ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

(その9)

Another Garden Fallin’ Angel


「今、署は殺人事件の捜査本部設置でおおわらわだ。
すぐに両親に事情聴取をしにいくだろう。テツトの行方はすぐ知れる。
いや、その前に、、」
とちょっと刑事は言いよどんだ。
「キミは今どこにいる?」
「彼といっしょです」
「あの屋敷かね?」
「はい」
「そうか、やっぱりキミは彼のそばにいてくれると思ったよ」
その言葉はタカヤに届かなかった。
この刑事はテツトを逮捕しにくる。
どうしたらいいんだろう。
今すぐここから出発しないと、、。
でも死体がみつかったのだからほんとに逃亡犯になってしまう。
自首を勧めるべきだろうか。
やっぱり、始めからそうするべきだったんだろうか。
結局オレは何の役にもたたなかったんだろうか?
「聞いてるかね?」
受話器の奥の刑事の言葉にタカヤの思考は中断した。
「わたしは捜査本部の無粋な連中にそこへドカドカと入られるのがイヤなんだよ」
え?どういう意味なんだ?
「その前にテツトと話したい。今そっちに向かってる。キミにも居てほしいんだ」
「ボクはどうすればいいんですか?」
「そばにいてくれるだけでいいよ、ところで、テツトは自分がアニキを殺したとかなんとか言ってないかい?」
タカヤはどきっとした。
でももう隠してもしょうがない。
「あなたは彼を逮捕しにくるんでしょう?」
「わたしは捜査本部の人間じゃない。どうも本流からそれるクセがあるようでね、はっはっは」
とあの笑いを披露した。
このひとはいったい何なんだ。こんなときに。
「彼はちゃんと真実と向き合わないと」
「え?」
意味がよくわからなかった。
「とにかく彼を頼むよ」
と言って一方的に電話を切った。

タカヤは混乱した頭を抱えたまま部屋に戻った。
テツトは日本地図をまだ見ている。
顔つきがすっかり明るく変わっている。
「ここから北海道まで何キロあるのかなぁ、オレにできるかなぁ・・途中温泉なんか入りたいな。って
オレ根性なしだな~」と笑った。
「タカヤ、どうかした?」
「あ、いや、なんでもないよ」
テツトはカンがいいからすぐ変だと思うだろう。
オレは器用に芝居なんかできない。
ちゃんと言うべきだろうか。
自首を勧めたらテツトはオレが裏切ったと思うだろうか。
このまま逃げつづけてもまだ悪夢が続くだけだろう。
そうだ、結局逃げることになるのだ。
新しい人生を出発して欲しくて言ったことだったが、結局ただ逃げるだけのことなのだ。
でも、一方で思う。
刑務所に入る前にいい思い出をつくってやりたい。
でも、それはオレの自己満足なんだろう。
「タカヤ」
呼ばれてはっと我にかえった。
「気が変わったんならそう言えよ」
やっぱりオレの顔色に不信をもったんだ。
「ち、違うよそうじゃない」
そうじゃないんだ、でもどう言えばいいんだろう。
「やっぱりやめる」
「テツト」
「やっぱり無理だ、できない。オレはアンタといっしょに行くことはできない。
そんな資格はオレにはない」
テツトは日本地図をぱたんと閉じた。
「アンタを巻き込んじゃいけなかったんだ。もともと何の関係もないのに。ごめんよ。
もういいんだ。アンタと会えただけでほんとによかった」
タカヤはこのままテツトの腕を掴んでここからいっしょに飛び出していきたかった。
明日の朝じゃ遅い。今すぐでないと。
警察がくるんだ、テツト。
喉まで出掛かった言葉は来客を告げるチャイムで出口を失った。
「誰だろ、こんな時間」
テツトはインターフォンまで歩いていく。
タカヤは自分の鼓動が激しく打つのがわかった。

                 ★

テツトが戻ってきた。
タカヤはその顔をちゃんと見ることができなかった。
だからそのあとテツトのクチから出てきた言葉にタカヤは呆然とした。
「オレ、自首するよ」
やけにサバサバした口調だった。

「たった3日間だけだったけど楽しかったよ。忘れないよ」
テツトはバカに明るい顔と声で言った。
「テツト、ちょっとまって」
タカヤは混乱から抜け出せない。
そのときあの刑事がぬぅと入ってきた。
「テツトくん、自首ってそりゃなんの罪だね?」
タカヤとテツトは揃って振り返った。
この刑事はいつ見ても同じ格好をしてる。
「キミはなにをしたんだ?」
わかっているくせにとタカヤは思った。
またいちいち思い出させるつもりだろうか。
警察の取調べでテツトは何回も何回もあの悪夢の再現をさせられるのだろう。
こいつをぶん殴ってテツトを救いたい。
「アニキを殺しました」
テツトは言った。
ごく普通の口調で。
もうこれでほんとに全部済んだというふうにテツトは言った。
背負っていた荷物を降ろしてほんとに楽になったとでもいうように。

「いや、それは違う」
と刑事は言った。
「え?」
テツトとタカヤのクチから同時にその言葉は出た。

「兄さんを殺したのはキミじゃない」
刑事はテツトを見た。
テツトの顔がこわばった。
「キミの兄さんを殺したのは、キミのお母さんだ」


つづく



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