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加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

全1617件 (1617件中 1-10件目)

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October 9, 2019
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今月開講されるモーツァルト関連の講座のお知らせです。どちらも、音楽愛好団体の主催ですが、一般の方ももちろん聴講できます。

 モーツァルトファンの集い、「モーツァルティアン・フェライン」では、テオドール・クルレンツィスとムジカエテルナによる「ダ=ポンテ三部作」について語ります。3作のCDが世界的に話題となった彼ら、この夏はペテルブルク〜ウィーン〜ルツェルンで、三作の一挙上演ツアーを敢行(演奏会形式)。幸いルツェルンでの上演を聴くことができ、その斬新さに度肝を抜かれました(Facebookに写真入りでアップしています)。「演奏会形式」を超えた演奏会形式。これからのオペラ上演の一つの形を見せられた思いでした。彼らのこれまでのモーツアルトオペラ上演の総決算だと思います。
 今回の講演では、彼らによるモーツァルト・オペラのこれまでの歩みをたどり、その新しさについてまとめてみたいと思います。詳しくは以下をご参照ください。

モーツアルティアンフェライン

「綾瀬でオペラを!の会」では、「魔笛」についてお話しします。ウィーンの写真も交えながら、この大人気オペラの魅力の秘密を探ります。

綾瀬でオペラを!の会






最終更新日  October 9, 2019 10:29:05 PM
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October 5, 2019
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秋、10月。新しい講座が続々はじまりました。

学習院さくらアカデミーでは、「オペラになった歴史のヒロイン」が今日から開講。ジャンヌ・ダルクからクレオパトラまで、歴史上の有名女性とオペラの接点を探る講座です。

学習院さくら

朝日カルチャーセンター新宿では、「椿姫」の過去と現在と題し、作品解説から解釈の変遷(歌、指揮、演出)を網羅。須藤慎吾さんをお迎えしてのレクチャーコンサートもあります。

朝日カルチャーセンター新宿


神奈川大学エクステンションセンターでは、石井美樹子先生との共同講座で「歴史とオペラ」を開講します。石井先生の名調子と、オペラの映像をお楽しみください。

神奈川大学






最終更新日  October 5, 2019 10:00:10 PM
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August 29, 2019
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新国立劇場のそして都響の監督として、大活躍の大野和士さん。今年はとくに大野さんの、日本での「オペラの年」です。これまでヨーロッパが長かったので、実は、とくに21世紀に入ってから、大野さんが指揮するオペラは、あまり日本ではやっていませんでした。大きな公演は、大野さんが指揮者をつとめている劇場(モネやリヨン)の来日公演とか、新国の「トリスタン」くらいだったのではないでしょうか。
 けれど新国立劇場の監督になられた今年は、これまでに大野さんの指揮するオペラ、それも大きな作品を3本観ることができました。新国立劇場の「紫苑物語」、7月の文化会館(新国立劇場と共同制作)の「トゥーランドット」、そして今夜の、ジョージ・ベンジャミン「リトゥン・オン・スキン」です。いずれも、大野さんがプロデュースもしている。そう、プロデューサーとしての能力も非常に高い方です。ヨーロッパで長く活躍していることが大いにありますが、「今」の音楽界の動向をキャッチし、「今だからこそできる」的な公演をプロデュースできる。長く活躍している、だけでは説明できない「センス」を持っている指揮者だと思うのです。日本人指揮者では、他にちょっといないのではないでしょうか。世界でも、そう大勢いるとは思えません。
 今夜、サントリーホールで日本初演された、イギリスの作曲家ジョージ・ベンジャミンの「リトゥン・オン・スキン」(セミステージ形式)は、まさに大野和士の真骨頂、と呼びたくなる舞台でした。
 2012年にエクサンプロヴァンス音楽祭で初演された「リトゥン・オン・スキン」は、21世紀オペラの名作との呼び声が高い作品だそうです。中世のフランスを舞台に、専横的な領主=プロテクターと呼ばれます、とその妻、そして領主に頼まれて装飾写本をつくる少年との三角関係を描いた悲劇。14歳で嫁ぎ、プロテクターに支配されていた妻アニエスは、少年を誘惑して関係を持ち、女に目覚める。2人の関係を知ったプロテクターは少年を殺し、その心臓を妻に食べさせる。妻はそれを自分の心のように貪り、自害する。。。。
 あらすじはドロドロしているようですがシンプルで、音楽が透徹しているのでそれほどエグさは感じない。冒頭をはじめ、時々現代と中世を行き来する構成でもあります。登場人物は全部で5名ですが、おのおの、自分の行動の「語り」もする。それも含めて、テクストがとても素敵です。劇作家のマーティン・クリンプというひとのテクストだそうですが、詩的で含蓄に富んでいます。
 音楽がまた素晴らしい。緻密で、同時に透明感があり、時に弦楽器の波に抱かれるように各パートの音色が浮かび上がります。大野さんが解説動画で「トリスタン」のようだとおっしゃってましたが、物語も音楽も、ベンジャミンが影響を受けたという「ペレアスとメリザンド」の色合いを強く感じました。歳のいった専横的な夫と若い妻、その恋人の若い男、そして小悪魔的なヒロインのキャラクターも共通している。プロテクターが少年を殺すシーンは、オーケストラが荒れ狂う間奏曲。バス・ヴィオラダガンバ、マンドリン、グラスハーモニカといった楽器の音色が、中世らしい趣を添えていました。
 舞台美術(というか、「演出」といっていいと思う)は、イギリスを中心に活躍している針生康さん。オーケストラの後方に白い舞台を設けて演出的な空間とし、ダンサーや映像を活用します。ダンサーは心理表現、映像フランスの古い町や自然、古い館の部屋をイメージした空間などを背景に交えて、リアルで美しい。主役3人は通常のコンサート形式のようにオーケストラの前で歌っていましたが、衣裳は中世をイメージしたもののようでした。
 音楽的水準もきわめて高いもの。プロテクター役の
シュレーダーの、憎々しい荒々しさ、傲岸さ、妻アニエス役のエルマークの、透き通った豊麗な美声と美しいフレージング、デュナーミクの多彩さ。少年/天使役の藤木大地の、現実離れした、いかにもこの世とあの世をつなぐような美声。マリア&ヨハネ役の小林由佳さんと村上公太さんも健闘し、穴のないキャスティングでしした。
 そして、すべてを統括する大野さんの指揮のみごとだったこと。知的に縫い上げられ、ところどころ官能が漂う、こんな作品は彼にぴったりです。初演ものを多くてがけてきただけあって、余裕すら感じられました。「紫苑物語」も面白かったですが、作品じたいは、これに比べるとバランスを欠く、ということがよくわかりました。やはり、21世紀の名作といわれるだけのことはあります。ほんとうによくできていて、美しく整って、無駄がないのです。全体で90分くらいの作品ですが、あっという間でした。
 見そびれた方、公演は明日もあります。コスパ抜群!です。






