ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

その10(9/18UP)

真冬のすばる
(その10)


気がついたときはヤケに消毒くさい部屋にいた。
まるで昔の小学校の保健室のようだ。
そこの固いベッドにオレは寝ている。
らしい。
「気がついた?」
タカヤの声がした。
「救急車で運ぶことができなかったんだ、ほらいろいろヤバイからね」
「ここはどこだ?」
「オヤジさんの息がかかった医者なんだって」
なんだと?
「オヤジの息がかかった医者なんてヤバイじゃねえか、どうせもぐりだろ。おれは麻酔もなしで手術されるんだ。出ていくぞ」
「テツト!」
「止めるな!」
「もう手術は終わったんだよ」
「あ?」
オヤジが入ってきた。
「心配するな、腕は確かだ。弾は貫通してたし手術は簡単だった。すぐに退院できる」
力が抜けた。
「だが2~3日は入院する必要がある」
「オレが付き添うよ、りんご食べる?テツト」
タカヤは皮をむき始めた。
オマエはオレの女房か。
「神崎はどうしたんだ?」オレは聞いた。
正確には「神崎の死体はどうした?」だ。
「あの映画館の館主に任せてある」とオヤジは言った。
「そいつもオヤジさんの息がかかってるのか?」
「あぁ」
たいしたもんだ。
「ここに運んだのもそうなんだ」
タカヤがわくわくしたように言う。
「運びたいもんがある、手配してくれ。その一言でお兄さんたちが来たよ」
完全にオヤジを尊敬のまなざしだ。

「テツト」
とタカヤが言った。
「なんで相談してくれなかったんだ?」
「なんの話だ」
「どうして全部自分でひっかぶるんだ。どうしていつも自分が犠牲になるんだ?オレじゃダメだったのか?」
「質問は一個づつにしてくれ、オレは頭が悪いんだ」
「茶化すなよ」タカヤはふくれた。
コイツはいつもふくれる。
「わかったよ。最初の質問の答えだ。オレはええかっこしいなんだ。二つ目の答え、アレは犠牲じゃない。オレ自身のの問題だ。
三つ目の答え、オマエじゃだめだ」
最後の答えをきいたときタカヤはくちびるを噛んだ。
「オマエにはあんな仕事は向かない。オマエは教師になるんだ。ひとには適材適所ってやつがある」
「違うよ。まじめに答えろよ。オレはオマエの力になれなかったのかってことだ」
「なったさ」
オレは言った。
(なったさ、タカヤ)
「オマエのおかげでほんもののヤクザにならずに済んだ。組にとりこまれた方が楽かもしれないが、そこで人を地獄におとして
ウマイ汁を吸うなんてクズにならずに済んだ。オレはオマエに軽蔑されたくなかった」
だが、とオレは思った。
実際やってたことはクズのすることだったかもしれない。
ただ、タカヤを売ることだけはしなかった。それがオレの最後の砦だった。

「またあの下宿でいっしょに暮らそう」タカヤは言った。
オレは目を伏せた。
もうそんなことはできないと思ってた。
神崎から逃げ出して捕まってまた逃げてぼろぼろになった宿無しの体をタカヒロの安アパートに横たえたとき、
もう完全にタカヤとは別の世界にきてしまったと思った。
もう帰れない。

だが、神崎は死んだ。


「タカヤ」オレは言った。
「なに?」
「オマエ恐くなかったのか。足を撃ちぬかれるかもしれなかったのに」
「うん、恐くなかった」
「オマエ、勇気があるな」
「違うよ、勇気なんかない。そんなものとはまったく別のものだ。テツト、オマエならわかるはずだよ」
オレはなにも言えなくなり鼻の奥がつんとしてきた。
だからタカヤに背を向けベッドにもぐりこんだ。
「テツト?」
「疲れた。もう寝る」
「じゃ、オレもここで寝るよ」
「いらねえよ付き添いなんて。オレはガキじゃねえ」
「わかったよ」
タカヤはくすっと笑ったようだった。

ドアを出る前タカヤは言った。
「あの部屋に帰ろう。あの居酒屋でまたいっしょにバイトしよう。テツト、オマエならこれからなんだってやり直せるさ」


オレは鼻水を枕で拭いた。
ばかやろう。

つづく




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