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加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

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June 12, 2019
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ドナルド・キーンさんの最後のご本、「オペラへようこそ!」を読みました。亡くなられた後の御出版。英語で語られたのを中矢一義先生が日本語にされたそうです。
 素晴らしいご本。売れているらしい。読まれているらしい。オペラ好きにとってはどんどん読まれてほしい、売れてほしい本です。
 なぜかって、オペラを愛する「幸せ」が、ぎっしり詰まっている本だから、です。キーンさんにとってオペラを愛するということは「幸運」以外の何物でもない、と。そう言い切れるのって、実はなかなか難しいのではないでしょうか。私など、オペラがあって幸せな人生だというのはもちろんなのですが、世間一般からみたら変わり者だよね、という思いはどこかにあります。それで全然構わないのですが、キーンさんのように、迷いなく「堂々と溺れる」のはつくづくすごいと思う。しかも聴き方が深いです。さすが。
 
 オペラとの出会い、オペラにまつわるきままなエッセイ、オペラと日本古典芸能との関係、作品論、歌手論、などからなっていますが、どの章もそれぞれ読み応えがあります。エッセイの章では、「初めて見るなら「カルメン」」、「最初に精通した「フィガロの結婚」は最高傑作」、など、初心者にも参考になる部分もあちこちにあります。
 
 作品論では11作品、歌手論では8人を取り上げていますが、感じ入ったのはとくに歌手に関する表現。カラスはもちろん、フラグスタート、シヴァルツコプフ、ニルソンなど伝説の歌手を、それもいい時に聴いていらっしゃるのですが、彼らの「声」の表現が絶妙なのです。ご自身が歌われる訳ではない、つまり専門的に声楽を学ばれているとかそういうわけではないと思うのですが、(もし間違っていたらすみません)、そういう方が語る「声」の魅力が、すごくわかりやすく、イマジネーションをそそってくれるものでした。
 たとえばキルステン・フラグスタートについてはこうです。
「ヴァーグナーのオペラで、オーケストラが最大限の力を振り絞って熱演しているときでも、その上を飛翔してくるフラグスタートの声には、甘美さを感じとることができました。稀有なソプラノでした。外見からいえば、彼女より魅力的なソプラノはいたかもしれません、しかしヴァーグナーのオペラにおいては、フラグスタートの声の魅惑に匹敵するものを備えた歌手は、一人たりとも存在していませんでした」。
 この文章を読んだら、どうにもこうにもフラグスタートのヴァーグナーを聴きたくなるのではないでしょうか。私はそうでした。
 男性歌手で、キーンさんが「最高」だと太鼓判を押す、エツィオ・ピンツィア。不勉強で名前しか知りませんでしたが、これもこの表現を読んだら聴きたくなります。
 「ピンツィアの声の特徴を述べるのは簡単ではありません。演ずる役に応じて声を変えていたからです。しかし、どの役を歌っても、力にあふれていても、決して荒さはみせず、きわめて柔軟性に富み、声域全体にわたって均質を誇る声だったという点では、共通していました。ピンツィアは、ことばに誇張を伴わない彩を添える能力をそなえていて、いかなる楽句にも、その中心となる意味が確実に伝わるように配慮していました」。
 ことばと「声」の関係が眼に浮かぶようです。中矢先生の訳も絶妙なのだと思いますが。
 
 作品編では、11作中6作がヴェルディのオペラ。「エルナーニ」や「シモン・ボッカネグラ」といったマイナー作品があるのも嬉しい。キーン先生、以前はヴェルディ協会でも何度も講演をしてくださったようで、いつも大盛況だったよう。聴けなかったのがくやしくてたまりません。。。
 「仮面舞踏会」がシェイクスピア的、というのもなるほどでしたが(悲劇だがユーモアがある)、一番膝を打ってしまったのは、「「トロヴァトーレ」ほど楽しいオペラはない」という、「トロヴァトーレ」の章の書き出しです。まさにまさに!「この悲劇を見て、涙を流したことがありません」「オペラが終わってみると、マンリーコに関して、楽しい思い出(!)ばかりが残っているのです」…あんなに人が死んでばかりいるオペラで「楽しい思い出』が残る!なるほど。
 いやまさに、同じようなことを、私自身最初の著書「今夜はオペラ!」で書いたのでした。「「トロヴァトーレ」くらい、読むと聴くとでは大違いのオペラはない」というようなことですね。でも、「こんなに楽しいオペラはない」という書き方は思いつかなかったなあ。さすがです。

