ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

その4

真冬のすばる
(その4)


パチンコ屋から出ると後ろから呼びとめる声が聞こえた。
「テツト~!!」
振り向くとチビとデカのコンビがへらへらした笑顔を見せている。


タカヤの下宿に転がり込んで2日目に借金の取り立てにきたチンピラふたり組だ。
あのときはこいつらが腰巾着のようにくっついていた兄貴分が大家のオヤジにあっさりとヒネられた。
それから数日たってばったり会ったこいつらはオレの顔や腹をボコボコと派手にやってくれたことなど忘れたかのように擦り寄ってきた。
「テツトぉ」
「気安く呼ぶな、オレはオマエらの友達じゃねぇ」
「あの時は悪かったよ。オレらだって好きでやってるわけじゃない。上からの命令だからしょうがなかったんだ」
とデカイほうが言い訳した。
「傷は、だいじょうぶか?」
チビのほうがデカイほうの体に半分隠れるように言う。
「よく言うぜ。オマエらがやったんだろうがっ」
オレが一歩踏み出すと「ひゃ~」と一歩引き下がった。
あの時は散々カサにかかってぶん殴ってくれたが情けないヤツだ。
「オマエらのアニキはどうしたんだ?」
「あ~、それがさぁ」
デカいのがもっと情けない顔で言った。
「アンタんとこの大家さん怒らせちゃったってんで上から相当怒られてさ」
「はぁ?」
オレはコイツがなにを言ってるのか理解するのに時間がかかった。
「アンタんとこの大家ってすごいヤツなんだなぁ、オレびっくりしちゃってよ」
「ちょっと待て。なんだそりゃ」
「ウチのボスがさ、あのオヤジにはかまうなって言ったっていうんだ。あそこには出入りするなって」
オレはその大家のどこにでも居そうな凡庸な風貌を思い浮かべた。
オレの反応が鈍いのでチビがけげんそうな顔をした。
「あのおやじさん相当すごいんだろ?」
「オレは知らねえよ、興味もない」
「でも仲良くしとくとなにかとこの先便利だぜ」
「なるほどな、それでこうやってオレにまとわりついてるってワケだ、おめ~ら」
オレはデカイほうの胸倉をつかんだ。
「オレはなぁ、おめ~らみたいなヤツらが」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよ~~!」
デカいのがほんとに泣きそうな顔になった。
「好きだぜ。わかりやすくてよ」
オレは手を離しわっはっはと笑った。
そのまま歩き出すオレの後ろでチビが「そうじゃなくってよ~、ほんとにこんどいっしょに遊ぼうぜ」と叫んでいる。
部屋に踏み込まれたときはよくわからなかったが改めてふたりの顔を見て、思ったよりずいぶんと幼いことにオレはびっくりしていた。
それから2~3回街でばったり会うたびにふたりはいつもいっしょにくっついていた。
どこからこの街にやってきたのだろう。どこで出会ったのだろう。
あいつらはあいつらでこの世界で生きていくのにそれなりに必死なんだろう。
振り向くとふたりは手を振っていた。


          ☆                      


パチンコの景品を机の上に無造作に放り投げてオレはこたつにもぐり込み冷えた体を温めた。
ドアをノックする音がする。
誰だ?
タカヤだったらノックなんかするはずがない。
あいつ以外にこんな部屋に用があるヤツはいない。
いないはずだが、ひょっとしたら、、、。まさかあの男が。
オレは温もりきらない体で飛び起きた。
ドアをあけたときよっぽど険悪な顔をしていたのだろう、訪問者は一瞬ぎょっとした表情をした。


「あ~、どうかね茶でも飲まんかね」
ポットと急須を持ってつっ立っているのは大家のオヤジだ。
オレはあっけにとられた。
なんだこのオヤジ。
「ひとりで飲んでもつまらんのでね」
と言って勝手に湯のみを取り出し茶を入れ始めた。
二人分をいれ終わると特にオレにすすめるでもなくずずずと飲み始める。
はぁ~と息を吐く。
いかにも美味そうだ。
つられてオレも飲んだあと思わずオヤジと同じようなことをしそうになって焦った。
こんなに、熱い茶なんてものが美味いとは思わなかった。
オヤジはそんなオレを目を細めて見ている。
「なんだよ」
「いや、なんでも」
オヤジはまた目を細めた。
いったいどういう風の吹きまわしだろう。
普段ほとんど会話らしい会話はしたことがない。
昼間でもぶらぶらしているオレを見てもなにを言うでもなかった。
窓から入ってくる冬の陽射しに男の横顔が照らし出された。
不意にオレはこのオヤジになにもかもぶちまけてしまいたい気持にかられた。
話したからってなにがどう変わるわけでもない、神崎相手にこのオヤジになにができるでもない。
だが、オレは話をきいてもらうだけでいいと思った。

