ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

2風のない丘・季節のない街


(2)風のない丘・季節のない街


午前4時。
ポルノ映画ばかり上映している場末の映画館。
そこをオレは掃除している。
吸殻、空き缶、食べ残した弁当(こんなとこで食うか?)なんだかよくわからない液体がこびりついている椅子。
使い終えたゴムもあちこちに散らばってる。
オレはなんでこんなことしてるんだろう。
理由はなんとなくわかっていた。
タカヤの部屋に置いてきた金は人に言えるような仕事で稼いだ金じゃない。
ほんとのことがわかったらタカヤは突っ返すだろう。
「こんな汚い金はいらない」
だから、オレはこうしてきれいに掃除してるんだ。
清算してるんだ。


いつか会える日がきたらちゃんと正面からあいつの顔を見たい。
でもそれはできないとわかっていた。
もうやり直せない。
たかだか1~2万の借金なのにアイツらはしつこい。
そんなはした金なんかどうでもいいのだ。使い勝手のいい駒だと目をつけられたんだ。
タカヤには害を及ぶことはないと思う。
後のことはあの大家に頼んである。
正体がよくわからないところのあるオヤジだがきっと大丈夫だ。

タカヤはちゃんと授業を受けてるんだろうか。
あいつ、教師になるんだと言っていた。
中学の時の担任が、家庭の事情で高校進学を断念しようとしたタカヤの力になってくれた。
あんな先生にオレもなりたいと言っていた。
大学は家のためにも国立に行きたかったんだけど落ちちゃってさ。あのときはほんとに諦めようかと思ったんだ。
でもおふくろが、、「おふくろが心配するなって、、」
とタカヤは言った。
「それでも甘えるわけにはいかない親父は体が弱いし」
おふくろか。。。
オレのおふくろ、、あの女、もうどうしようもなくなったから助けてちょうだいっていうからオレは苦労して造った金を送ってやったのに。
裏切りやがって、、。
叔父から聞いた話だと新しい男をつくって家を出たらしい。

               ★

タカヤはオレのことを全然覚えていなかった。
バイト先の居酒屋で会ったとき、オレは(あ、あのときのヤツだ)とすぐわかったがアイツは覚えてなかった。
無理もない。もう3年も前のことだ。
受験会場で隣の席だった。
オレは入試を目前にして体調を壊していた。その日も熱っぽかった。
隣にいたタカヤはオレの様子が気になったらしくなにかと声をかけてきた。
「風邪薬なら持ってるよ飲む?」とか「ちょっと体調が悪いほうがかえって肩の力が抜けていいかもしれないよ」
なんてことを言って励ましたりするのだ。。
変わったヤツだ。一分一秒だって惜しいときなのに、他人にかまうヤツなんているのか?
まわりはみんなライバルなんだぜ。確実にここに落っこちる可能性が強いヤツがいるんだ。
放っときゃいいじゃないか。

バイト先で3年ぶりに会ったときあのとき受けた国立を落っこちたときいてオレは自分のせいだと思った。
オレはタカヤのまじないが効いたのかほとんど諦めていたが合格したのだった。
なんだか身代わりになってくれたような気がした。
こんなことひとに言うと確実に笑われるに決まっている。

それなのにオレは昼間から飲んだくれてる親父をぶん殴って瀕死の重傷を負わせ、せっかく合格した大学にも行かなくなった。
もうどうでもよかった。
東京に出てきてタカヤと偶然出会ったときは心底びっくりした。
あいつは3年前とちっとも変わってなかった。
バイトをクビになって家賃も滞納して追い出されたときアイツを訪ねた。
図々しく転がり込んだがアイツはちょっとびっくりしながらも困ったときはお互いさまだよと言った。
相変わらずお人よしだ。オレは正直、最初からそれにつけこもうと思っていた。
2日目に早々と騒ぎを起こした。オレはもう出ていってくれと言われるのを覚悟したがタカヤはそうは言わなかった。
10日も経てば実入りのいい仕事が入ってくる予定になっていたから、それが済めばさっさと出ていくつもりだった。
でもそれが1ヶ月になった。
タカヤと居ると楽しかった。
ヤバイ橋を渡って稼いだ金を他人にぽんと渡すなんて今までのオレなら考えられなかった。
どうしてだろう。
オレは、、。
オレはタカヤの力になってやりたかったのだ。
傲慢だと思われてもいい、一人よがりだと言われても、それは勘違いだと言われてもいい。

                  ★

「ほれ、今日のぶんだ」と封筒を渡された。
たかが500円札1枚だ。裸でもいいのに気は心ってヤツか。
オレはちょっと自嘲気味に笑って「どーも」と受け取った。
外に出るといきなり強い風が街中のごみを吹き上げた。
そのときそれに紛れて見覚えある顔がふたつみっつ見えた。
誰が見てもその筋の人間とわかるヤツらだ。
気がつくとそいつらの手がオレの肩に掴みかからんばかりになっていた。
オレは放置自転車の群れを思いっきり蹴飛ばし、そのまま全速力で走った。

3日前、新しい仕事を頼まれ、、いや押しつけられた。
「オマエなら面が割れてないから」と言われた。
「もういやなんだ」と言うと
「オマエに選択の余地はねぇんだよ。断ったりするとどうなるかわかってるだろ」
わかっていた。
でもオレは約束の時間に約束の場所にいかなかった。
だからこうやって真夜中の歓楽街のど真ん中を走っているのだ。
逃げるんだ。いつまでどこまでモツかわからないが、逃げるんだ。
堅気や堅気じゃないヤツ、マトモなヤツやマトモじゃないヤツ、働いてるヤツ、ラリッテるヤツ、そいつらを追い越し、そいつらにぶつかりながらオレは走った。
こんなことはもう止めて田舎に帰れとひとは言うだろう。
でも、田舎に帰ったらオレはきっと、もっともっと孤独だ。
こうして赤の他人でも人が集まっているところにいたい。
そいつらとこうやってぶつかりながら生きていたい。
それに、タカヤ。アイツがいる。
この時間、アイツはぐっすり眠っているだろう。
朝、太陽が昇ると目を覚まし、そして緑に囲まれたキャンパスを歩くんだ。
オレはその時間はもぐらのように眠っている。
もう出会うことはないだろう。こんなに近くにいても。


もう大丈夫だろうと思うところまで来てオレは走るのを止めた。
はぁはぁと荒い息を吐きながら倒れこんだ。
パチンコ屋から泉谷しげるの唄が聞こえてきた。

「季節のない街に生まれ、風のない丘に育ち、、」


オレの田舎は風の強いところだ。
あまりにも強くて、泣くことさえ許さない。
東京の風は泣くことぐらいは許してくれる。
ほら、こんなふうに。

路地にうずくまっているオレを見ても通行人はただの酔っぱらいだと思うだろう。
だから、とオレは思う。

だから優しいんだこの街は。

         
                      終わり


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