 ちなみに、最晩年のキーン先生のベスト10オペラは以下です。

1「ドン・カルロス」
2「トラヴィアータ」
3「神々の黄昏」
4「カルメン」
5「フィガロの結婚」
6「セビーリャの理髪師」
7「マリーア・ストゥアルダ」
8「湖上の美人」
9「エヴゲーニイ・オネーギン」
10「連隊の娘」

 晩年は、ヴェルディや「フィガロ」「カルメン」に加えて、ベルカントにかなり魅せられていたご様子ですね。

 ご本の詳細はこちら。

 https://www.amazon.co.jp/ドナルド・キーンのオペラへようこそ-われらが人生の歓び-ドナルド・キーン/dp/4163910077






最終更新日  June 12, 2019 01:06:18 AM
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June 9, 2019
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METライブビューイング、今シーズン最後の演目は、プーランクの「カルメル会修道女の対話」です。
 あまりなじみのない演目で、ライブビューイングではもちろん初めて。初日の夜に行きましたが、思ったより客席は埋まっていました。ふだんより男性率が高かったような気がします。一部のオペラファンにはそれなりに知られている気もするので、それもあるのかもしれません。

 いやはや、すごいオペラだ、と改めて思いました。

 私は生では1度しか見ていないのですが(藤原歌劇団の公演)、むしろこのオペラが凄いと思ったのは、その後いくつかの映像を見比べているうちに、でしょうか。このオペラが初演されたスカラ座でムーティが指揮した映像なども(カーセン演出)、音楽の鮮やかさを伝えて印象的です。

 「カルメル会」というオペラは、史実をベースにしています。フランス革命の終盤、恐怖政治のもとで宗教も迫害され、修道院に解散令が出されるなか、信仰を守って殉教したカルメル会の修道女たちの物語。そのなかでギロチンを逃れたひとりの修道女の手記がベースです。彼女たちは20世紀に「福者」に認定されました。
 手記はその後、ル・フォール、ベルナノス、そしてプーランクにより、小説や映画のシナリオ、そしてオペラになったのです。詳しくは拙著「オペラでわかるヨーロッパ史」をご覧いただければ幸いです。
 
 オペラでわかるヨーロッパ史オペラでわかるヨーロッパ史

 どの物語もほぼ史実通りですが、さきがけとなったル・フォールの小説における大きな変更は、架空の女性ブランシュの創造です。それはほとんどル・フォールの分身のような存在。おびえやすくてはかなくて、殉教の誓いをきいて逃げ出してしまう。ル・フォールの小説ではブランシュは殴り殺されますが、ベルナノスのシナリオ、そしてプーランクのオペラでは、恐怖を克服して断頭台に上がります。彼女が恐怖を克服できたのは、死の際して断末魔の苦しみをさらした修道院長が、ブランシュの「恐怖」を肩代わりしてくれたから、という経緯があり、ここはこのオペラのスピリチュアルなハイライトであるように思います。そう、このオペラで重要なのなは、「人間の目に見えない」部分が大きなテーマになっていることではないかと思う(歌手たちもインタビューで「スピリテュアルな作品」と言っていました)。そういう点で、やはり宗教的な色あいの濃い作品だと思います。神秘的な部分があるといってもいいかもしれない。

 フランスオペラには、宗教色の濃い作品がときどきあります。19世紀ならグノーの「ファウスト」もそうですし、20世紀にはいると先般日本初演されたばかりのメシアン「アッシジの聖フランチェスコ」という大作がある。またオペラではなくオラトリオではありますが、オネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」も、やはり「聖女」ジャンヌ」を考えずには聴けない音楽です。「カルメル会」がフランス人でカトリックであるプーランクの手で生まれたのも、必然ではあったのでしょう。最初、題材を提示された時には、地味な物語だと迷ったそうですが、作曲を始めてからはのめりこんだようです。
 
 今回の指揮をとったMET音楽監督ネセ=セガンは、幕間のインタビューで、このオペラの音楽を「壮麗」、そして「修道院の柱のよう」だと表現していました。後者はなるほど納得でした。彼はまた「退屈しがち」な音楽だというようなことも言っていましたが、とんでもない!彼の手にかかると、どの音も明瞭で、意味を持って立ち上がってきます。人物のその場の感情をに沿って、めまぐるしく移り変わる。だからドラマが、心の葛藤がシリアスに迫ってきます。しかもすみずみまで美しい!たとえていえば、細かいレリーフが織り込まれた厚みのあるタペストリーのよう。それが織り上げられていく「壮麗」さ。「ブランシュの動機」「殉教の動機」などが織り込まれ、ところどころに織り込まれた聖歌の旋律や、宗教音楽につきものの対位法がキラリと光りを放ちます。最後の、修道女たちが断頭台に消えていくところで歌われる「サルヴェ・レジナ」は衝撃的ですが、それ以上に浄化されるのは、最後の最後でブランシュが歌う「来れ、聖霊よ」。そして群衆たちのうめき声。天上に上っていく「ブランシュの動機」。息を飲み、引き込まれっ放し、あっという間の3時間でした。

