかね?」 「えぇ、最高におかしいですよ。笑ってもいいですか?」 ヤケクソ気味にそう言いながらオレは頭を振った。 アレは夢だったのに違いない。こいつはただの旅行者だ。ここはホテルの一室だ。 たぶん一番高い部屋だろう。金持ちなのだ。 ふと隣に気配を感じて目を向けるとデラックスなツインベッドのもうひとつにテツトが眠っていた。 「彼もいろいろあって疲れてるようなのでね」 だから連れてきた、と言いながら男はテツトに布団をかけなおしてやると愛しそうに髪を撫でた。 「みんなは?」 オレは聞いた。 オレを襲おうとしたあの赤い目と禍禍しくきらきら光る歯の持ち主たち。 昼間とはまったく違う悪鬼の形相だった。 「あ・・・」 オレはふいに背筋が凍りつき思わず首筋に手をあてた。 「心配しなくてもいい。キミは無事だ」 オレは心底ほっとした。 そしてもう認めてしまおうと腹を決めた。こいつは旅行者なんかじゃない。 ましてや「人間」でもないのだ。 オレはふ~っと深い息を吐いた。 男はなにか言いたそうだ。オレだって言いたい。 聞きたいことが山ほどある。しかし、一方でなにも聞くべきものもないような気がした。 聞いたってなにも変わりはしないだろう。テツトや彼の仲間がもう元に戻ることはない。 「わたしに選別を任せるように言っておいたのに、テツトは暴走してしまった」 「え?」 「そのくせキミを前にして躊躇した。彼はまだ青い」 そこで男は苦笑した。 オレはテツトの寝顔をみつめた。 今の彼は大人に(恐くないよ、アレはねただ風にゆれる木々のざわめきだよ)と言われやっと安心して眠りについた子供のようだ。 「ひどく傷ついてるように見えるんですがね」 オレがそう言うと男はじろっとオレに視線を向け抑揚のない声音で言った。 「わたしのせいだというのかね?」 それ以外のなにがあるというんだ。オレはここにきて初めてこの不条理に対する怒りが沸いてきた。 「アンタはいったいなんのためにここに来たんだ」 なにをする気だ、この世界を変える気か、そんなことに何の意味がある。ここはアンタのいるべき世界じゃない。 アンタは闇だ、影だ。それはソレそのものだけで存在することはできないのだ。 「人間たちがが望んだのじゃないか。きみたちが望んだからこそこうして存在しているのだ」 なに言ってるんだ、なにが、、、、。 「善や良なるものだけでは満足できないから神はきみらに与えたのだよ」 いや、神もほんとは悪魔に惹かれていたのかも知れないねぇ。いや、それ以上に愛していたのかもしれないねぇ。 聞いたことがあるだろう?「神は人間を自分と同じ姿につくりたもうた」 だからこそキミらは「神の子」なのだ。だからこそきみらは我々をこんなに求めているのだ。 「違う、求めてなんかいない」 「では、キミはどうしてテツトに逢いにきたのだね?」 「ど、、、、」 オレは詰まった。 「テツトはすでに変わってしまった。キミはわたしにここにいるべきではないと言ったが、それなら彼はどうなる。抹殺するかね?」 男の口調は静かだった。 「人に言うかね、寮で今起こっていることを。このまま放っておくととんでもないことになると人を集め火を焚き杭を持ち、みんなで押しかけるかね?」 「それは、、、、」 「早くしないとテツトが目を覚ます。さっきはキミを庇ったがもうどうなるかわからない。自分の中途半端な態度で仲間がうろたえ、焦り、暴走した。 結束が崩れ集団の輪が壊れた。わたしがいなかったら取り返しのつかないことになるところだった。テツトはきっと後悔したことだろう」 「目を覚ましたら、テツトは、、、」 男はわたしに顔を近づけた。 「今度はキミを襲うよ」 そうだろうか。オレはテツトの寝顔を見た。 「そうだろうか」 「テツトは鬼になった」 「違う」 オレは首を振った。違う。テツトは苦しんでいた。現にあの時オレを守ろうとした。そこにオレは鬼になりきれない彼の魂をみたのだ。 助けてやりたいと思った。だがオレになにができるだろう。 その時、テツトが目を覚ました。思いが通じたかと思ったがそのくせオレは一瞬恐怖に身構えた。 しかし、その必要はなかった。 それはまるで初めて世界を目にした赤ん坊のような表情だった。 彼はやはり鬼ではない。 それはこの世に生れ落ちたことに漠然とした不安を覚え手をさしのべてくれる者にすがろうとしている顔だった。 オレを認めると「あ、」というカタチにくちびるが動いた。 オレは頷いた。 何に対して頷いたのだろう。彼はなにも問いかけはしなかったのに。だが彼はそれさえもわかっていたようだった。 ☆ 彼はオレを肯定した。ちゃんと認めてくれた。 すべてを知ってしまったのに。 ハクシャクはやはり彼を助けてくれたのか。 あの時仲間の暴走をオレは止められなかった。なり振り構わないみんなの姿にどうすることもできなかった。 あの時ほど自分の存在をこの世から消してしまいたいと思ったことはなかった。 だがその後すぐそれさえも許されないのだと気がついた。 このまま自分を呪いながら生きていくのは耐えられない。こんな自分でもこの世に存在してもいいと誰か言ってくれ。 目を覚ましたときこの若い男の顔が目の前にあった。彼はオレを見て頷いた。なにも言わずに。 その時自分が泣いていることに気がついた。すこしあわてたがオレはそれに正直に身を任せようと思った。 この男の前なら素直になれそうだ。今だけ、、、。今このときだけ後にも先にもこれが最後だ。だからいいだろう? 第2部 終 第3部へ NEWVELに投票 |