最終更新日  August 29, 2019 12:48:06 AM
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August 23, 2019
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チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」は魅力的なオペラです。私たちにも身近な感情の数々。プーシキンの原作による文学的な空気。そしてなにより、リリカルで精緻で劇的なチャイコフスキーの音楽。宝石のように美しいテーマ(ライトモティフ)の数々(第1幕の手紙の場の前と、第3幕のタチヤーナとオネーギンの再会の場面でクラリネットが吹く「愛のテーマ」の、夢のなかで珠をころがすような美しさ!)。そして、チャイコフスキーのオペラでしかありえない、魔法のような舞踏会の音楽(バレエ音楽)が躍動感を添える。ロシア・オペラのなかでダントツの人気を誇るのもうなずけます。(個人的には、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」も革新的ですごいオペラだと思うのですが、親しみやすさでは「オネーギン」のほうが数段上でしょう。)
 今年の「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」、メインのオペラはこの「オネーギン」でした。音楽祭総監督の小澤征爾さんも得意にし、ウィーン国立歌劇場をはじめ各地で振っているオペラです。
 今回の指揮は、ファビオ・ルイージ。イタリア出身の名匠。オペラもオーケストラもオールラウンドに得意な、熟練のマエストロです。小澤さんを尊敬し、この松本で、彼の代役で「ファルスタッフ」も振っている。プログラムによると「オネーギン」を振るのは初めてとか。言葉ができないオペラはふらないことにしていたそうですが、ロシア語を勉強中、とありました。
 セイジオザワフェスティバルの魅力は、豪華なキャストです。今回も魅力満点。タイトルロールはMETなどでもこの役を歌っているクヴィエチェン、そのほかに新国でもモーツァルトほかで大好評のパオロ・ファナーレ(レンスキー)、MET をはじめ世界中で大活躍のロシアの若手バス、アレクサンドル・ヴィノグラドフ、やはりロシアの大べテラン、ラリッサ・ディアドコヴァ(フィリピーエヴナ)などなど。タチヤーナ役のアンナ・ネチャーエヴァは初聴きですが、すでに世界各地で活躍している有望株です。
 全般的に素晴らしい出来栄えでしたが、唯一、主役に波乱あり。まずクヴィエチェンが怪我で降板。代役のレヴァント・パキルチも初日は体調不良で降板し、カヴァーの大西宇宙さんが「三度目の正直」の代役に。大任を無事果たしたと記事で読みました。大西さんを期待していたのですが、今日(22日)の2日目は、体調が回復した?パキルチが登板。結論からいえば、大西さんが聴きたかった、というのが本音です。まあ、「オネーギンを続けて歌うのは大変』(会場で会ったある評論家の方)ということもあるのでしょうか。大西さんはまた改めてオペラの舞台で聴いてみたいものです。
 ほかのキャストはほんとうに実力派揃い。ヴォリュームはやや控えめながら、甘く繊細な声、美しいレガート、悲痛な色合いで悲劇の主人公レンスキーを演じたファナーレ(辞世のアリアは圧巻)、第3幕のアリアで、ロシアらしい深い深いバス(声の底まで降りて行って響かせるような)を聴かせてくれたヴィノグラードフ。けれど一番出色だったのはネチャーエヴァ。むらのない美しい響き(倍音の響きの美しさ)、情熱的な色合い、多彩な感情表現、そして役柄への深い共感。全曲で一番しびれたのは、第3幕の大詰めで、タチヤーナがオネーギンに「愛しています」と告げる場面でした。「万感の思い」とはこのことでしょう。「ドン・カルロ」のエリザベッタのように凛として、でももっと(身分も、あちらは王妃ですので、公爵夫人のほうが下ですし)揺れている心が感じられる。
 ルイージの指揮もすみずみまで丁寧で、行き届いていました。とくに数々の名アリアの伴奏部分が繊細で、名工の細工を見る思いでした。名だたるソリストが形成するオーケストラのうまさはいうまでもありませんし、東京オペラシンガーずの合唱の素晴らしい。とてもレベルの高いオペラ。松本まで来る甲斐があるというものです、
 とはいえ、今回の公演で一番魅入られたのは、ロバート・カーセンの演出でした。あまりの美しさに「息を飲む」瞬間がたびたび訪れたくらいです。躍動感と繊細さ、大胆さが同居した、大変魅力的なプロダクション。世界中で上演されているそうですが、うなずけます。
 このプロダクションはもともと、METのために制作されたのだそう。METのライブビューイングでは、フヴォロトフスキーとフレミングの共演で上映されていました。シンプルな装置と豪華な衣装、の組み合わせは、たとえばイタリアなどでもよくあるのですが、その手ものはまあ予算の関係で衣装だけ豪華に、という感じで、装置はほんとにシンプル、というか簡素。場面の雰囲気付けに、ソファ一つ、像一つ、などが、まあ無造作に置かれていたりするわけです。 
 カーセンの演出は、もちろんそんなものとは次元が違います。全体はオネーギンの回想に見立てられ(プログラムにある本人の言葉)、前奏曲ではオネーギンが舞台上で回想にふけり、枯葉が降りかかる。これは田舎の思い出ということらしい(前出の評論家)。なので、第1幕の田舎の家の場面では、舞台に枯葉が敷き詰められているわけです。そして、どの場面も、舞台がすっぽり収まる「長方形」の空間が意識されていました。
 第2幕の舞踏会の場面では、椅子と小テーブルが長方形に並んで、広間の雰囲気を作りますが、その椅子がいく種類もあるところが田舎らしく、また風情があります。招待客はその椅子とテーブルがつくる空間のなかで踊り回るという仕組み。衣装もカラフルで、若々しい。 
 これが、第3幕のグレーミン公爵邸でのパーティとなると、椅子で空間を作るのは同じなのですが、並べられている椅子はすべて同じ(同じ椅子がたーくさんあるような、より豪壮なお屋敷なのでしょう)。招待客の衣装も黒が基調でシックだし、何よりみなさん踊りません。踊り手は別にいて、お客はそれを見守っている。より格の高い社交界、という感じなのです。
 そして圧巻は、第2幕後半の決闘の場面。舞台には紗幕がかかり、照明は深夜をあらわす濃い水色。登場人物は影でしかわかりません。決闘が終わり、レンスキーが倒れると、あたりは明るくなり、舞台奥のレンスキーの遺骸の向こうから朝日が昇るのです。
 どの場面も絵になり、まさに「叙情的情景」(チャイコフスキーが「オペラ」などの代わりに本作につけたタイトル)の世界が現出していました。