 歌手たちもみな熱演。ブランシュ役のイザベル・レナードの凜とした深い声、コンスタンス役のエリン・モーリーの明るく清冽な声は、それぞれブランシュ、コンスタンスのキャラクターにぴったり。インタビューによれば、2人は音楽学校時代からの親友だとか。息があっているのはそのせいもあるのでしょう。いいですねえ。
 ライブビューイングはお久しぶりのベテラン、カリタ・マッティラは死を前に狂乱する修道院長を大熱演。リドワーヌ新修道院長のエイドリアン・ピエチョンカは今が旬の大ソプラノ、やわらかで格調高い声は、落ち着いたこの人物にやはりぴったりです。たくさん女声がいるのですが、みな適材適所で、さすがMETと思わされました。
 
 ジョン・デクスターの演出は、40年前からMETで上演されているとのこと。宣伝写真には、舞台上に広がる十字架型をした舞台に、うつぶせに横たわる修道女たちの姿があり、幕切れの断頭台での彼女たちかと思ったら、最初の場面でした。断頭台の場面はもっと現実的な、史実を連想させるもので、一般女性の服装をした〜多分逮捕された時そういう服装〜修道女たちが、群衆に囲まれているなかをひとりひとり舞台の奥にある(見えない)断頭台へ向かっていく、というもの。
 これ、意外に効果的だなと思ったのは、これまでは群衆が見えない舞台が多かったのですが、群衆を可視化することで、群衆が歌う合唱〜ハミングもあり〜がよくできている、ということがよくわかったことでした。
 ちなみに、十字架状をした舞台はずっとそのまま出ており、ドラマはすべてその上で演じられます。METの広い舞台を生かした、いいアイデアだと思いました。

 司会役はお久しぶり!ルネ・フレミング。さすがに当意即妙、中身のある話をどんどん引き出してくれて、興味の尽きないインタビューを楽しむことができました。

 「カルメル会修道女の対話」は木曜日まで。楽しむだけがオペラじゃない、心に深い碇を下ろしてくれるオペラもある。あるいは壮麗な音楽に浸るだけでもいい。来た甲斐があったと思わせてくれる、貴重な作品です。

https://www.shochiku.co.jp/met/METライブビューイング






最終更新日  June 9, 2019 08:49:12 AM
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June 7, 2019
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昨今、快進撃を続けているソプラノの森谷真理さん。 
 前回のブログでとりあげた二期会の「サロメ」でも、Aキャストでタイトルロールを歌い、絶賛されています(明日もう一度公演があります)。

 私が森谷さんにノックアウトされたのは2年前、三河市民オペラ「イル・トロヴァトーレ」のレオノーラ役。キラキラ輝く声、完璧なテクニック、しなやかで繊細なベルカントの響きに魅了されました。
 いろいろ歌える方ですが、ヴェルディが歌いたい、と、ご本人の口からうかがったこともあり、このたび、朝日カルチャーセンター新宿で、「ヴェルディ」をテーマにした対談講演のゲストにお招きできることになりました。
 もちろんアリアの実演も入ります。(「マクベス」「イル・トロヴァトーレ」)。
 さらに伴奏は、なんと河原忠之さんという豪華版。終了後には、森谷さんを囲んで懇親会も予定しています。

 話題のプリマの声と素顔に身近で接するチャンスです。ぜひ、お越し下さい!

