ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

その6(9/1UP)

真冬のすばる
(その6)


いつものように映画館の掃除を終えて日当を受け取って外に出ると、タカヒロとチビが憮然とした表情で立っていた。
「なんで黙って消えたんだよ」
「悪かったな」オレはへへっと笑ってみた。
「それだけかよ」タカヒロはオレの笑いに反応しなかった。。
「心配したんだぞ、体だってまだまともじゃないのに」
オレはなにも言えなくなった。
「あのままいたら迷惑かけると思ったんだろ。アンタほんとにバカだ」
タカヒロは怒っているのになんだかひどく悲しそうだった。
チビが「傷は大丈夫か?」ときいた。
「あぁ」
これ以上いるとヤバクなるのでオレはこの場を早く去りたかった。


「探してたんだ、早いとこ知らせようと思って」とタカヒロが言った。
「なんだ?」
「神崎が退院するんだ」
「え?」
まだあれから2週間も経ってない。オレはあいつに相当なダメージを与えたはずなのに早すぎる。
「そうなんだ、もうあいつはおかしくなってる」
上が引きとめるのもきかずアンタを捕まえて二度と逆らえないようにしてやると興奮して毎日暴れてる。
病院のほうも愛想をつかしたみたいだ。とタカヒロは言う。
「もうあいつはダメだよ。でもそれだけ危ない。もうプライドもなにもない。アンタへの復讐で頭がいっぱいだ。」
「テツト、逃げたほうがいいよ」チビが言った。
「それで、、、、」とタカヒロはくちごもった。
「なんだ」
「あの、、オレら、、」
「なんだよ、はっきり言えよ」
「田舎に帰るんだ」チビが答えた。
そうか。
「怒らないのか?」とタカヒロが言った。
「あぁ?」
「だって、オレら逃げるんだぜ。警察に神崎のことチクって正直恐かったんだ」
「なんだかアンタを裏切るようでさ」
タカヒロはうつむいた。
チビのアキヒロは首をすくめた。

「オマエらのようなヤツは!」とオレは怒鳴った。
ふたりはびくっとした顔になり一歩あとずさった。
「ごめんよ」
タカヒロは蚊の鳴くような声でいった。
「オマエらのようなヤツ!」と言って胸がつまった。
「に会えてよかった」

その言葉にふたりは顔を上げたがポカンとしていた。
そしてその直後なんだかくしゃくしゃっとした顔になった。


「よかったな、ほんとに。しかしよく組が許したな」
「そうなんだ」タカヒロはちょっと首を傾げて言った。
「決心したけど上に切り出すのは恐かった。びびったよ、マジで」
「でもそれがさぁ、ボスは簡単にもうおまえらに用はない、勝手にしろって言ったんだ」
チビがまだ不思議そうな顔で言った。
「オレらロクな働きをしなかったからかなぁ」
いや。足を洗いたいんです、はいそうですか、なんてそんな甘い世界じゃないだろう。
大家のオヤジだ。ちゃんと話しをつけてくれたんだ。
「テツト、オマエも姿を隠せよ」
「なんならオレらといっしょにこないか?」チビがいいアイデアだと言わんばかりに大きな声を出した。
「オマエらと田舎で地道に暮らすのかぁ?性に合わねぇなぁ。オレはほら、オマエらより男前だしよ都会的だろ?」
はははと笑ってオレはお断りした。
「笑い事じゃないよ、神崎が出てきたら、絶対どんなことをしてもオマエを見つけ出そうとするぞ、もうなりふりかまわずだ」
タカヒロはオレの冗談に取り合わず真顔で言った。

そうだろう。だからおれはこの街を出られない。
姿を隠したオレをおびき出すのにあらゆる手を使うだろう。
なにをすれば、、いや、誰をどうすれば一番効果的かアイツは知ってる。
そんなことは絶対させない。


「元気でな」
オレが別れの挨拶をしてもふたりは返してこなかった。
「テツト、死ぬなよ」タカヒロが言う。
「死ぬもんか」
と言って笑うとふたりは手をさし出してきた。
タカヒロの手は大きかった。
チビの手は小さかった。

「じゃぁな」
と言っておれはきびすを返した。
これ以上ふたりの顔を見ていられない。
たぶん今振り向いたら、ふたりはきっと手を振っているにちがいない。


               ☆


タカヒロに「使ってくれよ」と言って渡された合鍵で部屋に入った。
ここの大家は金さえ入れてくれれば住人の素性にアレコレ言わない人間らしい。
しかし汚い部屋だ。
3人でもぐりこんだ布団とちいさなあんかが残っている。
餞別か?
オレはひとりでくすっと笑った。

神崎が退院したらしいという噂は裏の世界ではあっという間にひろまった。
組のほうは勝手にしろという態度らしい。
満身創痍で顔だけは鬼気迫っている神崎は半分笑い者らしいが、それだけにぞっとするモノがある。
オレは覚悟を決めていたが現れる気配はまだなかった。
毎日真夜中に場末のポルノ上映館の掃除をし、太陽が昇る頃せんべいふとんにくるまって眠り、一般庶民が晩メシを食う時間に起きる。
久しぶりに以前バイトをしていた居酒屋のある通りを歩いてみた。
懐かしい、、と立ち止まる自分に少しとまどった。


その時。


見間違いかと思った。
目の前をタカヤが歩いていた。


つづく



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