ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

その3

真冬のすばる
(その3)


「・・・がさぁ、もう1回使ってもいいって言ってるんだ」
「あぁ?」
テツトはめんどくさそうに振り返った。
まったくひとの話なんていつもまじめに聞いてない。
「あのときは客にケガさせたもんだから他のやつらへの体面もあったからクビにするしかなかったけど、アレはからんできた客のほうが悪かったし、
あいつはもともと根はいいヤツなんだからって」
そうオレにぼそぼそと居酒屋の主人は話しかけてきたのだ。
テツトのことはずっと気になってたらしいがクビにした手前今さらまた声をかけることはできない。
あれからなにかあるごとにオレに様子をきいてくる。
「新しいヤツを探してるんだが誰かいないか?」と主人はオレにカマをかけてきた。
「だからさぁ、きっと大丈夫だよ。もう一度いっしょにやらないか?」
ほんとにもう一度あの店でテツトといっしょに働きたいと思っていた。
最初会ったときはとっつきにくかったけどほんとはいいヤツだとすぐわかった。
オレがヘマをすると黙ってあとの処理をしてくれた。
そのくせ礼を言っても知らん顔だった。
最後の日になったあの夜、テツトはタチの悪い客にからまれてただおろおろしていたオレを客から引き離すといきなりぶん殴ってしまった。
「酔っぱらって弱いものイジメするヤツなんか最低だ!」
テツトは謝れという主人も殴りそうな勢いだったのでオレはあわてて店の外に連れ出した。
「こりゃ、クビは間違いないな」
テツトは冬の夜空を見上げてまるで他人事のように言った。
「ボクもいっしょに辞めるよ」
「バカか?オマエには関係ない」
「でもボクのせいだよ」
「ちげ~よあれはオレの問題だ。他人のためにそんなことするか、オレははそんなお人よしじゃない」
そして「じゃぁな」と言ってそのまま二度と店に顔を出さなかった。
店のおやじにみせてもらった履歴書の住所を尋ねたがそこにはもういなかった。
「半年も家賃滞納してるし素行の悪いヤツらは訪ねてくるし、出てってもらったよ」とアパートの管理人は言った。
冷たい夜気がオレのため息を白く凍らせた。

それからひと月経ったある晩、テツトはひょいとオレのこの下宿を訪ねてきた。
「しばらく泊めてくんない?」
オレの思いを知ってか知らずかえらく軽い調子でテツトは言った。
もちろんオレのほうに異存があるはずがない。
よかった。これで恩返しができる。
しかし、すぐにこいつはとんでもないヤツだということがわかった。
手荒な兄さんたちはやってくるわ、警察沙汰は起こすわ、オレは振りまわされっぱなしだった。
「追い出したっていいんだぜ」
テツトは夜中の3時に自転車をとばして身柄を引き取りにいったオレにそう言った。
顔中が腫れていた。
オレは家に連れて帰りその顔に思いっきり赤チンを塗りたくってやった。
「オ、オ、オ、オマエ!わざとやってるだろ!楽しんでるだろっ!」
「うっせー!治療してやってるんだ静かにしろっ!」
膨れ上がっているくちびるにガーゼを押しつけるとテツトは「ぎえ~~っ」と叫んだ。
オレは大きな声で笑ってやった。


「だからさぁ、こいよ。テツト」
なにをしてるんだかよくわからないが分不相応な金を持ってくるこいつが心配だった。
具合も悪そうだ。
早くまっとうな道に戻してやりたい。
オレは知ってるんだ。
オレの教科書や持っている本をオレが留守のあいだ熱心に読んでいること。
ノートにはオレが頭をかかえていた小論文のテーマの下にヒントになる言葉が書かれていた。
「ただの落書きさ」とテツトはとぼけた。
こいつはオレよりずっと頭がいい。
今ならまだやりなおせる。


「せっかくだけど」
とテツトはこたつに寝そべったまま言った。
「もうめんどくせえや。それにオレ、いい仕事にありついたしさ」
「だからその仕事だよ。ヤバイんじゃないのか?」
「ヤ、ヤバイってなんだよ」
テツトはうろたえた。
「やっぱり。ヘンな仕事だろ、言えよ。なにしてんだいったい」
「なんでもいいだろ、オマエには関係ね~よ」
「まさかアレじゃないだろうな」
テツトはその言葉にこっちが驚くほど反応した。
「な、な、な、な、なんだよ、そのアレってのは」
「おい、やっぱりそうなのか?」
そういうとテツトの顔は強張った。
「やめろよ、テツト。それはやばいよ。一番よくないことだ。最低だぞ」
もしこれがほんとならオレはテツトを軽蔑してしまう。
テツトは固まったままなにも言わない。
「クスリだろ?」
オレが言うとテツトはなぜかホッと息を吐いた。
そして笑い出した。
オレはむっとした。
そして気がついたときはテツトの顔をひっぱたいていた。
「なにすんだよ!」
「そんなヤツだとは思わなかった。出てけ!」
立ちあがって怒鳴るオレをテツトはただぽかんと見ていた。


 
                                         ☆

「オレがそんなヤツに見えるか?」と言うとタカヤははっと我にかえったようだった。
「違うのか?」
「違うよ」
「ほんとに?」
「信じられなきゃそれでもいいさ。オレずいぶん迷惑かけてるからな。しょうがない」
そう言ってオレは身の回りのものを片付け始めた。
それは決して芝居ではなかった。
いつかここを出なきゃいけないという思いはずっとあった。
最近イヤなヤツらがここらへんをうろつき始めている。
監視してるんだ。
オレが逃げるかもしれないと。
逃げたかった。
でも逃げられない。
逃げたらヤツらはきっとタカヤを捕まえるだろう。

神崎から呼び出しがかかってオレはでかける。
人品卑しからぬ紳士のお抱え運転手がリムジンでお迎えにくる。
ばかでかいお屋敷でディナーだ。
外から見たらさぞかし高貴な「家族の肖像」だろう。
オペラに連れていかれたこともある。
あくびを堪えるのに苦労した。
それさえ我慢して金がもらえるならいうことはない。
でもそれで終わらない。
その後には、、、、。


吐き気がする。


オレは頭をふった。
「テツト、、」
その声で悪夢から引き戻された。
「ごめん」
目の前でタカヤがうなだれていた。
「最低なのはオレだ。疑うなんて。それもずいぶんひどいことで。オマエがそんなことするわけがない。オレがいちばんわかってたはずなのに」
殴り返してくれというのでオレは「そんな青春ドラマなんかやる気はない」と言ってやった。

タカヤはほんとにオレを疑ったことを恥じていた。
オレはなにも言えなかった。
でもそれはまだここに居てもいいんだ、ということだった。
そしてオレはそれがいちばん嬉しかったということに気づいたのだった。


つづく



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