 詳細は以下から。
 
森谷真理






最終更新日  June 7, 2019 10:48:43 PM
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June 6, 2019
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今日は二期会の「サロメ」。B キャスト組の初日です。
 全体的に完成度の高い舞台。演出と音楽が一体化し、いずれもレベルが高く、満足度の高い公演でした。
 ウィリー・デッカーの演出(ハンブルク州立歌劇場のプロダクション)は、ゆがんだ壁に囲まれた舞台に、斜めにゆがんだ大階段をいくつか組み合わせなシンプルなもの。ヨカナーンの牢は階段の隙間から出入りする設定です。小道具としては「月」に見立てた銀盆〜もちろんあとでヨカナーンの首を載せるもの〜が活躍していました。大階段を駆け回らなければならない歌手は大変ですが、余計なものがなく、急勾配の階段で繰り広げられる演技に人間関係の複雑さが織り込まれて、観客としては見やすい舞台でした。衣装もごくシンプルで、白、黒、灰色くらいしか「色」のない舞台。ヘアスタイルはヘッドスキン。飾り?らしいものといえば紙の王冠くらい。そのへんも、いかにもデッカーです。
 演技上強調されていたのは、サロメとヘロデの関係。「7つのベールの踊り」は、この2人だけの間で演じられ、サロメを追うヘロデと、まとわりつかれながら誘惑し、突き放すサロメの2人芝居。なかなかに官能的でした。そして最後は、サロメが自刃してヨカナーンの遺骸の上に倒れるというオチ。心中ですね。
 コンヴィチュニーが演出した、二期会の前回の「サロメ」は日程の関係で見られなかったのですが、あれはたしかサロメとヨカナーンが結ばれるハッピーエンドだったとかで、それよりはよほど納得のいく幕切れだったのではないかと思いました。
 ヴァイグレ指揮の読響は、やや快速なテンポで精密な音楽をつくり、一方で作品から連想されるゴージャスな響きを抑えて、紗がかかったような曇り気味の響きを作っていたのがとても美しく、舞台の雰囲気にもあっていたと思います。
 サロメ役田崎尚美さんのよく通るダイナミックな高音、ヘロデ役片寄純也さんの、日本人離れしたスピントの効いた声、ヘロディアス役清水華澄さんの芸達者ぶりと、歌手もそれぞれ聴きごたえがありました。
 プログラムも充実。新国のプログラムは以前から内容の幅広さで評判が高いですが、最近の二期会も各分野の専門家の寄稿が多くなり、読み応えあります。「サロメ」のような昔からのテーマで、いろんな芸術になってきた対象は、とくにそういう視点が不可欠でしょう。名著「名画の言い分」の著者木村泰司さん、サロメ文学の研究者大鐘敦子さんへのインタビュー、出色でした。木村さん、クラナッハの「サロメ」を紹介しつつ、「田舎殿様趣味」と言い放ったのには笑ってしまいました。






最終更新日  June 6, 2019 09:42:28 PM
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昨日はロイヤルオペラシネマシーズン「ファウスト」の試写へ。グノーの代表作で、ヒットメロディもりだくさんの大作オペラ。今年の来日公演の演目でもあります。
 見ごたえありました。ロイヤルは昨今好調なオペラハウスと言われるし、現地で見てもいつもそう思いますが、この「ファウスト」も、生で見たい!と思わせられる迫力の舞台でした。
 見たい!と思った第一の理由は、デヴィット・マクヴィカーの演出。マクヴィカー、METなどでは極めてクラシックな演出を求められているようですが、ロイヤルではもうすこし自由度が高いよう。かなり「はじけた」舞台でした。時代をおそらく作曲者のグノーと同時代、19世紀後半のパリに変え、オペラ自体がオペラ座で上演されているという設定。オペラ座の緞帳や、オペラ座の客席も舞台装置の一部です。そして全体がとてもダンサブル。キャバレーのシーンなども盛り込んで、ミュージカルのようなグランドオペラになっていました。メフィストフェレスの「金の子牛の歌」の場面も、メフィストフェレスがマルグリートを責める場面もダンサーを活用し、場面の状況を活写する。ファウストが魔女の夜会に連れて行かれる「ワルプスギスの夜」の場面で、妊娠したマルグリートや、血まみれのヴァランティンが出てくるのはやや悪趣味の感がありましたが。。。悪趣味といえば、メフィストフェレスが皆に酒を振る舞う場面で、キリストの磔刑像の脇腹の傷からワインが出てくるのもなかなかグロテスクでした。
 宗教的なものの象徴としてパイプオルガンを出していたのも、壮麗な雰囲気が加わって効果的でした。
 歌手も適材適所で高水準。いちばんノリノリだったのは、メフィストフェレス役を演じたアーウィン・シュロット。ダン・エッティンガーの小気味いい指揮に乗り、ケレン味たっぷりの演技。声にも輝かしさと色の広がりがあり、引き込まれます。
 マルグリート役はイリーナ・ルング。世界中でスタンダードな演目によく出ているリリック・ソプラノ。新国立劇場でも「椿姫」で好演しました。スクリーンで見て、改めてその正統派美女!っぷりに瞠目。金髪のマルグリート役はぴったりです。そうですね、エヴァ・メイをもうちょっと整えたような感じといったらいいでしょうか。凛とした真摯さと、女性らしい甘さが同居する声は魅力的で、美貌とあわせてひっぱりだこになるのもうなずけます。
 ファウスト役はマイケル・ファビアーノ。甘く、ややスピントの効いた声、安定していました。エッティンガーの指揮もダイナミックでリズム感に富み、数々のヒットメロディをそれぞれの個性を浮き立たせて、印象的に聴かせていました。
 「ファウスト」って、タイトルロールよりメフィストフェレスとマルグリートが目立つオペラです。乱暴にくくれば、聖と俗。善と悪。この2人の対決が、作品の要なのではないでしょうか。だからこの2人には、力のある歌手が必要。その点でも、まったく申し分ない公演でした。9月の来日公演で「ファウスト」を観劇予定の方は、予習として見て置かれるといいのではないでしょうか。あ、来日公演はファウスト役がグリゴーロだから、タイトルロールの存在感はずっと大きくなりそうです。
 「シネマシーズン」の詳細は以下で。

