ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

その5

真冬のすばる
(その5)


「オマエはほんとにこういうヤツらといっしょに居るときは無防備だな」と神崎は笑いを堪えるように言った。
「オレの読みは当たったってわけだ」
アキヒロは空中で足をバタバタさせている。
「タカヒロ~!」とチビは相棒の名前を呼んだ。
「助けてくれよ~!テツトぉ!」
「オレに用があるんだろ、ソイツを離せよ」
オレが言うと神崎は巨漢に目配せをした。
アキヒロは地上には降ろされたが開放はされなかった。
「4番バッターがいなくなったんで代打を出さなきゃならないんだ。こっちも大変なんだぜ」
神崎はオレを睨んで言った。
「こいつは4番の器じゃないが、さしずめ1番ショートってタイプだな。こういうのも人気があるんだ」
そういうことか、迂闊だった。
「トレード成立ってことでどうだい、監督さんよ」
神崎はタカヒロの方を向いて言った。
「テツト・・・・」
タカヒロはオレを見た。
そして小さな声で言った。
「アキヒロを助けてやってくれよ」


「バッターボックスにまた立ちゃいいんだろ」
オレは男に近づきながら言った。
「だいたいリトルリーグに手を出すなんてアンタもセコイぜ、神崎さんよ」
「オマエはハナシもシャレもわかるヤツだなぁ。そういうとこが好きだぜ」
神崎はくちびるを歪ませた。どうやら笑ったらしい。
後ろにはピカピカの外車が横付けされている。
「もうおふらんすとかイタリア料理ってのは飽きたぜ。もっと趣向をこらしてくれよ。オレはチームの花形らしいからよ」
そういうと神崎はオレの耳元で「もちろんさ。オレをコケにしてくれたぶんもたっぷりお返しさせてもらう。もう逃げる気がおきないくらいにな」
と言ってニヤリと笑った。
蛇の笑いだ。
「その前にチビを離せ」
神崎は巨漢にまた目配せをするとそいつはどんとチビの背中を押した。
アキヒロはよろめきつんのめった。
タカヒロがあわてて抱きかかえる。
オレが外車に乗りこもうとするとタカヒロが「テツト!!」と叫んだ。
オレが振りかえるとタカヒロの顔が歪んだ。
なにか言おうとしたが言葉は出ずタカヒロは目を伏せた。
オマエが悪いわけじゃない。そんな顔をしないでくれ。
オレは自分の迂闊さを恨んだ。


                ☆

神崎が笑っている。
体中に激痛が走って、神崎の笑い顔が歪んで見える。
歪みながらも神崎は笑い続ける。
その顔が別の人間に変わった。
ロープを持っている。オレが逃げようとすると後から違うヤツに羽交い締めされた。
ロープが両手首に撒き付けられる。
「やめろ~っ!」
と叫んで目が覚めた。

「あ、気がついたみたいだ」
「よかった熱も少し下がったみたいだし」
聞き覚えのある声だ。
「テツト大丈夫か?」
タカヒロだ。
「ここはどこだ?」
「オレらのヤサだよ」
とチビが答えた。
「汚ねぇところだな。掃除しろ」
ふたりは苦笑した。
「まったくこんなひでぇ状態なのによくそんな減らず口がたたけるな」
タカヒロが心底呆れたように言った。
「2日間、熱が下がらなくて心配したんだぜ、ほんとに」
チビのアキヒロがオレの顔を覗きこむ。
「それでなんでオレはここに居るんだ?」
「なんだ覚えてないのか?血だらけになってふらふら歩いてるオマエをマッポがしょっぴいてさ、たまたまそこにオレらがいて」
「なんでサツにオマエらがいたんだよ」
「え?あ、いや、あの、、ちょっと悪さしてよ」
「へへへ」とふたりは笑った。

しかし、それは違っていた。
悪さをして捕まったわけではなかった。
アレからコイツラはバカ正直に警察へ通報したのだった。
しかし、ちんぴらがなにを言ったって取り合うわけがない。
ふたりは必死になって神崎がどういうヤツかオレがどんな目にあおうとしているか説明したが、鼻であしらわれた。
それでも食い下がっているところへオレが担ぎ込まれたのだった。
警察はオレの身元と引き取り手がいっぺんにわかりラッキーだと言わんばかりに「さぁ連れて帰れ」と二人に言った。
「ちょっと待ってくださいよ」タカヒロが抗議した。
「ちゃんと事情を聞いてくださいよ。なにがあったか」
すると警官はじろっとタカヒロを見て言った。
「聞いてもいいがな。やぶ蛇じゃないのか?反対にコイツの手が後ろに回るんじゃないのか?」
警官はへへとコバカにしたように笑った。
その言葉にタカヒロは引き下がらずを得なかった。

「くそ~~~~っ!」
タカヒロは急に大声で叫んだ。
「なんだよ、びっくりするじゃねぇか」
「だってよ、テツト悔しいじゃないか、くそ~~っ!」
「タカヒロ、病人の前で興奮するとまずいぜ」
チビの言葉にタカヒロは少し冷静になった。
「あ、すまねぇ、それでもオマエ大したヤツだよなぁ。こんな体で神崎をぼろぼろにしてさ」
「あ~?」
「なんだ全然覚えてないのか?オマエ神崎のあばら骨を全部折ったんだぜ」