「おっさん」とオレは声をかけた。
「独りなのか?」
クチをついて出た言葉は自分でも意外なものだった。
「いやそのぉ、奥さんとか子供とかさ、いないの?」


「いたが、、」
女房の腹に子供がいたとき事故にあってふたりとも死んだとオヤジは言った。
オレはその返事に言葉を失った。
「気にするな」とオヤジは微笑んだ。
「生きていたらアンタと同じくらいだ」
と言ってまた茶をすすったあと、「あんまりムチャをするな」とぼそっと言った。
「なんだよ」
「タカヤが心配している」
あいつ、大家になにか言ったのか。
「なにも言わんさ、ただ正直だからなあのコは、すぐわかる」
「アンタがヤバイことになっていると思っているらしい」とオヤジは続けた。
「オレは勤労学生にとって非常によろしくない影響を与えるやっかいなヤツってことだな。ま、実際ロクなことはしてないからな」
「ロクでもないのか?」
「あぁ、オレはロクデナシだ、最低だよ」
ほんとにそうだ。言葉にしてすっきりした。
「近いうちに出ていくよ。ここももうすぐ清く正しいところになるぜ」
「悪ぶるのはよせ」とオヤジが言った。
「アンタは最低じゃない」
「なにも知らないくせにわかったこと言うなよ」
「アンタはヤバイことに足をつっこんだとしても、自分はともかく他人を地獄に落とすようなことはしないな」
と言ってまた目を細めた。
「損な性分だな。だがわたしは好きだ」


オレはこの下宿を出ていこうと決めた。
このオヤジなら大丈夫だ。
タカヤを守ってくれるだろう。
オレは最低なことをしているが、それから逃げるために他人を地獄には落としてはいない。
それは自分でもずっといいきかせていた。
態のいい言い訳かもしれないと思っていたがこの大家もそう言ってくれた。
それで充分だ。

オレのような人間を好きだと言った酔狂なヤツはこの街に来て二人目だ。
一人目はタカヤだった。
警察にオレの身柄を引き取りにきたとき、「オマエは意外にケンカの仕方がヘタクソだな~」と呆れていた。
「勝てない相手にまともに向かっていく。大馬鹿野郎だ」と言った。
「じゃ、そんなヤツにつきあうお人よしのオマエはなんなんだ」と言ってやると、
「オレはオマエみたいなバカが好きなんだ」とタカヤは笑った。


                                        ☆

下宿から姿を消した後、知り合いのアパートや安ホテルを転々とした。
場末の映画館の掃除という「まっとうな」仕事にありついて1週間経った頃、例のチビ・デカコンビに出会った。
「テツトぉ!テツトぉ!こんなとこでなにしてんだよ」
「オマエ、やばいんじゃないのかぁ?」
まったく相変わらずうるさいヤツらだ。
「オレはもうあの下宿とはきっぱり縁を切ったんだからオレの後にくっついてきてもナンにも得することはないぞ」
「ソレだよ、どうしてあそこから出ていったんだ?あそこに居れば安全なのによ」
デカいのが自分のことのように青くなって言った。

神崎の呼び出しをオレは蹴って「予約」をすっぽかした。
面目丸潰れの神崎は必死になってオレを捕まえにくるだろう。
「それなのにこんなところをウロウロしててよ、まずいよ」
チビが言った。
色が黒くてまるで中学の野球部で補欠をやってるようなヤツだなとオレは思った。
「神崎はヤバイよ、テツト」
デカイのが言った。
「一見紳士風だが蛇みたいなヤツだ。執念深い。とっととこの街から離れたほうがいいぜ」
「筋肉だけのの~たりんかと思ったら分析力はけっこうあるな」
オレが言うと「心配してるんじゃないかマジメに聞けよ!」と真顔で怒ったので驚いた。
「悪かった」
オレは素直に謝った。
神崎は相当な有名人らしい。
「じゃ、オレがなにをしてたか知ってるってわけだ」
そういうとデカイのは間髪を入れず「し、し、知らねぇ!」と言った。
顔が少し赤くなっている。
オレは笑った。
「そ、そんなことはどうでもいい。あの神崎にタテついたヤツはアンタが初めてだろ。すごいよ」
デカイのはそう言ったあとで「でもバカだ」と付け加えた。
またかよ。
と、オレが苦笑するとチビがいきなりひゃ~!と大きな声を出した。
気がつくとチビの体が宙に浮いていた。
信じられないほどばかでっかい男がチビの襟首を持ち上げ左右に振っている。
オレたちはたっぷり5秒間ほどクチをぽかんと開けていたが
「アキヒロ~!!」とオレの隣の男は相棒の名前を叫んだ。
その時それに合わせたかのようにばかでっかい男の後ろからふわりと忘れもしない顔が現れた。

「よぉ、久しぶりだな」
と神崎は言った。


つづく




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