最終更新日  August 23, 2019 12:54:59 AM
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August 2, 2019
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11月に開催される、マリインスキー歌劇場「チャイコフスキー・フェスティバル」を率いる指揮者で、歌劇場音楽監督のワレリー・ゲルギエフの記者会見に行ってきました。
 オペラ2曲、交響曲全曲、協奏曲5曲を一挙に!それも1週間ほどの間に上演するという、ゲルギーらしい密度の濃い催しです。25歳以下なら5000円で買える「ゲルギエフ・シート」があるのも嬉しい。
 オペラは「スペードの女王」と「マゼッパ」(後者は演奏会形式)。いずれもプーシキンの原作。前者はまあ有名ですが、後者はめったに演奏されません。とはいえゲルギーには思い入れの深い作品のようで、なんと最初に指揮したチャイコフキーのオペラだそう。「リッチで劇的なオーケストレーション」と、ワーグナー並みの、ドラマティックで劇的な声が必要とされ、オケと歌手との対決が聴きものの、「知られざる名作」だそうです。
 プレスリリースにかんたんなあらすじがありましたが、うーむ、なかなかにドロドロな凄まじい作品。歴史に題材をとり、ほとんどが実在の人物だそうですが、さすがロシア史、親族だろうが殺し合うのがすさまじい。俄然興味がわきました。
 「スペードの女王」は、日本ではなかなかやりませんが、名作中の名作。音楽が大変充実しています。こちらはしっかり舞台上演で、ヒストリカルな美しい演出のよう。「身近な題材が大きな物語に」なったオペラで、「演出上、強い特別な仕掛けがなくとも楽しめる」(ゲルギエフ)なるほど。こちらは正統的に楽しめそうです。主役が名テノール、ガルージンというのも嬉しい(ダブルキャスト)。一時彼の「オテロ」にはまって何回か追いかけたことがあるんです。日本でも歌いましたが(ソフィア歌劇場来日公演)、2003年に現地で聴いたフィレンツェ歌劇場の「オテロ」は大大名演だったなあ。
 一度だけマリインスキーに行ったことがあるのですが、その時プロコフィエフの「賭博者」がかかっていて、そこでもガルージンが歌っていたのでした。あれもすごかった。終演後楽屋に連れて行っていただいたのに、どきまぎしてほとんどなにも喋れなかった、うぶな?私でありました。
 オーケストラコンサートでは、「なかなか上演されないマイナーな作品」も含め、「チャイコフスキーの30年間の創作がたどれる」プログラムが魅力。ピアノ協奏曲第3番なんて、恥ずかしながら生できいたことがありません。貴重な機会になりそうです。
 