 ファウスト






最終更新日  June 6, 2019 09:38:36 PM
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以前このブログで告知した、英文学者の石井美樹子先生との共同講座「オペラへの招待〜シェイクスピア悲劇とオペラ」@神奈川大学エクステンションセンター、火曜日午後1時〜2時半。
 5回シリーズも4回を終えましたが、毎回、前半を担当なさる石井先生のお話がほんとうに面白く、発見に満ちていてワクワクします。
 先週の「マクベス」に引き続き、今週は「オテロ」と、2週連続のヴェルディオペラ。映像はドミンゴ&ムーティ@スカラ座と、カウフマン&パッパーノ@ロイヤルオペラ。ロイヤルの公演は現地で見て、「カウフマン再発見」となった記念すべき公演です。この9月に来日するプロダクションでもあり。ロッシーニの「オテロ」もちょっとご紹介しました。
 石井先生、「オセロー」でも、「目からウロコ」のお話しばかりで、もっともっときいていたい!
 イギリス人は黒人が嫌い、だから国民投票でEU脱退とか言っている、という話に始まり、エリザベス時代に来英したモロッコ大使がいた、それが物珍しくて大勢見物人が出た、シェイクスピアもそれを知っていたにちがいない、「オセロー」創作の背景にはそれがある、という。さらに、オセローはなぜあんな風にデズデーモナをかんたんに殺してしまったのか。それは、地中海一帯にあった「名誉殺人」という風習のせい。オセローはモーリタニア出身でーだから黒人ではなく褐色ー、孤児で、7歳で軍人になり、当時もっとも文化的な大国だったヴェネツィア共和国の将軍になった。キリスト教に改宗し、ヨーロッパ化した。そして42歳で18歳くらいの若い白人のデズデーモナと結婚する。しかしイヤーゴの奸計にひっかかり、妻を疑い始めて、ヨーロッパ化のしたから原始的な部分が出てきた。それが、ヴェネツィアではありえない「名誉殺人」の風習。「名誉殺人」とはなにか?男性は、たとえ事実がなくても、妻が不貞の噂を立てられたら、妻を殺していい。それは「名誉」に関わることだから。なのだそうです。
 この「名誉」という概念、この間ロイヤルオペラ見た「運命の力」にも共通すると感じますが、「運命の力」の舞台であるスペインも、名誉殺人の風習はあったのだそう。なるほどですね。
 そして、「オセロー」の重要なキーとなる「ハンカチ」。あれは原作では、白にイチゴの模様がある、つまり白に赤。それは、処女のしるし。シェイクスピア劇では、舞台でずっと白に赤い色のあるハンカチが舞っていたはず。つまりデズデーモナは結婚した時処女だったという暗示。つまり無実。純潔。舞台上のオセローだけがそれを知らない。観客は皆知っている…。
 ワオ。すごい「演出」ですね。
 来週は最終回の「リア王」です。これなはなかなか難物、悩ましいですが、しかし「リア王」って、まさに現代の親子の関係そのもの。そういう点でも難物です。

 今回の講座、おかげさまで好評でしたので、秋には、10−11月にかけて、「歴史とオペラ」をテーマに、再度石井先生とご一緒することになりました。先生のご専門であるテューダー朝の話が中心になると思います(ドニゼッティ「女王三部作」など)。どうぞご期待ください。






