(その6)

Another Garden Fallin’ Angel


あの夜。
テツトは母親のレイコに言い聞かせた。
2階の母の部屋から睡眠薬を持ち出し、それをレイコに飲ませながら催眠術のように
繰り返した。
「母さん、兄さんは最近ストレスが溜まってたんだよ。
大学を出て一流会社に就職したけど、人間関係がうまくいかなくて
大学院に入りなおした。
無理だったんだよ。
勉強ばっかりしてて世間知らずな兄さん。
自分が一番優秀だと思っていたらそんなヤツはごろごろしていた。
家に帰るとオヤジは怒るし、母さんは泣くし。
兄さんはこの家から開放されたかったんだよ。
だからこれでよかったんだよ。母さん」
レイコは眠りにつく直前、かすかに頷いたような気がした。

それのなに、とテツトは思う。
母さんは兄さんを探すのをやめない。
母さんはバカだ。
兄さんは母さんを憎んでいたのに。

ボクが一番母さんのことを思っていたのに、と呟きながらテツトはもう一歩レイコのほうへ近づいた。

そのとき、背中のほうでバタバタと音がした。
「テツトぉ、卵買ってきたぞ、今日たまたまスーパーが特売日で98円だっ・・・」
目の前に綺麗な中年の女性がいてタカヤはびっくりした。
助けを求めるようにテツトに目を向けるともっと驚くものをみつけてタカヤは唖然とした。
「テツト、、それ、、」
するといきなりテツトが笑い出した。
「ははははははは」
タカヤは持っているものとあまりにもそぐわないテツトの状態に少し鳥肌がたった。
「あはははははは」
テツトは体を揺らしながらほんとうにおかしくてたまらないというふうに笑っっている。
なにをどうしたらいいのかとまどっているタカヤの横をレイコが通りすぎた。
「わたし、もう帰るわ」
「あ、あの」
レイコはタカヤの声に振り向いた。
「あなた、テツトのお友達なの?」
「え、あ、はい」
「そう、お友達なの、テツトのことよろしくね」
と言ってにっこり笑った。
ほんとうに綺麗なひとだ、とタカヤは思った。
だがそのひととテツトは包丁を持って対峙していたのだ。
大急ぎでテツトの元に戻るとテツトはもう笑っていなかった。
ぺたんと座りこみ畳の一点をみつめていた。
包丁が無造作に放り投げられている。
タカヤはそろっとそれを持ち上げた。
テツトはなにも言わなかった。
タカヤもなにも訊かなかった。
タカヤがテツトの額に手をあてるとテツトは一瞬びくっとしたが、静かに目を閉じた。
「もう熱はないみたいだな。晩飯つくるよ、特製のおかゆだぞ」
テツトは返事の代わりに顔をタカヤの胸に押し付けた。
こどもみたいだ。
あのひとは母親なのだろう。
ほんとはあのひとにこうしてもらいたかったんだろうと思いながらタカヤはテツトの髪を撫でた。


つづく



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