 印象に残った質疑。「こんな短い期間にこれだけの密度の濃い演奏会を行える、そのエネルギーの源は」ときかれて、「演奏会の準備はその前に始めるわけではない。14、5歳のとき、その作品に触れた時から私の血肉になっている」的な答えが返ってきて、とても納得。だからリハーサルなしでも演奏できてしまうんですね。
 マリンスキー訪問時、「賭博者」終演後に、幕が下りたステージ上でゲルギエフが、あくる日の演目を打ち合わせしているのを目撃しました。打ち合わせがあれで済ませられてしまう、ということに驚愕した記憶があります。
 もうひとつ、開幕したばかりのバイロイト音楽祭にデビューした感想をきかれたゲルギー(演目は「タンホイザー」)、「音響がほんとうにスペシャル。祝祭劇場はワーグナーの作品」だと言っていたのも、印象に残りました。
 
 「チャイコフスキー・フェスティバル」詳細はこちらです。
 
 チャイコフスキー・フェスティバル
 https://www.japanarts.co.jp/news/news.php?id=3876






最終更新日  August 5, 2019 11:33:25 AM
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July 15, 2019
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朝日カルチャーセンター新宿、この夏の講座のお知らせです。

 今月は、「ロイヤルオペラハウス《オテロ》の魅力」。ヨーロッパ屈指のオペラハウスで、近年の充実ぶりが目を引くロンドンの「ロイヤルオペラハウス」が、9月に  年ぶりの来日を果たします。その演目のひとつである、「オテロ」の紹介講座です。
 この「オテロ」は、2017年に現地でプレミエを迎え、ロイヤルオペラのそのシーズンの目玉公演になったもの。現地で観劇しましたが、充実のキャストに加え、音楽監督パッパーノの緊迫感溢れる指揮、作品の舞台であるヴェネツィアのシンボル「獅子」をモチーフにしたキース・ウォーナーの演出藻とても印象的でした。今回の来日では、現地でもオテロ役を歌った、今を代表するオテロ歌いグレゴリー・クンデ、ロイヤルを中心にめざましい活躍をみせる名バリトン、ジェラルド・フィンリーと男声陣が大変充実しています。本プロダクションの映像を中心に魅力をたっぷりご紹介します。

 8月は、春から連続の「ヴェルディのオペラとイタリア統一」をテーマにした講座の最終回。「統一後」の作品ににじむ、母国へのヴェルディの思いを追います。1回だけのご受講も大丈夫です。
 いずれも、終了後には懇親会をかねたお茶会を予定しています。ぜひ、お越しください。

 朝日カルチャーセンター






最終更新日  July 15, 2019 01:52:40 PM
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July 2, 2019
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今年も、20年来続いている「バッハへの旅」のガイドをやってまいりました。旅のメインは、6月にライプツィヒで開催されている「バッハフェスティバル」。サヴァールの「音楽の捧げ物」、アンタイの「ゴルトベルク変奏曲」、ソロモンズ・ノット・バロックソロイスツの「ヨハネ」など、聴きもの満載の充実した内容でした。コンサートの感想などはフェイスブックに写真入りであげておりますので、よろしければご覧ください。

 フェイスブックhttps://www.facebook.com/hirokkina

 こちらでは、今回の旅に参加してくださったメンバーの総括的なご報告と、バッハフェスティバルの昨今について、FBより転載いたします。

バッハツアー総括 その1 ツアーメンバー
 参加メンバー25名、うちリピーター5名、20名は新規の方。
 よく「いつも同じ人が来るんでしょう」とおっしゃる方がいますが、同じ方が20年来続けることなんて不可能です。逆にいえば新規の方が多いから20年続いているわけで。
 「前からこのツアーを知っていたけれどリタイアしてやっと来られた」という方も毎回。または最近はネットで探してこられる方もちらほら。とにかく、こちらからすれば「知らない人ばかり」というのが毎年の状況です。
 最高齢86歳(ご自分でおっしゃったので書いてもいいかと)、最若齢30代(母娘で参加)。86歳の方は矍鑠!70歳で仏教学で博士号をとられ、80代になってオルガンを始めた。普通80代っていうのはいろいろ「やめていく」「できなくなる」年齢だと思うのですが、それに逆らう?のがやはり若さの秘訣かも。あと、運動をする方は多いですが、やはり頭脳労働も大事だなあと痛感しました。見習わなければ。
 北は札幌から南は福岡まで。香川、名古屋、大阪など全国区でした。
 ほとんどが一人参加。友人同士というのはとても少ない、のがバッハにかぎらず音楽ツアーの特徴かも。来れば同好の士で仲良くなれますしね。
 たくさんいただいたご縁、バッハに感謝の日々でした。

