ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

(その3)

Another Garden,Fallin’ Angel

(Ⅲ)


刑事という人種に会ったのは初めてだった。
TVで俳優が演じる刑事は概ねクセが強く、しかもいかにも「刑事」であるが、
タカヤの目の前にいるこの中年は「普通」のひとだった。
この大きな屋敷に圧されることもなく、近所の家にぶらりと世間話にきた
という態だった。
テツトは「客」を居間に通したが、お茶をいれることもなくアンタが勝手に
きたんだからと言わんばかりに縁側に座り訪問者を無視した。
刑事は律儀に自分の前に神妙に座っている青年に目を向けた。
「友達かい?」その質問はテツトに向けたものだった。
テツトがめんどくさそうに振り向いて返事をしようとしたとき、タカヤが
「はい、友達です」と答えた。
「そう、友達か、、そう、それはよかった」とちょっと意味のわからない
言い方をした。
刑事はテツトの背中に言った。
「キミのお母さんだがね」
テツトはすぐにその言葉に反応した。
振り向いた顔は敵意に満ちていた。
「母にかまわないでくださいと言ったはずですが」
その声はタカヤが今まで聞いてきたテツトとは違う他人の声だった。
やんちゃ坊主がそのまま育ったようなあの口調とまったく違う。
目の鋭さもタカヤに衝撃を与えた。
「心労で入院してるんです」
「知っているよ、その病院から何度もわたしのところに電話がくるんだよ」
それは初耳だったらしくテツトはうろたえたようだった。
「ヒデユキの行方はまだわからないんですか?警察はちゃんと探して
いるんでしょうね。早くみつけてください。あの子は帰りたがっています。
刑事さん、もう一ヶ月たちました」
ふーっとテツトは息を吐いた。
「わたしはキミのお兄さんの捜索願を受理した、だからちゃんと仕事はする」
「警察は家出人捜査なんて仕事じゃないと思ってましたけどね」
「ちゃんとしているよ、ただ手がかりがあまりにも少ない、いや皆無と
いってもいい」
ここで一息ついて本来ならお茶でも飲んで喉を湿らすところだが、
あいにくこの家の「主人」はそっけない。
「あの日は」と刑事は言ってちょっと間を置いた。「あの日」をしっかり思い出し準備をして
くれというサインのようだ。
「キミのお兄さんはいつものように大学に行くと言って出ていった」
「ただし、いつものように車ではいかなかった。家に置いたままだった。
なぜ、あの日に限って?と聞いたら、たまにはJRやバスで行って
みたかったのでしょうとお母さんは言った。大学までのアクセスをきいて
足取りを追ったが、キミの兄さんを目撃した人間は見つからなかった。」
「だから」とテツトはクチを挟んだ。
「兄さんは大学にいくつもりなんかなかった。そのままボクたちの知らない
世界に行ったんですよ」
「そういうことをするこころあたりは?」
「ナイです」とりつくしまのない言い方だった。
「前の晩、キミの家にはお母さんとお兄さんとキミがいた」
「ボクは兄と顔をあわせてません。帰りが遅かったので」
「どこに行ってたんだっけキミは」
「ゲーセンでバイト」
テツトはあくまでも最小限の単語で応戦するつもりのようだ。
「その翌朝もお兄さんと顔をあわせることはなかったんだよね」
「昼まで寝てましたから」
う~~んと刑事は唸り、あぐらをかいた両膝をぽんぽんと叩いた。
「タバコ、、、はダメ・・だったね」
「ここは禁煙です」

タカヤはテツトの顔から仮面のように表情がなくなっていくことに痛みを覚えた。
さっきまでの朝日のなかで無邪気に笑っていた男と同一人物とは思えない。
テツトの兄が失踪していた、、、
しかもなんの心当たりもなく突然の出来事だったらしい。
母親は半狂乱といってもいい状態のようだ。
父親は、、父親はどうなんだろうとタカヤは思った。
父親のことには刑事も一言も触れない。
「お母さんのね、、」と刑事がクチを開いた。
テツトはびくっとした。
どうしてそんなに母親のこととなると敏感になるのだろう。
テツトの目がまた挑戦的になった。いや、むしろ身構えたといったほうがいいのか。
怯えているような色さえ見える。
「証言がころころ変わってね」と刑事は言った。
「失踪した当日の朝の服装や持ち物が聞くたびに変わってね、困ってるんだ実は」
「混乱してるんです」
「電話がかかってくると言い始めてね」
「え?」
テツトのその驚きは仮面を思わずはずしたようだった。
「出ようと思ったらすぐ切れる、ヒデユキに違いないというんだよ」
テツトは目に見えて落ち着かなくなった。
「通いのお手伝いさんの話しではそんな電話は実際にはないようなんだがね。
そんなことが1週間前から続いてとうとう安静のために入院された」
テツトの両こぶしがぶるぶる震え始めた。
息も荒くなりタカヤはこのままテツトが倒れるのではないかと思った。
母親の精神状態にショックを受けたのだろうか。
それにしてもテツトの急激な変化にタカヤは驚いた
「大丈夫?」
テツトの肩に手を回しながらタカヤは刑事にいった。
「もういいでしょう、刑事さん」

          ★

タカヤが布団を敷いている間テツトは放心状態だった。
目は力なく一点をみつめている。
「さ、横になって」
テツトはタカヤに抱かれるようにして布団に入った。
「オレ、刑事さん送ってくるよ」と言って立ちあがろうとするとテツトに腕を掴まれた。
テツトの目は昨夜の悪夢にうなされたとき、握りしめた自分の手にすがるようなあの目と
同じだった。
「すぐに戻ってくるよ、正門もちゃんと閉めないといけないしね」
タカヤは子供にしてやるように肩までかかった布団をぱんぱんと優しくたたいた。

          ★

「しかし、たいした屋敷だね。用があるものは門から玄関までちゃんと自分の足で歩いてこいと
言ってるようだ」
はっはっはと刑事は笑った。
「ねぇ、キミ」と斜め後ろを歩くタカヤに呼びかけた。
「はい」
「今夜はあのコについてやってくれんか。こんな屋敷にひとりきりじゃいかん」
タカヤは驚いた。刑事のクチからそんな言葉が出るとは思わなかったのだ。
「刑事さんは彼を疑ってると思ってました」
「ほう、疑う?何をかね?」
聞かれてタカヤはドキッとした。
「わたしは家出人の捜査の係りで殺人課の刑事じゃない、、あ~いやいや
これはこれは、キミは殺人などど一言もいってなかったな」
はっはっはとまた刑事は笑った。
「とにかく」と刑事はすぐに顔を引き締めた。
「兄のヒデユキの居所は見つけ出さないといかん。どうしても。
あのコのためにも、あのコの母親のためにも、、たとえ」
と言って言葉をきり話を変えた。
刑事はタカヤをまっすぐ見据えて言った。
「彼を頼むよ」
「はい」とタカヤは答えた。

この信頼してもよさそうだと思った刑事を門から送りだしたタカヤは、刑事が途中で
切った言葉の続きを想像した。
「たとえ・・」
タカヤは目を閉じた。


「たとえ、どんなカタチでみつかるとしても」

つづく



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