最終更新日  June 6, 2019 04:37:44 PM
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先週のことですが、所属している日本ヴェルディ協会の主催で、イタリア・オペラの分野で大活躍中の評論家香原斗志さんをお迎えし、講演会を行いました。
 テーマは「イタリアにおけるヴェルディ上演の現在」。大変興味深いテーマで、平日の夜にもかかわらず40名ほどが見えて盛況でした。
 香原さんのお話は、まずは「伝統」への疑義。いわゆる「イタリア・オペラの黄金時代」に代表される、素晴らしい立派な声で歌われることが「伝統」になってしまっているが、それは果たして楽譜に書かれている通りなのか。作曲家の意図にかなっているのか、というところから入り、昨今、批判校訂版も出版され、作品が書かれた時の形が明らかになってくると、それは今「伝統」と言われている演奏法とは違う。もともとの楽譜に書かれているのは、声をはりあげるのではなく、もっとニュアンスに富んだ、繊細な、ベルカントの技法を踏まえた歌い方だということです。
 考えてみれば当然のことで、当時活躍していた歌手たちはベッリーニやロッシーニやドニゼッティが得意だったわけで、ヴェルディももちろんそんな彼らを前提にして書いている。ヴェルディになっていきなり声が立派になるとか、声をはりあげるとか、そういうことはありえない、というわけです。
 比較対象の音源や映像も豊富で、参加者からは「大変面白かった」という声が多く出ていました(冒頭で、立派な声のデルモナコと、繊細さがまさるカウフマンのラダメスの比較、とてもわかりやすかった)。ユーモアを交えつつ、熱気あふれる香原さんのお話ぶりも好評でした。
 見せていただいた映像のなかでは、トリノの「第一次十字軍のロンバルディア人」で歌っていたアンジェラ・ミードがよかったなあ。ミードは生で聴いていないので、ぜひ機会を見つけて聞いてみたいです。
 個人的に香原さんのお話をきいていて思い出したのは、一昨年インタビューしたフランチェスコ・メーリの話。メーリは一昨年の夏にザルツブルクで、ムーティの指揮で「アイーダ」のラダメスを歌ったのですが、ムーティと楽譜を徹底的に研究した結果、とても繊細でニュアンスに富んだ歌い方になった。それは、一部の聴き手には批判された。彼らが期待していたような、立派な声をはりあげるものではなかったから。でも「楽譜通りにやったらこうなった。それが好きか嫌いかはまた別の問題」と、何度も強調していたのでした。同じことだと思います。

 この4月、トリノに、ヴァイオリニスト&指揮者のファビオ・ビオンディの取材に行った時も、同じような話が出ました。「伝統」というのが、いかにオリジナルと異なっているかという話です。食べ物がいい例だ、とビオンディは言いました。たとえばパルマの名物ハードチーズで、法律で決められた産地や製法の認定マーク、D.O.Cがついているパルミジャーノ・レッジャーノは、このチーズが生まれた時と今では味が全然ちがう!のだそうです。
  
 日本ヴェルディ協会では、このような講演会やイベントを年に5−6回開催しています。会員は無料です(年会費は一般会員で1万円です)。終了後はほぼ毎回、講師を囲んで懇親会を行っています。オペラ好きの方、ぜひご入会ください。ヴェルディアン以外も大歓迎です。楽しいですよ〜。

日本ヴェルディ協会






最終更新日  June 6, 2019 04:28:48 PM
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May 29, 2019
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この3月、ロンドンのロイヤルオペラで、今シーズン随一の話題公演となった「運命の力」がプレミエを迎えました。カウフマン、ネトレプコ、テジエ、フルラネットら豪華スターにパッパーノの指揮で、前評判も上々。

 現在、「ロイヤルオペラシネマシーズン」として、映画館で上映中ですが(といっても明日までです。。。前日のアップですみません)、3月には現地公演を観ることができました。
 その時の感想は公演レポートとしてアップされています。

