4春雷いきなり飛びこんできた招かざる客を前に男は「むぅ」と唸った。 数年前までは血まみれになった学生がよく逃げ込んできたものだ。 ヘルメットをかぶり顔の半分をタオルで隠したそいつらを男は特別どうとも思っていなかったが、追い出す理由はなかった。 火炎瓶なんていう男に言わせるとトオモチャのようなもの以外はほとんど丸腰といってもいい素人をよってたかってぶちのめしているヤツらよりは可愛げがあると思っただけだ。 コイツらの主義主張はともかく男はそんなヤツらをまた追い掛け回す連中のもとに返す気はなかった。 「だいいいちオレは官憲てヤツが大嫌いだからな」 今回のこの珍客はその手の種類の連中とは違うようだ。 もっともここ最近は学生連中もすっかりおとなしくなり男は気が抜けていた。 あれでもまだ少しは根性があると思っていたのだが。だから戦争を体験したことがないヤツはだめなのだ。 コレを言うと女房から、だからアンタは嫌がられるのよと言われるのだが。 まぁそれはどうでもいい。 問題はコイツだ。 顔をしこたまぶん殴られて血まみれだったが、拭いてやるとけっこうな男前だ。 だがひとの言う事を素直にききそうにない強情っぱりな目をしている。 もっとも素直にきくようなヤツならこんな目には会わないだろう。 あとから追いかけてきたヤツらは組の下っ端の連中だろう。 だがこの若者は同じ部類の人間とは思えない。 同類は匂いを嗅ぎ分けることができる。 だからこの店に傍若無人に入ってきたふたり組も最初こそ勢いがよかったが年嵩のほうがだんだんと及び腰になってきた。 もう一人が「それでも兄貴・・」と食い下がるとそいつの脛を蹴飛ばした。 「お騒がせしちまって」と頭を掻きながら出ていった。 男はオレもまだまだ捨てたもんじゃないなとひとりごちた。 足を洗って7年だがまだ血生臭いものはこの身から簡単に離れないものなのか。 男は少し複雑な気分になった。 駆けこんで来たこの気だけは強そうな野良犬は簡単な手当てをしてやると 「どーも」と言って出て行こうとした。 「おい、それだけか」と男が言う。 「じゃぁ、1本くれよ、食ってやるよ」 「食ってやるとはありがてぇな」 と言ってそいつの尻を蹴飛ばした。 「痛ぇなぁ、なにすんだよっ!」 「近頃の若いもんは言葉を知らねぇ、どうもとはなんだ。どうもありがとうなのか、どうもすいませんかはっきりしろ」 野良犬の方も負けてはいなかった。 「注文した客に向かってそっちこそ言葉を知らねぇじゃねぇか」 「なにをっ!」 店主は目を剥いた。ふたりはしばらく睨み合った。 野良犬はなかなか目をそむけない。男はそれじゃぁと左肩をもろ肌脱いだ。 そこには堅気の連中はおろか同業の者でも思わず半歩引いてしまうものが彫られてあった。 だが相手は興味もないという顔をしていた。 「おまえ、オレが怖くないのか?」 男は言ったが、野良犬は顔色も変えず 「焼き鳥屋のオヤジのどこが怖いんだ?」と言った。 それをきいて男はわっはっはと笑った。 「オレこんなに金持ってねぇよ」 皿の上に何本も並べられた串を前にテツトは言った。 名前をきいたらそう答えたのだ。 「オレの奢りだ、遠慮すんな」 「奢ってもらう理由がない」 「オマエは若いくせに硬い野郎だなぁ、いいから食え」 そう言いながら店主はこの顔はどこかで見たことがあるような気がしていた。 いや、今までに会った記憶はない。 どうしてだ?と考えて思い当たった。 1週間前にひょっこり尋ねてきた知り合いから聞いた人相にそっくりだ。 そいつとは昔いっしょにずいぶんと悪さをした。 もちろん普通の人間がいうところの悪さとは違う。 アイツはどこの組にも属さなかった。 それだけに危なっかしくてしょうがなかった。 オレよりも長生きするとは思えなかったが、たぶんアイツもそう思っているだろうと男は笑った。 「なに一人で笑ってんだよ。気持悪いな」 テツトは奢ってもらうことに文句を言っていたくせにばくばくとよく食った。 よほど腹がすいていたのだろう。 アイツが捜していたのはこの男か。 ヤツに子供はいないはずだが、甥かなんかか? かなり荒んだ暮らしはしてるようだが素人だ。 なにかアブナイことに足でもつっこんだんだろう。 「なに、人の顔じろじろ見てんだよ」 「オマエを捜してるヤツがいるぜ」 テツトはあきらかにうろたえた。 「どうした。その様子じゃ心当たりがあるな」 つづく |