ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

(その7)

Another Garden Fallin’ Angel


「ネギがさ」とテツトは言った。
「は?」

「ネギが袋からはみ出しててさ」
とテツトはくくっと笑った。
タカヤは意味がわからず呆然とした。
どうしたんだろう。
「あの時ネギをはみ出させた袋を持って立ってるアンタを見たとき、すごくおかしくてさ、
オレ、ここでなにしてるんだろうってほんとにおかしくてさ」
と言ってまた笑った。

ありったけの野菜と卵をぶちこんだ「特製のおかゆ」をテツトはきれいにたいらげた。
あの時はどうなることかと思ったがテツトは思ったより落ち着いて、タカヤはほっとした。

「アンタ、変わってるよ。オレの爺ちゃんも変わってたけど、タイプが違って変わってるな」
タカヤは誉められてるのかからかわれてるのかわからず少しむっとした。
「アンタに出会えてよかった」
「え?」
その言葉をもう一度確認したかったが、テツトはぶっきらぼうに放ったその言葉を、もう忘れたかのような
ふりをした。
「オレがアニキを殺したんだ」
テツトがあんまり素っ気無く言うのでつい「そう」と返事をしそうになった。
考えてみればその言葉をテツトから直接きくのは初めてだった。
兄が失踪した前後の状況やテツトが受けていた虐待のしるしからタカヤが推理したものは外れては
いないだろうと思ったが、直接きくとやっぱりショックだった。
「こんな話、イヤ?」
「そんなことないよ」
「初めて話すんだ」
その相手が自分だったのがタカヤは嬉しかった。
「聞いてくれる?」とテツトが不安そうに言ったので
「もちろん」
とタカヤは答えた。

中学に入った年に実家を飛び出した経緯とその後この祖父の家で暮らした4年半が自分の人生で
一番幸せだったこと。
「爺ちゃんはオマエにはいいところがいっぱいあるって言ったんだ。
びっくりしたよ。これまで変わってるとか、人並みのことができないやつだって言われつづけてきたから」
「ここで野菜をつくったり、山に登ったり、季節ごとにたくさんの花が咲いてきれいだった」
「爺ちゃんのつくった迷路を歩くのも楽しかった。別世界のようでほんとに楽しかった」
だから実家に帰るつもりなんかなかった。
13歳のとき兄に殴られて血だらけになった顔を庇いながら母親に助けを求めたとき、母は
「どうして兄さんがイライラするようなことをするの」と言ってテツトを叱った。
兄はそのとき大学受験を控えていた。
タカヤはそれをきいて怒りがこみあげてきた。

だが、テツトは17才の夏、家に戻ることになった。
テツト自身が決めたことだった。
「どうして?そんな自分の居場所もないところに」
最初はただ、家がどうなってるか見てみたいという気持ちだけだった。
自分がいなくなって両親と兄と三人「理想の家庭」をつくっているのならそれでいい。
自分も爺ちゃんのところで幸せだったから。
だからいわゆる帰省のような気持ちでテツトは玄関に入ったのだ。
すると中から母の悲鳴が聞こえた。
テツトは耳を疑った。
リビングに駆けこむと兄が母の腹を蹴っていた。
「兄さん!」
「テツト、助けて!」
助けて?
母が兄の暴力から逃げようとテツトの方へ手を差し出す。
「テツト、助けて、、」

だからボクは家に戻った。
母さんがボクを必要としている、助けを求めている、ボクを呼んでいる。
聞きながらタカヤはため息をついた。
「ボクは兄さんに、母さんにそんなことをしないでくれと頼んだ。
その代わりボクがなんでもするからと」
「そしたら兄さんがオマエが身代わりになれと言った。だからボクはそうした」
「そ、そんな」
タカヤは腹がたった。そんなバカなことがあるもんか。
「ボクがいなくなって兄さんのはけ口がなくなったんだ」
「そんなことキミのせいじゃないじゃないか!」
「それに」とテツトは言った。
「暴力は毎日あるわけじゃないんだ。むしろない日のほうが多い。2ヶ月にいっぺんぐらいかな。
庭でバーベキューをやったこともある。端からみれば理想的な家族に見えるかもしれない。
兄さんも笑っていた。」
「でもソレはある日突然やってくる。兄さんが部屋に入ってくる。ボクは胃が縮みあがるような
気持ちになる。」
「兄さんはにやりと笑う。ボクは覚悟をして歯を食いしばる」
「テツト、、」
それは違う。間違ってる。絶対間違ってるよ。
「兄さんはボクの体を4~5回蹴り上げたらすっきりするんだ。これであと2ヶ月は大丈夫だ。
なにより母さんが無事だ、、、、、なんでキミが泣くの?」
タカヤはテツトにそう言われるまで自分が泣いていることに気がつかなかった。

「キミが大馬鹿野郎だからさ」
タカヤは怒っていた。テツトにもまわりの人間にも。
「聞きたくないならやめるよ」
「そうじゃない。続けてくれよ、いいんだ」
「ほんとに?」
「うん」

あの夜は、と言って、テツトは「当日」の話を始めた。


つづく



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