バッハツアー総括 その2 バッハフェスティバル

 ここ数年、おかげさまでツアーは満席ですが、それはフェスティバルの内容がいいことが大きい。20年間きているので、その間には正直「しょぼい」こともありました。2000年代はけっこうつまらなくて、もうやめようかと思ったこともあるくらい。2010年過ぎたあたりからだんだんよくなってきた気がします。メンデルスゾーンフェスティバルとの合体とかいろいろ変化があったよう。また、担当者の力もあるでしょう。今のインテンダントのマウルさんはすごく積極的な感じがします。プレスの集まりにお招きいただいたのですが、ツアーの仕事があって伺えずに残念。いずれお目にかかる機会もあるかと思っています。
 音楽祭も劇場もオーケストラも、何事も「人」ですよね。担当者に見識があるかどうか。いいものを知っていて、見分ける力があり、ネットワークが築けるかどうか。それはすごく大きいです。というか、それにかかっていると言ってもいいとおもう。
 以前、ライプツィヒが「しけていた」とき、素晴らしく活気があったのはケーテンのバッハフェスティバルでした。毎日毎日コープマンやガーディナーやレオンハルトやサヴァールやミンコフスキやファウストやヒューイットやそれはそれは目もくらむばかりの面々が、狭い街でバッハを奏でていました。ヘンゲルブロックに出会ったのもケーテン。それはひとえに総裁のシェーファー氏の力。ベルリンフィルやアンスバッハのバッハフェストのトップだった方でした。その方が去ったケーテンは、残念ながら見る影もありません。ほんとに「人」です。
 シェーファーさんが健在だったときに、「ケーテン・バッハフェスティバル・イン・ジャパン」をやるのが夢で、実はいくつか主催者に相談したのですが、スポンサーがいなければ何もできないのだ、ということを痛感しました。。。






最終更新日  July 2, 2019 01:28:51 AM
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6月の半ばから末にかけ、毎年恒例の「バッハへの旅」と、個人的な取材旅行で20日ばかりドイツとイタリアに行ってまいりました。
 旅のようすは、フェイスブックに写真入りでアップしておりますので、よろしければご覧いただければ幸いです。

