番外編「夜空ノムコウ」

2003/03/11/(Tue)

ぴんぽ~ん♪とチャイムが鳴った。

「お~、入れよ」と
言わないうちからコイツは入ってくるのだ。
「ベッチー、弁当買ってきたよ。十六茶がなかったんで普通のウーロン茶でいいよね」
ウッチーはコンビニの袋からわさわさといろんなものを出してくる。
「これはなんだ?」
「あややのDVDだよ」「なんだオマエあややのファンなのか?」
「うん、元気があっていいよね」
「ウチのサップはミキティが好きだって言ってたな」
オレはモー娘。の顔と名前もまだ一致しない。
「あ、その前にシャワー浴びていい?汗かいちゃった」
「オマエ、なんだっていつもオレの部屋のシャワー使うんだよ。それに自分の部屋でたまには食えよ」
「いいじゃん、一人で食ってもうまくないし」
「おい、ここで脱ぐなっ!」


               ☆

オレが牛丼を食ってるとウッチーが出てきた。
「タオル忘れちゃったよ~。取ってくれる?」
「ったくしょうがねぇなぁ」
子供のように無防備に裸で立っている。
肩甲骨に水の玉が弾いて長い腕に沿って流れてゆく。
オレは急になにやらコントロールできない感情が湧いてきてあわてた。
だから乱暴にタオルを投げつけることでその感情に知らん顔をした。
ウッチーは突然自分の顔にタオルが投げつけられて困惑した表情をしていたが、
すぐに何もなかったように例の三日月のような目をして「さんきゅ」と言った。

オレはなんだか訳もなくイライラしてきたので、「もう寝る」と言って部屋に入った。
「え~、もう寝るの?久しぶりにゲームするっていったのに」とウッチーはブツブツ言っていたが
オレはベッドに入り頭から布団をかぶった。

ぴんぽ~ん♪
とチャイムが鳴った。
「なんだよ、誰だよいったい」
オレは起きたくもなかったので「おー、あがれ!」とつっけんどんに言った。
どうせ同期のクリケンかスエ坊だろう。
すると「っす!オジャマしまっす!」と声がした。
「Nガカワさんだよ、ベッチー、さぁ上がって」とウッチーが勝手にリビングに入れた。
オレはますますむかついてきたので返事はしてやらなかった。
今年の新人のNガカワさんはひとつ年上だが早くもいい成績を残している。
オレは元来、人は人だからとそんなことは気にしないほうなんだが、ウッチーとゲームをやりながら
笑っている声をきくのはイヤだった。その感情にどういう名前をつけたらいいのかオレは知らん。
手近にあった上着をとってオレはバタバタとリビングを横切り玄関に向かった。
「あれ、ベッチーどこいくの?」
「走ってくる」
ドアを閉める直前、ウッチーの「気まぐれなんだから、やっぱりAB型だなぁ」という声が聞こえた。
うるせえ。


                ☆


いきなりほっぺたに熱いものが触れて振り向くと、ウッチーがにまっと笑いながら立っていた。
「飲む?」
缶コーヒーだった。
「寒いね~。でも星がきれいだ」と言いながらオレの隣りに腰を下ろした。
「走ってくる」といって出たがアパートのすぐ向かいの公園の芝生にずっと座っていたのだ。
オレはちょっと気まずくなって反射的に立ち上がった。
その後ろからウッチーがついてくる。
「ついてくんなよ」と言ってもにこにこしてついてくる。
「うりゃ~~!!」と言ってオレは走り出した。
その後に起こした行動をウッチーはぽかんと見ていたが、すぐにオレの後から登ってきた。
わざと足で蹴落とす格好をしてやるとウッチーはきゃぁきゃぁと笑った。
「小学生の時はえらく高いと思ってたけどそうでもねぇな」
「そうだね、でもいい気持ちだね」
ジャングルジムのてっぺんからでも星は地上よりも近くに見えた。
缶コーヒーのプルトップを開ける音がやけに大きく響いた。
ひとくち飲んで二人同時に息を吐くとしばらく黙った。

                 ☆

一昨年の11月、この空を赤い尾を持つ星々が飛び交った。
あのとき掛けた願いに今少しでも近づいているのかオレにはわからない。
叶っているものがあるとしたら今隣にいるコイツのことだ。
(ずっといっしょに走っていけたらいい)
あの時、「オマエはなに考えてんだ?」と聞いたら
「ベッチーと同じことだよ」と言って笑ったのでオレはドキッとしたのだ。





                 ☆

「あれ~?なに赤くなってんの?」
ウッチーが突然言った言葉に我にかえった。
「ば、ば、ば、ばかやろー、赤くなんかなってねぇぞ!」
「そうかなぁ、それにナニそんなに焦ってんの?」
「あ、焦ってねぇぞ、寒いだけだっ。それにそんなにくっつくな落ちるじゃねぇかっ!」


                        
           おわり


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