家政婦は見た(その3)2003/03/16/(Sun)テツト兄さんの部屋のドアの鍵は掛かったままだ。 ボクはずっとその前を行ったり来たりしている。 ノックすることさえ躊躇している。 もしも、「入れよ」と言われてもそれから何をどう言ったらいいのかわからない。 ボクがため息をつくと家政婦さんはそれが合図でもあったかのように姿を現した。 「そってしておいてあげましょう」 ボクもそう思う。 「タカヤ坊ちゃま、お茶でもお入れしましょう」と家政婦さんが言ったので、 ぼくたちは下のダイニングに行こうとしたときタカヒロ兄さんが後ろから ぬっと顔を出した。 「お~~い、テツトぉ!いつまでも塞いでないで出てこいよ~!」 ドンドンとドアを叩き始めた。バカ力なのでドアが壊れそうだ。 「まぁやっちゃったもんはしょうがねぇ、出てこい、気分転換しようぜ」 ボクははらはらした。テツト兄さん(3ヶ月しか違わないんだからといつも 怒られるからやめよう) は今とてもデリケートな事態に直面しているのだ。 病院で「右母指変形性MP関節関節症」と診断された。 開幕にはとても間に合わない。 今年テツトは一年間先発ローテだ!とアドレナリン全開で「オマエには 絶対負けないからな!」といつも言っていた。 それは自分自身に向かって言っているのだとボクにはわかっていた。 テツトはいつもボクに対してライバル心剥き出しで、ボクが勝ったときは 「この野郎、勝ちやがって~!」と言って悔しがる。 ものすごくわかりやすいのでボクは好きだ(笑) 執事のペイさんに付き添われて帰ってきたときは目が赤くなっていたような 気がする。 それから部屋に篭ったままだ。 くよくよするタイプではないんだけど、今回は傷が深い。 だからボクだって気を使ってるのにタカヒロ兄さんたら。 「鳥の軟骨をいっぱい買ってきたんだ、家政婦さんにから揚げにしてもらうから いっしょに食おうぜ!」 な、な、な、軟骨!! 一番タブーな言葉じゃないか~! テツトは親指の軟骨がどうにかなってしまったのに。。 「お~~い、テツトォ開けろよ~~!」 するとカチャっと音がした。 はぁ~もうどうなっても知らないぞ。 出てきたテツトはむすっとした顔をしていた。 すこぶる機嫌が悪い。 ヤバイ。 「うるせぇなぁ~、眠れねぇじゃねぇか、、ふぁ、ふぁ~~」と大あくびをした。 へ? そうだった。テツトはイヤなことがあったあと必ず爆睡するのだ。 「もう、軟骨でもなんでも食ってやるよ」といいながらボサボサと髪をかきながら 降りて行く。ボクがタカヒロ兄さんを見ると兄さんはにこっと笑った。 「さぁさ、できましたよ。たんと召し上がってくださいましね」 大皿に山盛りの軟骨のから揚げにボクは思わずオエッとなりそうだった。 「さぁ、食っちまえ、軟骨なんかメじゃねぇぞ、テツト」と言ってタカヒロ兄さんは パクパクと食べ始めた。 「タカヤがテツトの部屋の前でモジモジしてるからさぁ。まったくガールフレンドの 部屋に初めて入るみたいだったぜ。それともそういう関係か?」 ボクがウッと喉を詰まらせるとタカヒロ兄さんは、がっはっはっはと笑った。 まったく兄さんはやさしいのか無神経なのかわからない。 ふとテツトの方を向くと食べるのを止めてじっと黙っている。 「どうかした?」ときくとあわてたように「いや、なんでもねぇよ、 さぁ~~食うぞ~~!おりゃ~~!」と無駄なアドレナリンを出した。 家政婦さんがサラダをいっぱい飼い葉桶のようなボールに入れてきた。 ボクらは馬か。 「若いひとがもりもり食べてる姿っていいですわねぇ」 「テツト、早く治してすぐ戻ってこいよ」 (そ、そんなプレッシャーだよ) そしてタカヒロ兄さんは一年に一回あるかないかというまじめな顔をして言った。 「すぐ戻るためにも焦るなよ」 テツトは兄さんの顔を見て「うん」と短く答えた。 目がちょっと潤んでいた。 「オレが帰ってきたとき一軍にはいなかったってことになるなよ、タカヤ」 「あ、そりゃないよ~テツト。10勝ぐらいしてるかもよ」 「言うじゃねぇか。オマエが10勝したらオレのアルファロメオ譲ってやるよ」 「あ、言ったね、言ったね!ねぇタカヒロ兄さん、家政婦さん聞いたよね!」 家政婦さんはただにこにこと笑っていた。 タカヒロ兄さんは「仲がよくていいなぁ。オレも相方のアキヒロかまってやりたくなったぞ」 と言って食べるだけ食べたあと帰っていった。 テツトはきっと乗り越えて戻ってくる。強いヤツだもん。 声に出していうと「ば、ばかやろー」と言うのに決まっているのでボクは心の中でつぶやいた。 ジャンル別一覧
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