               ☆


思い出した。
オレの両手首にはロープで縛られた跡がくっきり残っている。
タカヒロとチビは見て見ぬふりをしていた。
オレはフラッッシュバックのようにアノ時のことがよみがえり吐き気がした。
客は高名な医者だという。
そのあと神崎が現れてあとはこちらにお任せを、、などと言っていた。
オレと神崎は二人きりになった。
用心棒の巨漢の姿はなかった。
「脳みそは多くなさそうだがあれでもいちおう気をきかせたのか」とオレがと言うと神崎はロープをほどきながら
「こういうときでもジョークを忘れないとこが好きだぜ」とオレに顔を近づけた。
「オレにタテつかなかったから普通のヤツを紹介するのに、かわいそうにな」とオレの手首を撫でた。
オレの手を自由にしたのがまずかったな、神崎。
オレは思いっきりヤツの顔を張り倒した。
すっかり油断していた神崎は思いもかけない反撃に怒るより先にあっけにとられていた。
オレは神崎の体を何度も蹴り上げた。
鈍い音がする。骨が砕ける音だ。
神崎はやっとうめき声をあげた。
「オレは絶対オマエにはヤラレない。オマエだけにはな。わかったか」
最後に腹を思いきり蹴り上げた。
神崎は返事ができない。クチからは言葉より血溜まりが吹き出た。
オマエにヤラレるくらいならまだおやじのほうがよっぽどマシだ。
そして外に出たところで記憶はとぎれた。。

気がついたらこの部屋だった。

「あの後の処理で神崎んとこはそうとうドタバタしたらしいぜ」
タカヒロが言った。
「もともと上のほうはオマエにそんなに執着してなかったんだ。金のためと割り切って仕事するヤツはけっこう多い。オマエひとりをしゃかりきになって
追っかけてる神崎はかなり浮いてた。上は正直頭を痛めてたらしい」
「それでも」とこんどはチビが言った。
「神崎はいんてりげんちゃんのヤクザだからよぉ、切るわけにいかない。アイツが来てからあそこはめきめきトウカクを現したんだ」
「オマエらジョウホウツウだな」
オレが言うと、ふたりは素直に喜びにまっと笑った。


                                               ☆

夜になるとぐっと冷え込む。
小さなあんかひとつだけの布団にオレたち3人はもぐりこんでいる。
タカヒロとチビは自分たちの毛布をオレに提供したために抱き合うようにくっついて眠っている。
まるで兄弟のようだ。
オレはタカヤを思い出した。
最後の夜、銭湯に行って子供のようにふざけあった。
あれはずいぶん昔のような気がする。
オレとタカヤはもう月と地球ぐらい離れてしまったような気がした。
窓から青白い光りがもれる。
月も地球の役に立っているのだろうか。
こんな淡い光でも役にたっているのだろうか。
太陽のようになれないヤツは夜にうごめくしかないのだろうか。
こんな冬の誰も見上げてもらえない月でも誰かの役にたっているのだろうか。
オレはほっとため息をついた。

「眠れないのか?」
タカヒロが言った。
「なんだ起きてたのか、オマエも眠れないのか?」
「テツト」
タカヒロはやけに神妙な声で言った。
「神崎が退院しないうちにこの街から出たほうがいい」
チビがむにゃむにゃと寝言を言った。
「アンタさぁ」とタカヒロは続ける。
「オレらが借金の取り立てにいってアンタをぼこぼこにしたとき、アンタ、全然抵抗しなかったよな。オレらぐらいアンタならひとヒネリなのによ」
「なにを言い出すかと思ったらそんなことか」
「あれでオレらメンツがたったんだ」
でもさぁ・・とタカヒロは言った。
「アンタちょっと優しすぎないか?」
オレは思いもしなかった言葉に驚いた。
「このままここにいたらアンタはどんどん傷ついてぼろぼろになっちまうよ。心配なんだ」
オレはうろたえた。
「ば、ばかやろー!」
と怒鳴って布団にもぐりこんだ。


タカヒロが寝息をたてたのを見届けてオレはそっと部屋を抜け出した。
神崎のことをサツにチクってこいつらはヤバイことになるかもしれない。
オレは大家に電話をかけた。
「・・・ってことでさ、あいつらのボスはおっさんの知り合いらしいんでよろしく頼むよ」
「おい、テツト、今どこにいるんだ?おい!・・・・」
オレはガチャンと受話器を置いた。
そうしないとよけいな事を言いそうだった。

公衆電話のボックスの中にオレは座りこんだ。
外では強い風が枯葉を巻き上げている。
空を見上げると満天の星だった。

            ☆                    


返事の返ってこない受話器を置いて窓の外を見上げると満天の星だった。

青白く見えるのはすばるだろうか。
生まれたての星の集団だときいたことがある。
広大な宇宙のなかでそれはたよりなさげに見えた。
わたしは今電話をかけてきたテツトのようだと思った。


つづく



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