 https://spice.eplus.jp/articles/235641

 一方で、この週末に映画館で再見し、いろいろ新しい発見もありました。
 まず、ライブビューイング上映につきものの、幕間のインタビュー&解説。ロイヤルの場合、METと違って、現場で歌手や指揮者に幕間インタビューは行わないようです。歌手や指揮者のコメントや解説はあらかじめ録画。まあそのほうが、アーティストは楽ですよね。また、肝心なことがじっくりきける、という利点もあります。
 圧巻は、指揮したパッパーノがピアノを弾きながら行う音楽解説。テーマの変形、オーケストレーションの雄弁さなどを手を替え品を替えて解説。最後に「ヴェルディはとても信仰深いひとだった。そうでなければこの作品は書けない」と言い切ったのに、深くうなずいてしまいました。
 彼の指揮も実に素晴らしいもの。雄大な旋律がある一方で、登場人物の気分や状況がどんどん移り変わっていくようすが音楽にこれほど明確に、くっきり刻まれていることを教えてくれた「運命の力」の演奏は初めてです。「運命の力」って、だれてしまうことがしばしばあり、つまりそれは作品に欠陥があるからだ、というような発言も見かけたことがあるのですが、パッパーノの指揮で聴いたらそんなことを言うひとはまずいないのではないでしょうか。だれちゃうのは、この作品と格闘できる力が備わっていないからですね。つまりはたいへんな作品であり、そのすばらしさを引き出すには、音楽と言葉の深いところまで降りていかなくてはならない。パッパーノはそれができるひとだったのでしょう。
 合唱がこれほど多彩だと気付かされたのも、今回が初めてでした。
 歌手では改めてカウフマンに瞠目しました。前より胸が厚くなり、響きかたが立体的でパワフルです。現地ではテジエもカウフマンに引けをとらないと思ったのですが、やはりカウフマンのほうが「力量」という点でひとつ上かもしれない、と思い直しました。
 
 問題は尺の長さと上演の時間帯。夜間の時間帯だと19時開始で終映23時40分!。これではきたくとも来られないひとも多いでしょう。

 ところで、話は飛びますが、以前、クルレンツィスが「運命の力」をやったらあうんじゃないかと思ったのですが、改めてそう思いました。彼、スピリチュアル系ですからね。ロシアで初演された作品だし、いつかやってほしいなあ。






最終更新日  May 29, 2019 11:20:07 PM
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May 22, 2019
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久しぶりに、朝日カルチャーセンター横浜で、講座をもたせていただくことになりました。
 テーマは「名画で楽しむ名作オペラ」。取り上げる作品はオペラが「椿姫」、絵画が「オランピア」(マネ)そのほか、です。
 19世紀半ばのパリは、娼婦の街でした。フランス革命後の社会の変動に伴い、爆発的に数を増やし(「お針子」と「娼婦」は紙一重です)、パリの街の花ともなった娼婦たち。その光と闇を、オペラや絵画とともにご紹介していきます。このテーマに真っ向から取り組んだ、「椿姫」のパリ・オペラ座の演出による映像もお楽しみください。

