ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

真冬のすばる(NEW)

(注:先に「KANDAGAWAシリーズ」をお読みください)

 
真冬のすばる
(その1)


「金持ちのオヤジと晩飯を食っただけで金が貰えるんだぜ」


その話を聞いたときはアホかと思ったがそいつの財布に入っている万札の数に心を動かされたのは事実だった。
「テツト、オマエならばっちりだぜ。オレより儲かるって。間違いないよ」
チンピラのくせに最近急に羽振りがよくなったと思ったらそいつはそんなバイトをもちかけてきた。
「こんど会わせるよ」
と言って数日後、ほんとに紹介された男は神崎と名乗った。
「まぁ一種の『人助け』と思ってください」とその男はオレに言った。
骨ばった輪郭に薄いくちびる。頭がキレそうだ。
クールな外見が女にもモテるらしい。
スーツ姿がよく似合う。言葉使いもていねいだ。
オレを上から下まで品定めするように見ると
「去年最愛の息子さんを亡くされてひどく落胆されておいでなんですよ。そう、あなたに面影がそっくりで。
きっと喜ばれますよ」
と言って、指定の場所が書かれたメモを渡された。
「あなたもご存知の大会社の社長さんですよ。名前はきいたことあるでしょう?」
なるほど、テレビのCMでイヤというほど目にしている。
それがオレのこころの隙を結局ついたのだった。

「社長さん」はいつどこでサイズを測ったんだ?と思うほどオレにぴったりの服を用意していた。
鏡に写ったオレは「御曹司」に変身していた。
いちいち皿を運んでくるたびにその料理に対して講釈をたれる給仕が両脇を固めてるような食事のし方には労働者階級のオレは閉口したが、
オレの一生じゃまずこの先間違っても経験できないだろうと思うくらい美味かった。
ほんとにこれだけで金が貰えた。
しかも冗談のようにいい金だった。
今までのバイトはいったいなんだったんだとオレは大声で笑いそうになった。
1回目は。

そう1回目はそれでよかった。
2回目、指定の場所に行ったとき事件は起こった。
気がついたとき、「社長」の頭からは血が流れていた。
自分の手に持っているのが灰皿でしかもそれにもべったり血がついているのに気がついたのはその数秒後だった。
オレは逃げた。

翌朝新聞をスミからスミまで読んだが載っていなかった。
「殺人事件」は。

載っていないはずだった。
社長は死んではいなかった。
しかもその後のことは神崎がきれいに片付けていた。
発覚したらすこぶる困る理由は神崎の方にもあったのだ。
オレは神崎に呼び出された。

「勝手なことをされちゃ困りますね」
神崎は静かに言った。
「冗談じゃないぞ」
オレは抗議」した。
「あのオヤジは変態だ!」
すると神崎は最高におもしろいジョークを聞いたように大きな声で笑った。
そして不意にそれを止めると
「坊ちゃん、世間を甘くみちゃいけませんよ」
と薄いくちびるを歪めて言った。
これがこいつのほんとの笑い顔だった。
氷のようだ。オレはぞっとした。

「オマエは今日からオレの言うとおりに動いてもらう」
もう二人称はオマエになった。
神崎は仮面を脱ぎ捨てた。
「オレは誰の指図も受けねえよ」
あんな薄汚いこと誰がするか。
「そうか、それでもいい」
神崎は意外にあっさりと言った。
「オレもほんとはあんなことさせたくはなかったんだ。特にオマエにはな」
と言いながらオレの頬に触れた。
オレは反射的にその手を振り払った。
怒るかと思ったが神崎は怒らなかった。
「やめてもいいさ。もうオマエには手をださない。その代わり他の誰かを紹介しろ」
「なんだって?」
「オマエ、売られたんだぜ、あいつに。気づかなかったのか」
あいつ?
アイツ、、、そうか。
オレにこの話をもちかけたアイツだ。
「そういうことか」
「そういうことさ」神崎は微笑んだ。
そんなことはできない。
だいいち誘うヤツにこころあたりなんかない。
「そりゃ、違うだろ」
と神崎は言った。
「なんだよ」
オレが言うと神崎は心底嬉しそうな顔をして言った。
「いるだろ、ちゃんと。オマエと下宿屋で同室のヤツだ」
その言葉にオレの体全体が硬直した。
そしてすぐオレは笑ってみた。
「冗談だろ?」
そうすればコイツも笑って「ああ、冗談だ」と言うと思ったからだ。
言って欲しかったからだ。
だがこいつは言わなかった。笑いもしなかった。
「ああいうオボコいのがタイプってヤツもいるからな」
自分では気づかないうちに振り上げていたオレの拳を神崎はにやりと笑いながら掴んだ。
とてつもなく強い力だった。今にも骨が音をたてて砕けそうだった。
そして低い声で言った。

「取引だ、返事をしろテツト」

つづく




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