 ここでは、最後に見たスカラ座の「群盗」について、FBより転載いたします。

 旅の最後はスカラ座でヴェルディの「群盗」。今回の、バッハツアー後の単独行動の一番の目的、というか、これを聴くことをまず決めて、それから他の、ベルリンなどの行動を決めた公演でした。理由はなかなか上演されないヴェルディの初期作品だということと、最近この分野でとても活躍しているマリオッティが指揮するから、ということです。マリオッティは大好きな指揮者だし、今ヴェルディ初期といえば、かなりの確率で彼なので(前回この分野でマリオッティを聴いたのは、2017年ザルツブルクの「2人のフォスカリ」でした。)
 とても満足のいく公演でした。40度!のミラノまで来た甲斐がありました。
 まずやはりマリオッティの指揮。前奏曲からすかんとするいい音が出てきましたが、彼の音というのは基本的にエレガント。丸くてやわらかな、ちょっとスモーキーな時もありますが、きれいで明確な音。なので、よく(悪口のように言われる)ヴェルディ初期の「ウンパッパ」が決して粗野に聞こえない。もちろん音楽に存在している熱気はちゃんと表現してくれるのですが。
 で、今回聴いていて思ったのですが、彼の音色は「ベルカント」のそれなんですね。ベルカントものの「声」を思わせる音色。そこが、他の指揮者と違う。私が「群盗」を生で聴いたのはこれまで一度だけ、ナポリのサンカルロ劇場でルイゾッティの指揮だったのですが、ルイゾッティは煽る煽る。それはそれで快感ですが、「群盗」をベルカントの流れにある作品ととらえると、マリオッティの音楽作りのほうがしっくりきます。「群盗」はもともと、ベルカントの名歌手だったジェニー・リンドのために書かれた作品(そしてヴェルディ作品として初めて外国、ロンドンで初演)という面もありますので。
 で、その「ジェニー・リンド」のために書かれた、という点ですが、今回の公演でよくわかりました。というのも、ジェニー・リンドが受け持ったアマーリアのパートが、やはり他のパートのための音楽と書法が違う。ドラマはシラーのの原作(シラーの出世作)で、内容は劇的で暗い悲劇なのですが、「声」中心の作品だから、カヴァティーナ(カンタービレ)〜カバレッタ形式の大アリアで歌手を聴かせる部分もあり、そこは悲劇的な響きとはいえないわけですが、なかでもアマーリアのパートは、リンドが得意だっただろうコロラトゥーラを、かなり意識して書き込んでいる。ちょっと周りから浮いてしまうほどなんです。ルイゾッティのときはそこまで感じなかったので、マリオッティと、ひょっとしたら歌手(オロペーサ)のせいもあるのかもしれません。それはポジティヴにとらえていますが。
 象徴的なのが、この作品で一番よくできているのは大詰めの第4幕(と、その前の第3幕後半)なのですが、ここにアマーリアはほとんど登場しません。リンドのためのパートがない部分のほうが、劇的な集中力があるんですね。今回の公演でそのことがよくわかりました。もちろんマリオッティの指揮も一変してドラマティックで、作品の見せ場をよく伝えてくれていました。収穫でした。
 そのアマーリア役を歌ったのはリセット・オロペーサ。アメリカのソプラノ。ここのところ急激に活躍の場を広げている歌い手です。コロラトゥーラが得意で、これがスカラ座デビュー。ルイゾッティのときはドラマティック・コロラトウーラ?のルクレツィア・ガルシアでしたが、オロペーサのほうがしっくりきました。技術的にかなり高く、コロラトゥーラの技術がたしかで、かなりひろい音域(テッシトウーラ)もよくカバーしていました。声にはしっかりした「色」もあり、きき手をひきつけるものもあり、これからどんどん個性が出てくるような気がします。ヴィジュアルも美しくて、スターになれる可能性は高そうです。
 主役のカルロ、伯爵家の息子で群盗に身を落としてしまったカルロは、ファビオ・サルトーリ。スカラ座を中心に、ヴェルディからヴェリズモで活躍している歌手。スカラ座にくるとよく彼を聴くことになります。朗々とした美声、明るく、魅力ある声、技術的にもしっかりしたものがあるので重宝されるのでしょう。いい声なんですが(カーテンコールの拍手も歌手のなかでは一番多かった)、ちょっと「泣き」が入りすぎるのが気になりました。前はこんなことなかったのですが。
 伯爵役はミケーレ・ペルトゥージ。ベルカント、とくにロッシーニから出発して今やヴェルディのバスとしても大活躍。いつも安定していて、彼が出てくると間違いない、という大歌手です。柔らかいトーン、音色のパレットと表現力、美しいレガート。大きな役ではありませんが、ドラマを文字通り「締めて」いました。
 悪役のフランチェスコはマッシモ・カヴァレッティ。彼もよくスカラ座に出ています。技術的に高いものがあり、わりと何でも歌えるから重宝されるのかもしれませんが、悪役らしいドスの効いた、アクの強さがないのが残念。やっぱりその辺はヌッチなんかと違います。迫力がないんですよね。イタリアのバリトンはやはり今後が心配です。
 とはいえ、今のスカラ座としては全体的にかなりいい水準の歌唱。今シーズンのオープニングでシャイーが指揮した、やはりヴェルディ初期の「アッティラ」よりよほどよかったのではないでしょうか。(「アッティラ」は映像でしか見ていませんが)。
 一方で、ベルリンドイツオペラの「ハムレット」のようなダムラウ、センペイといった強力スターはいない、それでもスカラ座としてはいい水準なのだなあ、というところは、やや引っかかったのではありますが(この2人なみの歌手は、今回の顔ぶれだとペルトウージでしょうか)。
 ちなみにダムラウは、来年ミュンヘンで「群盗」を歌うそうです!「リンドにために書かれたパートだから私にも歌えそう」だと。聴いてみたいな。
 演出(新制作)はデヴィット・マクヴィカー。メトなどで重宝される売れっ子です。場面は伯爵家のような立派な建物で、それが劇の進行とともに荒廃していく。シラーが意図した、身分制への反発、その崩壊を体現しているようです。軍の宿舎のようになったり、群盗たちの基地になったり。荒くれ者たちの合唱では、合唱団員に混じってバレエダンサーも踊りまわって活気を添え、なかなか効果がありました。
 とはいえ演出の一番のキモ?は、原作者のシラーを黙役で登場させたこと。前奏曲では軍服役の彼が兵隊に鞭打ちされるシーンがあり(シラーも軍隊にいたことがあったらしい)、その後彼は常に舞台にいて、劇の進行を見守り、時に参加します。アマリーアに剣を渡したり、フランチェスコを殺したり(!)。アマーリアは彼の憧れの女性でもあるようで、舞台の背景として、ファンダイク風のアマーリアの肖像画がかかっていました。






最終更新日  July 2, 2019 01:00:25 AM
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6月の半ばから末にかけ、毎年恒例の「バッハへの旅」と、個人的な取材旅行で20日ばかりドイツとイタリアに行ってまいりました。
 旅のようすは、フェイスブックに写真入りでアップしておりますので、よろしければご覧いただければ幸いです。

