東京二期会の新制作「ラ・トラヴィアータ(=椿姫)」を観ました。
宮本亜門演出のプロダクションです。
観たのはBキャストの日。主役ヴィオレッタの安藤赴美子さんに、興味があったからです。
安藤さんは以前、私が企画してい朝日カルチャーセンターのレクチャーコンサートで、モーツァルト・オペラのアリアを4曲歌っていただいたのですが、「コジ」のフィオルディリージの大アリアを危なげなく歌えるテクニックと、リリカルで美しい声、華のある容姿で、「大型新人」の印象を持ちました。
今回はオーディションで主役を射止めたとのこと、ぜひ聴いて見たいと思ったのです。
果たして、大健闘でした。
第1幕では、高音域でのコロラトゥーラにちょっと危うさを感じたものの、その後は安定。やや細い、リリカルでみずみずしい声は聴いていて快く(ちょっとエヴァ・メイを思わせます)、また第3幕のアリアでは、聴衆を引き込む表現力を発揮、新しいプリマが誕生したことを感じさせました。
これまで大きな役は、二期会の「ボエーム」のムゼッタくらいだったといいますから、大型の可能性十分です。
夏には、佐渡裕プロデュース「カルメン」で、ミカエラを歌う予定だそうで、これは聴いてみたいものです。
さて、そのほかの歌手ですが、残念ながら満足とはいいがたいものでした。
アルフレード役の井ノ上了吏は、「不調」だけでは割り切れないものを感じましたし(いい時はいいのですが)、ジェルモン役の青戸知は、この役にあっているか疑問でした。
ほかの歌手はいないのだろうか、と思ってしまったのは残念です。
対照的に素晴らしかったのは、指揮のアントネッロ・アッレマンディ。ダイナミックレンジが広いのですが過剰でなく、自然で、リズム感があり、弱音も美しいし、「間」の取り方も絶妙。アッレマンディは2005年の二期会のトラヴィアータも振っていますが、まるで精彩がなかったそのときとは別人のようでした。
演出は、あまりいいとは思えませんでした。
まず舞台が地味で暗く、見えづらい。演出上の意図は別にして、見えにくいほど暗い舞台というのは、あまり観客に親切とは思えません。
舞台上に、右上がりで大きく傾斜をつけた装置は、なんだかウィリー・デッカーのよう(新国の「軍人たち」を思い出しました)。会場であった某記者いわく、「デッカーとクレーマーをまぜたよう」。
色彩感覚も、ドイツの亜流のようでした。
演技上でとくに気になったのは第1幕。動きが多すぎ(アルフレードとドゥフォールが取っ組み合いのようなことばかりやっている)、戦闘的なのです。やはりミュージカルを得意とするひとの感覚なのでしょうか。ヴェルディは「トラヴィアータ」で、戦闘的な音楽は書いていないと思うので、違和感がありました。
また、第1幕で、パーティの参加者がみな全身を黒塗りにしていましたが、これは「ヴィオレッタの回想なので、参加者は亡霊なのだ」という解説を会場で知人からききましたが、暗い舞台がよけい暗くなり、あまり効果が出ているようには感じられませんでした。
よかったのは第2幕第2場。皆にせめられるアルフレードを、ヴィオレッタがかばって彼に寄り添う。その部分は、音楽とも調和して納得でした。
主役の奮闘と指揮のよさでもった舞台。もう少し、全体的な水準が上がるといいのですが。