ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

その8

ヘキサな刑事・羞と心
(その8)

ナオキの告白


3ヶ月前、3人で飲んだ。
つる兄、ユウちゃん。
ふたりともボクの良き先輩だ。
あの頃、ボクのこころはズタズタだった。
3人でなかばヤケクソで大騒ぎをし、少し手荒なふたりの激励をうけ、おかげで傷口はかなり
塞がれたような気がした。
久しぶりに気持ちのいい夜だった。


中学の頃から目標にしていた警官になり、憧れだった刑事になれた。
しかし、待っていた現実は甘いアコガレなぞ木っ端微塵に吹っ飛ぶようなものだった。
最もショクだったのは、自分に将来の目標をもたせてくれた人の信じられない変わりようだった。
友人たちの「オマエには向いてないよ。マジメなのは認めるけど、なにしろその頭に「クソ」がつくからな。
かえって潰れてしまうぞ」という忠告には確かに納得するところもあったが、それよりも強かったのは、近所の
交番に勤務しているお巡りさんの言葉だった。
「頭にクソがつくマジメ」なボクは融通がきかず、そのくせ頑固で、それが生意気にみえたのか、イジメの対象になった。
そんなボクをちゃんと認めてくれたのは、そのお巡りさんだった。
顔から流れている血を拭いてくれながら「キミのその不器用さは、宝だ、大事にしろ。ほんとに強いのはキミのような人間だ」

まだ覚えている。
きっと忘れないと思う。
だからここまでこれたのだ。

それが、、、。
あんなに変わってしまうなんて。。
ふたりと別れて酔いを醒まそうと少し歩いていたところへ、今思いをめぐらせていた人の名前が、まさに聞こえたのだ。

「おい、巌松」

(「え?」)
ここに係長が?
振り向くと係長は誰かと対峙していた。

「久しぶりやな」
関西弁だ。
大阪の人間だろうか。
スーツは着ているが、なんとはなしに崩れたような印象を受ける。
カタギの人間ではないとは言い切れないが、サラリーマンのような人種にもとてもみえない。
係長の姿はボクからは後ろ向きなので見えない。
「なんだ、アンタか」
招かざる客、という嫌悪感がありありとわかる係長の口調だけが聞こえる。
「アンタ、あれから相変わらずなんか。もう戻られへんのか」
関西弁の男は言う。
どういう意味なんだろう。
「そういうアンタはどうなんだ。正義の味方がピエロ、、いや、今や、ホームレスだ。
家族も失った。戻れないのはそっちのほうだろう」
「ほな、聞くがな、オマエの家族は幸せやったか?娘さん、父親がやってることを知ったらどう思たやろな」
その言葉に、男にずずっと近づく係長の足音が聞こえた。
あまり、いい気持ちのする音じゃない。
係長の腕が伸びた。男の胸ぐらをを掴んでいる。
そのときはっきり顔が見えた。
怒りに紅潮した係長の顔が。
それでも関西弁の男は続けた。
「娘さんは亡くなった。なぁ、巌松、供養や思うて、昔のオマエに戻ってくれ。もうええやろ。
もう、犠牲にせなあかんもんはのうなったんや」
(娘さん?亡くなった?)
その言葉に激しく反応したかのように、係長は関西弁の男を殴った。
男は飛ばされ地面に叩きつけられたが、それでも口の端から流れる血を拭おうともせず続けた。
「ほんまのオマエに戻ってくれや。娘さんのためにも自分のためにも。」
男は叫んでいた。
このひと、、、ボクたちと同種の人間なのか、、いや、だったのか。

「ほんまのオマエに戻ってくれや」
ほんまのオマエに。
ほんまの自分に、、。、。
木霊のように男の声が響く。

それでも係長は殴るのをやめない。
それは怒りというより、むしろ恐怖から身を守るために必死で逃げようとしているようにさえ、ボクには見えた。
だから、係長がそれでも相手の体を足蹴にしようとしたとき、思わず止めに入った。
「なんだ、なんだ?オマエ、なんだ!?なんでここにいるんだ?!」
混乱している頭そのままに言葉を並べ、一呼吸ついたあと、係長はボクを睨み拳を振り上げてきた。
関西弁の男が止めに入る。
まったくさっきと逆だ。
「巌松、やめろ!」
すると係長は急に力が抜けたかのように抵抗をやめた。
ボクと男を見返す顔も仮面のように無表情になっている。
かえって凄みがあり、ボクは一瞬鳥肌がたった。
低い抑揚のない声がボクらに向けられる。
「オマエらなぁ、オマエら、勝手なことばっかり言いやがって、オレの気持ちなんか、、、」
係長は不意にそこで言葉を切ると、ものすごく大きなため息をついた。
それはボクと関西弁の男の、いかなる思いも、きっぱり拒否するには十分なものだった。
係長は踵を返すとなにもなかったように歩き始めた。
ボクたちはただ黙って見送るしかなかった。

「おい、アンタ、大丈夫か?」
男が聞いてくる。
「あ、はい、あなたこそ大丈夫ですか?」
「あ~、オレは大丈夫や。大丈夫やないのはアイツのほうや。あれはいかん。いかん、、、けどなぁ」
「あなたは警察の人間なんですか?」
「その、なれの果てや」
そういうと、ちょっと自嘲的に笑った。
「アンタ、アイツの部下みたいやな。ほな、聞きたいことが山ほどあるやろ」
悪戯っぽくそう言う笑顔はなぜか憎めない魅力があった。
「お互い、ひどい顔やな。オレはまぁええけどな。兄ちゃん、男前が台無しやで」
風呂に入ったらええわ、そうや自分の家に来い、と男は言う。
「アイツはホームレスゆうたがな、ちゃんと家はあるんや」
確かに聞きたいことが山ほどある。
ボクは彼に従った。
その途中いかにも今風な女の子に声をかけられた。
「あ~。カシアスさ~~ん、げんきぃ?じゃないねぇ、なにぃ、その顔」
「お~、ユッキーナやないか。また店いくわ」
さっきまで係長と対峙していた、そのときと同じ人間とはとても思えない軽さで彼は応えている。
「誰です?」
「キャバクラの女の子や」
「あ、そう・・・ですか」
おかしな人だ。
でも、信用できる気がした。
それからボクは係長の「過去」を知った。
それがその後、ボクに思わぬ災厄を招くことになるのだった。


(つづく)





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