 ここでは、最後に見たスカラ座の「群盗」について、FBより転載いたします。

 旅の最後はスカラ座でヴェルディの「群盗」。今回の、バッハツアー後の単独行動の一番の目的、というか、これを聴くことをまず決めて、それから他の、ベルリンなどの行動を決めた公演でした。理由はなかなか上演されないヴェルディの初期作品だということと、最近この分野でとても活躍しているマリオッティが指揮するから、ということです。マリオッティは大好きな指揮者だし、今ヴェルディ初期といえば、かなりの確率で彼なので(前回この分野でマリオッティを聴いたのは、2017年ザルツブルクの「2人のフォスカリ」でした。)
 とても満足のいく公演でした。40度!のミラノまで来た甲斐がありました。
 まずやはりマリオッティの指揮。前奏曲からすかんとするいい音が出てきましたが、彼の音というのは基本的にエレガント。丸くてやわらかな、ちょっとスモーキーな時もありますが、きれいで明確な音。なので、よく(悪口のように言われる)ヴェルディ初期の「ウンパッパ」が決して粗野に聞こえない。もちろん音楽に存在している熱気はちゃんと表現してくれるのですが。
 で、今回聴いていて思ったのですが、彼の音色は「ベルカント」のそれなんですね。ベルカントものの「声」を思わせる音色。そこが、他の指揮者と違う。私が「群盗」を生で聴いたのはこれまで一度だけ、ナポリのサンカルロ劇場でルイゾッティの指揮だったのですが、ルイゾッティは煽る煽る。それはそれで快感ですが、「群盗」をベルカントの流れにある作品ととらえると、マリオッティの音楽作りのほうがしっくりきます。「群盗」はもともと、ベルカントの名歌手だったジェニー・リンドのために書かれた作品(そしてヴェルディ作品として初めて外国、ロンドンで初演)という面もありますので。
 で、その「ジェニー・リンド」のために書かれた、という点ですが、今回の公演でよくわかりました。というのも、ジェニー・リンドが受け持ったアマーリアのパートが、やはり他のパートのための音楽と書法が違う。ドラマはシラーのの原作(シラーの出世作)で、内容は劇的で暗い悲劇なのですが、「声」中心の作品だから、カヴァティーナ(カンタービレ)〜カバレッタ形式の大アリアで歌手を聴かせる部分もあり、そこは悲劇的な響きとはいえないわけですが、なかでもアマーリアのパートは、リンドが得意だっただろうコロラトゥーラを、かなり意識して書き込んでいる。ちょっと周りから浮いてしまうほどなんです。ルイゾッティのときはそこまで感じなかったので、マリオッティと、ひょっとしたら歌手(オロペーサ)のせいもあるのかもしれません。それはポジティヴにとらえていますが。
 象徴的なのが、この作品で一番よくできているのは大詰めの第4幕(と、その前の第3幕後半)なのですが、ここにアマーリアはほとんど登場しません。リンドのためのパートがない部分のほうが、劇的な集中力があるんですね。今回の公演でそのことがよくわかりました。もちろんマリオッティの指揮も一変してドラマティックで、作品の見せ場をよく伝えてくれていました。収穫でした。
 そのアマーリア役を歌ったのはリセット・オロペーサ。アメリカのソプラノ。ここのところ急激に活躍の場を広げている歌い手です。コロラトゥーラが得意で、これがスカラ座デビュー。ルイゾッティのときはドラマティック・コロラトウーラ?のルクレツィア・ガルシアでしたが、オロペーサのほうがしっくりきました。技術的にかなり高く、コロラトゥーラの技術がたしかで、かなりひろい音域(テッシトウーラ)もよくカバーしていました。声にはしっかりした「色」もあり、きき手をひきつけるものもあり、これからどんどん個性が出てくるような気がします。ヴィジュアルも美しくて、スターになれる可能性は高そうです。
 主役のカルロ、伯爵家の息子で群盗に身を落としてしまったカルロは、ファビオ・サルトーリ。スカラ座を中心に、ヴェルディからヴェリズモで活躍している歌手。スカラ座にくるとよく彼を聴くことになります。朗々とした美声、明るく、魅力ある声、技術的にもしっかりしたものがあるので重宝されるのでしょう。いい声なんですが(カーテンコールの拍手も歌手のなかでは一番多かった)、ちょっと「泣き」が入りすぎるのが気になりました。前はこんなことなかったのですが。
 伯爵役はミケーレ・ペルトゥージ。ベルカント、とくにロッシーニから出発して今やヴェルディのバスとしても大活躍。いつも安定していて、彼が出てくると間違いない、という大歌手です。柔らかいトーン、音色のパレットと表現力、美しいレガート。大きな役ではありませんが、ドラマを文字通り「締めて」いました。
 悪役のフランチェスコはマッシモ・カヴァレッティ。彼もよくスカラ座に出ています。技術的に高いものがあり、わりと何でも歌えるから重宝されるのかもしれませんが、悪役らしいドスの効いた、アクの強さがないのが残念。やっぱりその辺はヌッチなんかと違います。迫力がないんですよね。イタリアのバリトンはやはり今後が心配です。
 とはいえ、今のスカラ座としては全体的にかなりいい水準の歌唱。今シーズンのオープニングでシャイーが指揮した、やはりヴェルディ初期の「アッティラ」よりよほどよかったのではないでしょうか。(「アッティラ」は映像でしか見ていませんが)。
 一方で、ベルリンドイツオペラの「ハムレット」のようなダムラウ、センペイといった強力スターはいない、それでもスカラ座としてはいい水準なのだなあ、というところは、やや引っかかったのではありますが(この2人なみの歌手は、今回の顔ぶれだとペルトウージでしょうか)。
 ちなみにダムラウは、来年ミュンヘンで「群盗」を歌うそうです!「リンドにために書かれたパートだから私にも歌えそう」だと。聴いてみたいな。
 演出(新制作)はデヴィット・マクヴィカー。メトなどで重宝される売れっ子です。場面は伯爵家のような立派な建物で、それが劇の進行とともに荒廃していく。シラーが意図した、身分制への反発、その崩壊を体現しているようです。軍の宿舎のようになったり、群盗たちの基地になったり。荒くれ者たちの合唱では、合唱団員に混じってバレエダンサーも踊りまわって活気を添え、なかなか効果がありました。
 とはいえ演出の一番のキモ?は、原作者のシラーを黙役で登場させたこと。前奏曲では軍服役の彼が兵隊に鞭打ちされるシーンがあり(シラーも軍隊にいたことがあったらしい)、その後彼は常に舞台にいて、劇の進行を見守り、時に参加します。アマリーアに剣を渡したり、フランチェスコを殺したり(!)。アマーリアは彼の憧れの女性でもあるようで、舞台の背景として、ファンダイク風のアマーリアの肖像画がかかっていました。