 詳細は以下からご覧いただけます。

 朝日カルチャーセンター横浜






最終更新日  May 22, 2019 08:18:12 AM
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May 13, 2019
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METライブビューイング、今シーズンも残り2作。後半のおそらく最大の目玉である「ワルキューレ」を鑑賞してきました。新制作時に話題になったR・ルパージュの壮大なプロダクション。キャストも充実し、音楽的なバランスがとてもよく、さすがMET!と唸らせられる秀演でした。
 ルパージュのプロダクション、今回の映像ではメイキング映像で、彼の発想のスタートラインが紹介されました。演出の目玉は巨大な可動板ですが、それは原作のひとつである北欧神話「エッダ」の故郷であるアイスランドを訪れたときにひらめいたとか。プレートが交わるところにあるアイスランドの島、そこでうごめく火山や岩山…そのイメージがベースになったということです。その再現は、第2幕の岩山や、第3幕幕切れの炎に包まれる岩〜可動板がすべて上下に揃って赤に染まり、圧巻〜であざやかでした。第1幕では、可動板は基本的にフンディングの家をあらわすのですが、時に背後が明るくなって物語が影絵で説明されたり、雪が舞う冬から明るい春の景色を描いてみせたりと大活躍。巨大かつシンプルかつ変幻自在で、なるほど神話の世界にぴったりです。第3幕冒頭、有名な「ワルキューレの騎行」で、ワルキューレたちがシーソーのように動く可動板から滑り降りてくるところでは、思わず客席から歓声が沸いていました。(個人的な疑問は、ラストシーンでブリュンヒルデがさかさまになっている部分。随分長い間、さかさまで可動板にはりつけです。あれはほんものかスタントマンかプロジェクションマッピングなのか。。。。)
 歌手たちは粒ぞろい。一番注目されていたのは、今回がライブビューイングデビューだという、ブリュンヒルデ役のクリスティーン・ガーキーでしょうか。なるほど輝きと女性的な魅力に富んだ豊かな声。ぱっちりと目力のある瞳、表情もチャーミングです。ナタリー・デセイを立派にしたような感じ。この役の魅力は「10代の彼女を演じられること」という言葉の通り、「ああいえばこういう」反抗心も含めて、今まで見たなかでたぶん一番、いい意味で「お嬢っぽい」ブリュンヒルデでした。インタビューも飾り気が無く(「公演日のジンクスは特にないの。今日はパンにゆで卵を乗っけて食べてきたわ。夕食の予約もしてあるのよ!」などなど)、好感が持てます。来シーズンはオープニングで「トゥーランドット」のタイトルロールだそうですが、プライド高くわがままで、でも女性的で情にもろい、可愛いお姫様のトゥーランドットが期待できそう。楽しみです。
 ジークリンデ役のヴェストブルックは、プロダクション初演時にもこの役を歌い、それがMETデビューだったそう。以来ワーグナーにイタリアオペラのドラマティックな役柄に大活躍。今シーズンも「西部の娘」でヒロイン(カウフマンの相手役)でした。彼女が歌うジークリンデは、表情豊かな大人の女性でとても共感できます。兄で悲恋の相手ジークムント役のスケルトンは、たっぷりとした素直な声、豊かな声量、柔軟なフレージングで、ワーグナーの「声」を聴く楽しみを味あわせてくれました。フンディング役はイケメンのワーグナー・バス、グロイスベック。最近よく出ていますが、大変うまい歌手で、大成が楽しみです。ヴォータン役のグリムスリーは新国でもヴォータンを演じた歌い手ですが、スタイリッシュな声と内面的な表現の豊かさが魅力。ワーグナーに「自分の好きなシェイクスピアに近いものを感じる」と言う発言など、印象に残りました。
 個人的に一番強烈だったのは、フリッカを演じたジェイミー・バートン。強烈な存在感と輝き、深い色合いと奥行きに富んだ声と、みじんも動じない「強い女」を確信をもって演じた演技力。インタビューでも、フリッカの強いところが好き、と発言。以前「ルサルカ」のイエジババ役だったんですね。もっと聴きたい!という引き込むパワーを持った歌手でした。次は大役で聴いてみたいです。
 さて、とはいえ、やはりワーグナーの大作は指揮者が要。METには11年ぶり、まさに満を持して登場したフィリップ・ジョルダン。本拠地のパリや本家のバイロイトでもワーグナーに定評のある、旬の指揮者です。
 果たして、流れとテンポ感が抜群で、自然な流れに乗って情景と一体化していく音楽を体験することができました。千変万化する美しい自然の風景のなかを、のり心地のいいスマートな車(車にはとんと詳しくないので、車種まで指定できないのがくやしいのですが)に乗って、4時間半駆け抜けたような気分。うわーつと持って行かれるワーグナーを期待する向きにはちょっとスマートすぎるかもしれませんが、音楽の構造はよくわかります。弱音の美しさも印象的。そしてオーケストラの織物を紡いでいく「歌」、とくに弦楽器のそれが心に残りました。
 今回、カメラワークが、前回よりいちだんと細やかに歌手たちの表情や演技を追っていて、映画の利点を感じました。恋心を感じたジークフリートの手をさりげなくまさぐるジークリンデの手の表情など、客席にいたらなかなかわからないでしょう。字幕が実際の舞台より見易い場所に出るのも、映画上演の長所だと思います。舞台の両端に出る字幕だと、分量の多いワーグナーのせりふはなかなか目で追えない。音楽に浸れれればいいという考えもあるかもしれませんが、イタリア・オペラのお決まりのせりふではなく、感情や思想の深いところに降りていくワーグナーのオペラは、やはりせりふの意味がわかったほうがベターでしょう。ワーグナー初心者には、映画館でのワーグナーデビューはオススメだし、「ワルキューレ」は演目としてもぴったりなのではないでしょうか。
 案内役はデボラ・ヴォイト。一世を風靡したワーグナー・ソプラノ、前回の上演ではブリュンヒルデ役でしたし、まだまだ現役。そんな彼女がインタビュアーに回るとどうなるのか、実はちょっとはらはらでしたが、MET総裁のゲルブはじめインタビューされる歌手たちも気遣いを見せ、結果として、ヴォイトが歌った前回の上演の記憶もいろいろ呼び返されて、今回のプロダクションの内情、魅力がよくわかるインタビューになっていたのはさすがでした.
公開の詳細は以下で。

ワルキューレ






最終更新日  May 13, 2019 02:50:04 PM
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