最終更新日  July 2, 2019 12:56:44 AM
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June 12, 2019
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ドナルド・キーンさんの最後のご本、「オペラへようこそ!」を読みました。亡くなられた後の御出版。英語で語られたのを中矢一義先生が日本語にされたそうです。
 素晴らしいご本。売れているらしい。読まれているらしい。オペラ好きにとってはどんどん読まれてほしい、売れてほしい本です。
 なぜかって、オペラを愛する「幸せ」が、ぎっしり詰まっている本だから、です。キーンさんにとってオペラを愛するということは「幸運」以外の何物でもない、と。そう言い切れるのって、実はなかなか難しいのではないでしょうか。私など、オペラがあって幸せな人生だというのはもちろんなのですが、世間一般からみたら変わり者だよね、という思いはどこかにあります。それで全然構わないのですが、キーンさんのように、迷いなく「堂々と溺れる」のはつくづくすごいと思う。しかも聴き方が深いです。さすが。
 
 オペラとの出会い、オペラにまつわるきままなエッセイ、オペラと日本古典芸能との関係、作品論、歌手論、などからなっていますが、どの章もそれぞれ読み応えがあります。エッセイの章では、「初めて見るなら「カルメン」」、「最初に精通した「フィガロの結婚」は最高傑作」、など、初心者にも参考になる部分もあちこちにあります。
 
 作品論では11作品、歌手論では8人を取り上げていますが、感じ入ったのはとくに歌手に関する表現。カラスはもちろん、フラグスタート、シヴァルツコプフ、ニルソンなど伝説の歌手を、それもいい時に聴いていらっしゃるのですが、彼らの「声」の表現が絶妙なのです。ご自身が歌われる訳ではない、つまり専門的に声楽を学ばれているとかそういうわけではないと思うのですが、(もし間違っていたらすみません)、そういう方が語る「声」の魅力が、すごくわかりやすく、イマジネーションをそそってくれるものでした。
 たとえばキルステン・フラグスタートについてはこうです。
「ヴァーグナーのオペラで、オーケストラが最大限の力を振り絞って熱演しているときでも、その上を飛翔してくるフラグスタートの声には、甘美さを感じとることができました。稀有なソプラノでした。外見からいえば、彼女より魅力的なソプラノはいたかもしれません、しかしヴァーグナーのオペラにおいては、フラグスタートの声の魅惑に匹敵するものを備えた歌手は、一人たりとも存在していませんでした」。
 この文章を読んだら、どうにもこうにもフラグスタートのヴァーグナーを聴きたくなるのではないでしょうか。私はそうでした。
 男性歌手で、キーンさんが「最高」だと太鼓判を押す、エツィオ・ピンツィア。不勉強で名前しか知りませんでしたが、これもこの表現を読んだら聴きたくなります。
 「ピンツィアの声の特徴を述べるのは簡単ではありません。演ずる役に応じて声を変えていたからです。しかし、どの役を歌っても、力にあふれていても、決して荒さはみせず、きわめて柔軟性に富み、声域全体にわたって均質を誇る声だったという点では、共通していました。ピンツィアは、ことばに誇張を伴わない彩を添える能力をそなえていて、いかなる楽句にも、その中心となる意味が確実に伝わるように配慮していました」。
 ことばと「声」の関係が眼に浮かぶようです。中矢先生の訳も絶妙なのだと思いますが。
 
 作品編では、11作中6作がヴェルディのオペラ。「エルナーニ」や「シモン・ボッカネグラ」といったマイナー作品があるのも嬉しい。キーン先生、以前はヴェルディ協会でも何度も講演をしてくださったようで、いつも大盛況だったよう。聴けなかったのがくやしくてたまりません。。。
 「仮面舞踏会」がシェイクスピア的、というのもなるほどでしたが(悲劇だがユーモアがある)、一番膝を打ってしまったのは、「「トロヴァトーレ」ほど楽しいオペラはない」という、「トロヴァトーレ」の章の書き出しです。まさにまさに!「この悲劇を見て、涙を流したことがありません」「オペラが終わってみると、マンリーコに関して、楽しい思い出(!)ばかりが残っているのです」…あんなに人が死んでばかりいるオペラで「楽しい思い出』が残る!なるほど。
 いやまさに、同じようなことを、私自身最初の著書「今夜はオペラ!」で書いたのでした。「「トロヴァトーレ」くらい、読むと聴くとでは大違いのオペラはない」というようなことですね。でも、「こんなに楽しいオペラはない」という書き方は思いつかなかったなあ。さすがです。

 ちなみに、最晩年のキーン先生のベスト10オペラは以下です。

1「ドン・カルロス」
2「トラヴィアータ」
3「神々の黄昏」
4「カルメン」
5「フィガロの結婚」
6「セビーリャの理髪師」
7「マリーア・ストゥアルダ」
8「湖上の美人」
9「エヴゲーニイ・オネーギン」
10「連隊の娘」

 晩年は、ヴェルディや「フィガロ」「カルメン」に加えて、ベルカントにかなり魅せられていたご様子ですね。

 ご本の詳細はこちら。

 https://www.amazon.co.jp/ドナルド・キーンのオペラへようこそ-われらが人生の歓び-ドナルド・キーン/dp/4163910077






最終更新日  June 12, 2019 01:06:18 AM
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